75. レンガの洞窟Ⅱ~峡谷~
〇前回のまとめ
・ソフィーの弟・ラルスを探すため、【レンガの洞窟】にやって来た。
・洞窟の手前でナンパ師『ブラック・ネイル』と出くわした。
・なんやかんやで同行することになった。
エリンたち『トリコロール』は犬獣人のハンターパーティー『ブラック・ネイル』と臨時のパーティーを結成し、ソフィーの弟・ラルスを探すべく【レンガの洞窟】の探索をスタートした。
行軍の布陣は先頭が『ブラック・ネイル』の3人、後ろにはチェレンに乗ったジェイラとダーシャ。そして、その間にエリンという形なっていた。
照明魔法が使えるということで中央におかれることになったのだが、エリンにとっては最悪の配置だった。前には二足歩行の犬、後ろには大きな狼のチェレン。
(前門の犬、後門の狼か…………。あー、早く帰りたい)
洞窟の中は温度が高く、少し歩くだけで汗がにじんでくる。
だが、それ以上に困るのが、ジェイラが不用意にチェレンを近づかせようとしてくることだった。
チェレンから距離を取ろうとしたら、今度は犬に接近することになる。広くない坑道を進んでいるため、左右にも逃げられない。まさに八方ふさがりの状態だ。
「エリンさんもチェレンに乗らなくていいんですか? あと1人くらいなら大丈夫ですよ」
ジェイラとしては善意からの発言だ。
チェレンに対して完全に心を開いているジェイラからすれば、仲間であるエリンも自分と同じくチェレンに愛着を持っていると思い込んでいた。
「やめておきなさい、ジェイラ。誰だって苦手なものはあるんだから」
「?」
ダーシャはエリンの気持ちを察してくれているらしいが、ジェイラはきょとんとした反応。
愛犬家の皆さん、全ての人間が犬好きとは限らないんです。中には動物が苦手な人やアレルギー持ちの人だっています。散歩中に他の通行人へ犬が接近したら、きちんとリードを引いてください。
苦手を克服しろ? 別に動物と触れ合えなくても困らないから結構。動物番組を見てたら鳥肌が立つくらいだし。昔好きな人の家に行くことになった時、犬を飼ってたから玄関先で尻尾巻いて逃げ帰ったくらいだし。
…………え、重症? ソソソソンナコトナイヨー。
「ありがとう、ダーシャ。高い場所が苦手でも、私がちゃんと支えてあげるね!」
「んなっ!? あ、あれはちょっと驚いただけよ! アタシには苦手なものなんてないんだから!!」
「なあ、嬢ちゃんたち。モンスターを刺激しちゃったりするから、大きな声を出さないでほしかったり」
「「すみません……」」
ラカムから迷惑そうに注意され、萎れたように謝った。
ここは危険なモンスターも生息しているエリアだ。いつ遭遇してもおかしくない。ハンターとしての未熟さを露呈させてしまった。
キーキーキー
「うわっ! 何!?」
突然の甲高い音に、耳を塞ごうとするエリンたち。
「リトルバットだ! みんな、伏せちゃって!!」
ラカムの指示でエリンはしゃがみこみ、ダーシャとジェイラはチェレンにしがみつく。そのチェレンも態勢を低くした。
何か小さい生物が近くを飛び回っているようで耳元まで音が聞こえたが、ジッと耐え続けていると、やがてソレは離れていった。
「ハァ、ビックリした〜。……何だったんですか、さっきのあれ? なんかコウモリみたいでしたけど」
「あれはリトルバットだったりして。血を吸われちゃったりするから気を付けちゃって」
ハンター歴の長い『ブラック・ネイル』にとっても厄介な敵らしく、迷惑そうにリトルバットを目で追いかけていた。
「リトルバットはこっちから刺激しない限り、あんま襲ってこなかったり。襲われても大きなダメージはなかったりするけど、吸血の時に病気をうつされることもあったりして。
それに、倒そうとしても的が小さくてすばしっこいせいで、なかなか攻撃が当たらなかったりして。倒したところで素材は売れなかったり、外の人に影響もないからギルドの常時依頼にも含まれていなかったりして」
忌々しそうにラカムはリトルバットの生態について説明してきた。
全くもって、ハンター泣かせなモンスターである。
レンガの洞窟では、コウモリ以外にもトカゲやクモのようなモンスターと遭遇した。その度にラカムたちやチェレンが追い払っている。
照明魔法を使い続けているエリンだが、明るくし過ぎるとモンスターを刺激してしまうという理由で、照らす範囲をかなり制限していた。明かりを強めたら、実は大量の虫系モンスターに囲まれていたりして。
(あー、キモチワルイ…………)
世の中、見えない方が幸せってこともある。
レンガの洞窟をさらに深く潜っていくと、一行はオーガと出くわしたこともあった。
強敵だが、その時は『ブラック・ネイル』の3人が果敢に立ち向かい、ものの数分で倒してしまった。闘う姿はまさに猟犬。彼らの実力はたしかなものだ。
ただ、何と言うか、オーガを倒す時もそうだが、彼らはモンスターを倒すことで自分たちの嗜虐心を満たそうとしているように見える。
オーガのようなモンスターの死体は素材として需要があり、状態が良好なほど価値が上がる。
ところが、『ブラック・ネイル』はモンスターを倒してもなお攻撃を止めない。お金を稼ぐことよりも、弱った相手をなぶることで快感を得ているように見える。
(実力十分、人格不十分)
ドSの鏡。味方にいれば頼もしい存在かもしれないが、親しくなりたいとは思えない。
♦
キーキーキー
