98. 超高速水流切断
〇前回のまとめ
・オーガキングに抗おうとするハンターたちと合流。
・情報提供してもらっているうちに、ダーシャたちも駆けつけてきた。
・巨大な敵が目と鼻の先に迫っていた。
「きゃー! 追いつかれるー!!」
「ジェイラ、もっと速く飛ばして!」
「こ、これ以上は無理です!」
巨大なオーガキングは、ダーシャとジェイラ、そしてジュディを乗せたチェレンにロックオン。その背後まで迫り大きな足を持ち上げた。
「「「踏みつぶされる~~~!!」」」
「させない! 〈万物の根源たる水よ 我に力を与えたまえ ウォーター・ボール〉!!」
「〈ナイアガラ〉!!」
そこへ、エリンとハンナがオーガキングの顔の横まで飛んできて、同時に魔法で水を浴びせた。気を逸らされたオーガキングはたたらを踏む。
「へえ、なかなかやるじゃない!」
「そっちこそ」
邪魔をされたと、オーガキングはエリンたちを睨む。
蚊を握りつぶそうとするように手を伸ばしてくるが、エリンは氷のスケボーを旋回させてそれをかわす。
「エリン、もういっちょいくわよっ!」
「オッケーです」
エリンがスケボーを操作してオーガキングの周りを大きく回っている間に、ハンナは再び呪文を唱えだす。
「〈水の精霊・オンディーヌよ 友を守るため 邪悪な敵を打ち払え ウォーター・ピストル〉!!」
詠唱が終わるタイミングで、2人はオーガキングのほぼ真正面に来ていた。エリンもハンナに合わせて、「えいやっ」と先程と同じ魔法を発動させる。
「どうだ、水垢離には丁度良いだろっ!」
色んな器官が集中している顔は、あらゆる生物の急所だ。顔面いっぱいに攻撃を受け、さすがのオーガキングも無事では済まない――
「って、全然効いてないし」
「今度はこっちがやられるわよ! 一旦退きましょう!」
と思ったのも束の間、そいつは大きくかぶりを振って水を振り払う。
この時、相手に一発入れたことから生じた油断と、自分たちの攻撃が通用していないことへの動揺で、エリンにスキができていた。
エリンがハッと我に返った時には、自分の体よりも何倍も大きな拳が目前に迫っていた。
「な、〈南極大陸〉~!!」
間一髪のところで氷の壁を作り出す。
が、それもメガトンパンチによって呆気なく砕け散ってしまった。
「うわっ、全然ダメじゃん!」
そのままオーガキングの右ストレートはエリンたちに向かってくる。
高度を上昇させて回避しようとするも、オーガキングの拳がスケボーをかすり、その衝撃でエリンとハンナは空中へ投げ出された。
「うわあああぁぁーーーー!!」
「きゃあああぁぁーーーー!!」
自由に身動きが取れず、抵抗不可能な状態になった2人。白い脅威が狙いを定めたのはハンナだった。体が大きい方が狙いやすかったのかもしれない。
オーガキングは突き出した拳を、そのままハンナに向かって振り回そうとする。エリンが手を伸ばすも、2人の距離は開いていて届きそうもない。重力に逆らえないまま、ゆっくり流れる時間の中で、体が固まったかのように感じられた。
「〈フレイム・スロワー〉!!」
「〈ファイヤー・ウェーブ〉!!」
「〈ロック・キャノン〉!!」
ハンナの命運もこれまでか、そう思われた時だった。オーガキングはくるぶしに刺激を感じ、その手を止めた。
シルバーランクのパーティー『変幻自在』の魔法使い3人が、オーガキングの魔手からハンナを守ろうと一斉攻撃を行ったのだ。
「おい化け物! 俺たちを忘れるなよ!」
「とっととくたばりやがれっ!」
巨大モンスターは高いところから『変幻自在』を見下ろす。すると、さらに背中にチクチクとした感触を覚えた。
「アタシたちもいるのよ! そっちばかりに気を取られないでよね!」
山地を駆けるチェレンに乗ったダーシャとジュディが、立て続けに矢を射ってきた。
いずれも大したダメージはないのだが、それでも不快感は募るもの。オーガキングの表情は分かりづらいが、それでも顔をしかめたように見えた。
たしかに敵から襲われる危機はひとまず去った。だが、ハンナのピンチはまだ残っている。
エリンは念力でスケボーを取り戻し、それに捕まってハンナを追いかける。それでも、自由落下し続ける彼女には追いつけない。
「くそ、このままじゃ…………! そうだ、〈エベレスト〉ー!!」
高速ジェット気流が流れているという世界最高峰・エベレストの頂上をイメージした魔法。以前オーガと闘った時に使ったものだ。
空に向かって魔法を放った反動で、地上まで一気に加速する。
間一髪、地面スレスレのところでハンナの体を受け止めることに成功――
「ぐふうー!!」
したかに見えたが、如何せんエリンの腕は細く非力だった。ハンナの体を支え切ることができず、エリンは下敷きとなって地面に突っ込んだ。
「な、なんとか間に合った…………がく」
「エ、エリン~!!」
「ちょっ、ぐるじい。首しまってるぅぅ~」
その後取り乱したハンナをなだめ、戦場に戻るか撤退するか決めようとした時だった。
