65. まとわりつく者たち
〇前回のまとめ
・ケークタウンという町にやって来た。
・移動の途中でモンスターを倒してきたので、ギルドで換金しようとした。
・以前やらかしたことを問い詰められ、多額の制裁金をとられることになった。
『トリコロール』の3人はたくさんのモンスターを討伐したので、報酬もかなりの額になった。
違反金もかなりの額で、もらったばかりの報酬は消え失せた。むしろ赤字。
エリンたちの落胆ぶりはとても大きかった。
「…………ハァ、これからどうしましょうか?」
ショック耐性が高そうなジェイラが仲間たちに話しかけてみるも、すぐには返答が来ない。
ギルド内の椅子に腰かけ、天井を見上げて呆然としていた。
期待は大きかった。
モンスターを倒すたびに、討伐証明部位をカバンに入れるたびにワクワクしていた。
一気に大金を獲得し、その金で高級な宿に泊まってご馳走を食べまくるという日が目の前に来ているものと確信していた。
けれども、それは無残にも夢と消えた。
元の貧乏な低ランクハンターに逆戻り。また一から稼ぎ直さなければならない。
希望と興奮で感じなかった疲労が堰を破った大水のように押し寄せ、エリンたちの顔は枯れていた。
やがて、表情を失ったダーシャが口を開く。
「……どうするも何も、お金が無いアタシたちにできることは限られてるじゃない」
できること。すなわち働いてお金を稼ぐこと。
ただ、心身ともに参っていた3人に、新たな町に到着して早々に働けと言うなんて、まさに拷問とも思える仕打ちだった。
「ハアァァァァァァァァ」
エリンが大きく息を吐いたかと思うと、椅子から立ち上がった。
そんなエリンに、仲間たちは光のない目を向ける。
「ん、行こっか」
「…………行くってアンタ、どうするつもりよ?」
「ずっとギルドにいるわけにもいかないでしょ。それにお腹空いたよ。どっか食堂でも行こう」
前世での苦痛を振り返れば、こんなことくらい蚊に刺されるようなものだ。
1の仕事を終わらせたとしても、次は3の仕事を与えられる。何とか終わらせたところで今度は文書の「が」を「は」に変えろなど、どうでいいところを上司にギャーギャー指摘され、時間だけが流れ去っていく。時間を確認するだけ無駄なので、時計を見ることすらなくなっていた。
重労働安月給。それを考えれば、仕事が楽な分だけ救われているというもの。
さっさと切り替えるに越したことはない。
「そうですね。エリンさんの言う通りです。たしかに私もお腹がペコペコです」
「…………分かったわよ。いつまでもクヨクヨなんかしてられない。だってアタシたち『トリコロール』は、常に輝く未来を向いて進み続けるんだから!」
ジェイラとダーシャも立ち上がる。
その眼はたしかに仲間の姿を捕らえていた。
「腹が減っては戦ができぬ。まずは腹ごしらえね。安くて美味しい食堂を探すわよ!」
心を持ち直してギルドの出入り口へと歩き出す。
その時――
「ねえ、君たち。ちょっといいかな?」
「「「……うん?」」」
ドアに近づいた3人は、誰かから声をかけられた。
振り返ってみると、これまた3人組の男性。真っ黒な犬獣人で、猟犬のような獰猛さを秘めていそうな感じ。皆ハンターのようで、胸元に黄色のバッジが付いている。スーパーランクのハンターパーティーみたいだ。
年齢はパッと見で30になるかどうか。それぞれ槍、斧、棍棒を装備している。
「……あの、私たちに何か用ですか?」
ジェイラが尋ねてみると、男たちはニヤニヤしながら話してきた。獣人はあまり得意じゃないのでご遠慮願いたいところなのだが。
「いやね、どうも君たちお金に困っちゃってるみたいじゃないか。お兄さんたちが簡単に稼げるお仕事を紹介してあげちゃったり、なんて思っちゃったりして」
「そうそう。高収入のアルバイトがあるんだよ~」
(バ〇ラかよっ)
都会で爆音を流して走行する華美なトラックが、一瞬エリンの頭に浮かんだ。
まあ、彼らがやろうとしていることは、どちらも大差なさそうだけど。
「ねえ、まずは話だけでも聞いちゃってよ。一緒に食事でもしながらさ。お兄さん優しいから奢っちゃったりして」
「いえ、食事に困るほどではないので遠慮します」
「女の子はお金が大好きでしょ。たくさん稼げるよ~」
「馬鹿じゃないの。そんなに稼げるならアンタたちがやればいいのよ。」
「いやいや、君たちみたいなカワイ子ちゃんだからこそ稼げちゃったりして」
早々にギルドからの脱出を試みようと思うが、もう1人のハンターが行く手を阻んでいた。左右に槍と斧、そして前から棍棒が追い込もうとしており、エリンたちを逃がさないとの意志を感じる。
盛大な逃走劇を繰り広げて大金を支払うことになったばかりの3人に、強行突破しようなんて考えは浮かばなかった。
美少女たちが受付でトラブルを起こしたとかで明らかに憔悴している。その弱みに付け込んでの蛮行だった。
「ねぇねぇ、お名前教えちゃってよ」
「えっと、ジェ――」
「人に名前を尋ねるなら、まずは自分から名乗るのが筋じゃないんですか?」
