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40. 寮Ⅲ

〇前回のまとめ

・入寮初日の朝、興味津々な寮生たちに囲まれた。

・いざ朝食という時に仕事に呼び出された。

・長時間の労働を経て辿り着いたポトフは至高の一品だった。

 エリンが入寮し、何人かの寮生と知り合った翌朝。

 昨日は終日ずっと建築現場で作業をしていたというのに、筋肉痛もない。これも若さゆえだろうか。歳はとりたくないね。


 それよりも、昨夜風呂に入れなかったことが何よりも辛かった。

 生憎、このギルドの寮には風呂がない。入浴したいなら、街のどこかにある風呂屋に行くのが一般的だ。庶民は汗をかいたら、濡れタオルで拭いておしまい。汚い。

 水魔法を操るエリンなら自力で体を洗えないこともない。だが、オルティス家で湯船の快楽を覚えてしまった以上、どうしてもあの感覚を味わいたかった。


 エリンは夕食後にでも行ってみようとも思ったのだが、寮は夜間の外出は禁止されている。治安が良いとは断言できない夜中に、若いハンターたちがトラブルに巻き込まれるのを防ぐためだろう。

 そもそも、この世界での公衆浴場は江戸時代の銭湯さながら、浴室が男女で分離されていないらしい。うん、行きたくないよ、そんなとこ。…………たとえ分けられていたとしても、自分がどっちに入ればよいのか分かんないし。

 魔法では汚れを落とすことはできても、心身の疲労を落とすことまではできない。湯船で汗と疲れを洗い落としたかっただけに、これはとても嘆かわしい。




 朝食は他の寮生が作っていた。エリンはどうやらお役御免のようだ。

 今朝のメニューはスープにサンドイッチ。切り込み入りのロールパンに具材が詰め込まれている。カトラリー不要で食べられるサンドイッチはハンター御用達。


「な、なあエリン……。お、お、俺たちと、た探検に……、おわっ」

「ちょっとヴァシリー邪魔。どいて。

 …………ねぇエリン、お願いがあるんだけど……」


 エリンはサンドイッチを口いっぱい詰め込んで、リスみたいになっている。そんなところに迫っていた少年を押しやって、ダーシャがやってきた。


「ん、にゃ~に?」

「あ、あのね。よかったら、アタシとチーム作ってあげてもいいかなって思ったりして……」

「え~」

「おいダーシャ。エリンは俺が先に――」

「アンタは邪魔だからあっち行ってて!」

「うぐぅ」


 ダーシャは騒ぎ出す少年の腹を、食後だというのにドスと突いた。効果は抜群のようだ。

 他の寮生など始めからいなかったかのごとく、うつむき加減のダーシャは翡翠色の目でエリンを見上げる。


「アタシ、もともと女の子3人のチームでやってたんだけど、他の2人が家の都合でやめちゃって、ずっと1人だったの……。ホラ、女の子のハンターってなかなかいないでしょ。アナタにとっても悪い話じゃないと思うわ」


 要はボッチだったから一緒に行こうって言いたいのか。

 もっと素直になればいいのに。


 魔法の攻撃力が低いエリンとしても、味方が加わればなにかと都合が良いかもしれない。ダーシャの能力は未知数だが、攻撃手段もとい味方が増えるのに越したことはない。

 それに、柔道部みたいな熊少年よりは、ダーシャ(女の子)の方が良いに決まってる。


「別に私は構わないよ」

「ホ、ホント!?」

「でもダーシャって――」

「それじゃあ、アタシ先に準備してくるね!」

「…………」


 エリンは戦闘スタイルとかについて尋ねようとしたが、ダーシャはそれよりも先に食堂を飛び出してしまった。


(ま、後でいっか)


 まだ食事中のエリンに、『BB団』の熊男・ネストルが玩具を欲しがる子供のような顔で話しかけてきた。


「な、なぁ。俺たちも一緒にいっちゃダメか……?」

「ダメ」

「なんでだよ!? ダーシャならいいんだろっ」

「むしろ何でいけると思った?」


 ボッチのダーシャと違って、ネストルにはチームメイトがいる。そこへわざわざエリンを加えようだなんて、(よこしま)な感情の存在を疑って(しか)るべきだろう。身の危険を感じる。

