59. 怪盗ヴィンデックスⅡ
〇前回のまとめ
・怪盗ヴィンデックスの襲来に備えてエリンたちは夜陰に潜んでいた。
・ヴィンデックスらしき人物が登場して追跡しようとするも、ジェイラが振り落とされてしまう。
・夜空に浮かぶエリンは、ヴィンデックスと対峙した。
「……もしかして、君がヴィンデックスなの?」
エリンの問いに、そいつはすぐには答えなかった。それでも、仮面の奥から強い視線を向けられていることは、ひしひしと伝わってきた。
「そうだと言ったらどうする? お前、俺を捕まえに来たんだろ。正義の裁きを妨げる小悪党め! …………まあいい。俺が直々に鉄槌を下してやる!!」
「誰が小悪党やねん! いや、たしかに背は小っちゃいけども。あと胸も…………。って、ちゃうちゃう!! アンタの方こそ――」
「〈風の神・ノトスよ 悪を薙ぎ払うため、我に力を貸したまえ エア・カッター〉!!」
「わ、ちょっ! 〈南極大陸〉!」
エリンが話している途中だというのに、ヴィンデックスは魔法で攻撃してくる。
それを氷壁で防ぐも、ヴィンデックスは次なる一手を打とうとしてきた。
「あーもう! 面倒くさいな~」
エリンは、今度はヴィンデックスの後ろにサッと回り込む。
一度狙いを定め始めた後に相手が素早く動いたもんだから、ヴィンデックスの魔法は発動準備の途中で止まってしまった。
「…………フッ。まさか、俺以外にもこの街で空を飛べるヤツがいるとはな。しかも、俺より圧倒的に速い。さすがに驚いたぜ」
「え、うん。それに関してはこっちもビックリしたよ。てか、どうやって飛んでるの? そういう魔法?」
「ん、これか? 俺は風属性の魔法使いだからな。風を操って、その上に足を乗せてるんだ」
「へぇ~。あ! だから、あの時いきなりギルドの灯りが消えたのか!」
ヴィンデックスがギルドに予告状を出した際、一瞬にしてギルド内の松明が全て消えてしまっていた。
風の魔法を司るヴィンデックスだからこそ可能な手法だった。
「ああ、あれくらい大したことじゃない…………って、こんな話をしてる場合じゃないんだった! 〈エア・カッター〉!!」
ヴィンデックスは先程よりも小さく、しかし素早く2枚の風の刃をエリンめがけて撃ち出してきた。
最初の1枚は大きく外れたが、後の刃がエリンの頬を撫でた。
「痛っ! えっと、〈ヒール〉!」
すかさず回復魔法を使い、患部を修復する。
「スピードに防御ときて、回復まで一人前かよ…………。それだけの実力がありながら、どうして悪人に肩入れするんだ!?」
「残念ながら、君とは悪人の概念が違うみたいだね。私からすれば、普通に商売やって生きている人たちよりも、君みたいなコソ泥の方がよっぽど悪人だよ」
「汚い手で市民から金をむしり取り、好き放題にしてる連中がまともなワケないだろーがっ!」
ヴィンデックスは、さらに攻撃を繰り出しながら叫んだ。
『――世間では、商人は品物を横流しするだけでお金を取り上げるけしからん輩とみなされがちでして』
かつて、グリーンウッド商会の番頭・リバノフが、このように話していたのをエリンは思い出した。
おそらく、「商売=良くないこと」「豪商=悪いヤツ」という図式が、ヴィンデックスの頭の中に出来上がっているのだろうか。思い込みの激しい人を相手に、理論的な説得を試みるのは難しい。
ここは、実力で相手を凌駕するしかない。
(大丈夫……! おっかないお尋ね者と闘った時だって負けなかったんだ。あれから色んな魔法も使えるようになってるし、泥棒なんかに負けるはずがない。いや、勝ってみせる!!)
