85. 『ホワイトエンジェル』再び
〇前回のまとめ
・『空飛ぶシュトゥルーツ』の目的はエリンを【フェケテシティ】に連行することだった。
・マチアスから3日後にエリンを連れて行くと告げられる。
・落ち込んでいるところへ、『ホワイトエンジェル』がやってきた。
メイリのお説教もひと段落し、エリンたちにかけられた魔法の効果もようやく効き目を失ったことで、『トリコロール』と『ホワイトエンジェル』の総勢8人は、ギルド内のピロティで向き合って座った。
「まったく、酷い目に遭ったわ」
「うぅ、本当に申し訳ございませんでしたっ。お詫びにちょっくら身投げしてきます」
「そこまでしなくていいから!」
ダーシャが漏らした愚痴に反応して、沈鬱な表情で立ち上がろうとしたヘレン。そんな彼女を、エリンは身を乗り出して制止する。
「いえ……でも…………」
「でもじゃない! そもそも悪いのはダーシャとかだから」
「「「おい」」」
「エ、エリンさん…………!」
仲間以上に自分を思ってくれるエリンに、ヘレンは目頭を熱くした。
ただ、エリンとしては、ヘレンのためというよりもむしろ、自分のために行動したといっても良い。
(この人、ただでさえオカルトマニアっぽいし、もし死なれたりしたら呪われそうなんだよな~)
佇んでいるだけでも暗さが滲み出ている上に、闇魔法の使い手ときた。どんなに明るい光でも吸収してしまいそうな長い黒髪は禍々しいオーラを放っているようで、夜中に彼女の姿を思い出せば、トイレに行けなくなること間違いなし。
せめて死霊に憑りつかれないようにと、咄嗟の判断だった。
「まぁ、ヘレンが死にたがってるのはいつものことだし、なんやかんやで死にはしないから放っておいて大丈夫だよ」
「そそ。何の前触れもなく唐突に過去の失態を思い出してナイフを首にあてがうこともしょっちゅうだけど、どうせビビってあと一歩のところで泣いて下ろすんだから」
「あわわわ……」
淡々と言い放つメイリとジュディは、一見薄情にも思える。しかし、長い間行動を共にしている分、ヘレンがバカなマネをしないという信頼の裏返しでもある。
「あーもう! ヘレンのせいで話がそれたじゃない! ハンナはこの子たちに用事があって来たのに、まだ全然そのことを話せてなーい!」
「用事って、ハンターフェスティバルのことですか?」
「そうよ! どっちが真のアイドルにふさわしいか、ハンターフェスティバルで勝負よ!!」
問いかけてきたジェイラにビシッと指を向け、ハンナは言い放った。
「「「…………」」」
だが、元気いっぱいのハンナとは対照的に、『トリコロール』の顔色が冴えない。
児童誘拐事件を解決したかと思えば、新たにブロンズランクのハンターパーティー『空飛ぶシュトゥルーツ』に連行されそうになってるエリンたちに、そんな精神的・時間的余裕があるのだろうか。
ハンナは『トリコロール』が自分の誘いに応じることが当たり前と思っているかのような態度を見せるが、エリンたちは沈んだ表情でお互いに顔を見合わせた。
「な、何よ! ハンナの言うことが聞けないってわけ?」
「いや、私はそもそもハンターフェスティバルが何なのかも知らないし。そもそもアイドルとかどうでもいいし……」
「それに、今はあまり動きたい気分じゃないのよ。ほら、アタシたちは大手柄のために骨を折ったばかりなんだから」
「キーッ!!」
ダーシャの余計な一言で、ハンナはあからさまに毛を逆なでされた。
「フンだ。ちょっと成果をあげたからって天狗になっちゃって。大手柄とか言っても、どうせマグレだったんじゃないの?」
「はぁ!?」
売り言葉に買い言葉。ハンナのマグレ発言にカチンときたダーシャは、拳を握って相手を睨みつける。
「ずっと被害が続いている町にいながら何もできなかったくせに、負け惜しみ言ってんじゃないわよっ! アタシたちはちゃんと実力でモンスターや犯罪者どもを倒したのよ!!」
「だったら、その実力とやらを証明してみなさいよ。ハンターフェスティバルは打って付けじゃないの!」
「ええ、やってやるわよ。悔し涙で袖をずぶ濡れにしてあげるわ」
「フッ」
誘いに乗ってきたダーシャを見て、ハンナは口元に笑みを浮かべた。
「ただ勝負するのもつまらないわ。ねぇ、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くってのはどう?」
「いいわね。アンタの泣き顔目に浮かぶわ。『それだけは勘弁してください』って泣いてすがるようなことをやらせるんだから!!」
「あーら、気が早いわね。それは勝ってから言うことよ!」
机越しに火花を散らす2人に、双方の仲間たちはヤレヤレといった顔。
(いっそのこと、エリンの代わりにコイツを変態貴族に捧げてあげようかしら)
(ウシシシシ。ハンターフェスティバルは、地の利があるハンナたちに有利。この子たちを打ち負かして、『お姉さま』って呼ばせるんだから!)