 そのチームメイトが、なかなか引き下がろうとしないネストルをなだめている。


「まあまあ。ネストルにはエフィムとあっしがいるでやんす」

「スタースの言う通り。いよっネストル、副兵長」

「そ、そうか……。そうだな!」

(いや、副兵長って偉いの? せめて工場長とかにしてやればいいのに)


 いつの間にか3バカが歌い出しており、朝食を済ましたエリンはその間に食堂を退出した。


「「「〽お~れ~た~ちBB団。ビッグになるためやってきた~」」」




   ♦




「な、何なのよ、その装備は……!」

「これ? ナントカメール」


 ダーシャは寮の出入口になる階段でエリンを待っていた。そして、探検の準備を整えたエリンを見て、口をあんぐりと開けた。

 エリンの防具『オンディーヌメイル』はトップクラスの品質であり、素人目にもそんじょそこらへんの装備品との格の違いが分かるみたいだ。


「ちょ、ちょっと待って。エリンの親御さんって、貴族様か大商人なの?」

「え? ただの『郵便局員』だよ」

「ナニソレ?」

「ゴメン、何でもない」


 エリンはうっかり前世での父親の職業を答えてしまった。

 とりあえず防具については、道に迷って困っている子供を助けたら、その親がたまたまお金持ちで、そのお礼に買ってもらった。ということにしておいた。半分くらいは間違っていないと思う。


「まぁ、そういうことにしておいてあげるわ。う、羨ましいなんて思ってないんだからねっ」


 そう言うダーシャの服装は、ホットパンツに着丈の短いジャケットという動きやすそうなもの。赤茶色のショートヘアと合わさって活発な印象だ。


「それで、今日はどんな依頼受けるの?」

「討伐! 討伐にしましょう! アタシ、ゴブリンとかやっつけてみたかったの! バッサーって」


 聞くと、オノマトペが独特なダーシャは最近ノーマルランクになったばかりで、まだモンスター退治をしたことが無いという。血沸き肉躍る冒険への憧れがあるのだろう。


 ということで、常設依頼であるゴブリン退治に行くことにした。常設依頼は、いちいち窓口での手続きを挟む必要がないらしい。

 討伐したことを証明するために倒したゴブリンの耳を回収し、それを提出すればオッケーなんだって。朝鮮出兵かよ…………。




   ♦




 フェへールシティはかなり大きな街だが、ハンターギルドは街の出入口からそれほど離れていないところにある。

 エリンはダーシャと共に、フェヘールシティの東方にある【暗闇の森】にやってきた。ここにはゴブリンなど、初心者でも倒せるモンスターがよく出るという。

 エリンが通った【リラの森】とは、大きな川で分断されているとか。


「おっと。早速ゴブリン発見ね。エリン、見てなさい! これがアタシの戦い方よ!」

「頑張れ~」


 森に入って少し歩くと、すぐにゴブリンらしきものが出てきた。

 生で見ると、心底気持ち悪いと思う。ゴブリンは繫殖力がとても高く、倒しても倒してもなかなか減らないんだとか。

 身の丈は小学3年生くらい。この世界でのGは巨大でした。親指サイズのアレにビビっていた自分は何だったんだろうね。


 ダーシャは弓を構え、狙いを振り絞って矢を放った。「バッサー」とか言ってたくせに、その得物は剣ではない。

 前のチームにいた際、いつか討伐依頼に行く時に備えて買ったものだという。


「えいっ!」


 ところが、ダーシャによって放たれた矢は明後日の方向に飛んでいった。

 分かるよ。普段はボールに触らない素人がいきなりキャッチボールするようなもんだよね。狙ったところに投げるのって意外と難しい。

 初めてだから仕方ないよ!


「くっ、もう1回!」

「ダーシャ頑張れ~」


 緑色のおじさんは幸いなことにこちらに気付いておらず、今のところは慌てる必要もない……?


