76. レンガの洞窟Ⅲ~隠し部屋への扉~
〇前回のまとめ
・【レンガの洞窟】の探索スタート。
・ダーシャ小さなコウモリ型のモンスターに矢を当てる。
・峡谷を越え、一行はさらに進む。
「…………っ!?」
【レンガの洞窟】を奥へ奥へと進む『トリコロール』と『ブラック・ネイル』の一行。
峡谷を越えてからはモンスターと遭遇する機会も減り、幾分は穏やかな探索になっていた。
しかし、そんな時にジェイラが何かを察知したようだ。一緒にチェレンに乗っているダーシャが不思議に思って問いかけた。
「ジェイラ、どうかしたの?」
「いえ……。今、変な音が聞こえたような気がして…………」
「変な音? モンスターの鳴き声かしら?」
「あの……何て言うか、ヒュ~って感じの風が通り抜けるような音です」
ジェイラがそう言うと、『ブラック・ネイル』の犬獣人・ラカムがすかさず反応した。
「ひょっとして隠し部屋だったりして!! 嬢ちゃん、どこから聞こえちゃった?」
「えっと、この先の方からです。……あ、チェレン、ストップ」
ジェイラはチェレンを停止させると、一旦飛び降りた。そしてレンガみたいな壁に手を当て、ゆっくりと歩き出す。
「どうだ。何か分かっちゃったり?」
「シッ、静かに…………。あ、ここです。この隙間から聞こえてきます」
ジェイラが指したところに、トルペが毛むくじゃらの手をかざす。
すると、やや毛並みが風にそよぐように見えた。
「おぉ! ここから風が吹いてるよ~。この奥に隠し部屋がある~」
「よし。お前ら、この壁を壊しちゃって!」
「「おう!」」
ラカムの声を合図に、『ブラック・ネイル』の3人はそれぞれの得物を使って岩壁に攻撃し始めた。
なかなかビクともしなかった赤岩だが、やがてヒビが走る。そこを集中的に殴り続けると、やがて大きな音を立てて一面の壁が崩れた。
「「「おわっ!」」」
「危ない! 下がっちゃって!」
跳び下がろうとするも間に合わず、彼らは舞い上がった砂埃に飲まれてしまった。
砂塵は『トリコロール』をも襲おうとした。しかしエリンの風魔法で払われ、『ブラック・ネイル』へと流されていくのだった。
「ゲホッ、ゲホッ……。ヒデェなぁ……。って、おい、見ろよ」
トルペに言われるがままに目を向けてみると、壁で覆われていた先には新たな空洞が。
さらにそこを進むと、明らかに人工物と思しき扉があった。赤い壁の中に佇む黒い扉は、妙な存在感を放っている。素材は黒檀であろうか。無駄な装飾が取り除かれているデザインは高級感に溢れる感じ。仏壇の観音扉を大きくしたみたいだ。
「やった! 見つけちゃった!! お宝ちゃん、待ってちゃって~!」
「今まで何度か通ったけど、全然気付かなかったよ~」
「僥倖」
ラカムたちは飛び上がり、扉へ向かって駆け出した。
「ちょっと待ちなさい! それはジェイラが見つけたのよ! 手柄の独り占めなんてズルいじゃない!」
「ヘヘ~ン。お宝は早いモン勝ちってのはハンターの常識だったりして!」
「あーもう! 馬鹿じゃないの!?」
エリンたちも『ブラック・ネイル』の後を追いかけるが、いかんせん先に飛び出した彼らはアッという間に到着した。そして、力を合わせて扉を押し始める。
しかし、扉はビクともしなかった。
「うおぉぉぉぉぉ……!」
「ふんぬぅぅぅぅぅ……!」
「…………って、ダメだったり。全く動かなかったり」
しばらく粘ってみるも、少しも動く気配を見せない扉に落胆し、ラカムたちはその場で座り込んでしまった。
「長い間放置されたせいで、蝶番が固まってしまったんでしょうか?」
「実は引き戸だったとか?」
「……ドアノブはどこにあるのよ。この小さな隙間から引っ張れとでも…………って、見て! 何かあるわ!」
秘宝の近くまで来ているというのに、易々とこのまま引き返すなんてできっこない。
何か手がかりはないかと扉を見上げていると、ダーシャが何かを発見したらしい。
「「うん?」」
ダーシャの指の先を探して見ると、そこには何やら3つの石。色はそれぞれ緑、黄、紫。その上には石板のようなものが埋め込まれていた。
「…………何か書いてあるみたいですね。エリンさん、もっと照らしてもらえませんか?」
「オッケー。〈フラッシュ〉!」
エリンが照明魔法の範囲を空洞全体にまで広げると、石板の文字が浮かび上がってきた。
ラカムたちも立ち上がり、皆でその文を読んでみる。
『るまあいぜおろれと
はばあなでかにきを
2・9を6・3にしろ』
「るま、あいぜ、おれと…………。は? 何言っちゃってんの? 俺様、ワケ分かんなかったりして」
「同感」
下の1文がヒントになっているのは確かだが、ラカムたちには皆目見当がつかなかった。
トルペは石板よりも、その下にある3つの石が気になっているらしい。しげしげと見つめている。
3つの石はエメラルド、トパーズ、アメジストだろうか。ピンポン玉くらいの大きさで、ボタンのように見える。
「これ、下にある石のどれかを押せってことよね。一体どれが正解なのかしら?」
「もう適当に押してみようよ~」
「トルペ、よせ!」
頭を使うことが苦手そうなトルペが宝石へと手を伸ばしたが、咄嗟にラカムがその手をつかんだ。
「何すんだよ~、ラカム」
「いいか、お前。こういう類ので間違った答えを選んじゃったら、何か嫌なことが起こっちゃったりして。慎重になっちゃって」
「うぅ、分かったよ~。痛いからもう放してよ~」
