84. ブロンズランクからの通告
〇前回のまとめ・報酬として大金を手に入れた。
・『BB団』のネストルと遭遇した。
・ブロンズランクのパーティーに絡まれた。彼らと共にいたのは、オルティス男爵の長男・ボニファーだった。
「偉い人?」
ボニファーの言わんとすることが分からず、エリンはオウム返し。
「そうです! 偉い人です!」
さらにボニファーは繰り返す。
男爵家の御曹司を遠くの町にまで派遣させるような身分の人。エリンには1つ心当たりがあった。
(あ! もしかして、グッド子爵か!)
エリンが【フェケテシティ】にいた頃、白豚貴族から手籠めにされかけたことがあった。その時はたまらず半殺しにしてしまったのだが、その貴族というのがグッド子爵だった。
(あちゃー、まさか追いかけてくるなんてね。ボニファーも男爵の息子だから、子爵の命令には逆らえないんだろうけどさぁ。やーねー、ブロンズランクのハンターまで付けてちゃって…………)
スーパーランクになったばかりのエリンとブロンズランクの彼らでは、熟練度の差は途轍もなく大きい。
それだけ、絶対に逃がさないという強い意志を感じた。
「ちょっとエリン、あの人たちは何なのよ? どういうことか説明しなさいっ」
「え、いやぁ、私にもよく分かんないんだよね。ただ、連れて行かれるのは御免被りたいってことは言えるかな」
ダーシャに詰め寄られるも、エリン自身ですら予期していない事態なのだ。
苦い顔をしながらエリンはスパイラルパーマたちを見上げた。すると、エリンの視線に気付いたスパイラルパーマが声をかけてきた。
「受けた依頼は速やかにこなすのが我々のポリシーだ。とはいえ、お前も準備や友人との別れに時間が必要だろう。3日用意してやる。3日後の朝、町の南口にまで来い」
「お、お別れってどういうことよ!? アタシたちの仲間を連れ去る気? だいたいアンタは何者よっ。どんな依頼を受けたらこんなことになるのよっ。きちんと説明しなさい!」
ダーシャがスパイラルパーマに抗議するが、彼の答えは淡々としたものだった。
「依頼内容は家出娘の連れ戻しと、坊ちゃんの護衛だ。それと、無関係の者に名乗る名はない」
「家出って……。エリン、アンタ…………」
ダーシャに睨まれるが、エリンはブンブンと激しく首を横に振って否定する。
そもそも、エリンはこの世界において天涯孤独の身。実家なんてものは無いし、強いて言うならばトリコハウスこそ我が家だ。
どうせ依頼主である子爵家側が、手っ取り早く手続きを済ますために適当な設定を作り上げたってところだろう。
依頼主はハンター相手にいちいち仕事内容の詳細まで説明しない。クリア条件と成功報酬さえ提示すればオッケーなのだから。
「本人は否定してるけど。もしかしてアンタ、ハンターのフリした誘拐犯じゃないでしょうね?」
「な、テメエ――」
「それは違う。マチアスたちは正真正銘、ギルドを介した依頼を受けて僕と一緒に来てくれたんだ。『空飛ぶシュトゥルーツ』の潔白は、このボニファー・フォン・オルティスが証明する!」
オールバックが怒鳴りかけるが、それを遮ってボニファーが擁護した。ダーシャに向ける目は、エリンのときと違って鋭利さを帯びているようだった。
それはそうと、彼らのパーティー名は『空飛ぶシュトゥルーツ』というらしい。笑うべきなのかどうか判断に迷う。
「我々は依頼主の指示に従っているだけだ。こちらに文句を言われても対応できない。とにかく要件は伝えた。ゆめゆめ逃げようだなんて考えを起こさないことだな」
「どうせ町の入り口は俺らが見張ってるから、逃げられるもんなら逃げてみな」
「それじゃあエリンさん、また会いましょう!」
ボニファーは元気よく手を振ると、『空飛ぶシュトゥルーツ』とともに去っていった。
エリンたちは彼らの後ろ姿を、呆然と見送るばかりだった。
♦
「た、大変なことになりましたね…………」
ハンターギルドにあるピロティで、『トリコロール』は頭をかかえて座り込んでいた。
すでにエリンは、ダーシャたちに【フェケテシティ】で起こったグッド子爵とのトラブルについて説明してある。
「まさか貴族に目を付けられてたなんて、本当にしょうがないわね」
「しかも、さっきの子も貴族ってことですよね。大丈夫ですか? ダーシャは不敬罪になりませんか?」
「もう1人危ない子がいたよ」
「あ、危ない子って何よ!? だいたい、エリンが余計なことしなければ、厄介事が舞い込んでくることもなかったんじゃないっ!」
「それはそうだけどさぁ……」
そんなこと言われたって、あの状況では抵抗か凌辱という選択肢しかなかったんだ。
変態白豚野郎に犯されるなんて、想像しなくても吐きそうになる。
「ブロンズランクねぇ…………」
そもそもどうやってエリンの居場所を突き止めたのかすら分からない。逃げ出したところで、また追いつかれるのがオチだろう。
ここへ来る途中で購入したクッキーを口に放り、ストレスを誤魔化そうとする。
カランコロン
「あ、見つけたわ!」
ケークタウンは大都市【フェヘールシティ】に近いが、割と田舎の部類に入る。人口の分、ハンターも多くない。
込み入ってない建物内でいきなり甲高い声が響いたもんだから、心を萎れさせていたエリンたちも、声がした入り口の方を見やった。
声の主である少女は白っぽい金髪をたなびかせ、エリンたちの方へとわき目も振らずに歩いてくる。
見覚えのある顔に、エリンたちはハッと息を飲んだ。
「「「あ、あなたは…………!?」」」
