49. トリコロール
〇前回のまとめ
・森で倒れていた少女・ジェイラはダーシャの知り合いだった。
・エリンたちはジェイラからここに至るまでの経緯を聞いた。
・ジェイラが仲間に加わることになった。
柔らかな陽光が窓の向こうから届けられ、エリンの頬を優しくなでる。木の温もりにも包まれた寝室は、さながら穏やかなリゾート地のようだ。
そのような空間で味わう睡眠は、まさにこの世の楽園。
「エリン、起きなさいっ。いつまで寝てるつもりなのよ!」
だが、至高の幸せも長くは続かない。
エリンを地上へと連れ戻そうと、娑婆から使者が送られてきた。
「う~ん。あとちょっと~」
「もう、まったく……」
エリンの怠惰に呆れたダーシャはため息をひとつ。そして、エリンを覆っている布団を引きはがした。
「いい加減にしなさいっ」
「あー! マイスイートハニーが~」
「は~い。起きるわよ~」
「うぅ……」
抵抗も虚しく、エリンは寝室から引きずられていった。
ああ無情。
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「我がパーティーにジェイラ様も加わったことなので、今日はパーティー名を決めたいと思います。何か意見のある人は挙手を!」
エリンが朝食をジェイラ達と共に食べていると、先に食べ終えたダーシャがそう宣言した。
正直なところ、サーモクお手製の焼き立てパンの素晴らしさと比べて、すこぶるどうでもいい議題に思える。
「はいは~い」
「はい、ジェイラ様 どうぞ」
長い髪を後頭部の高い位置でまとめてポニテにしたジェイラが手を上げる。少し動くたびに揺れる空色の髪は、まさに尻尾だった。
「パーティー名を決める前にダーシャへお願い。私の呼び方を変えてください」
「え!? そ、それは、“ジェイラお嬢様”とかですか……?」
「いや、違います。それに私、もう没落してるし」
「う、すみません……。じゃ、じゃあ、“地上に舞い降りた平和と秀麗を象徴する天使ジェイラ様”はどうですか?」
「…………恥ずかしいから絶対止めて」
「はぅあ!」
ジェイラに断言されると、ダーシャは膝から崩れ落ちた。
エリン達はまだ食事中なのだから、静かにしてほしいものだ。
「そ、そうですか……。アタシごときに、その御名を呼ぶ資格はないと……」
「いや、違いますからね!」
そんなダーシャに、ジェイラが駆け寄ってなだめようとする。
「普通に呼べってことでしょ。過去のことはともかく、これからは対等の立場になるんだから、いつまでも様って言うのは私もおかしいと思うし」
「そうです! エリンさんの言う通りですよ、ダーシャ」
ジェイラの考えを代弁したエリンは、一応は手で隠しつつも口の中はパンが詰め放題。
我が意を得たりと、ジェイラはビシッとエリンを指した。
「てか、町の中でも様って呼んでると、ジェイラさん身代金目当てで誘拐されるっすよ。お三方、十分なお金とか戦闘能力ってあるんすか?」
「ないよ」
「ありません」
「…………ないわね」
世間知らずそうな少女3人組で、そのうち1人が様付けで呼ばれている。服装も平凡だから、良い所のご令嬢が気まぐれにハンターごっこをしていると思われるのも無理はない。
そんな3人を見て良からぬことを考えた馬鹿共にとっては、絶好のカモに見えて仕方ないだろう。
もっともな指摘に、ぐうの音も出なかった。
「ダーシャは私よりも年上だから、普通に“ジェイラ”って呼んでくれたら良いですよ」
「う、うぅ……。ジェ、ジェイラさ……ん」
「はい、ダーシャ」
「~っ!」
ジェイラがニッコリ微笑むと、ダーシャは言葉にならない声を上げて紅潮した。
「こんなんで大丈夫なんかね」
「うるさいわよ、エリン」
(…………解せぬ)
内心で不平をこぼしつつ、エリンはサーモクが運んできたトリコロールに手を伸ばした。
一口かじると、サクッという音を立てて、バターの香りが口の中いっぱいに広がる。
「うん、良い音」
「……てか皆さん。話が横にそれすぎて、本来の目的を忘れてないっすか?」
「ん、何だっけ?」
「パーティー名よ、パーティー名!!」
持ち直したダーシャが拳を握って立ち上がり、エリンに詰め寄る。
一瞬、トリコロールが喉に引っかかりそうになるかと思った。
「あー、そうだった。パーティーの名前を決めるんだったね」
このトリコロールを前にしたら、世の中における9割の物事はどうでもよくなる。
適当に返事としつつ、またトリコロールを取るエリンに、ダーシャは呆れた視線を送った。
「……アンタ、忘れてたでしょ」
「ソソソソンナコトナイヨー」
非難がましい目を向けられ、エリンは思わず目を泳がせた。
そんな時にはトリコロールを一口。辛い時にもアナタに元気をもたらしてくれる。
「ハァ、まぁいいわ。それより始めましょ。まずはアタシから行くわよ。やっぱり、『常勝軍団』よね!」
「だから高校球児かよ」
「ダーシャはセンス無いんだから黙っててください」
「ぐはあ!」
ジェイラの何気ない言葉に、ダーシャはこの世の終わりみたいに絶望を顔に表した。本人に自覚がないだけタチが悪い。
意識しているのかはともかく、ジェイラはエリンに自分の案を持ち出した。
傍から見れば、合コンで優良物件に媚を売る女と重ならないこともない。
「エリンさん、有名なアドベンチャーズにあやかって『アベン〇ャーズ』はどうでしょうか?」
「パロディーのパロディーでパクリになったよ!?」
「分かりやすく、『ハンター〇ハンター』とか」
「それもパクリ!! てか伏字の意味ないから!」
「それなら、『ピンクガール』?」
「UFO!?」
「『いつでもティータイム』!」
「あずにゃ~ん!!」
ジェイラの案はなるほどダーシャよりはマトモだが、どうしても前世の知識が邪魔をしてしまうようなものばかりだった。
最早自分しかいないと、エリンは疲れた頭で考えを巡らす。
「……ちょっとアンタ、ただ見てるんじゃなくて、何か面白いアイデアないの?」
「わてっすか? そっすね~」
ジェイラによって議論から追放されたダーシャは、皿洗いをしているサーモクに声をかけた。
「やっぱり、皆さんらしさってのをアピールすべきと思うんすよ。てことで、『ホワイト・エンジェル』とかどうっすか?」
「え、ダサ――」
「いいわね、それ。素敵よ!」
「はい。可愛くて、私たちに合ってると思います!」
見た目は美少女でも、中身はもうすぐアラサーのおっさんである。そんなエリンが『ホワイト・エンジェル』を名乗るということなど、悪質な羞恥プレイにしか思えない。あなたは太陽の小町?
