43. ノイズミュージックって好みが分かれるよね
〇前回のまとめ
・ネストルら『BB団』は、ゴブリン討伐に赴いたエリンたちを尾行していた。
・この時のネストルは、2人が窮地に陥ったら助けてやろうと考えていた。
・もっとも、彼はかなり独善的で、自分を中心に世界が回っていると思っている節があった。
「閉じ込められているのか!? 待ってろ。今出してやる!」
「え? ちょっと……」
ネストルは丘の真ん中にある氷の壁を、持っていた剣で殴りつけた。少年とはいえ彼にはそれなりのパワーがあるらしく、数度の殴打で壁にはすぐにヒビが入った。
「とりゃああ!!!」
「おわっ!」
ネストルはヒビができたと見るや、そこに向かって思い切りタックルした。
すると、もともと湯気にあてられて薄くなりつつあった壁は、呆気なく崩れ落ちた。エリンは慌ててスケボーで空中に避難する。
「キャーーーーーーッ!!!!!」
突然の侵入者に、まだ入浴中だったダーシャの悲鳴が響く。
エリンは咄嗟にダーシャを守らねばと判断し、バスタブの前で通せん坊のポーズをとった。その手にはダーシャの服を持ったままだ。
「エリン、エリン、エリン…………!」
ところがネストルは、お経のようにエリンの名前を連呼しながらこちらに一歩ずつ近寄ってくるではないか。見開かれた目は、何かにとり憑かれたかのように血走っている。
「キャーッ!! 来ないで!」
「うわっ。 ちょ、ダーシャ!」
エリンの背後から、ダーシャがお湯をバシャバシャとかけてくる。
残念ながらそのほとんどがエリンにかかっており、ネストルまで届いていない。
「ネストル、落ち着くでやんす!」
「もー、どうしちゃったの急にー」
「ふんっ!」
『BB団』のエフィムとスタースがネストルを抑えようとするが、ネストルはそれを振り払ってしまう。
スタースの方は目や頬が紅潮し、鼻息もやや荒くなってはいるが、それでも自分を失ってはいない。
「エリン……!!」
「怖いって」
「イヤーーーーーー!!!!!」
丘の上は、ますます混沌とした状態になっていく。
エリンはどうしようかと思っていたら、とある方法を思いついたので、それを実行してみることにした。
「そうだ! 〈スリープ〉!!」
「「ZZZZZ……」」
「――って、なんでだよ!?」
ダーシャとエフィムの2人が、心地よい眠りへと誘われた。ネストルには全く効果が出ていない。
そのネストルは、もうエリンの目前にまで迫ってきている。
「あーもう……。〈スリープ〉がダメなら〈スリップ〉!」
「う゛っ!」
エリンは思い切り魔力を放出する。いきなり足元がツルツルになったネストルはひっくり返り、道の石ころに頭部をぶつけた。
「お、いけた! …………じゃ、あっし君。後はよろしくね」
エリンはダーシャとバスタブを回収すると、唯一の生き残りであるスタースに事後処理を押し付けて飛び去ってしまった。
「な、何だったんでやんすか……?」
残されたスタースはワケが分からず、意識を失ったネストルを抱えてオロオロとするばかりだった。
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「あー、最悪。ホント酷い目に遭ったわ……」
「ハハハ……」
ギルドの地下にある寮の自室で、エリンはダーシャを慰めている。
全裸のまま空を飛んだことを知ったら、ダーシャはさらに乱心してしまいそうだ。
「それにしても、突然どうしちゃったんだろうね。あの人」
「イヤ、エリンのせいでしょ」
「なんで!?」
ダーシャは白々しいと言わんばかりの顔をし、1つ息を吐いて答える。
「ちょっと腹立つけど、エリンの可愛さに心を奪われておかしくなったんでしょうね。アイツ、アタシ以外の女の子とは話したことすらなさそうだし」
「ダーシャだって可愛いよ」
ぺったんこだけど。
「はっ。アンタに言われると、バカにされた気がするわ」
「ありゃま」
エリンとて、さすがに前世の姿のままだったらこんなことは言えなかっただろう。
体が女の子になったことで、心まで女性に近づいているのかもしれない。
「アンタは別格なのよ。それも、男がおかしくなるくらいにね」
「えー。これまでそんなことなかったよ」
おかしくなるって……。妲己や楊貴妃じゃあるまい。
確かにオルティス男爵邸にいた時、エリンを見た長男坊・ボニファーの鼻息が荒かったけど、さすがに手を伸ばしてくるようなことはなかった。
それにエフィムやスタースだって、少し驚いたくらいで正気を失ってはいない。
「そりゃあ、皆が皆おかしくなるわけじゃないわよ。ただアイツが異常だったってだけ」
「あー理解」
現代の日本だって、好意を抱いた女性へのアプローチの仕方が分からず、ストーカーやってしまうような人はいるもんね。ネストルもそういった類なのだろう。
「とにかく、エリンはこれから外に出たり、誰かと会うときには絶対ゴーグルを付けること!」
「言われなくてもそうするよ……」
エリンはゴーグルを指先でクルクルと回しながら、こんなもんで済ませられるなら容易いものだろうと考える。
「……それにしても、アレが酷くなるようならここを出ていくことも考えないとね」
「うげ~」
本当なら、これ以上ネストルと同じ屋根の下で寝泊まりするなどもっての外だ。
それでも、宿代を浮かすためにはここに留まるしかない。お金が惜しいんだよ。
「……あれ? そもそもこの街に居続ける必要なくない?」
「そうね。どこか他にアテがあるなら行ってもいいわね」
「あ、なかったわ」
