113 サターン、戦慄を覚える。【サブストーリー】
―――とある絶海の孤島にて
穏やかな波が運ぶ潮の香り…砂浜は波と踊り、独特の模様を描いている。
その砂浜から少し、断崖絶壁を見上げる場所。
およそ真夏の海にはふさわしくない格好の男がひとり、流木に腰をおろしていた。
「ふへへへへ…うまそうだな…!」
竹の棒を器用に操り、網に乗せられた魚をひっくり返す。
したたるあぶらが炎の養分となり、ジュッという音をたてた。
程よい焦げ目のついた魚は、遠赤外線でもってじっくりとそのうま味を凝縮させている。
魚の焼ける香ばしい匂いが広がり、男は待ちきれんとばかりにマイ箸を手にとった。
「サターン様!」
食と向き合う瞬間にカットインした声。
砂浜のかげから駆け寄ってくる男がひとり。
同じく黒一色の服に身を包み、禍々しい雰囲気の剣を腰に携えている。
「どうした?」
「また大量です!こんなにとれましたよ。今日は種類も豊富です!」
男は満面の笑みとともに、抱えきれんばかりの魚を持ってきた。
およそふたりでは食べきれな量なのだが、そもそもこれはふたりが食べるものではない。
彼らは漁師ではない。
ある「人物」に命じられ、魚という食料を確保しているのだ。
「よし。いつものように氷魔法で保存しておけ。」
「へい。」
魚を持ってきた男は、迅速かつ丁寧に氷魔法をかけ始めた。
一瞬で氷に包まれた魚は、長距離輸送にもたえられる状態となる。
そう、この食料は「ある場所」へと届けるものなのだ。
サターンが食べようとしているのは、いわゆるつまみ食いにあたる。
「…魔王様も…はぁ…。」
サターンは我慢していた大きなため息をもらす。
魔王軍の困窮している食料問題を解決すべく、魔王よりの特命を受けたのがこの男。
幹部という立場にありながら、魚の確保を命じられるという状況に…サターンは不満を抱えていた。
もちろんそんな不満を言葉に出すことはできない。
魔王の忠実な部下であり続けるサターン。
いろいろと考えた末に、モンスターを操ってこの島周辺に魚をおびき寄せるという作戦を思いついた。
魔王軍にとってモンスターを操るなど朝飯前。
海という場所柄、冒険者はなかなか手を出せない。
まさに完璧な作戦だった。
「しかし、さすがはサターン様ですね!これだけ魚を送れば、きっと魔王様から特別報奨金がいただけますよ。」
言外に「こっちの方が向いてるんじゃないですか?」というトゲを感じたサターン。
もちろん部下の男にそんな意図はないのだが、そう思ってしまう下地がある。
「別に我は漁師になりたいわけではない!」
「良いじゃないですか。ここにいる間は魚食べ放題ですよ!」
「魔王軍は魔王様のために働くがつとめ。食料確保ならばカエデの町でマーズがやっとるだろうに!」
ここぞとばかりに不満を漏らすサターン。
そもそも食料関係はマーズの仕事なのだ。
さらにさかのぼれば、魔王軍の幹部がどうこうする仕事でもないはずだ。
不満が不満を呼び、ある種の徒労感を抱く。
「あんな失敗しなければ…!」
実はサターン、勇者の足止めという重要な作戦でへまをした。
勇者が渡るであろう吊り橋を落とし、足止めしたところで奇襲をかける作戦だった。
モンスターの配置も完了し、あとは吊り橋を壊すだけだった。
そこへ降り注いだのは巨大な火の玉。
信じられないほどのサイズ感で、待ち伏せていたモンスターを一瞬にして飲み込んだのだ。
部隊はあっけなく崩壊、作戦は続行不能となった。
「まぁ…あれは仕方がないですよ。あんな『天変地異』まで対応できませんし。」
「…。」
原因が原因だけに、魔王からのお咎めはなかった。
しかし魔王軍内部では、尾ひれのついた噂として広がる。
そんなほとぼりをさますという目的もあって、ハナミズキ・タウン近くの孤島まで出向くことになったというわけなのだ。
「マーズとも連絡がつかなくなったし、あいつこそ何をやっているんだ!まったくっ!」
「あれ、聞いてないんですか?マーズ様はつかまったらしいですよ?」
「な、何っ!?」
想定外の報告に、珍しく焦りの色を浮かべたサターン。
平静を取り戻すべく、自己都合的な理由を想像する。
「あ…あいつは調子に乗るところがあったからな。そうだ、どうせ下手うったんだろう。」
「一緒に行ってたやつらも捕まったみたいで。なんか最近多いですよね…。ハゼン様が捕まったあたりから…どうも…。」
「ふん…。」
疑問に自分でこたえを出したところで、再び魚の焼き加減をチェックした。
もう食べても問題ない頃合いだが、焦げ目がつくまではもう少しの辛抱。
ゆっくりと箸を置きなおした、次の瞬間。
「!?」
周囲の空気が凍り、空間を切り裂くような圧力が走った。
反射的に武器を構えようとしたサターンだが、震えることすら許されない状況。
石像のごとく固まってしまった身体。
わずかにでも気をぬけば、一瞬で意識をかりとられてしまうは必定。
必死に視線を動かすが、そこには意識を失った部下数名の姿。
「な…なんだこの…この世のものとは思えぬ威圧感は…!?」
数分の膠着。
なんとか呼吸を取り戻したものの、戦慄あるいは悪寒が身体を覆っている。
魔王軍の幹部をもってしても、意識を保つのが精いっぱいという圧力だ。
サターンは部下数名をひき、やっとの思いでアジトへと退避した。
「…。」
雲一つない青空、真夏の太陽。
その下で、魔王軍幹部のサターンは、ガタガタと震える夜を過ごした。




