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60. 怪盗ヴィンデックスⅢ

〇前回のまとめ

・ヴィンデックスに子悪党とみなされたエリン。

・激闘の末、なんとかヴィンデックスに打ち勝った。

・ヴィンデックスはグリーンウッド商会について誤解していたみたい。

「「エリン」さん!!」


 エリンがヴィンデックスと会話していると、森の向こうから聞き覚えのある声が。

 見ると、デビルウルフのチェレンに乗ったダーシャとジェイラだ。仲間の顔を見て、エリンに安堵の笑みが浮かぶ。


「おー、マイフレンズ。やっと来てくれたー」


 2人はチェレンから降り、エリンのもとへ駆け寄る。


「“やっと”って…………。街からかなり離れているわよ、ここ。しかも森を越えなきゃいけなくて……。そりゃあ、空を飛ぶアンタなら平気かもしれないけど、地上からだと大変だったんだから!」

「まあまあ。落ち着いてください、ダーシャ。何はともあれ、ヴィンデックスを捕まえることができて結果オーライですよ」

「フン。結局、最初から最後までエリンのひとり舞台じゃない。面白くないわ」


 ダーシャは置いてけ堀にされた上、功名心を満たせなかったことで少し苛立っている様子。もっとも、仮にいたとしても役に立てたかは疑問だが。


「そういうことだから、ヴィンデックスの連行はアタシたちに任せてもらうわよ!」

「ダーシャ! 良いとこ取りなんてズルい事したらダメですよ。せめて『トリコロール』皆で行きましょう」

「あー、そのことなんだけどね」


 ダーシャとジェイラが言い合っているが、そこへエリンが言い辛そうに切り出した。


「……実は今、ヴィンデックスを逮捕すべきかで迷ってて」

「「「はぁ!?」」」


 これにはヴィンデックス自身も驚いた。当然、自分は憲兵に差し出される運命とばかり諦めていたのだ。つい先ほどまで自分を捕まえるために激闘を繰り広げたエリンがそんなことを言い出すなんて、想像だにしなかった。

 だが、もちろんダーシャたちは納得しない。


「馬鹿じゃないの!? アンタ何言って――」

「そこにいるんでしょ。出ておいでよ」


 ダーシャの抗議をあしらい、エリンは茂みの方へ向かって声をかけた。

 すると、誰もいないと思われた木の陰から、何者かが姿を現した。その人物がエリンたちの方へ近づいてくると、月光が顔を映し出す。


「あ、アナタは…………!?」


 それは、ジェイラたちにも見覚えのある顔だった。

 以前に見かけたのは一瞬だったとはいえ、その緑色の髪は強く印象に残っていた。


「…………いつから気付いてたんだ?」

「ん〜、ちょっと前かな。ヴィンデックスが落っこちたあたりから」


 緑髪の少年・マークの問いに、エリンはさらっと答える。

 マークはフェヘールシティのスラムで孤児たちのまとめ役を担っている少年だ。そんなマークから意味ありげな目を向けられるも、エリンはそれを気に留めることなくヴィンデックスを見て言った。


「まあ、マークがここにいるってことは、君の正体はさしずめネイト君ってところかな?」

「……何もかもお見通しかよ」

「どういうことよ。エリン、ちゃんと説明して」


 そこへ、彼らの事情を知らないダーシャが口を挟んできた。

 エリンはマークを見やって話し出す。


「ほら、この子は私がこの前お金を寄付したスラムの子だよ」

「それは分かります。でも、どうしてスラムの男の子がヴィンデックスとつながってるんですか?」


 エリンは答えようとした時、ヴィンデックスだったネイトがマークに引っ張られて立ち上がった。

 世間を騒がせた怪盗の素顔は、どこにでもいそうな普通の少年だった。ただ、堀が深く、マークよりもずっと端正な顔立ちだった。


「おかしいと思ったんだよ。スラムに子供たちは30人くらいいたのに、まともに働いているのはマークだけときた。自分たちで食物を作っているとはいえ、所詮は子供の手。加えてあんな場所じゃ、収穫量はタカが知れてる。他に出資者がいるとみて当然でしょ」

「…………それが、怪盗ヴィンデックスだと?」


 マークの言葉に、エリンは頷いた。


「ヴィンデックスがごちゃごちゃ言ってるから、もしかしたらって思ったんだ。やたら“正義正義”って連呼するし、そもそも『ヴィンデックス(復讐者)』なんて名前の泥棒が金持ちばかり狙ってることからも、貧乏への(ひが)み根性があるヤツだって分かる」

