48. 零落の少女Ⅱ
〇前回のまとめ
・エリンは夜の森の中で倒れている少女を救助した。
・少女の生い立ちについて
夜陰と驟雨に包まれた森の中で、晴れ渡る青空のような髪をした少女が倒れていた。
やせ細った体には、ところどころに痣が見られる。この世界に来たばかりの頃の自分と少女を重ねたエリンは、とても他人事とは思えなかった。
少女は想像以上に軽く、小柄なエリンでも運ぶのに苦労することはなかった。
もしエリンが運べなかったら、サーモクがデビルウルフを使わせようとしていた。あな恐ろしや。
とりあえず、エリンは少女をリビングのソファに寝かせる。
少女がいつ目覚めるか分からないので、家主様は外に追い出された。起きた瞬間パニックにならないようにするためだ。エリンたちは慣れてしまったが、サーモクの容姿は初見だと恐怖心を煽られる。
見たところ、十分な食事をとっていないことと、過労による衰弱以外の症状はなさそうだった。しばらく休めせれば、直に回復するはずだ。
エリンは少女に付いた水滴や土の汚れを濡れタオルでふき取り、着替えさせるために服を脱がせようとした。その時、背後からドアの開閉音が聞こえた。
「ちょっとサーちゃん、まだ入…………あ」
「………………まさか、アンタにそんな趣味があったとは」
来訪者はダーシャだった。
傍から見れば、エリンが眠りに落ちている女の子の身ぐるみをはいで体をまさぐろうとしているようにしか見えない。否、実際にそうなのだが。
「イヤ、これは……そのぉ……」
下手に取り繕うとしたもんだから、余計にダーシャの不信感が増してしまったようだ。
とはいえ、エリンはロリコンではない。服の下は意外と膨らんでいるとは思ったが、やましい気持ちなどこれっぽちしかない。あわよくば、なんて思ったりしてないのだ!(思い込み)
「別にアタシはアンタがどんな趣味を……って、ジェイラ!?」
「ん、知り合いなの?」
寝起きの悪さから、エリンのメンタルを打ちのめそうとしたダーシャだった。しかし、横になっている少女の寝顔を見て仰天した。そして、いまだ少女の服から手を離さないでいるエリンの胸倉をつかんだ。
「アンタこんな時間に何やってんのよ!? やっぱりあの魔族とグルだったのね!!」
「わーわーわー! そんな揺らすと頭おかしくなる~」
「うっさい! アンタの頭がスムージーになろうが知ったこっちゃないわよ!」
「ちょっとちょっと、お2人とも何してんすか!?」
突然の喧騒に、堪りかねたサーモクがリビングに飛び込んできた。
サーモクはあわてて、エリンの頭をシェイクしていたダーシャを引きはがす。
「おえ……」
「大丈夫っすか、姐御?」
「アンタたちがジェイラにやましいことをしようとしてたのは分かってるのよ! 絶対に許さない――」
「う~ん……」
ダーシャがまくし立てるところに、エリンの聞きなれない声が聞こえた。
エリンのことなど忘れたように、ダーシャが少女の手を取る。
「ジェイラ!!」
「あ、起きたみたい。サーちゃん、水持ってきて!」
「了解っす」
少女は状況が呑み込めず、混乱している様子だ。ダイヤモンドのような瞳をキョロキョロさせたり、声なき声を発しようとしたりしている。
エリンはサーモクが持ってきた水を飲ませようとするが、ダーシャがそれを阻んできた。
「……毒なんか入ってないって。ほら」
言って、エリンは水を一口ごくりと飲み下した。
「う、分かったわよ……」
それを見て、ダーシャも渋々といった具合に納得する。
「あの、助けていただきありがとうございました」
「ジェイラ、コイツはアナタを襲おうとしたのよ!」
「?」
「あー。起きたばっかで悪いけど、ちょっとこの早とちりに経緯を教えてくれない」
「は、はい……」
ウィンザー効果というんだっけ。本人から言われるよりも、第三者から聞いたことの方が信用度が高まるという心理効果。
最初からこの子に説明してもらった方が手っ取り早く済むとエリンは判断した。
ジェイラという少女は、森で倒れるまでのことをダーシャたちに話した。その声は弱々しく、今にも消えてしまいそうだった。
「ぐすん。アタシがいなくなってから、そんなことがあったなんて……」
「うぅ……。お嬢さん、若いのに苦労したっすね」
「ちょっと学校吹き飛ばしてくるわ」
話の途中から、3人は涙をこらえることができなかった。
エリンに至っては、過激な行動をも辞さないという素振りを示す。
「早まらないでほしいっす。てか姐御には無理っす」
「クッ、私にもチート能力あれば……」
「エリン、ちょっとうるさいから出ていってくれない?」
「ヒジョイ!」
“非情”と“ヒドイ”が混ざって、新しい造語が生まれた。
深夜テンションで空気を読めなくなっているエリンがゴタゴタ喚いていると、サーモクがスープを持ってきた。
ジェイラはスープをすすり、満面の笑みを浮かべた。その目の端には湖ができている。それは、ジェイラが送った日々の悲惨さを伝えるのに十分だった。
「…………てか、よくサーちゃん見ても驚かなかったね」
「えっと、学園長先生よりは……。はっ、何でもありません」
