123 サターン、眠れない。【サブストーリー】
―――とある絶海の孤島にて
波音が独特のリズムを刻む砂浜。
燃えるような太陽。
ソフトクリームが形状を維持できないレベルの暑さ…ムンとした熱気が覆う孤島。
「…。」
あの…この世の物とは思えない恐怖の瞬間から数日。
魔王軍の幹部サターンは、未だに震えを抑えきれずにいた。
―――な…何が起きているというのだ…。
「海王」クラスのモンスターが現れたのかとも疑ったが、そもそも魔王軍がモンスターに怯えることはない。
魔王軍とモンスターの間には、絶対的な力関係が存在しているのだ。
―――まぁ…海王は例外だが。
だとすれば人間…冒険者によるものと考えるのが自然。
しかし、あの時近くに人間の反応はなかった。
「そもそも…こんな孤島まで来れるものなのか…?人類の技術は侮れんが…。」
漁場からは大きく離れているこの孤島。
人間の持つ地図には載っていない孤島。
―――…。
数日間、この思考が脳内をまわりまわっている。
「サターン様。最近、釣れないですね…。」
「…。」
怯えるサターンをよそに、部下たちは能天気に釣りをしている。
あの恐怖により、部下たちは一瞬にして意識をかりとられた。
あまりの威力に…覚えてすらいないらしい。
「…サターン様?」
「う…うるさい!そ、そうだ…モンスターはどうした?シヤークを最近見かけないが?」
珍しく声を荒げたサターン。
すぐに取り繕い、気になり始めていた疑問を投げかける。
「そうなんですよ。ここ数日、見てないんですよね。あいつら…魚の群れを追い回してくるよう命令したのに…全く。」
「そうそう。おかげでこの辺の魚も元の住処に戻り始めてるみたいで。」
ため息まじりに、空のバケツを見せた部下。
「…仕方ない…様子を見て来るか。」
まだ震えている膝をつかみ、そのままグイっと強引に立ち上がったサターン。
何かして気を紛らわさなければ。
「お前たちは釣りを続けておけ。シヤークどもめ…魔王軍の命令を無視するとは…。えぇい、飛行魔法!」
魔王軍の幹部として、目にもの見せてやらなければなるまい。
そのまま荒々しく魔法を使い、ふわっと上空へ浮かんだサターン。
―――それにしても…もう少し飛べると良いんだが…。
地上との距離、約10センチ。
飛行魔法というには規模感小さすぎるが、これがサターンの使える限界。
魔王の力によって大幅な強化を受けているとはいえ、人間であることには変わりないのが魔王軍。
当然ながら羽などは持っていない。
重力という自然法則に逆らうには…魔法の力が足りなさすぎる。
「サターン様!『災厄の角笛』はよろしいんですか?」
「シヤーク程度なら構わん!行ってくる!」
「お気をつけて!」
海の上を飛んで…もとい、滑って進むサターン。
なかなかに…なかなかな光景。
■
海上を滑り続けること数十分。
シヤークの根城にたどり着いたシヤーク。
―――…。
いつもならば、シヤークの出迎えがあるはず。
しかし…待てど暮らせど、シヤークの姿は見えなかった。
「おい!シヤークはいるか!?」
痺れをきらしたサターン。
しかし返ってくるのは波音のみ。
―――…やはりおかしい。あの悪夢のような圧力と…関係しているのか?
シヤークどころかモンスターのモの字も見つからない。
モンスターの根城だというのに、魚は悠々自適に泳ぎ回っている。
ありえないことが立て続けに発生し、混乱の色を隠せなくなったサターン。
―――どうなっている…?
いないものを訪ねても仕方あるまい。
諦めるのも癪なので、他のモンスターを探す方向にシフト。
魚を追い回せれば、別にシヤークでなくとも問題ないのだ。
「よし…たしか『深海迷宮』のそばに海王の巣があったな。海王に聞けば何かわかるだろうて。」
またまた海上を滑り始めたサターン。
ちなみに「海王」とは、海の王…つまり、海に出現するモンスターのなかでも「レベル100をこえる存在」のことだ。
通常のモンスターのレベル限界は100。
つまり、通常ではないモンスター。
会話も成立する。
―――ふぅ…怖。
いくら魔王軍の幹部とはいえ、海王と会うのは緊張する。
この海域に存在する海王のレベルは400。
サターンはレベル190程度しかない。
レベルはパワーそのもの。
力比べでは話にならないのだ。
滑り続けること数分。
雲行きが少し怪しくなってきたが、この辺りではよくあることだ。
『…ナニモノダ…?』
「サターンだ。魔王軍の。少し聞きたいことがあるんだが、良いか?」
『サターン…ナツカシイナマエダナ。』
数週間前、シヤークを動かすときに話をつけには来てはいるのだが。
それはさておき…少し波が大きくなったものの、その姿は見えてこない。
いつもならば意気揚々と顔を出してくるのだが…何かあったのだろうか。
声だけが響いている。
「シヤークを見かけないんだが、どこに行ったか知っているか?」
『シヤークハ…トラエラレタ。』
「捕らえられた?漁師にか?」
想定外の返答に、やや困惑したサターン。
シヤークの個体数は膨大だ。
一日や二日で捕えられるような量ではない…はずなのだが。
『チガウ…。』
「まさか冒険者か?海のど真ん中で。」
『アレハ…ケンジャ…イヤ、ジゲンノチガウソンザイ…。』
「じ、次元の違う存在…?」
冷や汗がたらりと落ちた。
『オマエモカンジタデアロウ…アノキョウフ…。』
「まさか…!?」
『ソウダ…アノキョウフニオイマワサレ、シヤークハツカマッタノダ。』
「な…なんなんだ…その存在…。」
数百をゆうにこえるであろうシヤークの群れ。
それをいとも簡単にとらえた…。
恐怖再び。
足がガクガクと震え出した。
『アァッ!コワイ、コワスギル!ナンナンダアノキョウフハ!?アァァァァッ!』
「…!」
取り乱すレベル400の海王。
あまりのことに言葉すら出てこないレベル190の魔王軍幹部。
その混乱は、しばらくおさまらなかった。
■
波音が心に平定をもたらした夕方。
「そ…それで、シヤークはどこに捕まっているのだ?また魚を追い回させなければならん。」
『ナゾノオリニトラエラレテオル。シヤークノコウゲキハモチロン、ワレノコウイゲキモ…マッタクキカナカッタ…。』
「謎の檻…?海王の攻撃が効かない!?」
その言葉は、事態が想像を超越していることを如実にあらわしている。
海王は海の王。
その力はわずかに魔王に劣るとはいえ、世界でも最強クラスに入る。
その攻撃が効かない。
―――いや…檻だぞ?檻すら壊せない…?
本人…いや、本体が攻撃を防ぐならば、まだわかる。
いや、それでもわからないのだが…まだ想像の片隅に捉えることはできる。
「檻が…壊せなかったのか!?」
『ダカラソウイッテオルダロウ!?』
おそらく魔法でつくり出した檻だと思われる。
そして当然ならが、魔法でつくり出されたものは…脆い。
少なくとも、魔法使い本人の防御力に比べれば、かなり脆弱。
…の、はずなのだが。
「なぜだ!?」
『ワ、ワレノホウガキキタイッ!』
海が揺れた。
「いや…すまん…。」
『マァ…シンジレナイノモワカル。オリハリョウバノソバダ。ミテクルトヨイ。…フルエルゾ。』
「…。」
その言葉を受け、漁場へと向かったサターン。
そこで目にしたものの影響で、再び震える夜を過ごすことになったのは…言うまでもない。