そもそもこの世界に来た時点では知り合いなどいるはずもない。フェケテシティやリラタウンといった、これまでに通った場所には戻りたくない事情がある。
エリンはケークタウンという町を目指してはいたが、それだって他にどういった町があるかを知らなかったからだ。
「ま、アタシもエリンも、当面の目標はここを出ていくためのお金を貯めることね」
「それと、ダーシャの弓の練習だね」
「うっ」
エリンの言葉に、ダーシャのすまし顔が一気に苦いものになった。
さすがに本人も、自分の課題を自覚したのだろう。
「わ、分かってるわよ! 見てなさい。今に弓の名手になって見せるんだか、ら…………げ」
ダーシャは立ち上がり、エリンの部屋を退出しようとドアを開けた。
そしてすぐにドアを閉めた。
「「…………」」
室内の2人は、思わず顔を見合わせた。
ドンドン ガチャガチャ
「「………………」」
「おいっ、開けろ! ここにいるんだろ!」
「ネストル、やめるでやんす! エフィムも手伝うでやんすよ~」
「えー。オラまで同類に見られそうだからヤダー」
「エリン! 迎えに来たぞ!」
(迎えって……。アンタはいつ私の保護者になったんだよ)
生憎、ここは地下にある部屋だ。小さな通気口はあっても窓はない。
出入りできるのは1つしかないドアだけだ。そのドアを塞がれた今、エリンとダーシャは完全に閉じ込められたことになる。
開けたらどうなるんだろうか。考えるだけで恐ろしい。
ぐぅ~~~
非常事態だというのに、空気を読めないエリンのお腹の虫が鳴った。
「…………こんな時にお腹鳴らしてんじゃないわよ」
「仕方ないじゃん。それよりご飯食べようよ」
「はあ? 何言ってんのよアンタ」
ダーシャの非難をよそに、エリンはハンターバッグから鍋とシュトゥルーツの肉を取り出した。
煙が充満しないよう、風魔法でドアの隙間に空気を流して換気する。
「ダーシャも食べないの?」
「はぁ……。アタシ今そんな気分じゃ――」
ぐぐぅぅぅ~~~~~
虚勢を張ったダーシャだが、すぐに仮面をはがされて赤面する。
「べべ別に今のはお腹の調子が悪いだけで、本当は食べたいだなんて……」
「はいはい、分かってますって。ほれ」
「い、いただくわ……」
エリンが肉を刺した串を差し出すと、ダーシャは髪を耳にかけながらこれをかじった。
その艶っぽい仕草は、普段の彼女からは想像しがたいものだった。
ドンドン ガチャガチャ ゴホゴホ
ワイワイ ワーワー ピーチクパーチク
ジュージュー パクパク ムシャムシャ
結局、寮生に呼ばれたギルドの職員がネストルを引っ張っていくまで、エリンはダーシャと共に自室で監禁されたままだった。
「ふう。やっと行ったみたいね」
「金輪際、顔も見たくないよ」
「言い過ぎよ…………と言いたいところだけど、同感ね」
2人揃ってため息がこぼれる。
「やっぱり、出ていった方がいい気がする」
「お金はあるの? アテもお金もないんじゃ、ノーマルランクのハンターは厳しいわよ」
「今は10万フォートくらいかな」
「…………新人のくせに結構蓄えてるのね」
本当はその3倍近くあるのだが、エリンは少し誤魔化した。まだ会って2,3日程度のダーシャを、完全に信用したわけではない。
「だけど、それでも足りないでしょ」
「それを売れば…………」
「いや、ダメだから」
ダーシャがエリンの身に着けている防具を見つめたが、これを売るわけにはいかない。
もしこのメイルを手放したら、それだけ生命の危険が高まることになる。それに、再度手に入れようとしたら、かなりの支出を強いられる。
何よりエリンは、この『オンディーヌメイル』を気に入っていた。これを上回るものがない限り、エリンが手放すことはあり得ないだろう。
「それじゃあ2人でだいたい15万フォートね。これじゃあ、宿代だけで50日もすればなくなるわ」
「え? 一緒に来るつもりなの?」
反射的に出されたエリンの言葉に、ダーシャが目を丸くする。
あと宿代安くない? 1泊あたり3,000フォートの計算じゃん。ここの受付嬢は1泊15,000フォートって……。
「何言ってるのよ。一緒に行くに決まってるじゃない。もうアタシたちは同じチームなんだから!」
「いつの間に!?」
「それに、アタシがいた方がアレみたいなのを牽制できるでしょ」
「なるほど!」
“アレ”とはもちろんネストルのことである。
なんやかんやで、ダーシャもエリンの身を案じているようだった。
当然エリンと行動を共にすると、ダーシャにも利があるわけだから(お風呂とか)、win-winの関係になる。
「そういうことだから、まずはチーム名を決めないといけないわね……」
すでにダーシャは次のステップに進んでいる。
エリンも切り替えて尋ねた。
「そういえば、ダーシャが前にいたチームの名前は何だったの?」
「『雑草魂』よ」
「…………え?」
以前、女の子3人のチームって言ってたよね。それって公立野球部のスローガンだよ。絶対おっさんいたでしょ、そのチーム。
「『雑草魂』。アタシが考えたの。いい名前でしょ」
「ソウデスネー」
「ねぇ、『ド根性』とかどうかしら? 『不屈の闘志』もいいわね。あ、『一球入魂』がいいわ!」
(だから高校球児かよっ。最後のとか絶対狙ってるよね!?)
ダーシャは色々と案を出してくるが、どれもイマイチなものばかりだ。
本当に16歳の女の子かと疑ってしまう。
「ねえ、チーム名はまた追々考えればいいんじゃない?」
「それもそうね。エリンもいいアイデア考えておいてよね」
「ハハハ、善処します……」




