47. 零落の少女Ⅰ
〇前回のまとめ
・サーモクの家でくつろいでいると、あっという間に時間が過ぎて言った。
・夜も更け、エリンたちはサーモクの家に泊めてもらうことになった。
・ダーシャはサーモクの問題を解くことに成功した。
「お休みのところすいやせん。姐御、ちょっといっすか?」
「んあ? …………何?」
エリンは、フカフカのベッドで快適な睡眠を堪能していた。そんなところに、サーモクによって現実に引き戻された。
「あー。オレ、ボク、私、ここから出たくない。会社、イヤだ……」
「姐御、寝ぼけてないでしっかりしてくだせぇ」
エリンの一人称が混乱したが、サーモクは夢と現実がはっきりしていないものととらえた。
「……んで、どしたん?」
「へえ、何やら森の中に人が紛れ込んできたようなんでさぁ。夜は冷えるってのに、お腹を空かせて倒れてるみたいっす」
エリンは上体を起こし、呆れ顔で言った。
「イヤ、私に相談するヒマがあるならさっさと行けよ」
アンタは近所の家の火災報知器が鳴り響いている時に、通報していいかネットで調べたりSNSで呟いたりする日本人か。
そんなことしてないで、さっさと119番通報しろよ。かけるだけならタダなんだから。
「わてが行ってもいいんすけど、きっと怖がらせてしまうっす。その人、ダーシャさんみたいな女の子っす」
「……たしかにホラーだな。トラウマになるわ」
真っ暗な夜の森から、急にサーモクみたいな人が現れたら、そりゃ怖いだろう。
まして相手が年端のいかない女の子だったら、一生忘れられない心霊体験として心に刻まれることだってあり得る。
「はぁ、仕方ないな~」
「早く行かないとちょっと危ないみたいっす。急いでくだせえ」
「オッケー」
隣のベッドで寝ているダーシャを起こさないよう配慮しつつ、エリンたちは寝室を出た。
(ん? サーちゃんって、夜中に無断で女子の部屋に侵入したよね。あとでお仕置きしとかないと)
暖かい家の中にいるはずなのに、どうしたことかサーモクは寒気を感じた。
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その少女は、商人の一人娘として生を受けた。
少女の父は商人だった。彼は、ゼロから商会――『ウィンドバード商会』という名前だった――を自分の手で創り上げた。わずか10余年で、一気に王国屈指の商会にまで発展した。
いつしか『ウィンドバード商会』の名を知らぬ者は王国にはいない、とまで言われるようになるほどだった。
少女が12歳になった春、商人は新規事業開拓のため、諸外国を回ることを決断した。
しかし、いつ自国に戻ってくるか分からない上に、安全が保障されない旅に連れていくには、商人の娘はまだ幼かった。その母も、少女が物心つく前に亡くなっている。
そこで商人は、娘をフェヘール女学園に入学させることを思い付いた。
フェへール女学院。
貴族の令嬢を養成するために設立された、伝統ある学校である。
12歳からの5年間、この学院の寮で友人と共に寝食を共にし、将来優秀な淑女になるための基盤を創り上げるのだ。
5年もあれば、商人は外遊から戻ってくるだろう。学園は全寮制であることから、少女が生活に困ることもないはずだ。
本来は貴族の令嬢しか入学することはできないのだが、商人は親交のある貴族に紹介状を認めてもらい、入学にこぎつけた。
入学当初こそ、学園の居心地は悪かった。
しかし、少女が学園で人気者となるのに時間はかからなかった。
始めは平民と侮っていた生徒も多くいた。
だが、誰に対しても分け隔てなく接するフレンドリーな性格に加え、経済界に大きな影響力を持つ商会の跡取りということもあり、少女と親交を深めようとする者は後を絶たなかった。
むしろ少女が平民ということで、親の身分が高い生徒のように気を使う必要もなく、気が楽だと考えていた生徒もいただろう。
部屋を訪れた者は、王室御用達のお菓子(予約しても半年待ちの銘菓。ウィンドバード商会の系列店の商品だった)をもらえることも大きかった。
だが、すべての生徒が少女に好意を持っているわけではない。
当然それを面白くないと思っている者がいる。
その筆頭が、ローレンという生徒や学園長だった。
侯爵家の長女として生まれたローレン嬢は、周囲から蝶よ花よと育てられた。
皆が自分を大事にしてくれる。当然、学院でも自分が生徒たちの頂点に君臨するはず。
そう思っていた。
けれども、実際にはそうはならなかった。
あろうことか無様な平民風情の少女に、皆がゴマを擦っている。もともと自分の尻尾を追いかけていた女生徒たちまでも、平民の少女に寝返ってしまった。
ローレン嬢は侯爵家の力を見せつけてやろうと、少女をお茶会に呼びつけたこともあった。