「あーもう! 何で当たらないのよ!?」

「まぁ、練習あるのみだよ。それよりも後ろ後ろ」

「ちゃんと狙ってるんだから、ちょっとくらい当たってもいいじゃないの!」

「ねえダーシャ、後ろ見てよ」

「ゴブリンって何であんなに忌々しい顔してるのかしら?」

「うん。いいから後ろ見てってば」

「さっきからうるさいわよ。そんなこと言うなら、ちょっとエリンがやって見せてなさいよ」

「ダーシャ!」

「何よもう。後ろ後ろって。………………ふぇ?」


グウゥゥゥゥゥ


 そちらには、多くのゴブリンの影があった。先頭のゴブリンのお尻には、ダーシャのものらしき矢が刺さっている。


「キャー!! いつの間に!?」

「ダーシャ、逃げるよ!」


 だが、2人の行く手にもG(緑のおじさん)はいた。


「チッ、囲まれた!? ダーシャ、こっち来て!」

「アァ……。エ、エリン……」

「何やってんの!」


 エリンはダーシャを呼び寄せようとしたが、ダーシャはその場から動かない。

 顎を揺らしながらエリンを見つめる。


「エリン……。アタシ、腰が抜けちゃった……」


 よく見ると、ダーシャの下の地面が湿って変色している。

そして、座り込んでしまったダーシャに、ゴブリンの得物が迫った。


「キャーッ!!」

「あーもう……。〈南極大陸〉!」


 エリンだって、まさかダーシャがぶっつけ本番でモンスターに挑もうとしているなんて思ってもみなかった。ここに来るまでの道中で話を聞いた時には絶句した。

 そしてこのザマである。

 ダーシャの失態に少し苛つくも、エリンは氷壁を生み出して、ダーシャへ襲い掛かった木の棍棒を防いだ。

 そして、催眠魔法を発動させる。


「〈スリープ〉!!」

「「ZZZ……」」

「――って、おいっ!」


 エリン自身と、味方であるハズのダーシャが眠りに落ちてしまった。

 あろうことか、ゴブリンはほとんど眠っていない。後ろの方にいた2,3匹だけ倒れたが、切羽詰まったエリンに気付くだけの余裕はない。


(もしかして、私の催眠魔法は人間にしか効果を発揮しないのか? 本人まで眠らせてしまうというのに。…………解せぬ)


 仕方がないので、そのまま自分たちの四方をも氷の壁で囲んでしまった。

 天井がない部屋の中で、エリンはダーシャの体を揺さぶる。


「お~い。起きて~」

「う~ん。……はっ、エリン!? アイツらは?」


 ダーシャはすぐに意識を取り戻すと、周囲の様子を確認した。

 といっても、視覚だけでは氷しか分からないが。それでも、壁の向こうからゴブリンどもの奇妙な呻き声が聞こえてくる。

 それなりに数がいるため、そのうち壁を打ち破って襲ってくるだろう。


「まだいるよ」

「あぁ……。こうなったのも全部アタシのせいね。いいわ、エリンだけでも逃げて。アナタ1人なら行けるでしょ」

「えー」


 確かに1度に1つのことしかできないエリンの念力では、スケボーの操縦と同時にダーシャを抱えるのは無理。

 でも、それなら念力はスケボーのみを対象とすればいいだけのことだ。


「そんな時にはこれ。じゃじゃ~ん!」

「何それ? エリンの新しい武器なの?」


 エリンがハンターバッグからスケボーを取り出すと、ダーシャは湿った目で尋ねてきた。


「これ? スケボーだよ。ダーシャ、こっち来て」

「え? ちょっと、何するのよ」


 スケボーに乗ると、エリンはそのままダーシャを後ろに乗せた。

 このスケボーはエリンが1人で乗るために作られているが、ギリギリ2人までなら乗れないこともない。

 エリンは青空を見上げ、傍らのダーシャに声をかけた。


「しっかり捕まっててね」

「え? ちょっと……。まさか、飛ぶって言うんじゃないでしょね…!?」

「そうだけど?」

「何で疑問形なのよっ? もっと他に方法が――」

「無いね。じゃ、行くよっ!」

「イヤ、待って。まだ心の準備が……ギャーーーーーー!!!!」





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作者の生き甲斐になってます♪ヽ(・ˇ∀ˇ・ゞ)

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