89. 祭りのプレリュードⅢ
〇前回のまとめ
・憲兵のダルトワとセルゲイが話しかけてきた。
・不遜な態度で、先日の冤罪未遂について謝罪された。
・ついにはダルトワが逆切れしてきたが、エリンの魔法で追い払った。
「「「あ」」」
「あら、後輩ちゃんたちじゃない」
ハンフェスの参加手続きを済ませてその辺をぶらついていると、『ホワイトエンジェル』の5人と出会った。
(この人たち、喋らなきゃみんな美人なんだよなぁ。ウザイおっさんに絡まれたばかりだから、なんかこう、目と心が洗われる感じがしていいね)
「な、何よ、気持ち悪い顔して。言いたいことがあるなら言いなさいよっ」
「気持ち悪い!?」
アラサー男性がJKにこんなことを言われたら、誰だってショックを受ける。
ハンナの一言に、エリンは心をへし折られそうになった。
「うぅ、これが娘に嫌われる父親の気持ちか……」
「ちょっとハンナ、何エリンちゃん泣かせてんのよ!? アンタの寝顔の方がよっぽどキモいじゃん!」
「寝顔がキモいってどういうことよ!? ジュディのすっぴんなんて目も当てられないじゃないの!」
「あーはいはい。いい加減にしないと、またヘレンにアレやってもらうよ」
「「うっ」」
地球だったら世界的なモデルにだってなれそうなハンナとジュディだが、その気性は激しく、幼稚な面もある。
そんな2人と、ネガティブなヘレンに極端なまでに喋らないソーニャ。個性的なメンバーを取りまとめるメイリの気苦労は計り知れない。
「フッ、そんな調子じゃ先が思いやられるわね」
「なにを~!! ハンフェスまで待たずとも、ここで決着をつけてやろうじゃないの!」
「やってやるわよ」
「こらこら。てか、今のは君が悪いからね」
メイリはハンナを押さえつつ、挑発したダーシャをたしなめた。
ダーシャはそっぽを向こうとしたが、ジェイラに小突かれてイヤそうに頭を小さく下げる。
「ま、とにかくお互い正々堂々と闘おうよ」
「が、頑張りましょうね!」
「…………負けない」
「お、おおっ…………」
やる気に満ちあふれた目を向けられ、エリンたちは後ろめたさを感じた。
『トリコロール』は“環境がイヤになら逃げてしまえ作戦”(エリン命名)を断行するつもりだ。『空飛ぶシュトゥルーツ』の目を欺くためとはいえ、作戦の一環として彼女たちを利用する形になってしまうことに、心の中で謝罪した。
「あれ~? どしたのエリンちゃん。元気ないじゃん。トイレならあちきが一緒に行ったげるよ」
「いいいいいいえっ、結構でしゅ」
ジュディに背後から抱き着くように腕を回され、エリンは挙動不審になった。
そんなエリンの様子に、メイリたちが訝しむような目を向けてくる。
「き、緊張してるんですよっ。今まで他のパーティーを競り合うことなんてなかったんで。それに、今回ははじめての場所なので、不安になるのも当然です!」
「そそ、そうなんだよ! 初めてだと不安になるよね!」
ジェイラが機転を利かせてフォローしてくれたので、エリンもそれに乗っかることにした。
挙動不審の原因は他のところ(主にジュディ)にもあるのだが、そんなことを知られれば、余計に話がこじれるだけ。仲間との信頼関係も崩壊してしまうかもしれない。
「できれば今日の舞台について教えてくれない。あと腕放して」
「や」
エリンの願いも虚しく、ジュディはさらに腕の力を強めてきた。柔らかく温かい感触が伝わり、エリンの顔色が悪くなる。
しゃがみこんで抜け出そうとするも、頭が膨らみにつかえて動けなくなる。2つのクッションを枕にする形でエリンは封じ込められた。
「そっか。まだ開始まで時間があるみたいだし、説明してあげるよ」
(え、放置!?)