その時、ローレン嬢の鼻は見事なまでにへし折られた。自分が用意したものよりも、はるかに高級な品々を少女が持って来たことで。
たしかに少女は身分こそ低い。
しかし、誰もを魅了する美貌に加えて、王室に引けを取らないとまで言われる財力。そして、絶対にそれを自慢することのない謙虚で素直な性格。
非の打ち所がない少女を相手に、たとえ侯爵令嬢であったとしても勝ち目などないように思われる。
少女に対する恨みが、日に日に募っていった。
そして学園長。
フェへール女学園の学園長・コマロフ女史は、子爵家の出だった。
選民思想が強く、貴族の子女を養成することに誇りを持っていたコマロフ女史が、平民の小娘を入学させるように言われたときは、この上ない屈辱を感じた。
しかし、指示を出してきたのは伯爵家。下級貴族のコマロフ女史が逆らえる相手ではない。
それに、どうせ入学したところで居場所などなく、良いとこ育ちのお嬢様はすぐに逃げ出すだろう。そう楽観的に考えていた。
ところが、コマロフ女史の思惑は外れた。
ひと月も経てば、少女は学園の中心となっていた。
卑しい平民の分際にもかかわらず、親の金に物を言わせ、高貴な生徒たちを手懐かせている。
こうなったら、自分が徹底的に生徒たちを躾け直さなければならない。そう思ったコマロフ女史は、事あるごとに少女に冷たく当たった。
けれども、いつも少女にやり返されてばかりだった。
少女は聡明で、コマロフ女史の意地悪な質問にも屈しなかった。
むしろコマロフ女史の誤りを指摘し、大勢の生徒の前で恥をかかせたこともあった。
コマロフ女史への敬意は失墜し、反対に少女の人望は高まり続ける。
やり場のない怒りが、コマロフ女史の中で渦巻いていた。
ところが少女の入学から1年半が過ぎた頃、事態は急変する。
少女の父が亡くなったのだ。
しかも彼は直前に事業に失敗し、遺産どころか多大な借金を残して逝ったという。
父の訃報を知らされた時、少女は悲嘆に暮れた。
幼き頃に母を亡くし、今度は唯一の家族である父までをも失った。
その心境は、筆舌しがたいものであろう。
他方、これであの忌々しい生徒を追い出すことができると、コマロフ女史は小躍りした。
が、体面を重んじるコマロフ女史にそんなことはできなかった。
決して、彼女に慈悲の心があったからではない。
もし実家が没落した生徒、しかも身寄りが無い者を追い出したと世間に知られたら……。
貴族はちょっとしたことで栄華を失うリスクと、常に隣り合わせだ。
生徒の保護者たちが、親を亡くした少女を締め出したと知ったらどうするか。
そこでコマロフ女史は、少女を使用人として学園に留めることにした。しかも無賃で。
ぼろ切れを着せられて屋根裏部屋にひとり追いやられた時、少女は一晩中父を思って涙を流した。
執念深いコマロフ女史は、少女を奴隷のごとく酷使した。
しかし、自分には学園の友人がいる。共に支え励まし合い、苦楽を分かち合える友がいる。
まだ希望はある。少女はそう信じていた。
金の切れ目が縁の切れ目とは言ったものだ。
少女と親しくしていたはずの生徒たちは、打って変わったように冷たくなった。
貴族の令嬢なぞ、川におぼれた犬には石を投げるような者ばかりである。
皆がローレン嬢の走狗となり、執拗ないじめを繰り返した。
12歳の誕生日に亡父が贈ったぬいぐるみは、暖炉の燃え種と消えた。
数日も食事を与えられず、夜の庭で草の根をかじったこともあった。
生徒の中には少女に手を差し伸べようと、こっそりお菓子をくれる者もいた。
しかし、コマロフ女史がそのことを知ると怒り狂い、貴族としてあるまじきことだと言って罰を与えた。
コマロフ女史にとって、貴族の子供たちを汚らしい平民と一緒にしたくないと思うのは当然のことだった。
少女は友人に害が及ぶことを恐れ、自ら関りを断つようになる。
未来は閉ざされた。
それでも少女は、決して負けなかった。
不撓不屈の精神で、いつか報われる日が来ると信じて。
ある日、少女はコマロフ女史からお使いを命ぜられた。
目的地はフェケテシティ。そこに住むコマロフ女史の知人に、手紙を渡してくるというものだった。期間は3日。
一般的に片道5日かかる旅程を、往復3日で戻って来いという。
少しでも遅れれば、7日間食事抜き。
フェへールシティの近くには、恐ろしい魔獣が棲むといわれる森がある。戦う術を知らない少女にとっては、あまりにも過酷な試練である。
しかし、回り道をすれば期日に間に合わない。
少女は寝る間も惜しんで歩き続けた。
そしてお使いの帰り道、真っ暗な森の中で少女は倒れた。
もう、心身ともに限界だった。
ここで死ねば、また愛する父と母に会える。
自分はよく頑張った。
闇の中で、獣の声が響く。
小さな灯が消えようとした時、少女の耳に声が届く気がした。
「――――大変だったね。もう大丈夫だよ」




