56. グリーンウッド商会Ⅰ
〇前回のまとめ
・怪盗ヴィンデックスからの予告状を解読した。
・怪盗を捕まえたら多額の懸賞金がもらえるらしい。
・エリンたちは予告状の内容を報告せず、自分たちで怪盗に立ち向かうことにした。
「……にしても、ヴィンデックスに狙われてたのはグリーンウッド商会だったのか。あんなところから盗るモノなんてあるの?」
「何を言ってるんですか、エリンさん。グリーンウッドといえば、王国屈指の有力商会ですよ。きっと倉庫には、今の私たちには見ることすら叶わないような財宝がたくさん眠っているはずです」
「え、そうだったんだ…………」
ギルドからグリーンウッド商会の店舗まで向かう道中、エリンはジェイラから予想だにしなかった事実について教えられた。
グリーンウッド商会を営む商人・パーヴェルとは以前、フェケテシティからフェヘールシティに向かうまでの間、行動を共にしていた。
パーヴェルは娘のゾラを溺愛する親バカなおっさんという印象しかなく、エリンの目には、とてもじゃないがヤリ手には見えなかった。
(まさか富裕層だったとはね。あの時、誘いを受けておくべきだった? …………いやいや! きっと娘の面倒を見てもらいたいとか言って、愛妾のひとりに加えられるのがオチだぞ)
エリンとグリーンウッド商会のつながりを知らないダーシャは、なぜか複雑そうな顔を作るエリンを見てため息ひとつ。
「は~。……エリン、アンタは常識が無さすぎるのが問題ね。もっと世の中について勉強すべきだわ」
「えぇ……」
さもありなん。そもそも、ちょっと前までは全く別の世界、ルールも常識も、何もかもが違う世界で30年近くも生きてきたのだ。人生経験に10年くらい開きがあるダーシャたちに劣るのも仕方ない。
ただ、エリンは別の世界での記憶があるからこそ、この世界を、新たな人生を、人一倍満喫することができると考えていた。最初からこの世界で生きている人だと気付けない素晴らしさにだって気付くことができる。少々常識に欠けるくらい、些細な問題でしかない。
そして、そうこうしている内に、『トリコロール』の一行はグリーンウッド商会の本店に到着した。
「よし、行くわよ!!」
「おー!」
「あのさぁ、2人とも」
「「うん?」」
いざ、店に乗り込もうとするダーシャとジェイラ。しかし、エリンから静かに声をかけられ、踏み出しかけた1歩をしまい込んだ。
「今日ここに来たのは、ヴィンデックスの狙いを特定し、予定の日までに対策を考えるためだったよね」
「そうよ。逃げ道を塞いで確実に仕留めてやるのよ!」
拳を握って意気込むダーシャに、エリンは言い辛そうに切り出した。
「グリーンウッド商会って結構すごいところなんでしょ。ノーマルランクのハンターにすぎない私たちが取り合ってもらえるような相手なの?」
「「あ」」
そこらへんの八百屋や肉屋みたいな、規模の小さい個人経営の商店だったら、話を聞いてもらえるくらいはできたかもしれない。
ところが、相手が大規模商会ともなると、店の奥に進む前に追い返されるだろう。エリンが自分のコネを使うことも考えたが、一介のハンターのことなど当の昔に忘れられているだろうとすぐに断念した。
ヴィンデックスを捕まえることばかり考えて、初歩的なミスを犯してしまっていたのだった。
「…………やっぱり、アタシたちには無理ってことなのかしら」
ダーシャが悔しそうに唇を噛みしめた。
その時――
「おう、エリンじゃねーか。久しぶりだな」
「「「ん?」」」
呼びかけられた方を振り返ると、そこには小麦色の肌をした青年が。
見に覚えのある顔に、エリンはゆっくりと会釈した。
「ああ、オーレルさんでしたか。ご無沙汰してます。私のこと、覚えててくれたんですね」
「アタリメーだろ。お前みたいな奴、忘れる方が難しいってもんだからな」
グリーンウッド商会の頭役であるオーレルは、出先から戻ったところで見知った顔を見つけ、堪らず声をかけてきた。
「何だ、ついにお前もウチに来る気になったのか?」
「いえ、それはないです」
オーレルが気さくに話しかけてきたのに対し、エリンは淡々と即答した。
エリンの拒絶に肩透かしを食らったような素振りを見せる。それでもすぐにまた笑顔を浮かべ、オーレルはエリンの肩を軽く叩いた。
「へっ、冗談だよ、冗談。そんなにイヤそうな顔すんな。旦那様とお嬢様も、お前の顔を見たらきっと喜ぶぞ。まあ、中に…………って、うん? そっちの2人は、もしかしてエリンのパーティーメンバーか?」
ふと、オーレルはエリンの傍らに突っ立ったままの2人の少女をその目に認めた。
ポカンとした顔のダーシャとジェイラ。すっかり置いてけ堀にしていた仲間のことを思い出し、エリンはオーレルに紹介した。
「はい。この街に来てから出会ったので、まだ日は浅いですけど、仲良くさせていただいてます」
「初めまして、ジェイラです。よろしくお願いします」
「ダ、ダーシャよ」
ジェイラが挨拶をすると、ダーシャもそれに倣った。
「良かったな。苦楽を分かち合える仲間がいると、何かと心強いもんな。そりゃあ、時には喧嘩することもあるだろうけどよ、仲直りするたびに結束力が一段と強くなるんだ。
まあ、何だ。店の前で立ち話もなんだから、ちょっくら寄ってけよ。菓子くらい出すぜ」
「そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきます」
もともと、パーヴェルに会えればと思ってやって来たのだ。勿怪の幸いとばかり、エリンは誘いに応じた。
ただ、オーレルはてっきりエリンに断られるとばかり思い、ダメもとで誘っていた。しかし、予想に反する答えが返ってきて、つい拍子抜けしてしまった。
「お、おう。じゃあ、案内するから付いてきな」
そう言うと、オーレルは建物の裏手の方へと歩き始めた。
その後を追おうとするエリンを、ダーシャが小突いてくる。
「ちょっとエリン。なんでグリーンウッド商会のお偉いさんと知り合いだって教えてくれなかったのよ。最初から悩む必要なんてなかったじゃない」
「あー、これには色々と事情がありまして…………」
「でも、これはまたとないチャンスですよ。エリンさんのコネを活かすことができれば、ヴィンデックスが狙ってる宝物と、それが隠してある部屋を教えてもらうことができるかもしれません」
エリンの過去についてアレコレ問いただそうとしたダーシャだったが、ジェイラがエリンをフォローしたことで矛先を収めた。
「そうね。面倒な手間が省けてラッキーだわ。いーい、2人とも。絶対にグリーンウッド商会がヴィンデックスから狙われるって口にしちゃダメよ。グリーンウッド商会ともなれば、高ランクハンターを雇うくらい造作もないはず。アタシたちみたいなノーマルなんか、すぐに弾かれちゃうわ」
「そんなこと言ってるダーシャが口を滑らせたりして」
「エリン、何か言ったかしら?」
「…………さあ。空耳じゃないの?」
ダーシャから睨まれたエリンは、素知らぬ顔でおどけてみせた。




