95. ハンターフェスティバルⅤ
〇前回のまとめ
・偵察に出ていたメイリが巨大なモンスターを発見する。
・ハンナたちは町のピンチのために行動することを決意。
・一方その頃、エリンたちは『ダーク・ダンス』の2人と遭遇して捕縛した。
「ギルマス、大変です!」
山麓にあるハンフェス運営本部のテントに、メイリは息を切らして駆け込んだ。
「おう、どうした、そんなに血相変えて」
ギルマスは椅子に腰を下ろして憲兵のダルトワ相手にチェスに興じていたが、メイリの様子に手を止めた。
「巨大なモンスターが山から下りてきます! このままじゃ、町が危ないです! 早急に対策をお願いします!!」
「巨大なモンスターだと? そんなヤツが生息してるなんて話、聞いたことないぞ」
彼は半信半疑で、即座にメイリの知らせを受け入れることができなかった。ダルトワと顔を見合わせるが、彼も首を傾げた。
ギルマスは何十年もハンフェスに携わっており、大会開催に先立って会場となる【朗らかな山】の安全確認に自ら足を運んでいるほどだ。それなのに、これまで一度もそんなモンスターがいるなんて見聞きしたことがない。にわかには信じがたいことだろう。
「おいおい、いい加減なこと言って大会を混乱させようって腹積もりじゃねーだろーな? どうせ思うようにポイント稼げなくて、大会自体ひっくり返そうとするつもりだろ?」
口を挟んできたのは、憲兵のセルゲイだった。対局の傍らで昼寝していたが、メイリの物音で不機嫌そうに上体を起こしていた。
「そんなことありませんっ! とにかく、このままだと町が大変なことになります! 何とかしないと――」
「まーまー、そう慌てなさんなって。第一、今はあの山でハンフェスをやってんだろ? ハンフェスってのは腕に自身のあるハンターどもがモンスターを退治しまくるイベントだ。多少のイレギュラーがあったって、ハンターたちが何とかしてくれるさ。なんてったって、シルバーランクやら町の英雄様とやらが参加してくださってるんだからな」
たっぷりと皮肉をこめられた物言いに、メイリはムッとする。頼みの綱となってくれそうなギルマスをチラと見るが、彼は眉を曇らしており、あまり期待はできなさそう。
「だがセルゲイ、この子の言う通り、万が一ということも…………」
「あー、いかん。いかんな~、ダルトワさんよぉ」
ダルトワがメイリの報告を聞き容れようとしたとみるや、セルゲイは彼の肩に腕を回してそれを阻む。
「そんなトラブルなんて滅多にありゃしねえんだ。用心するだけ苦労の無駄ってもんよ。巨大っつったって、どうせオーガより頭ひとつデカいくらいだろうし。俺たちゃ、もっと気楽に構えとけばいいんだって。な、ギルマスさんよ?」
「う、うむ…………」
「だいたい、市民はハンフェスを楽しみにしてたんだ。大したことねーのに中止してみろよ。不満の矛先は誰に向けられる?」
「…………」
ギルマスは渋い顔になってセルゲイを見る。
「それに、危険なモンスターがいるってのにハンフェスを開催したってなりゃ、ゴーサイン出したアンタもタダじゃすまねーぜ」
「んなっ、そりゃいかん!」
折角手に入れた地位を失うのはあまりにも痛い。ギルマスはすっかりセルゲイに説き伏せられてしまった。
メイリの希望が潰え、自分だけでも戻るしかない。そう彼女が思っていた時だった。
「ギルマス、大変です! すぐに来てください!」
「今度はなんだ? お前も大きなモンスターを見たって言うんじゃないだろうな?」
「大きいなんてもんじゃないです。化け物ですよ! いいから早く!」
駆け込んできたギルドスタッフの動揺ぶりに、ギルマスはダルトワと顔を見合わせた。だが、さすがにそのままジッとしているわけにもいかず、腰を上げてテントの外へと向かう。
「心配しなくていいって、ギルマスさん。チェスの続きでもしてろよ」
「いや、そうもいかん。ウチのモンまで同じことを言い出したんだ」
ギルマスの背を見送ったセルゲイが小さく舌打ちしたのを、メイリは聞き漏らさなかった。
巍巍たる山頂を見上げ、ギルマスは息を飲んだ。
「な、なんだ、あれは!?」
「あんなデカいモンスターがいたのか!?」
「に、逃げろっ! 俺たちじゃ敵いっこねー!!」
すでにテントの外で人々は混乱に陥っていた。
目覚めた巨大モンスターの図体は山の樹木よりも大きい。さらに、その鈍色の体は緑色の樹木の葉によく映えていたこともあって、【朗らかな山】にいるハンターたちだけでなく、山麓のギルド関係者、そして【ケークタウン】の人々にもよく見えた。
引っこ抜いた木を振り回したり、足元のハンターを投げ飛ばしたりして暴れているのが山の下からでも分かる。
「オ、オーガキング、だと……!? なんであんなバケモンがここに……? おい、誰か報告しろっ!」
「そ、それが、突如山の上の方から現れたとしか……」
異変を目の当たりにしたギルマスは、山から目を離せないまま怒鳴った。モンスターの巨躯を目の当たりにした直後こそ動揺したが、すぐさま部下に指示を出す。
「ええい! お前は憲兵団トコに行って、町の人を避難させるように頼んで来い。ハンターたちにはあの化け物退治に当たらせろ!」
「は、はいいいいいぃぃぃ!!」
「な~に、今あの山には『変幻自在』や『狩猟の真髄』みたいな高ランクの連中だっている。あれくらい何とかしてみせるさ」
自分が慌てれば、それが部下に伝わって不安が広がる。部下を励ますように、彼は言葉に力を込めた。
「ギ、ギルマス! 報告です!!」
「何だ!?」
指示を与えた部下が去ってから、自分もできることをしようと動き出した矢先、今度は別のスタッフが彼のもとにやってきた。
「ブロンズランクパーティーの『狩猟の真髄』が巨大モンスターと会戦し、激闘の末に負傷して撤退! さきほど回復班の治療を受けていました」
「よし、回復魔法が済んだらもう一度向かってもらおう!」
「ただ、すっかり戦意を喪失しており、『もうおウチ帰る』と言って帰宅されました」
「…………え、マジで?」
我が耳を疑い、素っ頓狂な声が出た。
俺、クビになるんじゃね? なんて考えがギルマスの頭をよぎる。
「申し上げます!」
「おう、今度は何だ!?」
そこへ、さらに新しい報告が舞い込んでくる。
今度こそ吉報であってくれと、一縷の望みにかける。
「シルバーランクの『変幻自在』からギルマスへご伝言です。『あのモンスターは自分たちには倒せそうにない。しばらく時間稼ぎをしてみるので、その間に市民を逃がしてほしい』とのことです」
「おお! アイツらなら――」
「パーティーリーダーのピエールさんは、『俺、この闘いが終わったら結婚するんだ』と言ってました」
「あ、これアカンやつ」
引責辞任じゃ済みそうにもないな。ギルマスは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。