ハンナは抑えるくせにジュディはほったらかし。エリンの驚愕と悲哀にも構わず、メイリは山を指して話を続けた。
「ハンフェスの舞台となるのは、あの【朗らかな山】っていうエリアだよ。ゴブリンやコボルトといったノーマルランクでも倒せるモンスターから、オーガのように中上級者向けのモンスターまで生息してるんだ」
ダーシャとジェイラは、メイリの示す山を見上げた。
標高は約1,000メートルで、表面は木々に覆われている。麓からは枝葉に隠れてモンスターの姿はうかがえないが、彼女の話を聞いて、何か生きた存在が動いているように感じた。
「山の高くに上るほど強力なモンスターが棲んでいて、生息エリアがモンスター内のヒエラルキーを表してるとも言われてるんだ。
なんでも昔は別の名前だったみたいだけど、あそこでハンフェスが行われるようになってから今の名前になったんだって」
「ハンフェスの起源は、山を下りて町を襲いに来るモンスターを倒すために人々が強いハンターを集めようとしたことだと言われてるわ。今ではモンスター対策というより、町興しの色合いが強いわね」
「「へ~」」
ハンナたちの解説に、ダーシャとジェイラは口をそろえて納得した声を出した。
「今回も色んなパーティーが出てるけど、優勝候補はやっぱり『変幻自在』だね。魔法使いを中心としたシルバーランクのパーティーで、ケークを代表する存在なんだ! あと、『狩猟の真髄』もアツいね!」
「…………ダークホースは『ホワイトエンジェル』」
「ソーニャ、いいこと言うじゃない!」
熱く語り出したメイリの陰で、ソーニャがボソッと呟いた。
ハンナに頭を撫でられて照れたのか、ソーニャは少し頬を染める。
「あ、そうそう。エリンちゃん、気を付けてね」
「?」
今度はジュディが、自分の胸の中にいるエリンに言った。
とっくに抵抗する術も気力も失ったエリンが目で疑問を伝えると、ジュディはエリンに顔を向けず、近くにいるハンターたちを顎で示した。
「ほら、あそこに黒いカッコした3人組がいるじゃん。アイツら、この間までパープルプラント商会の用心棒だったの」
「パープルプラント……?」
「私たちが捕まえた誘拐犯と裏でつながっていたところですね」
ジェイラがそう言うと、ジュディは静かにうなずいた。
すると、彼らの存在に気付いたメイリが、呆れたように言う。
「あー、あの人たち、ハンフェスに出るつもりなんだ……」
「町でも評判悪かったし、親玉つぶしたエリンちゃんたちに嫌がらせしてくるかも…………っ!?」
「お!?」
エリンがぼんやりとそちらを眺めていたら、いきなり景色が変わった。ジュディがエリンを抱えたまま体を回転させたのだ。
「おーおーおー。これはこれは、ケークの大英雄様じゃないですか」
「…………何か用?」
話しかけてきたのは、不良漫画に出てきそうなヤンキーたち。今しがた話題になったばかりの3人衆だ。
彼らに返したジュディの声は、エリンの氷よりも冷たいものだった。
「まーまー、そうカリカリしなさんな。大会前にライバルんとこに挨拶しに来ただけなんだから」
「信用できないじゃん。だいたいアンタたち、去年までハンフェスに出てなかったじゃないの」
エリンからは見えないが、ジュディの表情はかなり険しくなっていた。
「いやいや、俺たちは単純に賞金を狙いにきただけだ。オメエらも目的は同じだろ。こちとら稼ぎ口がなくなったせいで最近金欠なんだ」
真ん中にいた不良は『トリコロール』を見下ろしながた言った。その言葉には嫌味が込められているように感じ、ダーシャはそいつを睨みつけた。
「おー勇ましいねぇ。さすがガキの分際でラカムたちを倒しただけはあるわな」
不良の挨拶とは、敵を煽ることを意味するのだろうか。
少女たちは恐れることなく無言の憤怒を向けた。
「アンタたち、挨拶しに来たんならさっさと済ましてくんない? こっちはエリンちゃんを堪能中だっての」
「ヘッ、そうかい。女のじゃれ合いなんてこっちも興味ねえ。とっとと終わらせてやるよ。俺たちは『ダーク・ダンス』。スーパーランクのパーティーだ。俺がリーダーのアン」
「同じくダン」
「テー」
(アンダンテ?)
「ほんじゃ、よろしく頼んまっせ。お嬢さん」
「ケッケッケ」
『ダーク・ダンス』は自己紹介を終えると、ニタニタと笑いながら歩き去っていった。
彼らの背に向かって、ハンナたちが舌を出す。
「べーだ。何よアイツら、むかつくわね」
「ホント、男ってロクなヤツがいない。あちき、男なんて大っ嫌い!」
「そ、そうですか…………」
自分の正体がジュディにバレたら、間違いなく殺される。
魔法のある世界だから、探せばどこかに性別を換える方法があるかもしれないと期待したこともあるエリンだった。だが、最早引き返せないところまで来てしまったように思うのだった。
「おい、準備はできてるだろうな?」
8人の少女たちから離れた場所で、『アンダンテ』アンは仲間の2人に尋ねかけた。
「もちろんだぜ、アン。ちゃんと持ってきてある」
「ああ、バッチリだ」
「そうか。それならいい」
ダン&テーの答えに、アンは満足そうに頷く。
そして一度立ち止まると、肩越しに『トリコロール』をナイフのような目で睨みつけた。
「あのクソ女どもが。目に物見せてやる……!」