「うるさいわね、アイツ。ちょっと黙らせようかしら。……………………そいやっ!」
探索をしていると耳障りなのがリトルバット。
また次のリトルバットが近づいてくると、ダーシャが狙いを定めて矢を放った。
矢は闇に向かって一直線。天井の手前でリトルバットを捕らえ、そのまま岩の隙間に突き刺さった。
「やったわ! 命中よ!」
「ダーシャ、すごいです!!」
チェレンの上で、ダーシャとジェイラは抱き合って喜んだ。
射撃ではかなり難易度が高いはずだが、あっさりと一発で決めてしまった。確実にダーシャもレベルアップしている。
「見なさいエリン。これがアタシの実力よ!」
「わースゴーイスゴイ」
「…………アンタ、バカにしてるの?」
適当に褒めたつもりだったのだが、せっかく良くなった機嫌を損ねてしまったようだ。付き合いはそこそこだが、女心を読むのは本当に難しい。
ザァー
「…………うん?」
ダーシャの睨みを受け流して進もうとしていると、また新しい音が聞こえてきた。さらに冷たい風が鼻頭を撫でる。
前を見ると、どうやら開けた場所に出るようだ。ずっと狭くて暗い道を歩き続けていたので、少しは気分が晴れるかもしれない。
「この先に川があっちゃったり。そこでちょいと休憩しちゃったりして」
「やっと休めるのね。さすがに疲れたわ」
ダーシャはこんなことを言っているが、彼女はエリンや『ブラック・ネイル』と違ってレンガの洞窟に入った時からチェレンに乗っており、1歩も歩いていない。
1度リトルバットを倒したくらいだから疲れるはずもなく、ずっと歩き続けてきた4人は苦笑い。
そうこうしているうちに坑道を抜け、洞窟内の広い空間へと出た。
「…………っ!?」
ザァーという水の流れる音は聞こえる。
しかし、川らしきものは見えなかった。
「ここって、峡谷…………?」
「そうみたいですね。うわ~……」
すぐ目の前が崖になっており、坑道から突っ走っていたら落下するところだった。
谷底はかなり深いらしく、闇に包まれて見えない。先へ進むための道は、谷を挟んだ向こう側にある。一度下に下りてから、もう一度上らなくてはいけないようだ。
「おっし、この下で休憩しちゃったりして!」
「えっ、ここを下りるの!?」
ラカムたちはここを通った経験があるようで、ロープも使わずに崖を下りようとしている。
経験を積んだ彼らにはできて当然のことでも、素人ハンターには厳しい。
エリンたちは顔を見合わせて肩をすくめた。非力な少女3人にロッククライミングなどできるものか。
「……アンタたちは先に行ってて。アタシたちは後から行くわ」
「ありゃ? 下の方が落ち着いちゃったりするけど、そこで休んじゃったりして?」
トルペたちに続いてラカムも下りようとしたが、ダーシャの言葉で顔をひょっこりと出して見せた。
「お水には困らないので大丈夫です。ここならモンスターも来ないようなので」
「俺様たちとしても、エリンの照明魔法があった方が助かったり…………」
ラカムは困ったようにエリンを見たが、エリンは彼に向かってバイバイと右手を振ってきた。
しつこく言っても無駄だと悟ったのか、ラカムはため息をこぼす。
「…………ハァ。分かったりして。俺様は先に行ったりしてるから、遅くならないでほしかったり」
「「「は~い」」」
返事だけは一人前。ラカムは呆れ顔をしつつも、ランプを腰にセットして崖を下っていった。
そして谷底でトルペやソテットと合流し、軽食を取って一息入れる。『トリコロール』が下りてくるまで一休み。
ところが、ラカムたちがしばらく待ってみるも、『トリコロール』は一向に姿を見せる気配はない。
照明魔法を使うエリンが来ているなら光が見えてくるはずなのに、見上げても世界は闇で埋め尽くされたまま。さすがに怪しいと思い始めた。
「……アイツら、ちょっと遅かったり」
「先に行こうよ~。怖気づいてるんだよ~」
「放置」
トルペたちは『トリコロール』への興味が失せてしまったのか、すでに崖を上る準備を始めていた。それを見てラカムも決断する。
「そうだな。しょせんガキだったりするから、もう帰っちゃったりして」
「ラカムが引っ張ってくればよかったんだよ~。つまんないよ~」
「徒労」
結局『トリコロール』を待つのを諦め、『ブラック・ネイル』の3人は自分たちだけで先に向かうべくロッククライムを開始した。
「ハァ、ハァ…………。下りるのはいいけど、上るのは一苦労だったりして」
「あら、遅かったわね」
「うん…………。はあ!?」
やっとの思いで崖を上り終えたラカム。
地面でうつ伏せになっていると、誰かから声をかけられた。不審に思って顔を上げてみると、そこには『トリコロール』の3人がいた。
「な、な、な……何で先に来ちゃったりしてんの!?」
「フッフッフ。ハンター同士の詮索はご法度ですよ、ラカムさん」
デビルウルフの毛並みをなでながら、青い髪の少女はそう微笑んだ。
「…………って、もしかしなくてもデビルウルフだったりして」
「いや、ラカム。あの距離を跳ぶってどんだけだよ~」
「荒唐無稽」
崖を下りずに峡谷を渡るには、20~30メートルの幅を飛び越えなければならない。
坑道から助走をつけたとしてもリスクが大きい。それだけ少女たちが従魔の力を信頼しているということか。
「アイツら、ちょっとヤバかったりして…………!?」
実際はエリンが魔法で作り出した氷に乗り、それを念力で操って移動したのだが、深い谷底にいたラカムたちには気付く由もなかった。




