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58. 怪盗ヴィンデックスⅠ

〇前回のまとめ

・リバノフと再会した。

・エリンは商会の人たちから大人気。

・グリーンウッド商会には王家に賜った秘宝があるらしい。

 怪盗ヴィンデックスが予告した日の夜、『トリコロール』の3人はグリーンウッド商会の店舗の路地裏に座り込み、お尋ね者が現れるのを待ち構えていた。

 エリン曰く、“来ないなら来るまで待とうヴィンデックス作戦”である。


(クッ、あんぱんと牛乳があれば…………)


 新米ハンターで年頃の少女たちが、黙りこくって張り込みを続けるのは容易なことではなかった。

 それぞれがハンターバッグに入れて持ってきたお菓子をかじりながら、適当な会話で時間を潰しているのだった。


「……ねえ、本当にヴィンデックスはやって来るのかしら?」

「たしかにそうですね。あれから調べてみたんですけど、これまでヴィンデックスの被害に遭ったのは、オーレルさんが言ってた通り、後ろめたいことがある豪商や貴族ばかりでした。

 真っ当な商売を続けているグリーンウッド商会さんが狙われるなんて、にわかには信じがたいです……」

「それか、美名に隠れて、末端の従業員すら知らない闇が隠されていたり」


 政財界の有力者にクリーンな人はいない。前世で様々なニュースに触れるたび、エリンはそう思うようになっていた。権力者なんて、時代や世界が変わろうと、誰しもが似たような者だろう。

 トップの目がないところで部下が勝手なことをやり、立場のある人がその責任を負わされることだってあるのだ。グリーンウッド商会が完全にクリーンで、ヴィンデックスには狙われないと断定するのは時期尚早。


「あと、少し気になったことがあるのですが…………」

「どうしたの、ジェイラ?」


 ジェイラは少し逡巡しつつも、おもむろに口を開いた。


「この3日間、ヴィンデックスについて、ギルドのハンターさんや街の商人さんたちから色々と聞いて回りました。その中で思ったんです。皆さん、はっきりと口にすることはなくても、心の中ではヴィンデックスに好意を持っているんじゃないかって」


 反社会的勢力に同調したとなれば、それだけでお縄になることだってある。

 にもかかわらず、人々はヴィンデックスを内心で応援している。いつか官憲によって彼らがヒドイ目に遭わされるのではないかと、ジェイラは密かに危惧していた。


「お偉いさんにとっては犯罪者でも、市民にとってはヒーローなんだね。ただでさえ貧富の差に不満があるのに、権力者はやたら税金と称して自分たちが贅沢するためにお金を奪ったり、望まない労働を押し付けてくる。そんな相手に刃を向ける人を支持したくなるのが、民衆心理ってもんだよ」

「…………達観してるわね、エリン。アンタ、本当に17歳なの?」

「うっ」


 ついつい社会に()()()()人生に憔悴(しょうすい)しきったアラサーの顔が出てしまった。

 人間の本質はそう簡単には変わらないものだと、口元に苦笑いが浮かぶ。


「まあいいわ。もう夜も更けて、いつヴィンデックスが現れてもおかしくないわね。おしゃべりもこれくらいにして、しっかり集中するのよ! 被害者が金持ち連中だったとしても、楽して荒稼ぎするヤツなんて絶対に許さないんだから!」

