44. エリン、寮やめるってよ
〇前回のまとめ
・エリンたちは狂ったネストルから逃げ出し、這う這うの体で寮の自室に帰還した。
・談笑の後にダーシャがドアを開けると、そこには目を血走らせたヤツがいた。
・ギルドの職員がネストルを連行するまで、2人はエリンの部屋に立てこもることに。
ネストルが騒ぎを起こしたペナルティとして『BB団』は当分の間、遠征させられることになったという。
彼らが戻ってくるまでに、エリンたちも退寮するようにとギルドの職員から告げられた。
「何でアイツのせいでアタシたちが追い出されなきゃいけないのよ!」
と、ダーシャは退寮の通達に不満たらたら。
エリンはどんなに喚いたところで仕方がないと思っていた。ところが、意外にもギルド側がエリンたちを寮から追い出すことになったせめてもの償いとして、フェへールシティ滞在中の宿代の一部を負担してくれるという。
たまにはごねるのも悪くない。
それでも1泊7,000フォート。
ダーシャは3,000フォートの宿屋を提案してきたが、案の定そこはおじさんたちと一緒に雑魚寝だ。もちろん却下。…………エリンが反対しなければ、ダーシャが本当にそこに泊まる気でいたのかは不明。
『BB団』の帰還はおよそ30日後。ということらしいので、エリンたちは20日後までにギルドの寮を出ていくことにした。
それまでは、ダーシャの弓術の練習を兼ねてモンスター狩り。10日もすれば、ダーシャはまともに弓を使えるようになってきた。
ちなみにゴブリンは避けている。ダーシャがトラウマになってしまったらしい。
「......そろそろ、この寮ともお別れね」
「そうだね」
エリンはせいぜい1月程度だが、ダーシャは1年ほど暮らしている。それだけに、こみ上げるものもあるのだろう。
「ダーシャ、エリン。いつでも遊びに来いよな!」
「ハハ、それはちょっと厳しいかな~」
他の寮生たちも突如ネストルが変貌したことに驚いており、彼の被害に遭ったエリンたちに同情している。
さすがにあの為体を見て、ネストルに肩入れする者はいない。
「そうよ。ここに来たら、またアレの顔見る羽目になっちゃうじゃない」
「あー、それもそっか。ま、死ぬわけじゃないし、また会えるよな」
唯一の例外を除けば寮生は皆、気の良い子たちばかりだ。
自分が寮内の平穏を壊してしまったと思うと、エリンは申し訳なさがこみあげてくる。
「それはそうとエリン」
「な~に、ダーシャ」
「そろそろ大きな依頼を受けてみたいのだけれど――」
ねだるように言うダーシャに、エリンはからかうように返す。
「きちんと準備しなかった結果、ゴブリンに囲まれて醜態を晒したのはどこのどなたでしたっけ?」
「あーもう!! そのことは忘れなさいよねっ」
「無理」
認知症にでもならない限り、エリンが忘れることはないだろう。
ダーシャは真っ赤になりながらも言った。
「アタシだって、この前の探検はまずかったって反省してるわよ。だからこそもう一度チャレンジして、過去の自分に打ち克ちたいのよ」
「…………!」
ダーシャ、健気な子!
失敗そのものに意味はない。失敗して、そこから立ち上がることに価値がある。
1人の少女の成長を妨げるわけにはいかない。エリンはダーシャの申し出に応じることにした。
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フェヘールシティにあるギルドの掲示板は、難易度や種類ごとに分けて並べてある。
ここの担当者、はたまたお偉いさんは几帳面な人なんだろう。どこぞのギルドとは大違い。
「ねぇエリン。これなんてどうかしら?」
「ん? どれどれ……」
エリンは、ダーシャの指の先にある張り紙に目をやった。
『依頼主:カブルストーン商会
目的:荷物の配達
場所:リラタウン
制限:なし
難易度:ノーマル~ハイパー
報酬:40,000フォート 』
報酬が4万フォートということは、そこから6割引いて1万6,000フォート。
フェヘールシティからリラタウンまでは、だいたい片道2~4日。幅があるのは、途中にある【リラの森】を通るかどうかで所要時間が大きく変わるためだ。1つの依頼なのに、難易度に差があるのもそのせいだろう。
この世界での配送料は高い。
基本的に徒歩か馬車で荷物を運ばなきゃいけないし、道中ではモンスターや野盗に襲われる危険だってある。
ギルドの天引きを考えたら、この報酬は安いかもしれない。それでも他の依頼と比較してみると、かなりお得だと分かる。
お尋ね者の討伐は報酬も高いが、それだけにリスクも大きい。
モンスターすら倒すのに苦労するエリンたちでは、身の程知らずとしか言いようがない。
(う~ん、リラか。……でも他にいいのないしなぁ)
エリンの頭に、リラタウンの町長の顔がよぎる。
たしかに、彼がエリンに法外な請求を吹っ掛けようとしたことは事実だ。
けれども、最後はエリンに感謝して見送ってくれた。それに、誰かさんみたいに、どうしても会いたくない人というわけでもない。
しばしの葛藤の末、結局この依頼を受けることに決めた。
「良いんじゃない。これにしよっか」
「うんっ。じゃあアタシ、受付で手続きしてくるね!」
野宿セットも持ってないのに、いきなり受注してどうすんだ。ゴブリン討伐での失敗が活かされていないんじゃないか。というご意見もありそうだが、ノロノロしていると他のハンターに先を越されるおそれがある。
そんなものは、出発までにやっておけばよいのだ。
エリンはダーシャが去った後、掲示板をもう一度見た。
(怪盗ナントカ、300万フォート。連続児童誘拐犯は150万フォート……。