それに、メンバー3人を見た者はどう思うだろうか。茶髪のダーシャ、青髪のジェイラ、そして白銀の髪を持つエリン。ほぼ間違いなくエリンが自己陶酔に浸っているか、頭の残念な子だと思われる。
そのような事態を回避すべく、エリンは反論を試みる。
「ちょっと待って。一旦冷静になって考えてみてよ。白い天使だよ!? 自分で言っちゃうとか恥ずかしすぎでしょ」
「ダメっすか? 良いと思ったんすけどね~。ダーシャさんはともかく、姐御やジェイラさんにはピッタリっすよ」
「そうよ。アタシはともかく、2人の可愛さを象徴……って、何でアタシは除かれてるのよ!どーせアタシは可愛く……うぐっ!!」
ダーシャは憤り、サーモクに抗議する。真横で叫ばれるのはうるさいので、エリンは大きく開いたダーシャの口に、トリコロールを放り込んだ。
きちんと噛まずに飲み込もうとしたため、喉につっかえて苦悶の色を浮かべている。
まあ、サーモクがお茶を飲ませようとしているので、そちらは放置していても大丈夫だろう。
「いやいや、考えてみてよ。今は良いかもしれないけど、私たちが30歳40歳になった時にそんな名前を名乗ってたらどう?」
「たしかに、それはおかしいですね」
「その時になったら、また新しい名前を考えればいいのよ!」
自分達がオバサンと化した姿を思い浮かべたのか、ジェイラは微妙な表情をした。
だが、ダーシャはこの名前にすっかり気持ちが移ってしまっているようだ。あれだけ熱い名前にこだわりを見せていただけに、少し意外に感じる。
「だとしても、これは直接的すぎるんだよ。学園にいた2人に考えてみて欲しいんだけど、入学したばかりの後輩が数人集まって、「我ら、ホワイト・エンジェル!」なんて言ってたら、他の生徒はその子達をどんな風に見る?」
「そんなの決まってるじゃない。一発ぶん殴るわ」
「落ち着いて~!」
だか、これでエリンの言い分が認められた。
発案者であるサーモクは悲しそうな色を浮かべる。
「姐御、申し訳ないっす。わての考えが足りないばかりに……」
「いや、サーちゃんは悪くないんだよ。まさか2人がこんな冗談を本気にするとは思ってもなくて」
「わて、結構真剣に考えたつもりだったっす」
「あ、ゴメン……」
エリンはフォローを試みるも上手くいかなかったようで、サーモクはますます恐縮してしまった。
「だったら、エリンは何がいいのよ? アンタ、さっきから文句ばっかり言って、自分は1つもアイデア出してないじゃない」
ツッコミどころが多すぎて、そのようなヒマがなかっただけである。ただ、言われてから名前を決めることの難しさに気が付くのだった。
適当なフレーズを思い浮かべては消すことを繰り返しながら、エリンは仲間となる面々を見回した。
赤い装備のダーシャ、青い防具を着用したジェイラ。この間に座るのが、全身真っ白のエリン…………。
「う~ん、『トリコロール』ってのはどう?」
「なんか、普通ね」
「普通です」
「普通っす」
異口同音に断言され、ブラック企業の身勝手な上司から遠ざかって久しいエリンは、精神的ダメージ100を食らった。
「ぐぬぬぅ……。普通でいいんだよ、普通で。覚えづらい名前とか、無駄に立派過ぎて自分たちの実力に釣り合わない名前とかよりも、よっぽどマシだよ。
それに、大事なのは名前という外面よりも中身でしょ。自分達の活躍じゃなくて印象的な名前で覚えられるのって、みっともなくない?」
自己を肯定するために、エリンは必死だった。
自分でも何が言いたいのかはきちんと理解できていなかったが、それでもその口調には妙な説得力があった。
「……た、たしかに、一理あるわね」
「気取らない感じが大人っぽくて、格好いいかも」
意外にも聴衆には好感触。
やっぱりシンプル・イズ・ベストだね。
かくして、ここに新たなハンターパーティー『トリコロール』が誕生したのである。
(何か忘れてる気がするけど、ま、いっか)