「大丈夫。告げ口する人もいないから安心して」
ジェイラにとって学園長は、ヴァンパイアよりも恐ろしい存在らしい。
エリンの言葉に一度はニッコリと微笑んだが、どこか悩ましい色が見える。
「ん? 何か気になることでもあった?」
「あの、明日の朝までに学園に戻らないと、学園長先生が……」
「金輪際あんなヤツのところになんか行かなくていいのよ! ジェイラ、アタシたちと一緒に行きましょう!」
「ダーシャ。ち、近いです……」
息が当たるくらいジェイラに顔を寄せたダーシャが、慌てて引き下げる。
ダーシャは以前、フェへール女学園で女中を勤めていたらしい。尊大な学園長に歯向かったことで学園を追い出されてしまい、仕方がないのでハンターになったとか。学園にいた際に、ジェイラによくしてもらったという。
貴族至上主義の学園で、ジェイラの存在はダーシャの心の支えとなっていた。
「でも、戻らなかったら……」
「何を言ってるのよ!? このまま学園に残ってたって、あのガミガミババアに搾り取られるだけよ。そんなの、生きた屍と同じじゃないの!」
「ほら、ダーシャはその人と同じパーティーなんですよね。私なんかがいたって邪魔に――」
「エリン、ジェイラ様をパーティーに入れるわよ」
「オッケー」
「…………え!?」
エリンがあまりにも軽い返事をしたものだから、ジェイラは拍子抜けした。
そのエリンは、ジェイラの境遇にブラック労働時代の自分との共通点を見出していた。
相当の対価を与えられず、上司にいいようにこき使われて命を削る日々の繰り返し。人間らしいなど失っていたと思う。逃げ出したとしても再就職は決して容易ではなく、周囲からは忍耐力がないだのというレッテルを貼られる。
しかもジェイラは前世のエリンと違って、まだ10代半ば。ジェイラを学園に追い返すということは、人生これからという子供の未来を潰すことに繋がる。
「……でも私、モンスターと闘ったことなんてありませんよ」
「大丈夫よ。アタシが手取り足取り教えるから!」
熱を込めるダーシャに、エリンは冷たい目を向ける。自分なんかよりもダーシャの方が危ないような。
「ま、ダーシャはゴブリンすら倒せないから、極端に後れを取るようなことはないと思うよ。誰だって最初は素人だからね」
「んな! エリン、それは……」
格好つけた直後にエリンに欠点を暴露され、赤面したダーシャは金魚のように口をパクパクさせる。
「ちょっといっすか?」
「ぬわっ!?」
エリンの後ろからサーモクがひょっこりと顔を出し、驚いたダーシャが飛び上がる。
ジェイラのことばかりで、サーモクはすっかり忘れられていた。
「どしたの?」
「ちょっと気分転換でもと思いまして……。ジェイラさん、これやってみてください」
そう言ってサーモクは、ジェイラにカードを渡した。そのカードには、
『 王 M Ⅱ T 』
と、書かれている。
「サーちゃん、そればっかだね」
「仕方ないっす。サーモクは“数”って意味っすから」
「それ言葉のパズルじゃん!」
2人のやり取りをよそに、ジェイラはカードを真剣な面持ちで見つめる。
ダーシャも参戦するが、頭上には「?」が浮かんでいる。
なかなか答えがでないようなので、サーモクがヒントを出す。
「とりあえず、逆さまにしてみるといっすよ」
「……逆さま?」
言われるがまま、ジェイラはカードを逆さまにした。
『 ⊥ Ⅱ W 王 』
「んんん? 全然分かんないわよ……」
「じゃあ、スペシャルヒントっす」
今度は左目の前で合掌する。
サーモクは顔の半分を隠しているつもりだろうが、ダーシャは余計に混乱したようだ。
他方、ジェイラは答えに近づいた。
「あ、分かったかも。L、I、V、E……。LIVE)?」
「正解っす。ジェイラさん、生きるっす。人は死なない限り、幸せをつかむチャンスがあるっすよ」
たまには良い事言うじゃんと、エリンは驚嘆をこめてサーモクを見やる。
カードの文字は鏡文字になっていた。左側を隠すと、答えが見えてくるという仕組みだ。
「わてもこの間死にかけたっす。けどけど、生きてたからこうして姐御から色んな事教わったっす」
そのエリン自身が、サーモクを瀕死にさせている。エリンは気まずくなって、視線を遊ばせた。
それでもジェイラは、サーモクの言葉に感じるものがあった。
そして、彼女は静かに語り出す。
「お父様が亡くなってから、私の人生はずっと夜だったんです。深い闇に覆われて、自分の居場所も分からないほど暗い世界でした。
でも、やっと私のところにお日様が顔を出してくれました。お日様はとっても温かくて、私を優しく包んでくれた……」
誰も口を挟む者はおらず、皆ジェイラを見つめる。
皆に見守られる中で、ジェイラは立ち上がった。
「ダーシャ、エリンさん、サーちゃんさん。これからよろしくお願いします!」
「ジェイラ様……」
そう言って彼女は、深々と頭を下げた。
サーモンはウンウンと何度も頷いている。
「あ、サーちゃんはパーティーのメンバーじゃないから」
「「「え゛?」」」
雰囲気ぶち壊しである。
やっと3人目が出てきた件について。




