96. ハンターフェスティバルⅥ
〇前回のまとめ
・『ホワイトエンジェル』のメイリが、大会本部にオーガキングの出現を報告する。
・憲兵のセルゲイは懐疑的。
・ギルマスは部下へ指示を出すも、万策尽きようとしていた。
『トリコロール』の3人は、メイリを除く『ホワイトエンジェル』とともに、【朗らかな山】の山道を移動している。あの後彼女たちと遭遇し、町の非常事態ということで、勝負を中断して同行することになったのだ。
エリンが「行きたくない!」と駄々をこねたところ、「後輩ちゃんたちにとってはどうでもいい町かもしれないけれど、ハンナたちにとっては大切な故郷なのよ」と悲壮感を漂わせてきたせいで、断り切れなかったのだ。
“我が子を戦地へ送る母の気持ちを思い知らせる作戦”(エリン命名)に、まんまと嵌められた形である。
「『ダーク・ダンス』のヤツらは、“鼠色のオーガ”と言ってたわね。普通のオーガとどう違うのかしら?」
「ネ、ネズミを使役してくるとかっ」
「こんな山にネズミなんているのかしら?」
「うぅ、ご、ごめんなさい…………」
即座に否定され、ヘレンはしょんぼり。
「いや、案外ネズミくらいいるもんだよ? チェレンだって普段は姿を隠してるし。ゴキブリだっていないと思ってても、家中にいるもんだよ」
「チェレンをゴキブリと同じみたいに言わないでくださいっ!」
「た、たしかに。言われてみればそうかもね…………って、うわぁ!?」
その時、一行は地面が大きく揺れるを感じた。少女たちは一旦停止して体を支え合う。
「な、何なのよ一体っ!?」
「あ! 皆さん、アレを見てください!」
「何があるって言うの…………なっ!?」
ジェイラの指す先を見てみると、彼女たちは衝撃のあまり息を飲んだ。
そこにいたのは、体長10メートルに達するほどの巨大なモンスターだった。さっきまで四足歩行だったため見えなかったのだが、両足で立ち上がった今、その姿を衆目の前にさらしていた。
「でっか」
あまりのテラサイズに、思わず意識が遠のきそうになるほどだった。
全身が鈍色の毛に覆われ、その隙間からギラギラした目と臭そうな口を覗かせている。エベレストにはイエティがいるなんて伝承がある。色こそ違えど、眼前のモンスターはまさしく、そのUMAを想起させるかのような存在だった。
「……あんな強そうなモンスター、私たちに倒せるんでしょうか?」
「個々のパーティーじゃ難しいです。で、でも、皆さんが力を合わせれば……」
「ヘレンの言う通りだわ。他のハンターたちと力を合わせれば、きっと倒せるはず。ハンナたちも行くわよ!」
拳を握るハンナに、一同は力強く頷く。
「エリン、アンタは空から状況を見てきて。アタシたちもすぐ行くから!」
「オッケー」
そして、エリンが氷の板を上昇させようとした時だった。
「ハンナも乗せて!」
「うわっ、ちょっと!? 危ないって」
「後輩ちゃんひとりに行かせるなんて、先輩としてあるまじき行為よ。ハンナも付いてく、か、ら…………」
板をつかんで、ハンナがエリンの足元までよじ登ってきた。
エリンと目線を合わせてドヤ顔を作るハンナ。だが、うっかり下を見てしまい、顔を青くさせていく。
「大丈夫ですか? 一旦降りましょうか?」
「へ、平気よ、ここっこれくらい…………」
ハンナは体を震わせており、とてもじゃないが平気とは思えない。
(ま、いっか)
どうせ一度引き返すつもりだし、自分だけでは見落とすこともあるかもしれない。いつぞやのダーシャみたいに気絶されない限りはマシだろうと、エリンはそのまま動き出した。
♦
「坊ちゃん、あのモンスターは私でも太刀打ちできません。万が一が起こる前に戻りましょう」
巨大なオーガキングの姿を見て、マチアスは護衛対象のボニファーに【朗らかな山】からの退却を提案する。
彼らは丁度オーガキングの頭と同じくらいの高さにおり、開けた場所からはモンスターが暴れている様子がよく見えた。何人かのハンターがオーガキングを攻撃しているが、蚊の刺す程度の感覚でしかないみたいで、どれも効果はいまひとつのようだ。
マチアスも檄を手にしているが、果たしてどこまで通用するか。
「何言ってるんだ、マチアス。ここで逃げたら僕の負けになるじゃない。金輪際エリンさんにアイツが近づかないようにさせるためにも、このまま引き下げるわけにはいかないんだ」
「しかし…………」
けれども、ネストルとの勝負、そしてエリンに自分のカッコいいところを見せたいということで頭がいっぱいになっていたボニファーは聞く耳を持ってはくれない。崖の下でゴブリンと闘うネストルばかり見ていて、オーガキングをほとんど意識していなかった。視野が狭いといっても限度があるだろうに。
「そもそも、万が一のためにマチアスがいるんでしょ。僕は逃げないぞ…………あ」
ボニファーがさらに進みだそうとした時だった。
振り向いたオーガキングの、白い毛の奥で光る目がボニファーをとらえていた。
「な、なんだ!?」
「坊ちゃん危ない!」
マチアスが叫んだ時には、オーガキングの大きな拳がボニファーに迫っていた。
咄嗟にマチアスが檄を投擲したことで、拳の軌道が逸れてギリギリ直撃コースを回避する。しかし、拳はそのままボニファー足元を殴打。その衝撃でボニファーは崖から足を踏み外してしまった。
「うわああああぁぁぁ!!」
体を回転させながら、傾斜に沿って転がり落ちる。
