74. レンガの洞窟Ⅰ
〇前回のまとめ
・ソフィーの弟が誘拐された。
・『BB団』のネストルたちも動き出そうとしていた。
・さらに怪しい一団も……。
「……この先に【レンガの洞窟】があるのね」
『トリコロール』の3人は、誘拐されたソフィーの弟・ラルスを探し出すために、ケークタウンの南東方面にある【レンガの洞窟】へと向かっていた。
ダーシャの手には、1枚の紙きれが握られている。依頼書の写しだ。
『依頼主:ソフィー
目的:行方不明になった弟の捜索
場所:レンガの洞窟
制限:なし
難易度:スーパー~ブロンズ
報酬:100,000フォート 』
報酬の10万フォートは、相場と比べるとかなり低い。当然のことながら難易度と報酬相場は比例する。ブロンズランク向けの依頼なら、最低でもこの5倍はかかる。これでもマスターの支援を受けて捻出したんだ。
経済的に厳しいソフィーなりに頑張ったのだろうが、多くのハンターは拝金主義。高ランクのハンターはまず受けてくれないだろう。
ギルドとしてもこの依頼を受けてくれるハンターはいないと踏んでいたのか、ノーマルランクの『トリコロール』が受注しても、一言注意されただけで難なく通った。ただ、決して深入りしないようにと強く念を押されはしたが。
字面では“行方不明”となっているため、危険は大きくないとみなされたのか。
とはいえ、これが巷で暗躍している連続児童誘拐犯の仕業によることは、誰の目にも明らかだった。
ラルスだけでなく、ギルドの掲示板には他の子供の捜索依頼が多く掲示されていた。
エリンたちも見かけたら報告はしようと思っていた。だが、かすることすらなかったため、ほとんど頭から抜け落ちていた。
もちろん、犯人逮捕の依頼もある。これはお尋ね者討伐の依頼に含まれており、報酬はなんと150万フォート。
もしノーマルランクの『トリコロール』が達成すれば、天引き分を引いても1日で60万フォートの大金を手に入れることになるのだ。
なお、目的地がレンガの洞窟と分かったのはソフィーの功績だった。
ラルスが連れ去られた日、ソフィーはいつも通りに出勤しようと母と弟を置いて自宅を出た。直後、家の方から弟の叫び声が。
慌てて駆け戻ってみると、家の中には床に倒れこむ母が1人。弟の姿はどこにも見当たらなかった。
ソフィーが母のもとへ駆け寄ると、母は弟が連れて行かれたと、裏口を指した。見ると開け放たれた裏口の向こうからは数人の黒装束が走る姿が。その脇からはラルスのものとみられる脚がはみ出ていた。
ソフィーが追いかけようとするも、日頃から運動になれていない彼女はみるみるうちに突き放され、あっという間に見えなくなってしまった。
それでも連中が進んだ方向から、駆け込んだ先は【レンガの洞窟】に違いないと突き止めたのだった。
「黒装束…………。どうやらこの前アタシたちを襲った連中と一緒みたいね」
「やっぱり私が狙われてたんだろうなー」
先日、自分たちを襲撃してきた連中も黒装束だった。
その時は何とか逃げ切ることができたが、捕まっていればどんな目に遭わされていたことやら。
まだケークタウンで知り合いも少ない『トリコロール』には、消息不明になったとしても救助依頼が出されることもないだろう。各地を旅するハンターがいなくなったとしても、またどこか他の町に向かったと思われるのがオチだ。
「とにかく、今は目の前の依頼のことだけを考えるのよ」
「うん。それにしても“レンガの洞窟”かー」
レンガの洞窟。
その名の通り、洞窟の中はレンガのような赤茶色の素材でできている。
レンガは「煉瓦」と書くように、粘土や泥などの材料を型に入れて、窯の中で焼き上げることで造られる。他にも固めた粘土を天日干しして造るという製法もあり、地球ではメソポタミア文明の時代から用いられていたんだとか。
日本でも明治以降に多くのレンガ造りの建物ができたが、レンガには耐震性に欠けるという弱点があり、関東大震災以降は激減した。
この洞窟の由来も諸説ある。もともと粘土の塊が削られて洞窟となり、そこへ乾燥した風が吹き抜けてレンガになったとか、はたまた火竜が暴れた際に業火に焼かれたことでできたとか。
なんであれ、今では危険なモンスターが生息しており、ウルトラランク以上が推奨とされていた。
「洞窟の探索ははじめてなので、ちょっと不安です」
ジェイラが胸中を吐露すると、ダーシャが励ますように小さな胸を叩いた。
「大丈夫よ、ジェイラ。スピード自慢のエリンと、明らかにハイパーランク以上の実力があるチェレン。万が一のことがあっても逃げ切れるわよ」
「いやあ、そうでもないよ。私たちは洞窟と相性が悪いからね。森とか草原とかだったら、ピンチになっても空から脱出できる。だけど、洞窟となればそれができない。それに、迷子になるリスクだってある」
油断をたしなめようとするエリンの言葉で、楽観的に乗り切ろうとしていたダーシャも頤に手を当てて考え始めた。
「たしかに、モンスターが曲がり角でいきなり壁に隠れたら、アタシの弓も当たらなくなるわね。
だけどね、2人とも。アタシたちが行かなきゃ、ラルスはもっと危険な目に遭うかもしれないの。あーだこーだなんか言ってられない。ただ目の前の敵に立ち向かうだけなのよ!」
「“当たって砕けろ! 行き当たりばったり作戦”敢行だね!」
「……不安しかないです」
仲間を鼓舞しようとしたエリンだったが、残念ながら逆効果となったようだった。
「ガウッ」
「うん? どうしたの、チェレン?」