「久しぶりね、後輩ちゃんたち」
「「「…………誰でしたっけ?」」」
「あら」
エリンたちの言葉に、彼女は膝の力が抜けたように転んだ。
「ハ、ハンナよハンナ! 『ホワイトエンジェル』の…………。後輩ちゃんたちがギルドでナンパされてるところを助けてあげた上に、ご飯を奢ってあげたでしょ! 忘れたとは言わせないわ!」
「そういえば、そんなこともありましたね」
ジェイラは思い出したようだが、エリンはまだポカンとしている。
そんなエリンを見て、ハンナはヤレヤレとばかりにため息をこぼす。
「全く、ご飯を奢ってもらっておきながら忘れちゃうなんて…………。ちょっと小難しい依頼に成功して名をあげたからって、調子に乗ってるんじゃないの? って、いつの間にかランクアップしてるし。だいたい、この町のアイドルたる――」
「ヤッホー、エリンちゃん。久しぶりじゃん」
「ぎゃふ!?」
ハンナが高説を垂れようとしたところへ、茶髪のギャルがハンナの後ろから現れてエリンに抱き着いてきた。
エリンは咄嗟に防御の構えをとろうとするが、ジュディはお構いなし。だが、その衝撃でケークタウンに来た日の記憶やらトラウマやらがよみがえった。
「キャー! 久々のエリンちゃん成分補給~!」
「あぅ、あぐぅ…………」
まあ、のんきに回想できる状態ではなさそうだが。
「ちょっとジュディ、ハンナが話してるんだから、邪魔しないでよっ」
「いいじゃんいいじゃん。こーゆーのは、やったモン勝ちなんだから」
「じゃあハンナに寄越しなさいっ!」
「やだね~。だいたい、ハンナはエリンちゃんに自分のポジション取られるかもってビビってるだけじゃん。おばさんは大人しく世代交代した方がいいって」
「ムキーッ! ハンナと1コしか違わないくせに調子乗んなーっ!」
「アンタたち、エリンが困ってるじゃないのっ。その手を放しなさい!」
ハンナがエリンの右腕をつかんでジュディから取り上げようとし、ジュディもさせまいと抱く手の力を強くする。
そこへダーシャまで参戦してエリンの左腕をつかんだもんだから、エリンは今にも引きちぎられそうに。
「え、えっと……皆さん落ち着いてくださいっ」
ジェイラの頼みも、エリンの取り合いに夢中な3人の耳には届いていない。
ただただエリンの顔色がますます悪化していった。
「ハンナ~、ジュディ~。ボクたちを置いていかないでよ…………って、何してんの?」
「…………エリン争奪戦」
「ああ。エリンたち、やっぱりギルドにいたんだ」
「あの、そのっ、誰か状況を教えてくださいっ」
さらに3人の少女がやってきた。
見覚えのある顔を見て、ジェイラがすがるような目で頼み込んだ。
「お願いします! エリンさんを助けてくださいっ!」
「ハァ、仕方ないなぁ……。ヘレン、アレやって」
「わわっ、わかりましたっ」
赤い髪の少女・メイリがそう言うと、ロングヘアのヘレンは黒くて細い筒状の物を取り出した。そして彼女はそれを口元まで運び、唇を当てた。
それは篠笛だった。木材らしい暖かみのある柔らかい音色がヘレンから発せられ、エリンを中心に荒れ狂う少女たちを包み込む。
「馬鹿じゃないの! いい加減エリンを返しなさい……って、あれ? 急に、力が抜けて…………」
「エ、エリンちゃんは渡さない、じゃん……」
するとどうだろうか。エリンを引っ張り合っていた3人は、空気を抜かれた浮き輪のようにヘナヘナと体の力が抜け落ち、その場に座り込んでしまった。解放されたエリンまでもが床に倒れこむ。
「ヘレン……アンタ、ハンナに何を…………」
「えっと、皆さん興奮していたので、弱体化の魔法をかけさせてもらいました。すみませんっ、こんな出過ぎた真似をっ。即刻磔ものですねっ。ちょっと十字架持ってきます」
「いや、キミも落ち着こうね、ヘレン」
くるりと踵を返そうとしたハンナの襟を、メイリがつかんで引き留める。
そして、メイリはハンナとジュディをつまみ上げ、壁際に押し付けた。
「2人とも、あれだけ勝手な行動はしないって何度も言ったよね? それなのに暴走して…………。また“おしおき”が必要みたいだね」
エリンたちからは見えなかったが、メイリは口元こそ笑顔にもかかわらず、羅刹鬼を想起させるような形相で詰め寄っていた。
ヘレンの魔法の効果は持続しており、抵抗不能となった2人は縮み上がる。
「ヒィッ! メイリ、それだけは勘弁して! ハンナたち、少し遊んでただけだからっ」
「そうそう。あちきら、久しぶりのエリンちゃんにちょこっと浮かれてただけじゃん。そんなガチギレしなくたって――」
「言 い た い こ と は そ れ だ け か ?」
「「す、すみませんでした…………」」
どうやら『ホワイト・エンジェル』には羽目を外したメンバー(主に2名)に対する懲罰制度でもあるらしい。
お説教中のメイリ、ハンナ、ジュディ。
ヘレンの魔法によって身動きが取れなくなったエリンとダーシャ。
魔法をかけた張本人は横領でもしたかのような表情で、頭を抱えてしゃがみこんでいる。
ジェイラは内心でため息をこぼし、残るソーニャに話しかけた。
「えっと、ソーニャさん、お久しぶりです。それで、ハンナさんは私たちに何か用があったみたいですけど、一体どうされたんですか?」
「…………」
「…………」
「…………………………」
「…………………………」
「………………………………………………………」
「………………………………………………………」
「……………………お誘い」
「お誘い?」




