55. 予告状
〇前回のあらすじ
・深夜、エリンたちはギルドへやって来た。
・突如、ギルドの灯りが消え、辺りは闇に包まれた。
・再び光に照らされると、ギルドの掲示板に怪盗からの予告状が貼りつけられていた。
突如、ギルドに怪盗ヴィンデックスからの予告状が届けられたことで、ギルドや憲兵たちは大慌て。
そもそも、この文章は何を示しているのか。今回のヴィンデックスの狙いは何なのか。フェヘールシティは不安と混乱に陥った。
ヴィンデックスを捕まえた者への報奨金も、当初の300万フォートから1,000万フォートへと大幅にアップした。もし捕縛することができれば、一般市民でも100万フォートという大金を一瞬にして手に入れることができる。結果、ハンターだけでなく市民までもが草の根をかき分けるように探し始めた。
そもそも、怪盗ヴィンデックスはその正体すら知られていない。ひょっとしたら隣の住民かもしれない。人々の間に疑念が生じ、徐々に人間関係に溝ができているように感じられていた。
「ということで、予告状の解読をするわよ!!」
ノーマルランクのハンターチーム『トリコロール』のダーシャもまた、怪盗ヴィンデックスを捕まえてやろうと意気込む1人だった。
ヴィンデックスを逮捕すれば、ギルドからの報奨金だけでなく、被害者である貴族から褒美をもらえるという噂もある。
美味しい依頼を求めていたダーシャにとって、これほど格好の案件はなかった。
「暗号を解読しただけでもお金がもらえるって噂を聞きましたよ」
「そう! それだけでも、昨日エリンが失った分の一部を取り返せるわ。ほら、何かないの、エリン」
そう言うと、ダーシャは予告上を写したメモを見せてきた。
ただ、ダーシャから意見を求められたエリンは、きょとんとした様子。
(…………え? ……もしかして、まだ誰も予告上の意味すら分かってないの?)
いつぞやのアドベンチャーズの暗号やサーモクの問題なんかより、よほど単純で造作ないものと思っていた。
まだ若いダーシャたちが解読できないなら仕方ないかもしれない。しかし、国に大きな影響力を持つギルドが、予告状の解読そのものに懸賞金を出すという。
もっとも、ギルドが予告状を公開して解読に懸賞金を出しているのは、市民にヴィンデックスという悪人を印象付ける狙いもあった。
商人や貴族にとって、自分の財産さえ無事であれば、ライバルたちが被害に遭おうと知ったこっちゃない。むしろ、笑い話の種にできて美味しい。ヴィンデックスに悪事を遂行させるため、解読した者の口を封じようとする者までいると言われているのだ。
そうした事情もあって、情報が一部の有力者に独占されないよう、わざわざお金をちらつかせるという手に出ていた。
「う~ん。やたら魔獣の名前が出てきてるから、強い魔獣から取った素材で作った何かを狙ってるのかしら?」
「あのギルドに、昔のハンターが獲得した貴重なアイテムがしまってあるのかもしれませんね」
(……文明もそこまで発展してないみたいだし、この世界の人々は地球と比べると、発想力とか思考力とかが乏しいのかも)
エリンの予想は、遠からず当たっているといえよう。
田舎でなくとも識字率は決して高いとはいえず、文盲のハンターが依頼書を物色するのをサポートするために、代読屋なんて職業もあるくらいだ。仕事も単純作業のものが多く、物語に触れることも限られるため、人々は想像力を育む機会にも恵まれていない。
他方、エリンは前世では幼い時分から読み書き計算を教え込まれ、大学までしっかりと教育を受けてきた。さらに、元より神崎麟太郎は勉強面においてそつなくこなすタイプで、大して勉強なんかせずとも、まずまずの成績を修め、ある程度有名な大学に進学できるほどの素質は持っていた。
ただ、如何せん怠惰で、ズバ抜けて優秀とまではいかなかった。努力と社交性に欠けていたのが致命的だったといえよう。
写しのメモを前にうんうん頭を悩ませているダーシャとジェイラに、エリンはそっと声をかけた。
「あの~。私、予告状の意味が分かったんだけど…………」
「「…………え?」」
「え?」
「「ええーーーっ!?」」
♦
「それでは、この予告状の意味を解き明かしたいと思います」
驚きの叫び声を上げたとはいえ、まだ2人は半信半疑のよう。
そんなに驚くことなのかと思いつつも、エリンは仲間たちに解説するため、予告状のメモを2人の方へと向ける。
『ヴィンデックス
オーク スル チョウダイ ゴブリン ザイホウ
スライム ウッドノ コボルト グリーン ワイバーン
パンチラビット ヨル オーガ ゴノ ゴーレム ミッカ 』
「あの予告状は、討伐系の依頼書が集まってるところに貼られていた。討伐、すまわち魔獣の駆除。予告状には、色んな魔獣の名前があったよね。ということで、ここから魔獣を取り除いてみよう」