危うくジェイラが名乗りかけるが、エリンがそれを遮る。
「(小声で)ジェイラ、むやみに人に名乗っちゃだめだよ。相手に勢いづかせることになるから」
「(小声で)こ、ごめんなさい。つい…………」
口先だけでも毅然とした態度を取るエリンに、男たちは怯むどころかむしろ調子に乗っていった。
中身はアラサー男性でも外見は美少女。体が目当ての連中にとって、相手の心なんかどうだって構わない。
エリンは不快感が増大するのを感じた。
「おっと、それもそうだったりして。お兄さんたちは『ブラック・ネイル』っていうハンターパーティーだったりするんだ。俺様がリーダのラカムだったりして」
「俺はトルペだよ~」
「ソテット」
上から順に槍、斧、棍棒だ。
3人は飽きることなく『トリコロール』を口説き続ける。そのエネルギーをもっと他のところに使えば、世界平和の実現にも近づくというのに。
「ねぇねぇ、俺様たちはもう名乗っちゃったり。今度は君たちの番だったりして」
「チッ……」
「ほらほら~、早くしてよ~」
「アンタたち、いい加減にしなさいっ!!」
ふと、エリンたちの後方から甲高い声が聞こえてきた。
「「「あ゛?」」」
声がした方へと振り向いて見ると、そこにはエリンたちと同世代くらいの少女が5人。真ん中に立っている少女は仁王立ちで、『ブラック・ネイル』たちを睨みつけていた。
「その子達が困ってるでしょ。離れなさいよっ!」
「まったく、良い年した大人が恥ずかしくないんですか?」
「…………クズ」
「あわわ。えっと、その、止めた方が、いいと思います……」
「マジできしょいんだけど。ゴブリンの方がマシじゃん」
五者五葉の非難。
だが、相手の数が増えたとはいえ、たかだか少女5人。おじさんたちを怯ませるには物足りなかった。
「は? お兄さんたちは、この子たちを誘ってるだけだよ~」
「それとも、君たちも一緒に“お仕事”やりたかったり?」
「主張自体失当」
「「「「「なっ!?」」」」」
止めようとしてきた少女たちに、『ブラック・ネイル』は狼狽えることなく言い返す。
せっかく救援が来てくれたのだが、ちょっと弱かった。
(私たち、このまま連れて行かれちゃうのかな…………!?)
(あーもう、何なのよコイツらは!)
(むしろ人目に付かない方が暴れられるんじゃね?)
エリンたちがそれぞれ思いを巡らせている時だった。
「ア、アンタたちねぇ……」
「アナタたち、そこで何をしているのですか!?」
ギルドの奥から矢のような声が。
発言者は受付嬢のユリヤだった。彼女は帳場を越え、ドアの方へと向かってくる。
「ギルド内での迷惑行為は禁止事項のひとつです。場合によってはハンター資格剥奪もあり得るのですよ。ただでさえ問題を繰り返してランクアップが制限されているというのに………。
アナタたちは自分たちの立場が分かっていないようですね。この件はギルドマスターに報告して、何らかの処分を下してもらいます!」
さすがにギルドという権力を前にしては、ずっと強気だった『ブラック・ネイル』も屈するしかなかった。
リーダーのラカムは舌打ちし、トルペとソテットは肩をすくめて仏頂面をつくった。
「チッ。分かったよユリヤちゃん。ただ新しい子をからかってただけじゃん。なに怒っちゃったりしてんの」
「俺たちもう帰るよ~」
「興覚め」
ラカムたちは3人の少女を解放すると、捨て台詞を残してギルドから去っていった。
ようやく気持ち悪いナンパ師から逃れられたと、エリンたちはホッと一息。
「皆さん、ごめんなさいね。私たちの管理が行き届いていないばかりにご迷惑をおかけすることになって」
「いえ、大丈夫です。助けていただきありがとうございました」
頭を下げるユリヤに、エリンは優しく声をかけた。
もっと早く来いよと思われるかもしれないが、ユリヤは仕事で奥に行っていた。それが戻ってきた途端にさきほど担当した新米ハンターの少女たちが受難の憂き目に遭っているのを目撃し、すぐさま声を発したのだった。
「本当にあの人たちは…………。実力はたしかだから、本当なら今頃ブロンズランクになってたとしても不思議じゃないのに。まったく困ったものです」
「私たちはあの人たちみたいにならないよう気を付けます」
やれやれとユリヤは手を額に当てる。
そんな受付嬢にジェイラは微笑んで言ったのだが、かえって表情を引きつらせる結果となった。
「そ、そうね。あなたたちなら大丈夫とは思うけど…………。ま、いっか。
それじゃあ、私は仕事に戻ります。皆さんも気を付けてくださいね」
「「「は~い」」」
ユリヤを見送ると、今度こそ食事に行こうとエリンたちは歩き出す。
「は~。なんかまた疲れちゃったわ。ホント、馬鹿みたい」
「さらにお腹がすいてしまいました」
「ホントそれな」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「「「うん?」」」
ところがドアノブに手をかけた時、再び背後から声をかけられた。
(…………なんか、面倒事が多すぎない?)