エリンはヴィンデックスから距離を取り、深呼吸してはやる心を落ち着かせる。幸い、ヴィンデックスと追いかけっこをしている内に街の外まで移動していた。エリンがダーシャと共に探索した森の奥のようだ。
(……ここなら、周囲を気にすることなく闘えるな)
そして、ゴーグル越しにヴィンデックスを見据え、彼の方へと接近していく。
「いくよっ!!」
「ちょこまかちょこまか逃げやがって、クソッたれが。まずはお前のヘンテコなお面を外してやる。これならどうだ!」
「フフン。何をやったって無駄…………、おっとっと」
素早い攻撃を躱すため、エリンはスケボーで走り続けようとした。
しかし、突然スピード感が失われ、鉄の靴で走るくらいまで減速した。
「え、何? どうなってるの?」
「フン。言っただろ、俺は風属性の魔法使いだって。気流を操って、飛んでる鳥を止めることだってできるんだぜ」
「うぅっ……」
動揺してしまったエリンに、ヴィンデックスが魔法を放とうとしてくる。
「くらいな!」
「チ、〈南極大陸〉!」
しかし、ヴィンデックスは魔法を発動させなかった。
反射的に目の前に氷壁を生成してしまったエリンの斜め上にまで上昇。壁より高いところからエリンを見下ろした。
「しまった!」
「へっ。お前のその魔法はもう見飽きたんだよ。ここからなら防ぎきれまい。落ちろ! 〈ワール・ウィンド〉!!」
「うわっ!?」
ヴィンデックスの魔法で発生した強風に吹き飛ばされ、エリンは地面めがけて一直線。
だが、頭上から強風を受けながらも、エリンは上体をスケボーの下へと持ってきた。そして、両手を地面に向けて叫ぶ。
「〈ナイアガラ〉!!」
エリンが初めて魔法を使った時、魔法訓練所のビッチ爺さんを弾き飛ばした水魔法だ。地面へ打ち出された水流をエリンの落下エネルギーと相殺させ、なんとか衝突を避けようとする。
しかし、エリンの頭上にはヴィンデックスが迫っていた。
「っ!?」
「おい小悪党。お前の実力は認めてやる。だがな、お前が陽の光を浴びることは二度とない。覚悟しろ!!」
ヴィンデックスが叫ぶと、視界が歪むほど空気の流れが変化するのを感じた。
見ると、彼の背後では大きな鳥が羽ばたいているではないか。
怪盗の手には風でできた槍が握られており、だんだんと大きさを増している。それはやがて、ヴィンデックスの背丈の5倍近くにまで伸長していった。
巨大な鳥の嘴と、ヴィンデックスが持つ槍の穂先が重なり、そこから膨大なエネルギーが放たれている。
「〈神鷹・ヴェズルフェルニルよ 邪悪に与し、正義に仇成す愚か者を打ち倒せ スカイ・アタック〉!!!」
「―――!!」
投擲された槍は、上昇しようとしていたエリンに突き刺さる。
攻撃をもろに受けたエリンを中心として衝撃波が発生。
エリンは白い無理に包まれていたが、弾き飛ばされたスケボーはヴィンデックスの目に写った。
バキッ
やがて、それが地面とぶつかる音が風に運ばれて届けられた。エリンのスケボーは衝撃に耐えられず、折れてしまった。
強力な魔法を使ったことで、ヴィンデックスの消耗も激しかった。徐々に下降を始め、その途中で彼は呟く。
「ハァ、ハァ……。さすがに、この攻撃には耐えられないだろう。この俺に必殺技を使わせたことは褒めてやる。だが、残念だったな。恨むなら己の愚かさを恨め。
っと。そうだ、せっかくだから顔を見て…………、うん?」
飛翔できる敵を倒し、空中には自分しかいないはず。
それでも、なぜか背後に気配を感じたヴィンデックス。たまらず振り返ろうとした。
「凍えろ。〈ブリザード〉!!」
「な、何ぃ!?」
後ろを向いたその時、ヴィンデックスは強い風に当てられた。
否、ただの風ではない。小さくて硬い物体がたくさん含まれており、それがヴィンデックスを襲う。
「ぐはっ!!」
風の中に含まれていたのは、氷の粒だった。氷は絶え間なくヴィンデックスの体を打ち付け、彼の仮面にはヒビが入った。
ただでさえ疲弊していたヴィンデックスは、とてもじゃないが襲撃に耐えきることはできなかった。
浮遊のための魔法が消えてしまい、ヴィンデックスは落下する。今度は怪盗の仮面が空を舞った。
「クッ……。な、なんでお前が…………!?」
うつ伏せに倒れたヴィンデックスが見上げた先には、ついさっき自分の必殺技を喰らったハズのエリンの姿が。その足元には、氷で作られた1枚の板がある。
どうなっているのかと混乱しかけるも、賢いヴィンデックスは何かを悟った。
「ハッ、まさか!」
ヴィンデックスは、エリンがいたはずの場所をもう一度見る。
そこには、大きな亀裂の入った氷の塊があった。
「あれは、氷!? お、俺は……氷に写るお前に攻撃していたというのか。ック、いつの間に…………!?」
「追いかけっこしてた後からかな。君はいつ攻撃してくるか分かんないし、用心のためにね。私たちはずっと鏡越しに会話してたんだよ。案外バレないもんだね」
勝ち誇ったエリンが笑みを浮かべるのとは対照的に、ヴィンデックスの顔は絶望と悔悟に染まっていった。すでに力を使い果たし、抵抗することすらかなわない。
「クソ、愚か者は俺の方だった…………?」
「残念だったね、ヴィンデックス。大人しくお縄につくんだ!」
「チク……ショウ…………」
敗北の悔しさによるものか、ヴィンデックスの目尻から一筋の涙がこぼれた。
「……貧乏に生まれた時から人生は決まってる。俺はそんな運命に抗おうとしてきた。だけど、それもただの悪あがき。…………結局、貧乏人は金持ち野郎の前に屈してしまうのか」
ヴィンデックスは仰向けになり、左腕を額に乗せた。
「グリーンウッドだって、ここ最近急に利益を伸ばし、タヌキ親父の羽振りも良くなってやがる! 一体、裏では何をやってんだか」
「いや、だからそれは完全に君の誤解だって」
「……は? 何言ってんだ、お前」
ようやくヴィンデックスが自分の話を聞いてくれると思い、エリンが自分がグリーンウッド商会について知っていることを語り出した。
「グリーンウッド商会は、これまでにないスタンプカードや商品券を取り入れた。そしたら、それにつられたお客さんがたくさん増えたんだよ。
あそこは真っ当な経営努力でライバルに勝ったんだ。客1人当たりからの利益は減ったけど、それ以上に客の総数が増えて、その分利益も増えたんだね」
「…………」
しばらくヴィンデックスは地面を向いたまま何も言わなかった。
だが、エリンを顔を覗き込むように見ると、小さく笑った。
「フッ、最初から勝敗なんて目に見えていたんだな」