そして、そのまま背中を強く打ち付けた。
「いててて…………」
頭をぶつけなかったのは不幸中の幸い。ジンジンする背中をさすりながら上体を起こす。
「――え?」
ボニファーが行きついた先は、オーガキングの足元だった。
白い猛獣は今度こそ獲物を逃がすまいと足を振り上げた。
「坊ちゃーん!!」
護衛対象のピンチにマチアスが崖を滑り降りるも、到底間に合わない。ボニファーの命運もこれまでか。
そう思われた時だった。
「…………え?」
「ぐあああぁぁぁ!!」
気が付くと、ボニファーは再び地面を転がっていた。だが、巨大なモンスターに襲われたというにはダメージが小さい。
そして、彼の耳には自分でもマチアスでもない、他の誰かの叫びが聞こえていた。
「何が…………って、お前は!?」
ボニファーが顔を上げると、彼の目の前には同世代の少年が落ちていた。
それは、エリンをめぐって自分と争っていたネストルだった。ボニファーを突き飛ばし、代わりにオーガキングの蹴りを喰らったのだ。
オーガキングの暴行によって肋骨は折れ、内臓にもかなりのダメージが。いつ死んでもおかしくない状況だった。
「へっ、情けねーとこ見られちまったな……」
「なんでこんなことをしたんだ!? どうして僕を庇った!?」
「フン、目の前で死なれちゃ、目覚めが悪いからな」
「貧民の分際で、なにカッコつけてるんだよ……!」
オーガキングは高いところから2人の少年を見下ろしている。そこへ、下からとんできた何かが、そいつの顔に当たった。
飛んできた方を見ると、スパイラルパーマの男がいる。マチアスがオーガキングの注意を引きつけようと、回収した戟を投げつけたのだ。
「おい化け物、こっちだ。捕まえられるものなら捕まえてみろ!」
侮辱されたオーガキングはマチアスに狙いを定め、少年たちから離れていく。
おかげでボニファーの危難はひとまず去った。しかし、重症のネストルは起き上がることもできない。ボニファーひとりでは、大柄なネストルを抱えて歩くことも難しい。
「ほら、せっかくあの人が身代わりになってくれたんだ。早く逃げろよ。……良かったな。これで俺に勝てるぜ」
「ふざけるなっ。こんなことで勝ったって喜べないよ!」
「そうか。……お前なら、エリンを託せるかもな。頼んだぜ。アイツ、意外と無茶するからよ」
ネストルの目はボニファーを向いているが、その焦点は合っていない。
「エリンさんを頼まれる代わりに、僕もお願いしてもいいかな?」
「……なんだよ?」
「僕と、そのぉ…………と、友達になってくれないか」
ネストルは閉じかけていた眼を少し開いて驚きを表した。そして小さく鼻で笑った。
「はっ、何言ってんだ。バカじゃねえのお前」
「うっ、すまない。変なこと言って。忘れて――」
「俺たちはもう、友達だろ」
「っ!?」
一度顔を逸らしたボニファーだが、ネストルの言葉を聞いてすぐさま彼の顔を向く。
しかし、ネストルはすでに目を閉じていた。
「……ネストル? おい、しっかりしろ! おい! おい!」
ボニファーが体を揺さぶるが、ネストルの返事はない。
現実を受け入れられず、ボニファーは固まってしまった。
「ソーニャ、こっちの方は大丈夫みたい。今のうちに行こ」
「……帰りたい」
「ハハハ、そうだね。でも、まずは私たちにできることをしないと。ここで頑張って、終わったらケーキ食べに行こうね」
「……ん」
ボニファーのそばを、2人の少女が通りかかった。1人はネイビーのロングヘアで、もう1人は小柄で寡黙な少女だった。
「あ、ソーニャ。こんなところに怪我してる人がいるよ。えっと、その……」
親しい友人といるときは普通に話せていたが、そうでない他人とのコミュニケーションは苦手。コミュ障あるある。
「……ヘレン、邪魔」
「あう」
タジタジになったヘレンをどかし、ソーニャはぐったりしているネストルの横でしゃがみこんだ。
「え? えっと、あなたは……?」
「……〈医術の神・アスクレーピオスよ 彼の者の傷病を癒すため 我に力を貸したまえ メガヒール〉!!」
「っ!?」
自分など存在していないかのような扱いにボニファーはきょとんとするが、そんなことお構いなしにソーニャは回復魔法を使う。
その小さな手からこぼれた光がネストルを包み込み、やがて彼は穏やかな呼吸を取り戻したのが分かった。
「さすがソーニャ! 天才回復士!」
「……ふっ、当然」
ヘレンにおだてられたソーニャは、頬を染めながらドヤ顔をした。
「……じゃ」
「え、ええっ!? いや、“じゃ”って……」
「ケホ、ケホ…………。うん? 俺は?」
「ネ、ネストル!?」
さっきまで瀕死だったはずのネストルは、何事もなかったかのように起き上がって目をパチクリと瞬かせた。なにがなんだかで、ボニファーと顔を見合わせる。
「「…………はっ!?」」
その時、2人の脳内に少し前の出来事がフラッシュバックした。
『僕と、友達になってくれないか』
『何言ってんだよ。俺たちはもう友達だろ』
「「……………………」」
2人はかあっと顔を赤くし、気まずい沈黙が流れる。
「ああっあの、ささっきのことなんだけど……」
「ああああれ、ななな何のことだっ。よよよよく覚えてないな~。回復魔法の副作用で記憶がおかしくなっちゃったのかな~」
「いや、回復魔法をかけられたのは俺だろ」
「分かってるよぉ! そういうことにしてくれよぉぉぉぉぉ!!」




