57. グリーンウッド商会Ⅱ
〇前回のまとめ
・エリンたちは、怪盗ヴィンデックスのターゲットであろうグリーンウッド商会へとやって来た。
・エリン、グリーンウッド商会が国内トップクラスの規模であることを知る。
・以前エリンとあったことのあるオーレルの取次で、中へと入れてもらえることになった。
応接室の中で『トリコロール』の3人がクッキーに舌鼓を打っていると、しばらくしてオーレルがやって来た。
「おう、待たせたな。それで、折角エリンが来たって言うから旦那様に知らせようとしたんだけど、生憎外せない用事があるとかでダメだったわ。最近は店の方も調子が良くてな、結構忙しい身なんだ。すまねぇな」
「いえ、お店が繁盛しているようで何よりです」
オーレルはエリンたちの向かいのソファに腰を下ろし、出されたティーカップを口に運ぶ。そして、フーっとひとつ息を吐くと、真顔になってエリンを見た。
「それで、今日は何しに来たんだ? ずっと近づかなかったお前がウチに来たってことは、何かそれなりの用件があるんだろ?」
エリンの来訪を手放しに喜んでいるとばかり思っていたオーレルが、こちらの心を汲んでいたと分かり、エリンは目をパチクリとさせた。
すぐに返答ができずに黙りこくっていると、それを無視だと思ったダーシャに肘で小突かれた。
「あ、まぁ、そうですね……」
「何だ? 旦那様じゃなくても、俺にできることなんだったら何でも言ってくれ。恩人を無下にする奴なんざ、商人の風上にもおけないからな」
グリーンウッド商会の重役に「恩人」と言わせたことで、一体こいつは何をしでかしたのかと、両隣に座るダーシャたちから疑いの視線がエリンに刺さる。
それを適当に受け流して、エリンはオーレルに答えた。
「えっと、怪盗ヴィンデックスが予告状を出したことは知ってますか?」
「おう、もちろんだ。曲がりなりにもフェヘールシティで商いを営む者だったら、知らない方が珍しいってもんだぞ」
オーレルの言葉にうなずき、エリンは続ける。
「はい。そのヴィンデックスがもしかしたら今度、お宅を狙ってるんじゃないかなぁ……って思ったんですよ」
そこまで言うと、またダーシャがエリンの脇腹を突いてきた。これでは、ヴィンデックスのターゲットがグリーンウッド商会だといったにも等しいのではないか。
しかし――
「は? 何言ってんだ、エリン。そんなワケないだろ」
オーレルは、エリンの言葉に笑って返した。
なぜそう言い切れるのかと尋ねられる前に、オーレルはワケを教えてくれた。
「ヴィンデックスに狙われるのは、何かやましことをしてる腹黒貴族や悪徳商人ばっかだろ。だけどよ、ウチは何もやましいことなんてやってない。アイツは悪人だけをターゲットにしてるんだ。そんなヤツから狙われるハズがないんだよ」
「そんなの、ただの偶然かもしれないじゃない」
ダーシャの忠告も、オーレルは真剣に取り合ってはくれなかった。
「ハハッ。心配し過ぎだって、お友達さんよ。だいたい、ヴィンデックスなんかに怯えていちゃ、人生を楽しめねーぞ」
そう言って、オーレルはクッキーを口に放り込んだ。
彼からは、全く危機感が感じられない。こういう人がトップになったら、組織はいつの間にか窮地に追いやられていそうだ。
エリンは不安の籠った目でオーレルを見つめた。
「あの~」
「おう! 何だ、青い嬢ちゃん」
ふと、ジェイラが口を開いた。
「もし、ヴィンデックスじゃなくても、誰か泥棒からグリーンウッド商会さんが狙われたとして、何か盗まれそうな物ってないんですか?」
「盗まれそうな物? ウチは色々扱ってるからな~。やっぱり、泥棒なら高級品とか欲しがるんじゃねーのか?」
「……他には?」
「他!? う~ん…………」
その答えに満足しなかったエリンが追撃すると、オーレルは首をひねって考え始めた。
コンコンコン
すると、不意に応接室にノックの音が響いた。
「はい。どーぞ」
オーレルが声をかけると、ゆっくりと扉が開けられ、ひとりの男性が中へ入ってきた。
「あ、アナタは…………!」
「ああ、エリンさんでしたか。これはこれは、ご無沙汰しております」
「お久しぶりです、リバノフさん」
現れたのは、グリーンウッド商会の番頭を務める初老の男性、リバノフであった。
一瞬ベイカーベイカーパラドックスに陥りかけたエリンだったが、寸でのところで彼の名前を忘却曲線の彼方から引き揚げることに成功。