仲間を威圧せんばかりの勢いで注意すると、ラカムはトルペの手をポイと捨てた。
「んで、お嬢ちゃんたち。何かあったり? 実はもう答えが分かっちゃったりして」
「いいや。生憎だけど――」
「そうですね。何となくですけど私は分かりました。合ってるかは疑問ですが…………」
「うん。多分これかなってのはあるよ」
「「「「………………」」」」
サラリと言ってのけるエリンとジェイラに、ラカムたちは言葉を失った。にわかには信じがたいと言った様子だ。
「ほ、本当だったり!? いい加減なこと言っちゃったりしてなかったりして!?」
「早すぎだよ~」
ラカムはこの期に及んでも独特の口癖を貫こうとしているため、最早何を言わんとしているのか分かりづらい。
「と、とにかく! 2人の答えとやらを聞こうじゃないの!」
「お、おぅ。それが良かったりして」
ダーシャたちに促されるもジェイラはすぐに話し出さず、少し不安そうにエリンを見た。
そんなジェイラを安心させるかのように、エリンはゆっくりと頷く。
「大丈夫だよ、ジェイラ。君の考えを教えて」
「分かりました…………」
ジェイラは息を飲んでから話し始めた。
「まず、この文章を読めばどの石を選べばいいのかが分かります。ですが、このままは読むことができません。そこで着目してみるのが、下に書いてある1文です。
『2・9を6・3にしろ』。この数字は、文字の形を表しているんです。あの文章は横に9字、縦に2字となっています。すなわち『2・9』です。だから、これを『6・3』に組み直したらいいんです」
そこまで言うと、ジェイラはハンターバッグから紙とペンを取り出して文字を書き出した。
そして、一通り書き終えたらラカムたちに見せてきた。
「組み直してみたらこうなります」
「「「「………………」」」」
『るまあ
いぜお
ろれと
はばあ
なでか
にきを』
「…………いや、ジェイラ。それでも書いてあることは変わらないわよ」
「違いますよ、ダーシャ。横に読むからそう見えるんです。縦に読んでみてください」
「タテ? あお、とあか、を…………。はっ! 分かったわ! 『青と赤を混ぜればできる色は何』だわ!!」
「「「おおっ!!」」」
ようやく合点がいったと、ダーシャは顔を輝かせる。
ラカムたちも感嘆の声をあげた。
「どうでしょうか、エリンさん?」
「うん。私も同じ答えだよ。きっと間違いない!」
答え合わせをしようとして振り返ったジェイラに、エリンは力強く左右の拳を握ってみせた。
1人だけだったら不安なのに、自分と同じ意見の人がいれば安心感はかなり変わる。1と2の差は小さくても、0と1の差は大きい。
「すげえな、嬢ちゃんたち。……それで、何色になっちゃったりして?」
「「「おい」」」
これには思わず口をそろえてツッコミを入れてしまった。
一瞬ラカムの冗談かとも思ったが、どうやら本気で言っているようだ。
「ハハハ、青と赤? 茶色だったりして」
「きっと灰色だよ~」
「黄土色」
いい加減なことを口にする『ブラック・ネイル』に、エリンたちは呆れ顔。面倒くさそうにダーシャが言った。
「青と赤を混ぜれば紫になるわ。まったく、それくらい知っておきなさいよ」
「へヘッ、すいやせんね~」
もっとも、学校にいたことのある『トリコロール』の面々ならまだしも、学のないラカムたちが知らなかったとしても特段おかしなことではない。そもそも学ぶ機会がなかったのだから。
「ってことは、あの紫の石を押せばよかったりして」
そう言うとラカムは槍を構え、穂先で壁に埋もれたアメジストを突いた。
宝石の価値が分かっているのかいないのか。少々もったいない気もするが、どうせ取り出すことすらできないのだ。こればかりは諦めるしかない。それに、この先にはもっと素敵なお宝があるかもしれないのだから。
ゴゴゴゴゴゴゴ
さて、ラカムがアメジストを押すと、扉は大きな音をたててゆっくりと動き始めた。
「お! 扉が開いちゃったりして!」
「お宝発見するよ~」
「宝、宝、宝」
開かずの間を解き放ち、みんなは興奮して中へと駆けこんだ。
「あ、ちょっと待ってよー」
出遅れたエリンも後を追いかけて中へ踏み入る。
その時だった。
ガチャン
「……………………え?」
背後からの音に振り返ってみると、すぐ目の前には黒い扉。さきほどまでの空洞への通路は閉ざされてしまった。
開くのには時間がかかったのに、閉じるのは一瞬だった。
「あー。ヤバいヤツだよ、これは」
「おい見ろ、何かいちゃったりして!」
ラカムの声を聞いて、エリンは前方を確認。
隠し部屋の奥には大きな陰が。この洞窟の主みたいな存在だろうか。
(うわぁ……。シュトゥルーツより大きいよね、あれ。ビルくらい高さあるんじゃないの?)
何やら不吉な予感で、一行は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。調べもせずに中へ入ったのは軽率だったが、後悔してももう遅い。
生き物は侵入者の存在に気付いたらしく、その体を動かせた。
人生は失敗の繰り返し。後悔と反省を積み重ねて人は生きていく。
とはいえ、失敗自体に意味はない。それを糧にして、何かの成功に結び付けることでようやく意味を成す。
もっとも、ここでの失敗は死だ。死んでしまえば明日は来ない。失敗したまま終了だ。
(あー、もう帰りたい……)