100万フォート以上って、そこそこあるんだよね。1発当てて大儲けしたいな~)
今のエリンは、できるだけ貯金を減らさないことにばかり躍起になっている。そんなエリンにとってお尋ね者の報酬は、まさに夢のような金額だった。
「ここからリラタウンまでとなると、どんなに急いでも丸2日はかかるわね」
「スケボーなら1日で行けるよ」
「却下。荷物が落ちちゃうわ」
本当は、単に高速で空を突っ走るのが怖いだけである。
言わずもがな、ダーシャは絶叫系アトラクションとか苦手なタイプだろう。
エリンもそれが分かっている(というより怖いってダーシャの顔に書いてある)ため、無理にスケボーを使おうとは思わない。
「でも森を通れば、かなり時間を節約できるんでしょ?」
「ああ、【リラの森】のことね。あそこは魔族の番人がいるから危険よ。エリンだってフェケテからこの街に来るときには遠回りしたでしょ」
「普通に森を通ったけど」
「はあっ!?」
道のド真ん中で大声を出すもんだから、道行く人の注目を集めてしまった。
うん。森の番人・サーモクに殺されかけておいて、“普通”はないよね。
「てか、多分もうあの魔族いないと思うよ」
「なんでそんなこと言いきれるのよ?」
「目の前で雷に打たれたから」
思いもよらぬ返答に、ダーシャは言葉を失った。
天を仰ぎ、掌で額を押さえる。
「ハァ。……なんかもう、どこから突っ込んでいいのか分からなくなったわ」
「えー、ひどーい。まぁ、いざとなったら“あれはなんだ作戦”だね!」
「…………なにそれ?」
「『あ、あれはなんだ!?』って叫んで、相手が気を逸らしたスキに逃げるんだよ!」
「そのまんますぎる! てか、そんなんで逃げられるわけないでしょ」
そんなやり取りをしている内に、2人は今回の依頼主である『カブルストーン商会』の店に到着。
「こんにちは~!」
エリンたちが中に声をかけると、奥から三十路を過ぎたくらいの女性が出てきた。
「いらっしゃい。今日はどうしましたか?」
「あの、私たちギルドの依頼の件で参りました『エリン&ダーシャ』です。よろしくお願いします」
「まあ、ご丁寧に! ちょっと待っててくださいね。今主人を呼んでくるわ」
女性が「ダ~リ~ン」と言いながら店の奥へ消えると、隣にいたダーシャがエリンの腕をつついてきた。
「なによ、『エリン&ダーシャ』って。そのまんまじゃない」
「いやね、2人できたからには、適当にチーム名を名乗っといた方がいいかなって」
「それにしても他に何かあったでしょうに」
「じゃあ、2人のイニシャルをとって『E・D』とかどう?」
「よく意味が分からないけど、どうしてかしら? 絶対にコレはダメって本能が警鐘を鳴らしてるわ。やっぱり『燃ゆる情熱』にすべきよ」
「はいはいまた今度」
やがて、先程の女性に呼ばれたおっちゃんがやってきた。
「これはこれは。よくぞ依頼を受けてくださいました。私が依頼主のラモン・カブルストーンです」
依頼主のおっちゃんであるラモンが名乗り、エリンたちも自己紹介。
「して、今回の依頼はお2人だけが受けられるのでしょうか?」
「はい。リラタウンの町長さんには以前お世話になったことがあり、私どもも何かお力になれればと思って、今回の依頼を受けさせていただきました」
立て板に水のエリンに、ラモンは感嘆を込めた眼で見つめる。他方、ダーシャは呆れてしまった様子だ。エリンはアドベンチャーズの一件以来、初対面の人には礼節を欠かないように意識していた。
しかし、ラモンは同時にどこか困ったような色を浮かべた。
それが気になったダーシャは疑問を投げかける。
「あの、女2人じゃ何かマズイことでもあるのですか?」
「ダーシャ」
エリンはダーシャを諫めるが、ダーシャは引かない。
これまでにも身分や性別を理由に不当な扱いを受けたことがある彼女は、ラモンの態度が気に食わなかった。
「すみません。連れが失礼なことを……」
「いえいえ、貴女が気に病むことはありません。そうですね、見てもらえれば分かると思います。こちらへ来てもらえますか」
エリン&ダーシャは、ラモンに連れられて店の裏手に回った。
「あれが今回私がお願いしようとした荷物です」
「「あ」」
そこには手押し車が3台。いずれも物資が堆く積まれている。
エリンたちだと、1台押すだけでも大変だろう。
「でも、依頼には制限なんてなかったし……」
「ああ、それはすみません。妻が書き忘れたのでしょう。何分おっちょこちょいなものでして」
そこがまた可愛いんですけどね、と愛妻家は続けた。
需要のないおっさんのデレを無視して、エリンはラモンに提案した。
「ラモンさん。この荷物を私たちのハンターバッグに入れてはダメですか?」
「いえ、問題ありませんよ。陶器のように割れやすいものは入っていませんし。ただ……」
「入るわけないじゃない。これだけの荷物」
ダーシャがラモンの言葉を遮ってくる。
しかしエリンに、2人の様子を気にする素振りはない。
「とりあえず、入る分だけでも入れてみよう」
「そりゃ、ちょっとはマシになりそうだけど、それでも1台分が限界よ。大人しく馬でも借りて……、って」
ダーシャがブツブツ言っている間にも、エリンは作業を開始する。
「いけたよ?」
荷車3台分の物資は、全てエリンのハンターバッグに収まってしまった。
それを見たダーシャやラモンは、目を丸くする。
「あり得ない……。アンタのバッグ、どんだけ入るのよ……」
「エリンさん、ぜひ我がカブルストーン商会に」
「すみません。この子ウチの子なんで」
(私ゃいつアンタんちの子になったんだよ)