「そろそろチェレンの合図が聞こえるかもしれません。絶対に聞き漏らさないでください」


 ジェイラは使い魔であるデビルウルフのチェレンに、グリーンウッド商会周辺の偵察に当たらせていた。

 陰に潜ることができるチェレンならば、人に気付かれることなくぶらつくことができる。街に来てからしばらく出番がなかったものの、実戦においては優秀な索敵要員だった。


「――――ッ!」

「あ! チェレンが呼んでます! 行きましょう!」


 やがて、何かを聞きつけたジェイラが声を上げる。

 しかし――


「……いや、何も聞こえなかったよ」

「ええ、アタシも分からなかったわ」

「え? かなり大きな声で吠えてましたけど。ほら、今だって」


 ジェイラがチェレンがいそうな方向を人差し指を向けて示すも、他の2人はきょとんとした顔のまま。


「多分、(あるじ)のジェイラにしか聞こえてないんだわ。だいたい、デビルウルフの大きな声が響いてたら、辺り一帯パニックになっちゃうもの」

「ああ、なるほど」

「でも、私にしか聞こえないんだったら、ヴィンデックスを取り逃がしてしまうかも――」

「そういうことなら、一緒にひとっ飛びだね!」

「…………ふぇ?」


 そう言うと、エリンは予め取り出していたスケボーに飛び乗り、ジェイラを抱え上げた。

 自らの運命を悟ったジェイラの顔は、(ろう)のように青くなる。


「あ、これって……、もしかして…………」

「ということだからダーシャ、私たちは先に行ってるね!」

「エリン、まさかアタシを置いて行くなんて言わないわよね?」

「そのまさかだよ」


 反論しようとするダーシャなどお構いなしに、エリンは浮かび上がって体勢を整える。


「よしっ、レッツゴー!」

「キャーーーーーーーッ!!!」

「ちょっとー! アタシも連れて行きなさいよーーーっ!!」


 不幸なジェイラの悲鳴と、取り残されたダーシャの抗議は、夜空に虚しく吸い込まれてしまうのだった。




   ♦




 エリンはチェレンが見つけた敵の下に向かうべく、ジェイラと共に夜空を滑走していた。ジェイラはエリンの腰につかまりながら、身を乗り出すように下の世界を見回している。


「この辺りだと思うけど……。ジェイラ、チェレンは見つかった?」

「まだです。うぅ……エリンさん、もう少し低いところに下りてもらえませんか」

「わ、分かった」


 チェレン()を怖がるエリンの潜在意識のせいか、スケボーはかなり高い位置を飛んでいた。

 夜の陰から黒いチェレンを探すとなれば、なかなか見つからないのも当然のことだろう。


「――――ッ!」

「あ、エリンさん。またチェレンから合図がありました。少し左の方へ進んでください」

「オッケー」


 ジェイラの指示に従い、エリンは方向を変える。

 そして、さらに少し進んでいくと――


「わっ」

「おっと」


 前方にいた誰かとぶつかってしまった。

 エリンは一瞬崩れそうになるも、すぐに持ち直した。そして振り返り、相手に向かってペコリと頭を下げる。


「すみません。私がよそ見していたせいで」

「いえ、こちらこそ…………」


 相互に謝罪して、また先を目指し始めるエリンたち。

 どっちが悪いとかじゃなくて、ぶつかったのであればお互い素直に謝るのは大切なこと。


「「………………ん?」」


 しかし、その違和感に気付いてすぐに停止した。

 エリンがいたのは空中である。街の高い建物よりもさらに上を飛んでおり、障害物があるはずはない。それなのに衝突した、人間と。

 気になったエリンはもう一度振り返り、相手に向かって誰何(すいか)しようとする。


「えっと、アナタは一体…………?」

「チッ。〈風神よ ()の者を吹き飛ばせ ワール・ウィンド〉!!」

「「うわああああああ!?」」


 しかし、相手はいきなり風の魔法をぶっ放してきた。

 強風にあおられ、エリンはジェイラもろとも弾き飛ばされる。


「きゃあああああああっ!!!」


 エリンは一旦足を踏み外すも、何とかスケボーにしがみついて体勢を整えようとした。しかし、エリンの腰にしがみついていただけのジェイラは、呆気なく手を放してしまい、地面へ向かって急降下。


「ジェイラァァァーーっ!!」


 両手を上げてスケボーにつかまるエリンが助けに向かおうにも、すでに2人の距離は大きく開いている。ジェイラの命運も最早これまでか。

 そう思われた時だった。


「ガウガウッ!」

「うん?」


 闇に包まれた町の中からどこからともなくチェレンが現れた。

 チェレンはわき目も振らずに主の下へ一直線。


「きゃっ!」


 間一髪のところで、黒い背中でジェイラの華奢な体を受け止めた。


「あ、ありがとう……、チェレン」

「ガウッ」


 何とかジェイラが無事だったことで、空中のエリンも大きく息を吐いた。


「あー、良かった。……ジェイラはチェレンに任せておけば大丈夫そうだね」


 そうしてエリンが再びスケボーの上に立ちあがると、自分たちを危険に晒した相手を探す。


「あ、いた!」

「っ!?」


 月明かりを頼りに周囲を見渡すと、探し人はすぐに発見できた。

 夜空の不審者は見つかったと分かり、エリンから逃走を試みる。


「待てこらぁぁぁぁぁーーー!」

「クソッ」

「逃がすもんか! スピードアップ!!」


 しかし、追いかけるエリンの方が、一段とスピードが速かった。

 チェレンみたいに黒い格好をしている逃亡者の背がだんだん大きくなってくると、エリンは魔法を繰り出した。


「そこまでだっ。〈南極大陸〉!」

「うぐっ!?」


 突如、目の前に自分の背丈より大きな氷の壁が現れ、逃亡者は勢いよく衝突した。

 額を押さえる相手の前でエリンは停止し、してやったりと笑みを浮かべた。


「チクショウ。何だってんだよ……!?」

「ふふ~ん。この私から、そう易々と逃げられるなんて思わないことだね」


 エリンは俯く相手の顔を覗き込もうとするが、何か白い物が反射して見えるだけだった。仮面でも付けているようだ。

 ハンターなら、日常的にお面を付けている者も決して少なくはない。敵と戦う中で顔に傷跡ができることもあり、それを隠すためだ。エリンだって、素顔を晒さないためにゴーグルを付けたままにしている。

 だが、もちろんこの状況で思い当たる節が無いわけがない。エリンは一旦唾を飲み、しずしずと尋ねてみた。


「もしかして、君がヴィンデックスなの?」

「………………」





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