39. 寮Ⅱ
〇前回のまとめ
・【フェヘールシティ】に到着した。
・宿代に困っていたら、受付嬢に寮をすすめられた。
・しばらく依頼を受けていなかったせいで反則金を取られた。
(背中が痛い…………)
新しい街での寝覚めは、決して芳しくはなかった。
これまで硬めの布団で寝ることが多かった。そこへ中途半端に柔らかい布団で寝ると、このように全身に違和感が生じるらしい。
エリンの部屋は、本来は3人部屋だ。他にも女の子のハンターはいるらしいが、初対面の人と同室だと何かと気を使うこともあるだろうということで、エリンの貸し切り状態にしてもらっていた。
ただ、夜が騒がしくて多少イライラしてしまったのが難点。
ギルドの寮を利用するハンターは、20歳以下の若い男性が多いとか。
そんな連中が夜中に集まれば、先生のいない修学旅行みたいになるわけで、たいそう喧しかった。早めに寝る人だっているんだから、そこはもう少し気を配ってほしいものだ。共同生活の基本でしょ。
ちゃんと鍵が付いているとはいえ、壁は薄い。おまけに新顔が来たということで、ハンターたちがどんなヤツか見てみようと部屋の前で待ち構えていた。
そのせいもあって、ただでさえ疲労が溜まっていたエリンは、夕方に入室して以降ずっと引き籠り状態だ。
まぁ、久々にゴーグルを外して寝られただけでも良しとしようじゃないか。
(…………そろそろ出た方がいいよね)
いつまでも部屋に籠っているわけにもいかない。
ペナルティの一貫で、今日は強制依頼に行かなければならない。それに、昨日の夜から何も食べていないので、お腹がペコペコだった。
水魔法を駆使して顔を洗い、眠気を飛ばす。
「よし、行くか」
「お、出てきたぞ」
「なんか変なの付けてんのな。ちょっとお前外して来いよ」
「やだよ、お前が行けよー」
エリンが部屋を出て食堂へ行くと、不本意ながら好奇心に満ちた寮生たちの視線を集めた。自分は見世物じゃないとイライラする。
「おいお前、新入りのくせに挨拶もなしとはいい度胸してんな」
厨房でシュトゥルーツの肉でも焼いて食べようかと思ったところで、エリンは大柄なハンターに声をかけられた。自分と同世代なはずなのに、老け顔のせいで一回りは上に見える。それに、なんというか熊っぽい。
エリンは数日でこの街を立ち去るつもりだったし、その旨をギルドの職員にも伝えていた。昨日は疲れのせいで動く気力もなかったし、他の寮生ともあまり親しくなるつもりはなかったので、挨拶回りなど思い至ることもなかった。
一瞬大きな熊が現れたと思ってギョッとするも、気付かれないように何食わぬ顔。早速の変がらみに嫌気がしたとはいえ、ここで波風を立てるようなことはしない。
さりげなく距離を取りつつも、大人しくエリンは頭を下げた。
「昨日からこちらでお世話になることになりましたエリンと申します。短い期間ではありますがよろしくお願いします。昨日は皆さんのお帰りが遅いようで、ご挨拶に伺えず申し訳ございません」
エリンがこのように出るのは想定外だったのか、他のハンターまでもが面食らった顔をしている。
恐らく、意図的な早口でちゃんと聞き取れなかったと思う。
「お、おう。分かればいいんだ。俺はネストル。『BB団』っていうハンターチームのメンバーだ。BB団ってのは、ビッグ・ボーイズから来てるんだぜ。かっけーだろ」
(だっさ)
ネストルは聞いてもないのに、自分も名乗り始めた。
チーム名のネーミングセンスは疑ってしまう。ビッグなのにbb弾って……。大きいはずが極小サイズになってるよ。
「ところで新人。ここでは後輩が先輩の分のご飯も作ることになってるんだ。早速だが作ってもらおうか。あ、食材は先輩が持ってくるから心配すんな」
「そうなんですか。分かりました。それではフェケテの名物でも作りましょう」
「「「…………っ!?」」」
その言葉に、皆が絶句する。
寮生たちは女の子の手料理を食べることができると期待して、まだ朝食も食べずに寮に残っていた。それなのに、まさかマズイことで有名なフェケテシティのご飯を作るという。
「あ、いや……。む、無理しなくてもいいんだぞ」
「でも、そういうルールなんですよね?」
「いやでも、フェケテって――」
「ねぇ、ネストル。この子は昨日この街に来たばかりで疲れてるよ。ここはひとつ、ネストルが先輩として作ってあげなよー」
わざわざフェケテシティの名前を出したのは、エリンなりのおふざけのつもりである。
寮内にはざっと見た感じ10人はいる。しかも食べ盛りの青少年ばかり。そんな彼らの食事を用意するなんて面倒くさい。あわよくばと思ったのだが、その効果はテキメンだった。
実際には、エリンは飲食店のキッチンででバイトをしていたこともあり、前世ではそれなりに料理を経験していた。就職してからはほとんどコンビニに頼っていたせいで、数年分のブランクがある。それでも、普通の料理くらいならできるはずだ。
だが、他のハンターたちがこの子に料理をさせてはいけないと悟り、ネストルに押し付けようとし始めた。
「ちょっ、エフィム!? お前何を――」
「それがいいでやんす。ネストル、任せたでやんす!」
「スタース、お前もか!?」
「じゃ、決まりだねー」
ネストルと似た少年2人が中心となり、結局彼が今朝の食事を作らされる羽目になった。そして、エリンは他の寮生に連れられるように食堂の席に着いた。
そこでエリンは後悔する。料理やっとけば良かったと。
