61. 未来を買う商人
〇前回のまとめ
・怪盗ヴィンデックスの正体は、元孤児のネイトだった。
・諸事情あって、ネイトは裏でマークとつながっていた。
・エリンはネイトを逮捕しないことに。
怪盗ヴィンデックスによる予告状の一件があってからしばらくして、フェヘールシティの一画に『フレンズ』という食堂ができた。
一見ありふれた食堂に見えるが、スラムの子供たちがやっているということで、開店当初こそ街の人々からは敬遠されていた。
しかし、安くて美味しいと労働者やハンターを中心に人気が出始め、次第に店員の孤児にエールを送る客が多く来店するようになった。
また、他店にない提供方法や1日20個限定というオリジナルのデザートも人気の秘訣となっている。あまりの人気ぶりで、販売は昼からだというのに早朝から店に並ぶ者も少なくない。
店長の少年によると、近く販売個数を増やす予定なんだとか。
それを聞いた常連客が歓喜したことは言うまでもない。
「今や『フレンズ』は飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びています。やはりエリンさんには商才があるようです。ますますウチに来てほしくなりました」
「ハハハ…………」
グリーンウッド商会の応接室で、パーヴェル・グリーンウッドはエリンに向かって言った。
その目はかなり本気なようで、エリンとしては適当に笑って誤魔化すしかなかった。
「ただでさえ人件費の低い子供たちが働いているんですよ。それなのに子供が火を使うのは危険だからと、調理をお客様ご自身にやらせてしまう。始めはとんでもないことを言い出すと呆れておりました」
エリンがプロデュースしたのは焼き肉店だ。
パーヴェルの知る一般的な食堂は、完成した料理を客に提供するのが当たり前。だが、『フレンズ』では、店側はカットした生肉を提供するだけで、加熱は客自身にやらせるという方式を採用した。
この世界での常識を覆すアイデアだった。パーヴェルも、始めエリンからその提案を聞いた時には眉をひそめたものだ。
「しかし、それが功を奏しましたな。店側からすれば肉を切って出すだけで済む。お客様からすれば自分で焼き加減を調整することができ、さらに焼き上がってすぐのお肉を食べられる。一石二鳥とはこのことですよ」
「まあ、楽をしたいと思った結果です。そんな大したことじゃありません」
謙遜するエリンだが、隣にいたジェイラも賞賛してきた。
「そうだとしても、“ぷりん”の作り方を聞いた時には天才だと思いましたよ!」
「ええ、本当に」
ジェイラに同意したパーヴェルは、プリンの味を思い出したのか頬が緩んでいる。
プリンは元々この世界にはなかったのだが、エリンが遠い地域のお菓子と言ってデザートに提案した。
試作してみたら大絶賛された。
材料はいたってシンプル。卵と牛乳、それに砂糖だ。庶民にはなかなか手の届かないものだが、これもグリーンウッド商会が持つルートで継続的な確保に成功した。
それを混ぜ合わせた液を2,3回茶こしに通して土製のコップに入れる。そのコップに蓋をして、水を入れた大きな鍋で10~15分ほど蒸して加熱。
液が固まったら取り出して冷却。孤児の中に氷の魔法を使える子がいたのが幸いだった。エリンがずっと店にいるわけにもいかないし。
ただ、如何せんまだ幼いため魔力量が多くないらしく、1日で作れる個数は限られてしまう。だからはじめは1日20個限定をしたのだが、かえってプレミアがついて客が殺到するようになった。
原価率は高いが、宣伝効果を考えるとお得に思える。
「一度エリンの頭を開いて中を見てみたいわ」
「いや、それは止めて……」
ダーシャのジョークに、エリンは心から嫌そうな顔になる。
そんな3人のやり取りを見て、パーヴェルは優しく笑った。
「街の子供たちの居場所を作ることができて何よりですな」
「これもパーヴェルさんにお力添えしていただいたおかげです。ありがとうございました」
『フレンズ』が店舗を構え、食材を調達するルートを確保できたのは、ひとえにパーヴェルの協力があったからだ。
貧しい子供たちのために力を貸してほしいとお願いしたところ、他ならぬエリンの頼みなら、と言って聞き容れてくれたのだ。
「いえいえ、頭を上げてください、エリンさん。私どもとしましても、エリンさんのおかげでそれ以上に利益を伸ばすことができたのです」
パーヴェルは大袈裟に手を振って謙遜する。嫌味を感じさせない辺り、成功者としての適性といえるのではないか。
「それに、私は商人です。無駄なお金を使うことはありません。私は子供たちの、そしてこの街の未来を買ったのです。『フレンズ』の子たちは将来、娘の優秀な部下になってくれるに違いありません。ウチにとってもメリットはあるのですよ」
そう語るパーヴェルの顔は、とても和やかなものだった。
