86. それぞれの思惑
〇前回のまとめ
・『ホワイトエンジェル』からハンターフェスティバルに誘われる。
・煽られたダーシャが参加を承諾してしまった。
・ダーシャたちは起死回生の策を思いついたようだが…………。
「町の入り口を見張ってるって言ってたから、この辺りにいると思うんだけど…………」
「こっち方面は特に監視を強化しているはずですから、近くにいるのは間違いありませんよ」
エリンたちは、【ケークタウン】の東側、【フェヘールシティ】方面とは反対方向の入り口へと来ていた。
その目的は、とある人物を探すためである。
「でも、見つけたとしても私たちの話を聞いてもらえるんでしょうか」
「そうなったときは奥の手を――」
「おい、お前ら、何コソコソしてんだ?」
「「「あ、いた」」」
建物の中を覗き込んだり、道行く人を眺めたりしていると、長身の男が声をかけてきた。
オールバックの髪型に鋭い目つき。彼こそエリンたちの尋ね人であった。
「ん? もしかして俺を探してたのか?」
「そうよ。話があるの。ちょっといいかしら」
オールバックは一度怪訝な顔をしてダーシャを見る。
「なんだ? 聞くだけ聞いてやるから言ってみろ」
「ねぇ、アンタも知ってるかもしれないけど、10日後にこの町でハンターフェスティバルってのがあるの。それに参加したいから、それまでエリンを連れて行くのを待ってもらえないかしら」
お願いする立場の発言にしてはぞんざいだが、ダーシャに取り繕った言葉を期待する方が難しい。
ただ、ハンターには礼儀知らずも多く、オールバックも同じような気質ということもあり、さほど気にした様子はうかがえない。ダーシャの態度よりも、“ハンターフェスティバル”が気になったようにも見える。
「ハンターフェスティバルか。おもしろそ…………い、いや、そんなこと言ったって、これはもう決まったことだ。諦めるこったな」
「そこをなんとか!」
「お願いします。私たちの最後の思い出を作りたいんです!」
エリンとジェイラがすがるようにオールバックを見上げると、いささか動揺したのか彼は1,2歩引き下がった。
「無理なモンは無理だ。第一、俺に延期を決める権限なんてねぇ。頼むならマチアスか坊ちゃんとこに行け」
(チッ、使えねーな)
『空飛ぶシュトゥルーツ』がそれぞれ町の入り口を押さえているとすれば、他のメンバーのところまでそれなりに距離がある。移動するなんて面倒だし、できればこの男に要望を通してほしい。
「そうですか……。わかりました。残念です」
「そうか。わりーな」
エリンがオールバックに背を向けてると、彼は安堵のため息を漏らした。
が、その隙にエリンたちは目を見合わせてニヤリと笑った。
「キャーッ! 助けてー! このおじさんに犯されるーーー!!」
「な!? ちょ、おま―――」
「ロリコンよ! 幼女趣味の変態……むぐっ!」
往来の真ん中で突如エリンが大声を出し、事前に示し合わせていたダーシャも続く。
オールバックは慌ててダーシャの口をふさぐも、すでに周囲の人々からの注目を集めていた。
「やーねー。アイツも誘拐団の一味じゃないの?」
「実力はあっても人格に問題ある人っているのよねー」
「いくらイケメンでもロリコンはないわー」
つい先日に児童誘拐団が捕まったこともあり、【ケークタウン】ではタイムリーなものだった。
井戸端会議が大好きな女性陣を中心に、声を押さえる気がないヒソヒソ話がオールバックにも聞こえた。
そこへエリンが追い打ちをかける。
「20歳以上はババアだってー!」
「言ってねーよっ!! ……わ、分かったから! 俺から坊ちゃんに掛け合ってみるから止めろ!!」
「そうですか。ではお願いします」
ついさきほどまでワーワー叫んでいたくせに、言質を取った途端ケロッとした顔。
エリンたちの豹変ぶりにオールバックは微妙な表情になったが、文句を言うことはしなかった。呆れてものも言えなくなったという方が正しいか。
♦
「さて、アイツらのお返事を聞きに、ギルドへ行ってみましょう!」
「「おー!」」
翌日、『トリコロール』は『空飛ぶシュトゥルーツ』と会うため、彼らがいそうな場所、ハンターギルドへ向かうことにした。
気分が沈んでいた昨日までとは変わり、何とかなるだろうと心の雲は減っていた。
そして、密かに道行く彼女たちの後を付ける影が。それに気付くこともなく、3人の少女は歩き続けていた。
「あ、おはようございます、エリンさん!」
ギルドの建物が見えてきたところで、案の定ボニファー一行と遭遇した。本来であれば関わりたいとは思えないメンツだが、避けて通れない道だ。
「お、おはよう…………」
自然体を意識して挨拶を返そうとはしたエリンだったが、どうしても頬を引きつらせてしまった。
しかし、ボニファーはそんなことなどお構いなしに、エリンの方へと寄ってくる。
「エリンさん、サザグ(オールバックのこと)から話は聞きましたよ。何でもハンターフェスティバルに出場したいとか」
「う、うん。どうにかそれまで待ってもらえないかなって思って」
「…………っ!」
小柄なエリンは下から目線で言った。
ゴーグル越しにエリンの瞳の輝きが見え、ボニファーは頬を染める。
(コイツ、エリンに気があるのかしら? ただ、エリンの気を損ねたくなさそうなのはたしかなのよね。まさか断ったりなんかしないでしょ――)
「ダメです。いくらエリンさんのお願いでも、それは聞き容れられません」
「はあ!? どうしてダメなのよっ!」
他の人に対しては貴族らしく振る舞うボニファーだが、エリンの前だと態度がゴロっと変わる。
そんなボニファーを見て、ダーシャはこれで自分たちの要望が通ったことを確信していた。それだけに、跳ね除けられたことに納得できなかった。
ボニファーはダーシャたちなんて存在していないかのように、エリンの手を取って語り出す。
「エリンさん、ごめんなさい。でも、ハンターなんて危険なマネ、可憐なあなたがやることじゃない。もし怪我をしたらどうするんですか!? その綺麗な頬に傷がついたりしたら!