ドゴォォォォォォン
「キャ! な、何なの!?」
「地震!?」
強い揺れを感じ、このままでは危険だと、2人は再び空へ飛び立つ。
上空から辺りを眺めると、まず目につくのは大きなオーガキング。ただ、ずっと歩き回っていたはずのオーガキングは、しゃがみこむような体勢になっていた。
「や、やっつけたの……?」
「……にしては元気そうですよ」
位置を変えて違う角度から見てみると、オーガキングは双の拳を地面に付けている。
「アイツ、地面を叩いて地震を起こしたっていうの!?」
「まっさかー。……とも言えないんですよね」
「エリン、あれ見て!」
規格外のパワーに苦笑いしていると、ハンナが何かを見つけたらしい。
彼女の人差し指が示す先を見てみると、見覚えのあるメンツが木の下でうずくまっていた。『変幻自在』のハンターたちである。
「あの人たちでも敵わないなんて……。そうだ! ジュディは? ジュディたちは無事!?」
「お、落ち着いて。あっちにはチェレンがいるから、きっと大丈夫ですよ」
地上を探してみるが、仲間たちの姿は見つからない。
ハンナは顔を曇らせるが、エリンはそこまで心配していなかった。誰か負傷したなら安全な場所まで避難しているはず。それよりも今は、目の前の敵と立ち向かわなければならない。
「そ、そうね…………って、くるわよ、エリン!」
「わっ!!」
他のハンターたちからの邪魔がなくなったこともあってか、執拗にエリンたちを捕まえようとしてくる。
オーガキングからすれば、顔の周りをコバエがブンブン飛び回るようなもの。鬱陶しいことこの上ないに違いない。
「ブ、〈ブリザード〉!!」
敵の攻撃から逃げながらも、隙を見てはこちらも反撃する。
『変幻自在』による火魔法があまり効いていなかったことから氷ならどうか。そう思って試してみたが、こちらも効き目は小さいみたい。どうやら、あの鈍色の肌は断熱効果にも優れているらしい。
「あーもう! ハンナにもっと強い魔法があったら良かったのに! なんで水なのよ!!」
ハンナが自分の不甲斐なさに苛立つが、それはエリンも自分自身に対して同じようなことを思っていた。
お尋ね者のバトラーや怪盗ヴィンデックスのように、威力の大きな魔法があれば戦況も変わっていただろう。水流程度では敵を弾き飛ばすことくらいしかできやしない。
「ねえエリン、お願いがあるの。アイツの頭の上にまでちょっと飛んでいってくれない?」
「……一応聞いておきますけど、何するつもりですか?」
ただオーガキングのハゲ具合を観察したいからとは到底思えなかった。ハンナが何かやらかそうとしているに違いないと、エリンは慎重に判断した。
「斬ってやるのよ! ハンナは剣を持ってるの。空からアイツの頭を叩き斬ってやるわ!!」
「無茶ですって! 剣と言っても、どうせ解体用の短剣とかじゃないんですか」
「だ、だったら何よ! やってみないと分からないじゃない! ここで死ぬか、数時間後に死ぬかの違いよ!」
「…………」
ハンナの悲痛な叫びに、エリンは返す言葉が思い至らなかった。
それでも、みすみすハンナを殺すようなマネなんてできない。ただただオーガキングの周りを飛んで攪乱するばかりだった。
(うん? 斬る、kill、切る…………。待てよ…………)
と、そこでエリンは何やら思い出した。
熱に弱い金属を切断する際に、水を用いるという方法を聞いたことがある。圧力を加えた水をものすごく小さい穴に通して放出し、物質を切断したり頑固な汚れを落としたりできるというものだ。金属だけでなく、プラスチックやガラスまでも加工できるという。
実際には、切断というよりは水が当たった部分を飛ばすというイメージに近い。
エリンの得意な魔法と言えば、〈ナイアガラ〉という、大きな水流で敵を弾き飛ばす技だ。今のままでもかなりのスピードが出ていると自負している。
それなら、その水流の断面積を小さくすれば…………。そう考えていた時にオーガキングと目が合い、エリンは息を飲む。
「どうせダメもとなんだ。考えてるヒマがあるなら試してやる! そりゃあああああっ!!」
「エ、エリン!?」
突如魔法をぶっ放したエリンに、ハンナが目を見張る。だが、エリンはそんなことなど気にする間もなく、〈ナイアガラ〉の水流を細くして勢いを増していく。
「もっと、もっと絞らなきゃ!」
「ガンバレ! エリン!!」
たしかに威力は強まったようだが、まだまだ足りない。これだと人間消防車だ。
体のエネルギーが搾り取られていくような感覚に、意識が遠のきそうになる。ギリギリのところで耐えながら、さらに力を注ぎこんだ。
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 〈超高速水流切断〉!!!」
ミシン針のように細く、しかしあらゆる物を跳ね飛ばす水流がエリンから伸びていく。そして、一筋の水はオーガキングまで一直線。その眉間を貫いた。
全身の力を使い切ったエリンは、そこで意識を手放した。