そう言うと、エリンは該当部分にサッと線を引いて消してみせた。
『ヴィンデックス
――― スル チョウダイ ―――― ザイホウ
―――― ウッドノ ―――― グリーン ―――――
――――――― ヨル ――― ゴノ ―――― ミッカ 』
「魔獣はカモフラージュだったんですね。私、てっきり魔獣に関係したものだとばかり思ってました」
「……まだ分からないわよ。エリンが本当に解けたのかすら怪しいし」
盲点だったとばかりに目を丸くするジェイラとは対照的に、ダーシャはまだ訝しむ様子を隠さない。
それに苦笑いしてしまいながらも、エリンは続けた。
「一般的に、手紙というものは差出人の名前を最後に持ってくる。なのに、これは差出人であるはずのヴィンデックスって言葉が最初に来てる」
「……単にヴィンデックスの自己主張が激しいだけじゃないの?」
「まあ、それもあるのかもしれないけど。とりあえず逆にしてみて」
ダーシャからの野暮なクレームを軽く受け流し、残された単語を並び替えてみる。
『ミッカ ゴノ ヨル
グリーン ウッドノ
ザイホウ チョウダイ スル
ヴィンデックス 』
そうして出来上がった文章を、ダーシャとジェイラが口をそろえて読み上げた。
「「3日後の夜、グリーンウッドの財宝、頂戴する。ヴィンデックス…………!?」」
「そういうこと。よ~し、すぐにギルドへ持っていこう!」
今なら暗号を解読した報酬の金銭が貰えるだろうと、エリンはメモを持って立ち上がった。しかし、寮の自室から出ていこうとするエリンの足首をダーシャがつかみ、引き留めた。
「わちゃっ!?」
「ダメよ、エリン!」
エリンは鼻から硬い床へダイブ。鈍い痛みが襲ってきた。
少し形が変わった鼻を両手で挟みながら加害者に抗議する。
「ダーシャ、何するの!?」
「ただでさえアンタは、昨日の光魔法で目立っているのよ。これでギルドや他のハンターから目を付けられたら、ネストルの馬鹿に追いかけられるよりも面倒なことになりかねないわ」
「あー、たしかに……」
ダーシャの言葉に、エリンは納得して面倒くさそうな顔に。
すると、事情を知らないジェイラが質問した。
「誰ですか、ネストルって?」
「「変態」」
「そ、そうですか…………」
ノーマルランクのハンターチーム『BB団』の少年ネストル。エリンの美貌に惚れ込み、狂気のストーカーと化した。
今は騒ぎを起こした罰として遠征に出向いているが、彼のような者が増えるなんて、服の中に大量のミミズを入れられたような気持ちになる。
「それに、予告状の意味が公開されたら、他のハンターたちがヴィンデックスを逮捕するかもしれないじゃないの。解読の謝礼なんかより、ヴィンデックス本人を捕まえた方が、もっとたくさんの金貨をもらえるわ。ランクアップも間違いなしよ!」
((これが本音か…………))
なるほど、ギルドや貴族からすれば、ヴィンデックスの狙いが分かったところで、その被害を防ぐことができなければ元も子もない。ヴィンデックス自身の身柄を抑えれば、当然それなりの対価を得られる。
ただ、それはもちろん、自分たちがヴィンデックスを逮捕することができればの話ではあるが。
「どうせ、本来ならすぐにこの街を出るはずだったのよ。報奨金をもらってからでも遅くはないわ」
「でも、それまでに他の人も解読するかもしれませんよ」
「うっ。…………だ、大丈夫! それに、その時はその時よ。『トリコロール』は失敗を恐れないチームなんだから!」
ハイリスク・ハイリターンなダーシャの提案に、ジェイラは不安気な様子。それでも、ダーシャは開き直った。
高ランクになれば、同じ依頼でも獲得報酬はアップするし、他にも何かと融通が利くようになる。ハンターバッジの色が輝くほど、人々から尊敬の眼差しを向けられる。花と実を同時に得られるのだ。
身の丈に合わない願望とはいえ、若くてランクの低いハンターにはありがちな思考である。
エリンには目立たないようにといったダーシャだったが、本人は名誉欲(というより承認欲求)が人並み以上にあった。裕福でない家庭で生まれたダーシャは、その生まれから辛酸をなめる経験がしばしばあった。それだけに、上昇志向も強くなっていた。
もし、ここで自分が怪盗ヴィンデックスを捕まえることができればどうだろう。有名ハンターチーム『トリコロール』のエース(?)として、一気にセレブの仲間入り。玉の輿だって夢じゃない。それこそ、ハンターになった本懐を遂げるというものだ。
「フッフッフ。大きなお屋敷に住んで、朝は毎日ケーキを食べるのよ。イッシッシ…………」
ひとりで妄想を膨らませるダーシャに、エリンとジェイラは呆れ顔。
「捕らぬオーガの皮算用…………」
「ハハ……」
ジェイラがポツリと漏らした呟きに、エリンは乾いた笑みを浮かべた。




