69. 落ちたキャペリン
〇前回のまとめ
・ランクアップを目指して依頼をうける日々。
・近頃ケークタウンでは児童誘拐事件が頻発しているらしい。
・なぜかエリンが注意を受けた。
1日の活動を終えたエリンたち3人は、『森の妖精』というカフェにやって来た。
先日、先輩ハンターパーティーの『ホワイトエンジェル』に連れてきてもらったお店だ。
あの時の歌をもう一度聴きたくて次の日も同じ店に行ったのだが、歌姫は不在だった。マスターに尋ねたところ、演奏会は毎日やっているというわけではないという。
そして、次回の演奏会が開かれるのがこの日なんだとか。
「やっとソフィーさんの歌が聴けるのね。楽しみで待ちきれないわ!」
「ジェイラはともかく、ダーシャが音楽に興味あるのは意外だったな~」
「そうそう。アタシは音楽なんて滅法…………って、どういう意味よ!?」
「ダーシャ、落ち着いてください。お店や他のお客さんにも迷惑ですからっ」
すぐムキになるダーシャをジェイラがなだめる。
ダーシャは鼻を鳴らしてドリンクを注ぎこんだ。
「プハ~!」
(…………ただのジュースなのに、金曜日のサラリーマンみたいな飲みっぷりだな)
少し早めに来たということもあって、客の姿はまだそれほど多くはない。しかし、静かな中だからこそ、ちょっとした会話でも喧しく感じてしまう。
そして、運ばれてきた料理を半分くらい平らげたところで、歌姫がマスターにエスコートされてやって来た。
「あ、来ましたよ」
「待ってました!」
ソフィー、それが歌姫の名前だった。
彼女は先日と同じような格好で登場し、マスタの奏でるピアノに合わせて歌い出した。似ているようだが、前回とは違う曲だった。
「♪~」
1日の労働を終えた体と心に、ソフィーの歌声が染みこんでくる。
こうして今日という1日も過ぎていく。なんと平和で満ち足りた人生だろうか。ひょっとしたら、自分はソフィーの歌と出会うために転生したのではないか。そう思えるほどの感動だった。
それだけに、歌唱の終わりがとても切なく感じてしまった。
そう思うのはエリンだけではない。
「相変わらず素敵な歌声でしたね。終わるのがもったいないです」
「もう1曲くらい歌ってくれてもいいんじゃないかしら」
「1曲だけだから次も聴きたくなるんだよ。それに、歌うのにもエネルギーを使うからね。無理するとすぐ疲れちゃうんだと思う」
歌い終わったソフィーは一礼し、拍手に包まれて奥の部屋へ戻っていこうとした。
ところが、
「ちょっと待ちな」
部屋への入り口は、突如現れた暴漢共によって阻まれてしまった。5人組のおっかない連中。抜身の剣を手にしている者までいるではないか。
『森の妖精』の中はさっきまでと一転、剣呑な空気が流れ始める。
すると、ソフィーの後に続いていたマスターが、彼女と暴漢の間に割って入った。
「お客様。申し訳ございませんが、彼女の歌は1日に1曲だけとなっております。また次の――」
「は? 何だテメエは? 俺たちゃそっちの嬢ちゃんに用があるんだ。おっさんは引っ込んでろ。オラッ」
「うぐっ」
「マスター!?」
マスターは突き飛ばされ、床に転倒してしまった。
ソフィーが駆け寄ろうとするも、暴漢がその腕をつかんで放さない。
「おっと、勝手に動くんじゃない。コイツがどうなってもいいのか?」
「クッ。でも、お店には来ないって話じゃ…………」
「フン。そもそも借りた金を返さないお前が悪いんだろ。自業自得ってもんよ」
「おい、無駄話してるヒマはない。さっさと行くぞ。連れて行け!」
左右から2人がかりでソフィーを押さえ、暴漢たちは彼女を店の外へと連れて行く。
