53. ショクシツ
〇前回のまとめ
・孤児たちのリーダー・マークから、スラムの窮状を聞いた。
・話を聞いたエリンは、返してもらったお金などをマークに渡した。
・ダーシャたちを合流してギルドへ向かう途中、屈強な男たちに声をかけられた。
「おいキミたち、ちょっといいかね」
人通りが少なくなった夜道を歩いていたら、ふと声をかけられた『トリコロール』の一行。
振り返ると、そこには2,3人の男たちが。
一瞬、暴漢にでも出くわしたのがと思ったが、雲間から差し込む月明かりが彼らに注ぎ込むと、すぐにそれは否定された。
装備している金属製の鎧が目に写り、彼らが巡回中の憲兵であることを教えてくれた。
(どうせ夜中に女の子がブラブラしているのを見て、早く帰るようにって注意しに来たんでしょ。こちとら寮まであと少しってところなのに……)
そう思いつつも、エリンは憲兵たちに問いかけてみた。
「……あの、何か用ですか?」
ところが、彼らの返答は、エリンの予想とは大きく異なるものだった。
「キミたちは本当にハンターかい? ちょっと荷物を確認させてくれ」
「「「………………はい?」」」
エリンたちが戸惑いを露わにしているにもかかわらず、憲兵たちは3人に接近。そして、そのハンターバッグへと手を伸ばしてきた。
「ちょっと! 何するのよ!?」
「ダーシャ!?」
真っ先にダーシャが憲兵の手をはねのける。
ダーシャの気持ちも分かるが、相手と状況が悪かった。憲兵相手に抵抗したと見なされ、その場は一触即発の空気に。
「……あの、私たちに抵抗するつもりはありません。あまりにも突然のことだったので驚いてしまっただけです」
「あ、あぁ…………」
ジェイラがそう明言しなかったら、危うくダーシャたちは犯罪者として扱われることになっていたかもしれない。
憲兵たちも、夜陰の中で最初から相手の姿をはっきりと認識していたわけではなかった。相手がまだ若い少女たちだと分かったこともあって、どうにか矛先を収めてくれた。
「ほら、ダーシャ」
「うっ…………、すみません」
ジェイラに小突かれると、ダーシャはかすかな声で謝った。これが昼間だったら、ダーシャはただ黙りこくっているように見えたことだろう。
抵抗しない姿勢をみせたことで、憲兵のリーダー格も謝罪してきた。
「いや、我々の方こそ唐突に申し訳ない」
「あの、良かったらどうして『職質』してきたのか教えてもらえませんか?」
「ショク……ん?」
(しまった!)
『職務質問』という言葉はこの世界にはないのか、エリンから意識せずに日本語が飛び出していた。
転生してからこういうことは何度かあったが、近頃は無縁になっていたため、完全に油断していたのだ。
「あ、いえ、何でもありません。なぜ私たちを不審に思ったのかなって」
エリンは慌てて訂正し、改めて尋ね直す。
憲兵はエリンの言葉をさして気にも留めず、そのワケを教えてくれた。
「ああ、最近『怪盗ヴィンデックス』という輩による盗難被害が相次いでいてね。我々も全く手がかりを掴めずにいたものだから、適当に声をかけて回っていたのさ」
「インデックス?」
とある魔術の――
「ヴィンデックスだ。貴族様や大商人ばかりを狙って悪さをする悪党さ。かなり有名だぞ」
「はぁ……」
「あ、私、知ってます。この前も、カヴェーリン侯爵様の財宝が盗まれたって」
「あ、あぁ。良く知ってるね…………」
犯罪が起こりながら犯人の正体すらつかめていないため、被害者である貴族の怒りの矛先は、憲兵にも向けられる。
自分たちの失態が庶民にまで知れ渡っていると思ったのか、憲兵たちは顔を曇らせた。
「君たちはヤツについて何か知らないかい?」
「いえ、何も…………」
「まあ、そうだろうね」
ハナから期待していなかったのか、憲兵たちに落胆の色は見えない。
万が一にでも自分たちが憲兵たちのリストに載ることが無いよう、エリンは肩から下げているバッグへと手を伸ばした。
「そうでしたか。あ、荷物を調べるんでしたよね……」
自ら進んでハンターバッグを差し出そうとするエリン。だが、憲兵がそれを止めた。
「いや、もう大丈夫だ。ヴィンデックスが君たちみたいな女の子のハズがないからな。手間を取らせて悪かった」
「はぁ」
ダメもとでエリン達に声をかけてみただけに、憲兵たちはあっさりと引き下がった。
そしてそのまま、憲兵たちはその場から立ち去っていったのだった。
「……何よ、ペコペコしちゃって。馬鹿みたい」
憲兵たちの姿が見えなくなると、ダーシャから不満が溢れ出てきた。
彼女は、自分のせっかちで仲間を危険い晒しかけていたことを理解しているのだろうか。
「それで丸く収まるんだったら我慢しないと。むやみに事を荒立てるのは賢くないよ」
たしかに、職務質問に応じる義務はない。
だけど、相手はその道のプロなんだ。怪しいと思わないと、まず声をかけてくることはない。無下に断って機嫌を損ねたら、相手の疑念を大きくさせるばかり。
そこは、大人しく下手に出るに越したことはないんだよ。…………変な物を持ち歩いている時じゃない限り。不相応の大金とか、用途不明の木の板とか。
実際のところ、エリンのようなノーマルランクのハンターが金貨を持っていれば、それだけで疑念の材料になる。つぐづく美少女というものは特権だと言えよう。
「エリンさんの言う通りですよ、ダーシャ。あの人たちが悪い人だったら、私たちを犯罪者として捕まえることだってできるんですからね。ヴィンデックスの正体は分かってないんだから、でっち上げるくらい簡単なんですよ」
…………さらに、この世界では冤罪だって珍しくないわけでして。
「にしても、“ヴィンデックス”ねぇ…………」
眼前にまで来たギルドの建物を見上げつつ、エリンは聞いたばかりの単語を口にしてみた。
『ヴィンデックス』という言葉は、ある小説から持ってきました。
音が聞き覚えのある単語と似ているのは偶然です。もっと大昔の作品です。