「オーレルめが仕事をさぼっているとばかり思って来てみたら、エリンさんがいらっしゃっていたとは。この老いぼれ、そのお元気そうなお顔を見ることができて安心しました」
「リバノフさんも。お店も好調みたいで何よりです」
エリンの言葉に、リバノフは喜色を隠しきれずに顔を緩める。
「そうなんです。エリンさんがご提案していただいたスタンダードや商品券を導入したところ、固定客が増えて売り上げが大幅に伸び続けているのです。
エリンさんがお求めの物、当店に用意できるのでしたら何でも手配致しますよ」
「エリン。アンタ、本当に何をしでかしたのよ?」
「ハハハ…………」
エリンとしても、成り行きで盗賊から助け出し、適当な会話をしたことで、これほど感謝されるとは考えてもいなかった。
「ですが、これらは直に他店もマネを始めてくることでしょう。何か、何か新しいアイデアはありませんか!」
「ちょっ、リバノフさん」
すっかり商人としての顔になったリバノフは、隣で座るダーシャの膝に乗っかる形でエリンに詰め寄った。
「ちょっとアンタ、エリンが困ってるじゃない。離れなさいよ」
「おっと、これは失礼いたしました。ついつい商人としての血が騒いでしまいまして…………」
ダーシャに押し返され、リバノフは冷静さを取り戻す。
やる気があるのは何よりだが、一歩間違えれば人として道を踏み外しかねない狂気を備えている気がした。マルチ商法のやり方を教えたら、この人は実践するのだろうか。
「丁度いいや、リバノフさん。仮にヴィンデックスがウチを狙ったとしたら、何が盗られると思いますか?」
「ヴィンデックス? ハッ! まさか、今度はウチが…………!?」
「ち、違いますよ! もしもの話題で盛り上がっていただけです」
そう叫んだのはジェイラ。てっきりオーレルみたいに笑い流してくれると思っていたが、今度は深刻に受け取られかけた。
もちろん、あらゆる危機に備えて予防策を打ち出すことは、管理者として望ましいことだ。しかし、今のエリンたちからすれば、それはできる限り避けたいところであった。
「ああ、そうでしたか。……ですが、万が一ヤツに狙われるとすれば、心当たりはあります」
「どんな物ですか、それは?」
ジェイラから質問され、リバノフは説明する。
「先代が王家から賜ったバッジです。旦那様が相続される際にお店と一緒にそれを受け取り、大切に保管してあります」
「あれ? そんな物、ありましたっけ?」
すっとぼけるオーレルを一睨みし、リバノフはため息まじりに言った。
「毎年、創業祭の日に旦那様がお付けになっているでしょう。全く、お前は…………」
「ああ! そう言われると、何かあった気がします。でも、俺はそんなこと初めて聞きましたよ」
「はい。言ってませんから」
「…………」
リバノフがそう言い放つと、オーレルは泣き出しそうな顔になった。
長く共に仕事をしてきたのに、自分が思っていたより距離が縮まっていなかったとでも感じたのだろう。
「でも、オーレルさんですら聞いてなかったのに、どうしてヴィンデックスがバッジのことを知っていたんでしょうね」
エリンが口にした素朴な疑問に、リバノフは「ああ、それでしたら」と挟んでから話す。
「何でも、少し前に王宮の記録官が盗難被害に遭ったとの噂を耳にしました。盗みに入ったのがヴィンデックスだったのでしょう。さすがに大っぴらにできるようなことではないため公表はされていませんが、有力商人の間では専ら噂になっています。
おそらく、ヴィンデックスはそこで入手したリストを基に、ターゲットを決めているのかもしれませんね」
自分たちの失態を、進んで言い広めたがる人はまずいない。現代の民主主義国家と違って、ここは王権国家だ。隠蔽だと騒いだところで、自分の身が危うくなるだけ。陰で囁き合ってお終いなんだ。
「ねえ、そのバッジって、アタシたちにも見せてもらえないのかしら?」
ヴィンデックスの行動を予測するためにブローチの保管場所を把握したい。不躾な問いのように思われても仕方ないが、リバノフはにこやかに答えてくれた。
「旦那様から許可を頂かないことには、私の一存で決めるわけにもいきません。しばらく旦那様はご不在ですので、当分の間は厳しいかと」
「そう。残念だわ」
リバノフたちにも仕事があるからと、語らいはそこでお開きとなった。
そして、ヴィンデックスが予告した日が来るのは、そう長くはなかった。




