67. 歌姫降臨
〇前回のまとめ
・『ホワイトエンジェル』という美少女5人のパーティーと出会った。
・その中のジュディというギャルに目を付けられた。
・彼女たちと会食することになった。
『ホワイトエンジェル』メンバー一覧
・ハンナ:金髪。見た目は大人、中身は子供。
・メイリ:赤毛のボーイッシュ。
・ソーニャ:物静かで小柄なヒーラー。ぺったんこ。
・ヘレン:気心知れた友人以外は苦手なコミュ障。
・ジュディ:エリンを食おうとするギャル。
飲み物だけでエリンたちが『ホワイトエンジェル』のメンバーと話していると、ようやくウエイターが料理を運んできた。
「「おぉ~!」」
たまらず感嘆の声が漏れる。
着色料なんて代物はないはずなのに、色とりどりの料理が輝きを放っている。お皿も無駄を省いたデザインとなっており落ち着いた色のものだが、それもまた盛り付けの美しさを際立たせていた。
郷土料理なのか、どれもエリンが初めて目にするものばかりだった。期待と興奮で胸が高鳴る。
「ま、まぁ、食べてみないことには分からないわよ。見掛け倒しってこともあるんだから」
「そんなこと言うんだったらあげないよ~」
「た、食べないとは言ってないわっ!」
ダーシャがひとり強がって見せるが、ジュディの冗談に翻弄された。
メイリが『トリコロール』の分までよそってくれたので、フォークを手に取っていざ実食。
「い、いただきます…………!」
まずはサラダから。もう見ただけで新鮮さが伝わってくる。
エリンはスティック状の大根みたいなものを一口。
シャキッ
しっかりとした歯ごたえ。それと絡み合うドレッシング。
ドレッシングは3,4種類が重ねてかけられている。それなのに喧嘩することなく、むしろ互いの良さを引き出していた。
続いてはアクアパッツァ(みたいなもの)。
以前見た地図だと、ケークタウンの周辺には海がないはず。魚ではなく何らかのモンスターの肉でも使っているみたいだ。ワインとニンニクの香りが胃をまさぐる。
アクアパッツァにはイタリア語で「狂った水」という意味があるらしい。たしかに、この美味しさは狂ってしまいそうになるほど。
(あ、柔らかい!)
肉は加熱し過ぎると固くなる。だけど口にしたばかりの一片は、おでんのようにとろけていった。生っぽさもないので、火の通りが不十分というわけでもなかった。
一晩ずっと煮込み続けなければ、ここまでの食感は実現できないだろう。
それからも、エリンたちはテーブルの上の料理をひたすら口に運び続けた。食べるたびに感動が起こっていた。
ケークのご飯はうまい。
クロフォードから聞いたことは本当だった。
「はぁ、食べた~!」
「美味しかったです」
「わ、悪くなかったわよ」
食べ終わった時、エリンたちは周囲の人々にまで幸せを振りまけるんじゃないかというくらい恍惚の表情を浮かべた。
空腹は最高のソースとも言われる。たしかに、店に来た時はお腹がペコペコだった。
だとしてもだ。いくら空腹だったとしても、食事自体が中途半端だったらここまでの感動はなかったに違いない。
「フッフッフ。当然でしょ。この『森の妖精』は知る人ぞ知る名店なんだから。アンタたちはホントに運が良かったわね」
「食べてるエリンちゃんもカ~ワイイ!」
奢った側をしても、これほど喜んでもらえれば連れてきて良かったと思えるものだ。
ここにカメラがあれば、まさしく絶好のシャッターチャンス。もしカメラがあったなら、ジュディはエリンを撮りまくっていただろう。
「だけどね、このお店がスゴイのは料理だけじゃないんだよ」
「「「?」」」
対面に座っていたメイリは左を向くと、すぐ何かに気が付いたようだ。
再びエリンたちの方を向いて、人差し指を薄い唇に当てた。
「あ、もうすぐ始まるみたい。みんな静かに」
メイリが向いたのは店の奥、バーカウンターの右側だ。手前の壁際に座っていたエリンたちも右を向いて見ると、そこには店のマスター、そしてもう1人、つば広帽を深くかぶった女性が。
2人が登場すると各テーブルの会話も収まり、室内は静寂に包まれる。
ダンディなマスターが店の隅に置いてあったピアノの前に座り、彼は鍵盤をタッチした。
穏やかな旋律が流れ始めると、やがて女性が閉ざしていた口を開く。その瞬間、エリンは全身に鳥肌が立つのを感じた。
「〽खुश हो जाओ थोड़ा और हार मत मानो अंत तक ~」
歌詞はエリンの知らない言語だった。幼少期は裕福な家庭にいたジェイラだったら、もしかすると意味が分かるかもしれない。
けど、そんなことはどうでもよかった。
音楽は世界共通。鏗鏘は言語の壁を越え、傾聴する人々の心に染みわたった。乾いた心に潤いをもたらしてくれた。
小さなカフェに舞い降りた歌姫の声で、心が洗われるのを感じていた。
演奏は5分くらいだった。その5分は、人生でもっとも充実した5分だった。
歌い終わった女性が一礼すると、会場からは拍手の嵐。
エリンも立ち上がって手を叩いた。
「エリン、ちょっと何してるのよ!?」
「え? あ、ゴメン。つい…………」
どうやらスタンディングオベーションの文化はなかったらしい。部屋の隅っこでなければ悪目立ちしていたところだ。
この様子だとアンコールもないのかな。