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グリーンウッド商会を後にし、『トリコロール』の3人はフェヘールシティの大通りを歩いていた。
「何はともあれ、一件落着だね」
エリンが誰にともなく放った言葉に、ダーシャとジェイラが頷く。
「ヴィンデックスの予告状は、何日たっても被害届が無かったことでイタズラだと片付けられたみたいです」
「ネイトはハンターになるんだったかしら?」
「そうみたいだね」
ネイトは泥棒稼業から足を洗うと決めた後、事情を説明してスラムに戻るかとエリンたちは思っていた。
しかし、それは子供たちが混乱するから止めたんだとか。実は裏切り者はもう1人の方でした、なんて言っても子供たちの理解が追い付かないと考えたのか。
「雷騰雲奔、神出鬼没の大泥棒なんですよ。ハンターになっても大活躍間違いなしです!!」
「アタシたちも先輩として負けないように頑張らなくちゃね!」
元々スラムから抜けた後に他の町のギルドでハンター登録をしていたらしく、今後はハンターとして成り上がりを目指していくんだとか。
なんにせよ、あれだけの実力があるならハンターとして十分やっていけるだろう。
「とうとうこの街も最後なのね」
「何、ダーシャ。名残惜しくなっちゃった?」
「ち、違うわよっ。色々なことがあったなって思っただけよ!」
言い返すダーシャを見て、エリンはついニヤニヤしてしまう。そのせいで、ダーシャに「フンッ」とそっぽを向かれてしまった。
「えっと、次はどこに行くんでしたっけ?」
「たしか、エリンが【ケークタウン】に行きたいって前に言ってたわよね」
「あー。何かそんなことも言ってた気がするな~」
その言葉で、ジェイラは人差し指を顎に当てて何やら呟いた。
「ケークタウン……。あのご飯が美味しい町ですね。私が小さい頃、お父様に連れて行ってもらったことがあります。いいですね、そこにしましょう!」
「なら決まりね。せっかくだから、移動してる間にもできる依頼がないかギルドで確認するわよ」
さすがにノーマルランクの『トリコロール』は護衛依頼を受注できないが、道中で出没するモンスターの討伐依頼や採取依頼のようなものがあるかもしれない。
結局、お尋ね者の怪盗ヴィンデックス関連では銅貨1枚すら得られなかった。
パーヴェルに頼めばお金を貸してもらうこともできたのだろう。だが、『フレンズ』のために尽力してくれた上に、そんなことをお願いするのはさすがに図々しいだろうと憚られたのだ。
それだけに、ちょっとでもお金を稼ぐことを意識していかねばならない。
「今度こそアタシの勇姿を2人に見せてあげるんだか――」
「「「〽お~れ~た~ちBB団。ビッグになるためやってきた~」」」
「――ら……」
エリンたちがフェヘールシティのギルドに近づいた頃、通りの向こうから陽気な歌声が聞こえてきた。
どこか聞き覚えのある声。できれば耳にしたくなかった声。
「「「〽北の国のウルトスの、ネストル、スタース、エフィム。勇者になって凱旋だ…………」」」
「「…………」」
Bメロは『大きな栗の木の下で』のメロディーに合わせた歌。しかし、最後まで歌いきることなく止まった。
ギルドから出てきたばかりの熊面の少年は気付いてしまったのだ、1人の少女の存在に。
「「「「「あ」」」」」
「?」
事情が呑み込めないジェイラだけがポカンとした顔になっていた。
ジェイラや少年たちが何かを言いかけるが、誰よりも早くダーシャが仲間たちに声をかけた。
「に、逃げるわよ、2人とも!!」
「うん!」
「え? どういう…………」
「ジェイラ、チェレンを呼んで!」
「わ、分かりました。チェレンっ!!」
「ガウッ」
言われるがまま、ジェイラはチェレンを呼び出した。
街のど真ん中で突如大きなデビルウルフが現れたことで周辺はパニックに。
だが、そんなことを気にする余裕はない。エリンは新調したスケボーに、ダーシャとジェイラはチェレンの背に飛び乗った。
「おーい、エリン! 待ってくれー!! どうして逃げるんだーっ!?」
「ネストル、落ち着くでやんす~!」
「せっかく収まったと思ってたのに、これじゃ逆戻りだよー!」
背後から少年たちの声が聞こえるも、少女たちは振り返ことなく一気に街の出入り口を目指す。
「うおっ!」「なんだ!?」「あんぎゃ!」
道行く人々はものすごいスピードで通り抜ける少女たちに驚きの声を上げるも、『トリコロール』はひたすら突っ走った。
「どけどけ~い。『トリコロール』様のお通りだー!!」
「ダーシャ、それだとヤクザみたいです」
「あはははははは」
「ダーシャ~! 戻ってきて~!」
下の方からジェイラの困った声が聞こえてくるが、その様子を見たエリンはつい微笑んだ。
3人が出会った街との別れは、次なる冒険の幕開けだった。
第2章『幸福をもたらすのは青い鳥じゃなくてお金の木』了
閑話を挟んで次章に突入します!