あなたは糊口を凌ぐためにやむなくハンターになったんでしょう。だけど、もう安心して。僕と一緒に来れば、お金に困ることはないから」
回復魔法があるから死なない限り大怪我しても問題ない。ハンターになったのは、成り行きというのもあるが、前世では味わえないような体験をしたかったから。危険な目に遭ったら逃げればいい。エリンにはどんな窮地からでも脱却できる自信がある。
第一、ボニファーについて行けばお金とそれなりの生活は得られたとしても、お金には代えがたいものを失うことは必定。エリンはお金のために体を売る女性が理解できないタイプなだけに、さらにボニファーへの拒否感を募らせた。
「すぐに理解しろなんて言いません。ただ、これだけは分かってほしい。ボクはあなたのためを思って――」
「おいお前、エリンが出たがってんだ。認めてやれ」
「…………っ!?」
「はぁ~。また来たのか。懲りない連中め」
背後から聞き覚えのある濁った声がし、エリンは蚊が耳の中に入ったような感覚を味わった。
振り返って見ると、そこにはネストルら『BB団』の3人が。エリンを尾行して話しかける機会をうかがっていたが、ボニファーに絡まれているところを見て、居ても立っても居られず飛び出したのだった。
「ハンターごっこをさせろだなんて、お前はエリンさんに万が一のことがあっても構わないというのか?」
「男なら好きな女の望みをかなえてやるもんだ。それに危険が付いてくるってなら、守ってやるのが男の役目だろーが」
(ホステスに貢ぐヤツの発想だな……)
ネストルはボニファーからエリンの手を奪い、その瞳を見つめて言った。
「エリン、俺が守ってやるからハンフェスに出ろ。コイツの言うことなんか従わなくていい」
「勝手なことを言うな! そしてその薄汚れた手を放せ! そもそも、貧民風情がエリンさんの顔を拝見するだけでおこがましいんだっ。身の程を知れ、クマ公め!」
ボニファーはネストルの手をはたいて声を張り上げた。蔑まれてもクマ面のネストルは噛みつくことなく、ただ自分よりも背の低いボニファーを黙って見据えていた。
「…………フッ」
「な、何がおかしい!?」
自分を睨んでくるボニファーをおちょくるような表情でネストルは言う。
「そうか。お前にはエリンを守る自信がないんだな。エリンがピンチになってても、結局自分の安全を優先するんだろ」
「な、何を根拠に…………」
「今だって守られてるじゃないか。ほら、後ろのヤツらに」
「クッ…………」
貴族の息子が旅に出ること自体イレギュラーではあるのだが、護衛が付いているという事実を指摘され、ボニファーは苦い顔でネストルを睨む。
「……ああ、分かったよ。そこまで言うならやってやる。
エリンさん、僕がコイツとモンスターから守ります。だから、安心してフェスティバルに参加してください。オルティス家の名に懸けて、あなたに指一本触れさせません」
ボニファーは並み以上の容姿を持っているから、そこら辺の女性だったら喜んでいたかもしれない。だが、エリンからすれば鳥肌ものでしかなかった。
「おいお前。ハンフェスに出るついでに、エリンを懸けて勝負しないか?」
「いいだろう。エリンさんにたかるハエの駆除には丁度いい。負けた方は二度とエリンさんに近づかないというのでどうだ?」
「いいのか? 10日後に寂しくなって泣きついても知らねーぞ」
「フッ。その言葉、そのままお返しするさ」
(私ゃ知らん。勝手にやってろ)
2人の少年がにらみ合っている隙に、エリンはその場から脱出する。
どうせエリンはハンフェス中に町から逃げる腹積もりだ。彼らが互いに意識してくれれば、自分への注意を逸らせるだろう。
「やめときなよネストル~。ハンフェスってパーティーで参加するんでしょ。向こうにはブロンズランクがついてるから、オイラたちに勝ち目ないよ~」
「そうでやんす。あっしらはまだノーマルランク。身の程をわきまえるでやんす」
そこへ、今まで言い合いを見守っていた『BB団』のエフィムとスタースが口を出してきた。
「てかズルいよね~。人数でもランクでも上って分かり切ってるのに。フェアじゃないよ~」
「まぁ、お貴族様は絶対に勝てると分かってないと闘わないもんでやんすから」
エフィムたちはネストルを止めようとしての発言だったが、それを聞いたボニファーは青筋を浮かべていた。自分が見下すはずの相手から侮辱されたと感じたのだろう。
「いいだろう。なら、ハンフェスには僕とお前だけが出ようじゃないか。マチアス、お前たちは参加しなくていい」
「しかし坊ちゃん。我々はあなたの身命を守ることが最優先事項です。モンスターが出る場にお一人で行かせるとなれば、我々にとって職務放棄となります」
スパイラルパーマのリーダー・マチアスの言葉に、ボニファーは小さく舌打ちした。
「じゃあ、マチアスだけ付いてくればいい。だけど、絶対に手出しするなよ」
「はっ」
ハンフェスは、同じパーティーからは一組しか出場できない。内心ではハンフェスを楽しみにしていたのか、参加できなくなったオールバックは残念そうな顔をしていた。