「……悪かったな、ひねくれ者で」


 ネイトが自嘲気味に呟く。

 やがて、マークがエリンたちの知らない事情について語り始めた。


「……オレはスラムでチビどもがネイトを嫌うように仕向けていた。それは万が一ヴィンデックスが捕まった場合、スラムとのつながりが疑われないようにするためだ。

 エリン、お前も見ただろ、チビがトゥニスを庇うところを。本当は、アイツこそ裏切り者だってのに…………」


 「裏切り者」という部分に強く気持ちを込め、吐き捨てるように言った。

 マークは唇を噛みしめ、なかなか言葉を続けない。代わりに隣のネイトが口を開いた。


「スラムの子供たちは、皆が皆大人になれるわけじゃないんだ。大怪我したり病気になったりしてもヒーラーはおろか、医者に診てもらうこともできない。ご飯だって十分に食べられない。…………でも、それだけじゃないんだ」

「ああ」


 またマークが話す。その顔からは悔しさというよりも情けなさが滲み出ているように感じられた。


「トゥニスって野郎はな、小銭欲しさにチビどもを金持ちどもに売りつけやがったんだ。金持ち連中の加虐(かぎゃく)(しん)のために、どれだけのチビどもが犠牲になったか…………。

 オレたちだって、金さえあれば出世の糸口をつかめるチャンスが来るかもしれねえ。そしてスラムの中から1人でも偉くなってくれりゃ、残ったチビどもも少しは美味いモンが食えるようになったかもしれねえ。そう思ったら、止めるに止められなかった。連れてかれたのも、俺らの手に負えないような問題児ばっかだったしよ。

 だけどよ、ある日オレたちは、トゥニスからチビどもの値段と金の使い道を聞いたんだ。いくらだったと思う? 1人連れてったら1,000フォートだってよ。そんなはした金のために、チビどもは泣き叫びながら死んでったんだ。しかもアイツは、その金をほとんど自分の酒とクスリに使ったんだ。

 その時オレとネイトはトゥニスをスラムから、いや、街から追い出すって決めた」


 そこへ、ずっと聞き手に回っていたダーシャが言い放った。


「で、ついでに泥棒になって金持ちに復讐してやろうって思ったわけね」

「それは俺の方から言い出したんだよ。魔法には自信があったからね、君に負けるまでは」


 ネイトはジト目でエリンを見る。エリンは「フッ」と小さく笑って流した。

 いつの間にかチェレンの姿が消えている。大方、また陰の中に潜り込んでしまったのだろう。


「……泥棒は、ヴィンデックスになる前からやってたんだ。貴族や商人はやたら外聞を気にするから、大っぴらにやればそれだけでダメージになると思ってね。

 トゥニスが貴族のところへ子供を連れて行く前、俺が盗んだ腕輪をプレゼントしたんだ。バカだよな、アイツ。何も疑わずにそれ付けて、持ち主のところへノコノコ出て行ったんだぜ。あっという間にお縄さ」

「アイツが鉱山送りになるって聞いた時は、ざまあみろって思ったな」

「…………」


 したり顔のマークを、エリンは黙ったまま見つめた。


「それで、どうするんですか、エリンさん?」

「ふぇ、何が?」


 不意にジェイラから声をかけられ、エリンは間の抜けた声を漏らした。

 そんなエリンを見て、ダーシャがため息まじりに話してくる。


「……何がって、この人たちが泥棒なんかしなくても生きていける方法よ。まさか、これからも盗みを続けてもらおうって言い出したりしないわよね」

「お、もしかして、オレたちのために仕送りしてくれんのか? ノーマルなのにワリィな」

「あ゛? ふざけんなよテメェ。泥棒ですって憲兵に差し出すぞ」


 ドスの利いた声を放ったのは、まさかのジェイラだった。

 マークが軽い気持ちで口にした言葉に反応し、禍々しいオーラで威圧し始めた。


「お、おぉ…………。冗談だぜ、冗談。悪かったから、本気にすんなよ」

「……ジェイラ、落ち着きなさいよ」

「あら、ごめんなさい」

「「「「…………」」」」


 ダーシャがたしなめると、ジェイラは嘘のように元の可憐な少女に戻った。

 逆境にあるからと言って、他人からの助けをアテにしようとする態度が気に食わなかったのだろう。奈落から上がるための梯子を下ろすことなら協力する。しかし、奈落の底で生活するための援助をするとなると話は別だ。

 最初こそ喜んでもらえるかもしれないが、次第にそれが当たり前になり、やがては他人の助けが無いと生きていけなくなる。

 依存させるようなマネをするのではなく、自立を手助けするにとどめるべきだ。


「えっと、まぁ、さすがに私たちだって十分なお金があるわけじゃないし、仕送りは厳しいかな」

「ま、そうだよね」


 肩を落とすネイトに向かって、エリンは「チ、チ、チ」と指を振ってみせた。


「でも安心して。何てったって私には、カネはなくともコネがある!」

「「「「?」」」」


 エリンは拳を握ってそう言った。

 その背後に立つ木々の向こうからは、新しい朝日が頭を覗かせていた。





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