88. 祭りのプレリュードⅡ
〇前回のまとめ
・ハンフェス当日、『トリコロール』は開催地へとやってきた。
・気を引き締めるダーシャとジェイラに対し、エリンはのんきに買い食いしていた。
・受付に向かったところで、ダーシャが何かを見つけたらしい。
「どしたのダーシャ」
いきなり咽喉に負担がかかる声を発したダーシャに、エリンがそのワケを尋ねた。
「い、いや、なんでもないわ――」
「あ!」
ダーシャは見たくないものに目を向けないように、慌てて外側に背を向けた。だが、ダーシャが動揺した原因に気付いたのか、ジェイラも驚きの声をあげた。
「え、なになに?」
「エリン、見ちゃダメよ」
ダーシャの忠告よりも好奇心が勝り、エリンはダーシャの肩越しに覗こうとした。
ところが、辺りにいたのはハンターや憲兵ばかりで、何に驚いたのかは分からなかった。ネストルやボニファーの可能性を考えたが、それはハズレだったみたい。
「…………ん?」
面白そうなのを探して見回していると、警備に当たっていた憲兵2人組がエリンに気付いたようだ。
何か怪しまれる要素でもあったのか、こちらへ向かってくるではないか。
「えっと…………何か来るんですけど」
「うわっ、気付かれたか」
その反応をみるに、どうやらダーシャを驚かせたのは、その憲兵たちだったようだ。
「ねぇ、あれ誰? ダーシャのお父さん?」
「違うわよ。もう忘れたの? この前会ったばかりじゃない」
呆れたようなダーシャに対し、エリンはキョトンとして首をかしげた。
そんなエリンに、ジェイラが言った。
「ほら、子供たちを助けて町に入ったときに、私たちを犯人扱いして逮捕しようとした人ですよ」
「ん、あ、あ、あー! はいはい、分かった」
ジェイラに教えられて合点がいったエリンは、左の拳で右の掌をポンと叩いた。
以前、エリンたちを児童誘拐犯と決めつけ、冤罪を吹っ掛けようとしたダルトワ隊長とその同朋だ。
その際はエリンのハッタリで被疑者に仕立て上げたのだが、さすがに釈放されたみたいだ。
「よう、お前らも出るのか?」
背の高いダルトワ隊長は『トリコロール』の前に来るや、小柄な少女たちを見下ろして言った。
ただでさえ自分たちに害をなそうとした事実を思い出したところへ高圧的に話しかけられたもんだから、さっきまでお祭り気分を堪能していたエリンでも、一瞬で目つきを険しくした。
「そうですよ。ハンターなんだから、別におかしくないですよね」
「それは、そうだが…………」
「それとも何ですか。まさかもう一度私たちを犯罪者にでっち上げる機会をうかがってるですか? そうでもないと、わざわざ話しかけてくるなんてことしないですよね」
明らかな敵意を向けられるも、ダルトワ隊長はその原因を理解しておらず、再びエリンたちに同じ姿勢のまま話しかける。
「あー、先日は悪いことをしたな」
「…………は?」
発言と態度が一致していない。頭を1ミリも下げない謝罪に、煽られているようにさえ感じられた。
「いやあ、そう怒りなさんなって」
すると、そこへダルトワ隊長の隣にいた同僚の・セルゲイが口を挟んできた。
「なかなか犯人の手がかりすらつかめないもんだから、俺たち憲兵も焦っていたんだ。ダルトワも悪気があってやったんじゃないからさ。てか、そもそも実際にお前らを逮捕したわけでもないし、コイツは悪くないよな?」
「馬鹿じゃないの?」
フォローするつもりかは知らないが、全くもって逆効果。さすがのジェイラも眉をひそめ、ダーシャに至っては普通に口に出てしまった。
まだ末端の教師が起こした不祥事に対する教育委員会の謝罪の方が受け入れられる。アイドルの「ファンの皆さんのおかげです!」とかいう心にもない言葉の方がよっぽどマシってもんだ。
「いえ、終わったことですし、もう結構です」
「はあ!? 俺たちが謝ってるってのに何だその態度は!?」
突如、セルゲイがエリンに怒鳴り散らした。
人の多い場所で騒いだせいで目立ってしまった。だが、相手が相手だけに、介入しようとする人は現れなかった。勤務中の憲兵の機嫌を損ねれば、公務執行妨害で逮捕されかねない。
「小娘がっ。俺たちより先に手柄上げたからって調子に乗りやがって…………ん!?」
セルゲイはエリンの肩をつかもうと手を伸ばしかけたところで、何か異変を感じ取った。
つい先ほどまでお祭りするにはもってこいというような、うららかな天気だったハズだ。それなのに、いつの間にか雪国に放り込まれた寒さに襲われていた。
訝しんで周囲を確認してみるが、違和感があるのは自分たちだけらしい。
恐る恐る3人娘の方へ顔を向け直すと、ゴゴゴゴゴという擬声語が聞こえたような気がするではないか。
目を伏せると、青い少女の影の奥から、何か凶暴な存在が飛び出してきそうな恐怖を感じる。
「アンタたち。アタシたちが犯罪者を捕まえたのをマグレとでも思ってるの?」
「「…………っ!?」」
やけに落ち着いたダーシャの言葉に、セルゲイたちは思わず背筋がゾクっとした。さらに冷気が強められ、全身に鳥肌が立ち、歯はガタガタと震え出す。
そこでセルゲイは思い出した。『ブラック・ネイル』の捕縛に向かった憲兵から、犯人たちが洞窟の中で氷漬けにされていたという話を聞いたことを。
そのときは話を誇張しているとばかり思っていたが、それが事実だったと今になって理解できた。
「ねえ、聞いてるじゃない。答えなさいよ」
「い、いえ…………そんなことは、ありません…………」
子ウサギと思っていたぶろうとした獲物は、トラかオオカミの類だった。その正体に気付くのが遅かった。
「その様子だと、いつも適当な市民に嫌がらせとかしてそうね。ホント、馬鹿じゃないの」
「…………」
馬鹿にされて怒りが強まるも、ここで言い返せば今度は自分が氷像にされるかもしれない。セルゲイは唇を噛みしめて堪えた。
「あの時は無実を証明することができましたけど、あーゆーのを見過ごしていたらみすみす冤罪の温床になるだけです。市民からの信頼は失墜し、犯罪者にとっては都合の良い町になるでしょうね」
「「…………」」
エリンの嫌味に言い返すことなく、セルゲイは鋭い目つきを向けてきた。
一方、ダルトワは顔を伏せたまま。自分の過ちを後悔しているのか、セルゲイの巻き添えを避けたいのか、その意図は測りかねない。
「つ、次の方ー」
「あ、呼ばれたので私たちはこれで失礼します。では」
「「…………」」
最早自分たちに目もくれずに立ち去る『トリコロール』の3人を、セルゲイたちはただ黙って見送るしかなかった。
彼女たちがいなくなると、今度は自分たちに向けられる群衆の視線に気が付く。
「チッ、見てるんじゃねえ。オラ、行くぞ、ダルトワ」
「あ、あぁ…………」
セルゲイは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、すっかり大人しくなったダルトワ隊長を伴ってその場から立ち去った。
「フフフ。アイツら、いい感じにビビってたわ」
「大丈夫かな? 私が魔法使ってたのバレてないよね?」
「私たちですら分からないくらいですし、誰にも気づかれてませんよ。いっそ凍らせても良かったんじゃないですか」
「いや、それはさすがにバレるから」
イタズラに成功した子供のように、『トリコロール』はシシシと笑い合った。