「ねえねえ、フェケテシティから来たみたいだけど、この街は初めてかい? 俺が街を案内してあげるよ」
「好きな食べ物は?」
「その顔につけてるの外してみてよ」
「今度俺と一緒に探検行かない?」
エリンの周囲に男共が群がり、あれやこれやと尋ねてくる。
あれだね。突然、学校に美少女転校生がやって来たようなものみたいだね。
ゴーグルをつけているとはいえ、ぱっちりした目を完全に隠しきれているわけでもない。さらに、整った輪郭と、綺麗な鼻や口はそのまま。落ち着いた印象も、男子諸君にはポイント高いだろう。
寮暮らしのハンターは、ノーマルランク以下で思春期の少年ばかり。カワイ子ちゃんを誘いたくなるのも無理はない。
「ワイワイ」「ガヤガヤ」「ムシャムシャ」
「え、えぇ…………」
「あーもうアンタたち、しつこいわよ! その子が困ってるじゃないの!!」
とある女子寮生が叫び、男子諸君の質問攻めが一旦収まる。
その女の子は男共をかき分け、エリンを連れ出した。
「あ、ありがとうございます」
「べ、別に助けようとしたつもりじゃないんだからね。アンタも困ってるなら我慢しないで言っちゃえばいいのよ」
「は、はぁ」
ブラック企業で、ずっと上司に逆らえずにきたエリンには困難なわざだろう。
「アタシはダーシャよ。同じ女の子だし、仲良くしようね」
「よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ。年も近いみたいだし。……一応聞いておくけど、アナタって今いくつ?」
「えっと、17歳ですよ」
「「「年上!?」」」
ダーシャだけでなく、その場にいた寮生全員が驚愕を露わにする。
まさかの新入りが最年長? いや、きっと大柄のネストルは年上のハズだ。あの老け顔は間違いない。顔色悪いし、熊だし。他の2人もだけど……。
「う、ウソ……。てっきりアタシよりも年下だと思ってた」
「俺もだ」
「ソレガシも」
「あっしもでやんす……」
中身は26のお兄さんだよって言ったらどうなるんだろうね。
ダーシャの態度が、急によそよそしいものになる。
「ちなみに、君はいくつなの?」
「じ、16歳……です」
「ハンターとしては私が後輩だと思うから、無理に敬語使わなくてもいいよ」
「いや、アタシもまだハンターになったばかりなんで……」
1~2歳くらいの差なら許容範囲だ。これが13歳に見えるとか言われたら、設定年齢を見直す必要がある。本当の年齢なんて、エリン自身ですら知らない。目覚めた時にはあばら骨が浮かぶくらい瘦せて栄養が足りてなかったみたいだから、余計に幼く見えるんだろう。
それに、女子中学生として振る舞うのはさすがにきつい。
「おーい、できたぜ。ホラ、エリンも食えよ」
「ちょっとネストル。エリン……さんは年上なんだから、もっと言葉に気を付けなさい」
「はあ!? マジで言ってんの?」
この様子だと、ネストルはダーシャと同い年のようだ。
新入りが最年長、確定。ハンター歴は短いけどね。まだ1か月になるかどうか。
さてさて、朝食の準備もできたということなので、早速いただきましょう。この際だ、熊が作ったことには目をつむろうじゃないか。
「あの~。エリンって子いる?」
――エリンがフォークを手にした途端、階段からギルドの職員がやってきた。
「あ、はい。私ですが……」
「あら、アナタね。まだこんなところにいたの。なかなか仕事に来ないからって、依頼先の人から連絡があったのよ」
「え? もうそんな時間ですか。すみません。すぐに向かいます」
エリンはビックリして、フォークを放り投げて出口へ走り出す。
遅刻はご法度。そんな世界にいたエリンは、仕事前でものんきにご飯を食べようなんて発想はない。
温かいスープを横目に、腹の虫だけを連れて駆けた。
♦
夕方、空腹と疲労で消耗しきったエリンは、這うようにして寮へと戻ってきた。
強制依頼の内容は、まさかの建築現場。屋根やら壁やらの修理を終日やらされた。
女の子にそんなことやらせんのかよ、とか思ったところで無駄である。都市部の工事現場は人手不足で、美少女だろうとお構いなし。
この世界の平民は1日2食が当たり前。休憩時間に仕事先のおっちゃんからおやつを少し分けてもらえたけど、そんなの焼け石に水だった。
これで報酬は1,000フォートにも届かない。
エリンがギルドで赤褐色のコインを見た時には、さらなる絶望に襲われた。達成感なんてものは無い。
「あ、お帰りー」
「……ただいま」
寮への階段を降りると、ダーシャが出迎えてくれた。
エリンは今にも消えそうな声で返事をする。
「……お疲れみたいね」
「な、なにか……、食べ物を…………」
「ちょっと待ってて。すぐにご飯作ってあげるから」
ダーシャはエリンの窮状を見かね、厨房に駆け込んだ。
エリンは食事の準備ができるまで、テーブルに突っ伏した。
「はいどうぞ」
「ん。おお……!!」
エリンが顔をあげると、そこには光り輝くポトフがあった。
「いただきます!」と元気よく言い、懐かしいご馳走に喰らいつく。
「ちょっと。ちゃんとよく噛んで食べなさいよね」
こんなに素晴らしい食事はいつ以来だろうかと、エリンは感極まってきた。
ゴーグルを少し前にずらし、袖で中に溜まった涙を拭う。
「ど、どうしたの!? 変な物でも混ざってた?」
「いや。あまりのおいしさに、つい」
「な、泣くほど美味いのか」
「一体フェケテシティでどんなもの食べてたんだ……?」
食堂にいた寮生たちも、エリンの様子をただただ見守っていた。