その時、3人の前を進んでいたチェレンが吠えた。何かを見つけたのか、足元を示すような仕草を見せている。
ジェイラたちもそこへ行って見てみると、なにやら足跡が。
「これは足跡ね。しかも結構な数があるわ。誘拐犯たちがここを通ったのかしら?」
「レンガの洞窟は一般のハンターたちも探索に出かけます。誘拐犯とは限りません。…………ですが、その可能性も捨てきれません」
「そうね。これ以上グズグズしてられないわ。行くわよ、2人とも!」
「「おぉーっ!!」」
♦
「「「げっ」」」
レンガの洞窟の入り口が見えてきた辺りで、エリンたちは思わず足を止めてしまった。二足歩行の犬という、良からぬ存在が視界に入ってきたせいで。
犬獣人もこちらに気付いたのか、黒い耳をピクつかせ、軽い足取りで近づいてきた。
「お、そこにいるのはまさかまさか、この間のお嬢ちゃんたちだったりして!」
「ビックリしたよ~」
「奇遇」
そこにいたのは、スーパーランクのハンターパーティー『ブラック・ネイル』のラカム、トルペ、ソテットだった。
エリンたちがケークタウンに来た初日にナンパしてきた犬獣人たちであり、好感度ゼロの3人。できれば会いたくはなかった。
「君たちもレンガの洞窟の探索だったり? あ、ひょっとして子供たちを探しに来てたりして!」
「……だったら何だというの? アタシたちが何しようが、アンタたちには関係ないでしょ。馬鹿じゃないの?」
少女たちに睨まれようともラカムはどこ吹く風。何食わぬ顔で話しかけてくる。
「そんなイヤそうな顔しないでほしかったり。俺様たちも目的は同じだったりして」
「そうそう。俺たちも捜索依頼を受けて、子供たちを助けるここに来たんだよ~」
「あとカネ」
「あっそ。それならお互い干渉しないようにしましょう。それじゃ」
ダーシャが先頭になって『ブラック・ネイル』の横を抜けようとしたが、ラカムたちはその行く手を阻んだ。およそエリンたちは猟犬に追い詰められた小動物といったところか。
「ちょっと、何するのよ!?」
ダーシャが抗議するが、ラカムは少しおどけた調子で言ってきた。
「いやね、お嬢ちゃん。もしよければ、俺様たちと一緒に探索しちゃったりしない?」
「「はあ!?」」
「何でアンタたちなんかと行動を共にしなきゃいけないのよ!?」
予期せぬ、否、予期できたが現実になってほしくなかった事態で声を上げてしまった。
またおかしなことを企んでいるのか。前回は失敗したことを、今度こそやってやろうとしているのか。
身の危険を感じてエリンたちは臨戦態勢に。ご主人様の気持ちを汲み取ったチェレンも唸り声をあげる。
「グルルルル~」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺様たちだってやましいこと考えて言ったんじゃねえ!!」
猟犬よりも凶暴なデビルウルフに睨まれて動揺し、ラカムはいつもの口癖を忘れて叫んだ。
仲間とともども持っていた武器を地面に置き、膝をついて説明し始める。
「君たちが思ってる以上に、レンガの洞窟はかなり危険なんだよ~」
「そう! 俺様たちも何度か挑戦しちゃったりしたけど、そのたびに命からがら逃げてきちゃったりして。経験ないなら尚更だったり。ほら、俺様たち目的が同じだったりするなら、一緒に探索した方が成功率アップしっちゃったり!」
「にしても、この人たちが人助けするような心を持っているとは思えないんだけど」
エリンがダーシャの陰からボソッとこぼした。それが耳に届いたラカムは肩をすくめ、仲間たちと顔を見合わせた。
「俺様たちだって、このままだとヤバイって思ってたりして。ギルドのお偉いさんからも色々言われちゃったり」
「町に貢献して名誉回復だよ~」
「それとカネ」
棍棒使いのソテットだけは本音が駄々洩れ。結局のところ、これが彼らの真の目的のようにも思われるが。
「たしかに洞窟のガイドをしてもらえるのは、初心者の私たちにとってありがたいと思います。ですが、それではあなたたちにメリットがないのでは?」
「ノンノン。俺様たちにもちゃんとメリットあったりして。ほら、そっちの大きい子。後ろにいるだけですごく頼もしかったり」
ジェイラの質問に答えると、ラカムはチラリとチェレンを見た。
たしかにデビルウルフがバックにいれば背後からの急襲に備えることができ、とても心強いことだろう。
ラカムは続ける。
「子供たちを救出したら、嬢ちゃんたちの手柄にしてもらって構わなかったり。そんかし俺様たちは、犯人を捕まえて報奨金をたんまりもらっちゃったりして!」
そもそも誘拐犯たちとは闘いたくないと思っているため、ラカムの提案は決して悪いとは言えない。
エリンたち3人は頭を寄せて話し合った。
「ねえ、どうする?」
「私は、ちょっとだけなら一緒に行ってもいいと思います。正直、私たちだけでは実力不足ですし、仲間が増えるならそれに越したことはないかと……」
「…………そうね。そもそもアイツらはアタシたちが承諾するまで粘りそうだし、こんなところで時間を浪費するわけにもいかない。それに、いざとなったらチェレンに乗って逃げればいいわ」
「そうならないことを願うよ……」
ちょっとしたパーティー会議を終えると、ダーシャがラカムたちに向かって言った。
「分かったわ。今回だけよ。終わったら元の他人同士。それだけは忘れないで」
「オッケー。交渉成立だったりして」
ダーシャたちが下した決断に、ラカムはにんまりと笑った。