狭い店内の客たちは慌てて暴漢たちから距離を取ろうとし、エリンたちはその流れに飲まれてしまった。
多くのおじさんおばさんに押され、転ばないようにするのが精一杯。
「馬鹿じゃないの! 何なのよ、アイツらは!? ソフィーをどうするつもりよっ!」
「ダーシャ、一旦落ち着いて!」
「待ってくださいっ!」
最初に人垣を潜り抜けたのはダーシャだった。開け放たれたままのドアの外へと走り出した。
その次はジェイラで、エリンを救い出してからダーシャの後を追う。
「あ、いた!」
ソフィーは建物の隙間に連れ込まれるところだった。
それを見たダーシャはすぐさま駆けつけて叫んだ。
「見つけたわ! アンタたち、ソフィーを放しなさい!」
「あ゛? なんだ、テメエはよぉ?」
「アンタたちに名乗る名前なんてないわ。とっ捕まえて憲兵に差し出してやるんだから!」
「俺たちはコイツに用があるんだ。邪魔するんだったら子供でも容赦しねえぜ」
「お生憎様。アタシはもう子供じゃないのよ」
「年は重ねても、大人としての正しい判断ができないお子様のようだ。お前ら、やっちまえ」
5人組のリーダー格が顎で指示すると、ソフィーを押さえていない2人が抜刀してダーシャに襲い掛かった。
「「オラーっ!!」」
「〈南極大陸〉!!」
「「ぐわっ!」」
「な、なんだ? いきなり壁が…………!」
斬りかかろうとした矢先、2人の暴漢は現れた氷壁にぶつかって転がった。
ダーシャが振り返ると、丁度エリンとジェイラが駆けつけたところだった。
「「ダーシャ!」」
「遅いわよ、2人とも!」
文句を言いたいのはこっちの方だが、そんなことをしている場合ではない。
この間にも、暴漢共は倒すべき相手に狙いを定めている。
「魔法使いか。厄介だな。先にそいつをやっちまえ!」
「「おう!」」
両隣の建物に挟まれた、暗くて狭い空間。相手は荒っぽい手練れが5人、こちらは戦闘の素人3人。
実力でも数でも不利。混戦になったら勝ち目はない。そもそも近づかれるだけで危険だ。
ならば、近くに来させなければいい。
「チェレン、カモン! あの人たちを止めて!」
「ガウッ」
「「「なっ!?」」」
いきなり大きなモンスターが間の前に姿を現したことで、突っ込みかけた暴漢共は足踏みしてしまう。
「なんだコイツは!」
「デビルウルフだと…………!? 危険なモンスターがどうしてこんなところに!?」
「ええい、手ごわいぞ! お前ら、ハンターの排除が優先だ。一旦そいつは置いておけ!」
「「おう!」」
ソフィーを押さえていた残りの2名も参戦。
しかし、暴漢共とエリンたちの間にはチェレンがいた。
「グルルルル~」
「「「「「うっ…………」」」」
暴漢共はチェレンに威圧され、足をすくませてしまった。エリンはその隙を見逃さない。
相手が怯んだ今なら打ち勝つことができる。
そう確信して、チェレンの陰から魔法を発動。
「ぶっとべ! 〈ナイアガラ〉!!」
「「「「「おわーーー!!」」」」」
エリンは放った渾身の水流は、暴漢共をさらに奥へと弾き飛ばした。
ただ、エリンは見落としていた。自分と暴漢共を結ぶ直線、その先にはソフィーがいるということを。
「キャッ!」
「しまった!」
背の低いエリンが斜め上に向けて水流を放ったこともあって、暴漢共はソフィーの頭上をギリギリ越えていった。
しかし、直撃こそしなかったものの、空を飛ぶ暴漢の手がソフィーのキャペリンを叩き落とした。
「「「あ!」」」
すると、大きなつばに隠されていた彼女の素顔が月明かりに照らされ、エリンたちの視線をつかんだ。
美しくて端正な顔立ち。否、エリンたちの視線を釘付けにしたのは、その容姿ではなかった。
長くて先のとがった耳。
ソフィーはエルフだった。




