71. ソフィーとマスター
〇前回のまとめ
・エルフのソフィーを連れ去ろうとする暴漢と戦闘に入った。
・捜索に当たっていた憲兵に助けを求め、暴漢たちは退散。
・深夜だというのに、事件に関わったエリンたちは事情聴取されることに。
神崎麟太郎が小学生だった頃の話。
母が運転する車に後ろからバイクがコツンと当たり、警察とお話をする羽目になった。夕飯の買い物に付き添っただけだというのに、帰宅できたのは9時近くになっていた。
あの頃は6時以降に外へ出てることは滅多に無かったため、長時間の拘束がたいそう苦痛だった。
連れて行かれるとなった時は、その感覚がよみがえったかのようにゲンナリしたものだ。
ところが、「いきなり怖いおじさんが来てソフィーを連れて行ったので、慌てて追いかけた。憲兵が近くにいると分かったら、ソフィーを捨てて逃げてしまった」これだけ言うと、すぐにエリンたちは解放された。
ソフィーも、「もっと歌えと要求されたが、拒否したせいで連れて行かれそうになった」とだけ供述して終わった。帽子をかぶったままでも何も言われなかった。
その後は2人の憲兵に護衛されて『森の妖精』まで戻ってきた。
パレート隊長がものすごく話の分かる人で良かった。
異世界の警察、ものすごく合理的。悪く言えばザル。
被害者が無事ならいいや、って感じなんだろう。未遂は無罪? …………そんなわけないか。
「マスター、ただいま戻りました。ご迷惑をおかけしてすみません」
カフェ『森の妖精』に入るとすでに客の姿はなく、客席にマスターがポツンと座っていた。
哀愁を漂わせていた彼だったが、ソフィーの姿を見るや否や顔を晴れやかにした。
「おお! ソフィー、無事だったか。良かった、本当に良かった…………」
マスターはすぐに駆け寄り、ソフィーの双肩に手を乗せて呟いた。
ジェイラは温かい眼差しを向けたが、そうは問屋が卸さないと言う者もおりました。
「それで、アイツらについて教えてもらおうじゃないの。連れて行かれるときの様子だと、初対面ってわけじゃないんでしょ。
あと、ソフィーのことも気になるわ。なんでエルフがこんなところにいるのかしら?」
適当な椅子に腰を下ろしたダーシャがぶっきらぼうに言う。それを聞いたマスターは即答できず、しばし言葉に詰まった。
「っ! …………そうか、君たちは彼女の正体を知ってしまったのか」
「ダーシャ、詮索はしないって…………」
「いいんですよ。危ないところを助けていただきながら、秘密のために追い返すというわけにもいきません」
ソフィーが機嫌を損ねることなく小さな笑みを浮かべた。
【シネック王国】の北西にある【ゼルドタウン】という村。エルフ族は国の外れにある村で集落を形成して生活しており、外に出ることは滅多にない。
さらに村から出入りするためには険しい道を突破しなければならず、好奇心から挑んだ者たちは次々に命を落としていった。地図の上では【ケークタウン】と最も近いが、それでも移動にはかなりの時間と労力を費やすことになる。
そうした事情もあって、外部との接触もほとんどなかった。
王国の人々も、エルフ族といえばたまに見かけるダークエルフ族のことを言い、明るいエルフ族はほぼ伝説みたいな扱いだった。
そんなエルフ族がなぜ、ケークタウンのカフェで歌っているのか。聞かずにはいられないだろう。
「皆さんはもうお分かりの通り、私はエルフです。ずっとゼルドタウンで暮らしてきたのですが、ある日禁忌に触れてしまい、家族と共に故郷を追われてしまったのです」
外界と隔絶したエルフ族の村だからこそ、厄介な慣習とかがあったりするのだろう。
現代の日本でも都会から遠く離れた田舎では、未だに因習深い地域がある。世界に目を向ければ、カニバリズムが文化として定着している地域だって存在するのだ。
田舎でのんびり憧れのスローライフ。そんなものは、しょせんメディアが作り上げた虚像に過ぎない。
「私は両親と幼い弟の4人で村から抜け出しました。しかし、逃亡中に父は命を落とし、ケークタウンの近くに来た時には母も倒れました。
もうダメかと思って覚悟を決めたのですが、天は私たちを見放してはいませんでした。たまたま通りかかったマスターが助けてくださったのです」
エリンとモヴィーのようなものか。異世界人第1号のモヴィーがいなければ、エリンは転生直後にもう一度死んでいたかもしれなかった。
まあ、エリンの場合はすぐに出ていくことになったけれど。
マスターは少し照れながらも、当時のことについて語ってくれた。
「私も最初に見た時は驚いた。しかし、困っている彼女たちを放ってはおけなかった。ただ、エルフは目立つ。だから極力は人目に付かないところにいてもらって、表に出る時にはつば広帽で耳を隠すようにさせたんだ」
ソフィーは帽子を取り、マスターに微笑みかけながら言った。
「それからというもの、私はマスターとともにお店で働き、時々お客さんの前で大好きな歌を歌わさせていただいているのです。何から何までお世話になって、本当に感謝しています」
「彼女には才能がある。埋もれさせるのはもったいないと思っただけだ。別に、一緒に演奏したいとか思ったりしてないからなっ」
(ツンデレだーーーっ!!)
若干頬を赤くするマスター。
エリンの中で何かが芽生えそうになる。これがTSの末期症状!?
「あれからもう30年にもなるのですね。若かったマスターもすっかりおじさんになってしまいました」
「仕方がないだろう。皆が皆エルフみたいに長命というわけではないんだ。これでも年の割には若い方だと自負しているよ」
(30年!? ソフィーって一体いくつなの?)
エルフは長命な種族だ。寿命が尽きる前に病気や事故で落命する者が大半で、エルフ自身ですら平均寿命は分からないだろう。
パッと見で20歳。でも実は…………って、止めておこう。女性の年齢を探ろうとするなんてナンセンス。
「ただ、順風満帆というわけにはいきませんでした。倒れた母の薬代と弟を食べさせるために、お金を借りることになってしまったのです」
「借りた当初は良かった。しかし、相手先が破綻して、厄介なところに債権が引き継がれたんだ」
「そこの手先がさっきの連中だったと?」
エリンの言葉に、2人はそろって頷いた。
借金を返済できなければ、借主は奴隷墜ちか娼館送りにされる。その時には、今日は守ってくれた憲兵だって敵になる。
「私は外の社会について詳しいことは分かりません。ですが、いきなり20倍の額を返せと言ってくるなんて、あんまりです」
「向こうは裏で色々やっているようだからね。借金の取り立てという大義名分があったとしても目立つようなマネはしないと思っていたが、まさか店にまで来るとは…………」
「ソフィーさんがエルフだってバレてしまったんでしょうか?」
「…………否定できないな。油断したところを覗かれたということもあり得る」
人間がいる限り犯罪は起こる。犯罪件数がゼロという町は、警察が機能していないことを疑うべき。
目の前で苦しむ人がいるというのに、自分たちにできることはない。エリンたちは己の無力感を噛みしめるしかなかった。
そんな気持ちを察しているのか、マスターは窓の外を見てからエリンたちに言った。
「すっかり話し込んでしまったね。今日はもう遅い。気を付けて帰るんだよ」
「「「はい…………」」」
何はともあれ、今日という日も終わっていく。
帰ったら寝て、そしたら次の朝が来て…………。
「な、何なのよ、コイツらは!?」
――というわけにはいかなかった。
今夜はなかなか眠れない。




