87. 祭りのプレリュードⅠ
〇前回のまとめ
・『空飛ぶシュトゥルーツ』のサザグに、ハンターフェスティバル出場を交渉する。
・ボニファーが『トリコロール』のハンフェス参加を認めた。
・ボニファーとネストルは、エリンを懸けてハンフェスで競うことに。
さて、ハンターフェスティバル当日がやってきた。
集合時刻は正午となっており、『トリコロール』は遅れないように余裕をもって集合場所へ来たつもりだったが、会場に到着する前にも多くの人が集まっており、相当賑わっていることが分かった。
「うわっ、かなり人がいるわね。みんなハンターかしら?」
「いえ、バッグを持っていない普段着の人もそれなりにいます。お祭りということで露店も出ていますし、町中の人々が集まっているみたいですね」
ハンフェスには外部からも参加者がやってくるということで、町からすればここぞとばかりに盛り上げて儲けようという腹積もりなのだろう。
参加者は楽しめ、町は潤う。田舎の祭りならではの活気に触れ、『トリコロール』の少女たちは自然と頬が綻んでいた。
さすがに浴衣はないが、出店のラインナップは日本の夏祭りと似たようなものだった。店の前を通り過ぎると、鮮やかな焼き色とポップな音、それに出来立ての香ばしいにおいが五感を襲う。
「あ、あれ美味しそ―――」
「ダメよ、ジェイラ」
「あう」
昼食を済ませてきたとはいえ、食欲をそそられたジェイラは露店に興味を示す。しかし、無情にもダーシャによって阻まれた。
「早く受付しないと、出場できなくなるじゃない。エリンのためにも、今は我慢よ」
「そうでした。我慢我慢! 食べたいけど…………」
そう。『トリコロール』の目的は、お祭りを楽しむことではない。ハンフェスに紛れて町から脱出し、逃亡を図ることである。
この機を逃せば、エリンは『空飛ぶシュトゥルーツ』に連行され、変態貴族に差し出されるかもしれないのだ。
眼前の食べ物か、エリンとの未来。どちらを優先すべきかなんて比べるまでもない。
「って、あれ? ……そういえば、肝心のエリンさんは?」
「え!?」
慌てて周囲を見回すが、知らない人ばかりでエリンの姿は見えない。
人ごみの中ではぐれてしまったのか、それとも…………。
「まさか、アイツらに捕まったんじゃないでしょうね!?」
「そ、そんなっ」
貴族からの依頼を受けてエリンを【フェケテシティ】へ連れて行こうとしている『空飛ぶシュトゥルーツ』の顔ぶれが、2人の脳裏をよぎった。
今日まで連れて行くのを留保してもらっっているはずだ。だが、ダーシャたちのたくらみを察知し、エリンを捕り逃がさないよう、このタイミングで行動を起こしてきたこともあり得る。
「そんなはずないわっ。きっとまだその辺にいるはずよ!」
「そうだ! チェレンなら――」
「あ、いたいた」
「「……………………え?」」
少女たちが青ざめた顔を見合わせていると、どこか気の抜けた、聞きなじみのある声が耳に届いた。
そちらの方に目を向けると、人の壁をかき分けて白い少女がひょっこり登場。
「ダーシャ、ジェイラ。串焼きとお菓子を買ってきたよ~!」
「「…………」」
左手に甘いものが入った袋を抱え、右手の指の間で4本の串を支えているエリンを見て、ダーシャたちは言葉を失いその場で石になった。
「色々買ってきたんだ。どれか食べる…………って、おわっ」
ダーシャに強い力で双肩を掴まれ、エリンは危うく串を1本落としかける。
「エリン。アンタ、今までどこほっつき歩いてたのよ!?」
「いや、見りゃ分かるでしょ。出店に行ってたんだって。お祭りで買い食いしないなんて、京都に来たのに八つ橋を食べないようなもんだよ」
「知らんがな!!」
「まぁまぁ。ダーシャも落ち着いて」
狂犬のような形相でエリンに食って掛かるダーシャを、ジェイラが苦笑いしながらなだめた。
「エリンさんが無事だったんだから良かったじゃないですか。 ダーシャ、本当にエリンさんのことを心配してたんですよ」
「いや~、ごめんごめん」
ダーシャたちはエリンのために我慢しようとしていたのに、当の本人に危機意識が欠落している。
のほほんとしたエリンの顔を見て、ダーシャはため息をこぼす。
「まったく、自分が置かれている状況を理解しているんだか…………」
「アハハハ~」
「あんだけ心配させたんだから、お詫びとしてこれはもらうわよ」
「んなあぁぁ!? 一番おいしそうなのを取られた!?」
自分のことよりも、食べ物の方が優先順位が高いらしい。まったく緊張感がない。
「ほら、全員そろったことですし、早く参加の受付に行きましょう」
「そうだった。こういうのって、事前登録とかじゃないんだね」
「たしかにそうですね」
大会の直前に参加を受け付けるということは、開催日の朝になってやっぱり出場したいという飛び入りを受け入れ、反対に事前登録したにもかかわらず、当日になってやってこないという冷やかしやグータラ対策ができる。
もっとも、当日以外に勤務時間を伸ばしたくないという、主催者側の思惑も少なからずあるかもしれないが。
なお、ハンフェスは【ケークタウン】の自治体によって開催される。
町の内外のハンターが参加するため、憲兵が大会運営や手薄になりがちな町の警備を担っている。
開催地である【朗らかな山】の麓には、すでに多くのハンターが集っていた。
皆ライバルの実力を探るように観察したり、自分の得物を確認したりと、ハンフェスに向ける熱意を漂わせていた。
だが、ハナから大会自体に興味のない『トリコロール』は、他のハンターたちの存在などお構いなしに、受付の列へまっすぐ進んだ。
「…………遅いわね。早くしてほしいわ」
「まぁ、仕方ないですよ。文字を書けない人もいるので手間取ってしまうんだと思います」
待ち時間に苛立ち始めたダーシャは、退屈を紛らわそうと周囲をキョロキョロしてみた。
「ホント、町中のハンターが集まっているのね。色んな人がいるわ…………うげっ」