黙っていれば上品なオーラが漂う大人っぽい女性なのだが、何分甘やかされて育ったせいか、その中身はまだまだ幼かった。
男性優位の社会で、女性でも活躍したいとの思いから友人たちを巻き込んでハンターパーティーを結成した。それが、『ケークのアイドル』と呼ばれ、町の人たちからちやほやされるうちに、いつしか自分が目立ちたい、称賛を浴びたいという想いが強くなっていった。
ハンナは、町で評価を上げつつある『トリコロール』に勝った自分が人々から喝采を送られる様子を思い浮かべ、心のうちでニヤリとするのだった。
「ふっふっふ、アンタたちにぎゃふんと言わせてあげるわ!」
「ぎゃふん」
エリンの気の抜けた一言に、ハンナは水をかけられたような顔になる。
「……べ、別に今言わなくていいのよ。てか、なんだかバカにされた気分。くやじい」
ティーンエージャーの女子を相手にするということでエリンなりにノリをよくしてみたつもりだったが、結果としてハンナが唇を噛む形になってしまった。
「と、ともかく! 10日後が楽しみね。ビビって逃げ帰るなら今のうちよ。ほら、用も終わったし、みんな行くわよ」
「あわわ……待ってください、ハンナさんっ」
『トリコロール』への宣戦布告を済ませて、ハンナは立ち上がった。
「まぁ、なにはともあれよろしくね」
「エリンちゃん、ハンフェス終わったら打ち上げ行こーね! ん♡」
ジュディの投げキッスをかわし、パーティーリーダーに続くメイリたちを見送った。
これから冒険の準備にでも行くのか、彼女たちはそのままギルドをあとにする。
「しまったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『ホワイトエンジェル』がギルドからいなくなるや否や、ダーシャは地面に突っ伏した。
「ダ、ダーシャ! 大丈夫!?」
「うぅ、ゴメン、エリン。アタシがカッとして余計な約束なんかしちゃって…………」
「いや、まぁ」
ハンナの言葉から、ハンターフェスティバルが開催されるのは10日後。『空飛ぶシュトゥルーツ』がエリンを連行するのは3日後。
それまでに打開策を見つけなければならないのだ。
「ハンターフェスティバル…………。そういえば、ギルドだけでなく町のあちこちでポスターを見かけますね。【ケークタウン】の一大イベントなんでしょうか」
「なんだ、嬢ちゃんたち。ハンフェスを知らねーのか?」
ジェイラの呟きを聞き漏らさなかった通りすがりのハンターが、『トリコロール』に声をかけてきた。
下心からではなく、たまたまそばを通りがかったおっさんハンターに、ジェイラは警戒心を持つことなく答える。
「はい。まだこの町に来たばかりでして」
「そうだったか。お手柄を挙げた嬢ちゃんたちのことだから、てっきり町のことにも通じてるかと思ってたぜ」
親切なハンターは、『トリコロール』にハンターフェスティバルの詳細を教えてくれた。
「ハンターフェスティバル、略して“ハンフェス”。そのテーマはズバリ、『狩って、勝って、稼ぎまくれ!』だ!
やることは単純。指定エリアの中でモンスターを狩りまくって、討伐証明部位を集めるだけ。モンスターの種類ごとにポイントが決められていて、制限時間内に稼いだポイントで勝敗が決まる。上位チームには賞品がもらえるんだ。賞品はレアアイテムで、これを目当てに外から来るヤツもいるんだぜ。
もちろん高ランクが有利だけど、ノーマルにだってチャンスはある。各ランクごとの1位パーティーにも賞品が出るからな!」
「あの~、ちょっといいですか」
ジェイラが小さく手をあげて、おっさんに尋ねた。
「おう、なんだ?」
「それって、パーティーごとに参加するんですか? もしそうなら、人数が多い方が有利ですよね。私たちは3人ですけど、ハンナさんたちのところは5人。1人1体ずつ倒しても、向こうの方が有利な気がします」
「ああ、そういうことか」と、気の良いおっさんは答えた。
「それだったら心配いらねーぜ。パーティー人数に応じて獲得ポイントが調整されるからな。詳しいことはギルドにでも訊いてくれ」
同レベルの3人パーティーと4人パーティーだったら効率に大差はない。だが、2人と5人であればかなり変わる。単純に人数で割ると、かえって不公平になってしまう。
「ちなみにパーティーメンバー全員が参加する必要はないけど、分かれて出ることはできねーぜ。1人ずつ出場して、同じヤツに討伐証明部位を渡すっていう不正をさせないためにな。もちろん、他の出場者から奪うのもなしだ。そもそも故意によるハンターへの攻撃が禁止されてる。まぁ、要はリョウシキノハンイナイってのを守ればいいってことだ」
さもありなん。もし他の出場者からの剥奪が認容されていれば、制限時間ギリギリまで体力を温存し、終了が近づいてから他の人が集めたのを頂戴するのがもっとも効率的になる。さすがにそんなズルは認められやしない。
「せっかくケークに来たんだ。嬢ちゃんたちも参加してみるといい」
「「「はーい」」」
そう言って、親切なおっさんは去っていった。
「賞品があるって言ってたね。何がもらえるんだろう」
「……あのねぇ、エリン。アタシたちがアンタの心配してやってるってのに、何で当の本人がそんな呑気なんのよ」
「えー」
自分が追いやられた状況などすっかり忘れたかのようなエリンに、ダーシャたちは呆れ顔。
「いやね、大きなイベントがあるなら、最後の思い出作りとでも言って、予定を先延ばしにしてもらえそうだなーとか思って」
「「…………」」
問題の先送りかもしれないが、3日と10日ではかなり変わる。猶予期間ができればラッキー。
ところが、2人の仲間は悲壮感を浮かべた。
「さ、最後って……。エリン…………」
「エリンさん、そんなこと言わないでください! あなたがいたから、私はここまで来れたんです! そんな悲しい事ありませんっ!!」
「ええっ!?」
涙目のジェイラに手を取られ、さすがにエリンも動揺する。
「い、いや、お祭りに参加すれば、どさくさに紛れて町から脱出できそうだなぁ……なんて……」
「「…………」」
苦し紛れのエリンの言葉に、ダーシャとジェイラはきょとんとした顔で目をパチクリ。
「それよ!!」
「それです!!」
突然、ダーシャたちは声を上げて立ち上がった。