「気持ちを抑えられなかったんだね~。いいのよ、お姉さんにぶつけて!」
「ずっとお姉さんお姉さん言ってるけど、アンタ一体いくつなのよ?」
獲物を見つけた獣のような目をエリンに向けるジュディ。ムッとしたダーシャが彼女に尋ねた。
ハンナたちも見たところティーンエイジャー。それほど年が変わらないはずなのに、先輩面されるのが癪に障る。
「あちき? 17じゃん」
「あら、エリンと同じじゃない」
「「「「え?」」」」
「わー、あちきらタメじゃん。これって運命? ヤバッ」
ハンナら4人は思うところがあるのか、視線がエリンの顔と胸部を行ったり来たりしている。
他方、エリンと同い年だと分かったジュディはかえってテンションが上がった。
『ホワイトエンジェル』それぞれの反応に、エリンは複雑な顔。
(そんなに貧乳は罪なの? あったらあったで大変そうだけど。それに、私よりダーシャの方が――)
「エリン?」
「…………ドウサレマシタカ?」
「アンタ今、変なこと考えてたわね?」
「ソソソソンナコトナイヨー」
心を見透かされ、エリンの目が泳ぐ。
正直、ダーシャがまな板でもエリンはスプーンくらい――
「フンッ」
「ギャー、お助けー!!」
「楽しそうなことしてんじゃん。あちきも混ぜて!」
「アーレー」
「あ、あの……もしよろしければ、ジェイラさんたちのお年を伺っても?」
「私が15歳で、ダーシャは16歳です」
いつも胸の前に左右の拳を置いているヘレンが尋ね、それにジェイラが返す。
ジェイラの答えを聞くと、ヘレンは顔を晴れやかにした。
「わあ、実は私もなんです、ジェイラさん。一緒ですよ」
「…………私も」
「!」
今までほとんどしゃべらなかったソーニャも口を開く。
同い年の少女が2人いたと分かり、ジェイラも喜色を浮かべた。
『トリコロール』ではメンバー最年少。メンバー間に壁はないと年上のエリンたちが思っていたとしても、もともと遠慮しがちだったジェイラからすれば、年上の中にポツンと置かれる悲哀だってあったかもしれない。
対等に接し、愚痴をこぼせるような友人に是非なってもらいたいものだ。
「じゃあ、18のハンナが一番先輩ということね。後輩たち、困った時には先輩を頼りなさい!」
「一応ボクも18なんだけど…………」
メイリも何か言っていたが、ハンナの勢いに埋もれてしまった。
先輩と言っても、ともにノーマルランクだ。傍から見れば新米であることに変わりはない。
「そういえば君たち、今夜泊まるアテはあるの?」
メイリはエリンからジュディ(ダーシャに押さえられたエリンの服の中に手を挿し込み、その体をまさぐっていた)を引きはがすと、思い出したかのように尋ねた。
「まだよ。これから宿を決めに行くわ」
「そうなんだ。もしよければボクたちが紹介するよ。ツテを使えば安くしてもらえるかもしれないし」
「エリンちゃんはあちきン家に来てもオッケーじゃん」
「…………遠慮します」
そんなことになれば、今度こそ貞操の危機だ。
据え膳食わぬは男の恥? 今は女の子だからセーフ!
「ハハハ。泊まりたい宿の条件とかあったら教えて」
「「「安くて風呂付の個室!」」」
「あるわけねーだろっ!!」
エリンたちが口をそろえて希望を伝えると、ハンナが大声を上げた。
怒りの感情を表すハンナをヘレンたちがなだめ、メイリが説き伏せるように言ってくる。
「あのね、個室ってだけでも高くなるんだよ。それにお風呂もある宿ってなると…………。お金が無いんだったら、ちょっとは妥協しないとね」
「「「ぐぬぬ……」」」
「ちなみにこの辺でその条件を満たす宿ってなると、ケークグランドホテルくらいだね。まあ、ノーマルランクのハンターだと入り口で追い返されるかも」
フェヘールシティでは、ずっとギルドの寮で寝泊まりしてきた。そうしたこともあって、一般的な宿泊施設の相場が知識としてはあっても、実感としてはなかったのだ。
「こうなったら、自分たちで何とかするわ!」
せっかくの申し出を蹴ってしまったダーシャ。
エリンは『ホワイトエンジェル』には聞こえないように尋ねてみた。
「まさかとは思うけど、トリコハウス?」
「それしかないに決まってるじゃない。他の人がいないから盗難の不安もないし、お風呂だってある。考えてみればこれで十分なのよ」
「だけどさぁ、家はあっても土地がないんだよ」
「普通は逆なんですけどね……。けれど、ケークタウンのギルドには寮がありませんし。そもそも、寮よりはトリコハウスの方がマシというものです」
町の中に空き地があったとしても、無断使用はトラブルの素。それに、一夜にして家が現れたら周囲はパニック。憲兵とかギルドとかから、あれやこれやと問い詰められるハメになる。
トリコハウスを使うとしても、場所が問題だった。
「町の手前に【疾風の森】っていうエリアがあったわね。そこならきっと見つからないわ。文句を言われたら、その時に考えればいいのよ」
仲間内でこそこそと話し込むエリンたち。
それでも彼女たちは温かい言葉をかけてくれる。
「あ、あの…………困った時はいつでも相談してくださいっ」
「うん。ボクたちにできることがあれば協力するよ」
こういう人とのつながりこそ大切にしたいと思うエリンだった。




