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38. 寮Ⅰ

〇前回のまとめ

・嵐の森の中で、魔族のサーモクに追いかけられていた。

・サーモクに雷を落とし、何とか撃退に成功。

・グリーンウッド父子に抱き着かれる羽目になった。

 エリンとグリーンウッド商会一行が到着したのはフェヘールシティ。人々が集う喜びの街である。

 フェケテシティの北東方面に位置するこの街は、交通の要衝としても知られ、様々な人が歩いている。フェケテシティではあまり気にならなかったが、この世界にも色んなタイプの人がいる。この国は多民族社会だということを、今更ながら気付かされる。

 パーヴェルによると、王都に次ぐ活気があるらしい。


 そのパーヴェルたちとは、大きなお店まで行ってお礼のお金もらったら、さっさと別れましたよ。

 相変わらず勧誘がしつこかった。仕舞いには「商会に入ってくれないとお礼を渡さない」なんて言い出した。商家の下働きなどゴメンだと考えていたエリンが、ちょ~っと寒くなるくらいに店の中を冷やしたら、ようやく諦めてくれた。

 報酬は元々6万フォートということだったが、パーヴェルが色を付けて10万フォートにしてくれた。悪い人ではないんだよ。 


 グリーンウッド商会は、日本だと5大商社に匹敵するくらいのグループだった。それこそ、下働きでも就職希望者が殺到するくらい。

 しかし、エリンはそんなことを知らない。パーヴェルは知恵の宝庫であるエリンに、重要なポストを与えることまで考えていた。エリンが下っ端にすぎないと思っていたオーレル(実は頭役)と同列で扱うなんて言ったもんだから、誤解を与えてしまったのだ。




 はてさて、さすがに今日はもう精神的にも身体的にも、どっと疲れが出た。余計な道草など食わずに宿を探す。


(……ホテル、どこ?)


 それなりに規模が大きい街で、しかも初めて来たばかり。もちろんスマートフォンなんて代物はない。そもそもインターネットがない。頼れる人もいない。

 パーヴェルたち? 自分の家に泊めようとしてきたから却下。不安しかないわ、そんなとこ。


 ということで、エリン絶賛迷子中。

 せめてお店とかで教えてはもらえないかと思ったものの、どこも混んでいて、そんな余裕はなさそうだ。


 エリンは「はぁぁぁぁぁ」という長い溜息と共に、肩を落としてトボトボと歩く。


「あ、そうだ!」


 とここで、エリンはフェケテシティのギルドで地図をもらったことを思い出した。心の中で、ギルド職員のイリーナたちに感謝する。

 広げた地図を眺めながら、フムフムと進む。どうにか周囲を観察して得た情報から、地図上の現在地を割り出した。


「あっ!」

「おっと」


 前を見ずに歩いてたもんだから、エリンは向こうから来た通行人とぶつかった。ながら歩きは危険です。

 その人は食材をたくさん抱えており、エリンとぶつかったせいで荷物が地面に散らばった。


「すみません!」

「あ、いえ。こちらこそ不注意で」


 互いに謝罪し、散乱したものを一緒に拾った。

 エリンとぶつかったのは、中高生くらいの少女だった。身長はエリンよりちょっと高いくらいだが、顔にはあどけなさが残っている。


「これで大丈夫ですね」

「こちらからぶつかっておいて拾うのを手伝っていただきありがとうございます」

「いえいえ、私が地図なんか見ながら歩いていたせいで――」

「ジェイラさんっ、こんなところで何をしているんですか!?」


 突然、少女の後方から甲高い声が聞こえた。

 声の主は、鋭い目と一緒に2人の元へやってくる。40代くらいのオバサンで、性格きつそう。継ぎ接ぎだらけの少女と違って、小綺麗な身なりをしている。


「学園長先生…………」

「こんなところでボーっと立ってないで、早く学園に戻りなさいっ」

「す、すみません」

「ちょっと待ってください。これは私のせいなんです。私が前を見ずに歩いていたから……」

「まあ! この子がご迷惑をおかけになったんですね。申し訳ありません。でも、貴女がこんな無様な子をかばう必要なんてないんです」

「無様って。この子が何したっていうんですか?」


 話から教員と生徒のようだが、この様子だと普段から生徒いじめをしているのではないか。前世の学生時代、エリンは教員が嫌いだったということもあって、このオバサンへの反感が強まった。


 オバサンは「貴女には関係ないことです」と小さく言いつつも、そのワケを教えてくれた。


「この子は平民の分際にありながら父親の金に物を言わせて貴族の学校に入ったにもかかわらず、その父親は遠い外国で借金して朽ち果てたのですよ。しかも、その愚かな男は娘に少しの財産も残さずに」

「学園長先生、父は立派な人でした」


 ピシッと乾いた音が響く。


「っ!?」

「黙りなさい! この(わたくし)に口答えとは良い身分ですね。学園に戻ったらお仕置きが必要のようです」


 頬を押さえながら、少女はダイヤモンドみたいな色の瞳を揺らす。

 エリンはなんとか反論しようと思うも、下手なことを言えば余計この子に災いを招くことになるかもしれない。それに、オバサン……学園長の眼光にビビってしまっていた。


(なんか、品のない人だな……)


 外見をどんなに飾っても、他人を見下すが自分は見下されたくないという下賤な心が内から滲み出ている。それに対しこの空色の髪を持つ少女は、服装こそオンボロだが、品格や気高さが溢れている。

 多少のお金は稼げたとしても、このオバサンみたいな歳のとり方はごめん被る。


 その学園長(オバサン)はエリンに一礼し、少女を伴ってその場を後にした。

 なお、エリンが顔を隠し、さらに装備が高級品であることから、学園長はエリンを高貴な人と思い込んでいた。


 エリンはただ立ち去る少女の背を、同情の念と共に見送ることしかできなかった。




   ♦




 エリンはやっとのことでギルドを発見した。

 自分がハンター登録をしたフェケテシティのそれよりも、はるかに建物が大きい。大きな都市なだけあって、利用者も多いのだろう。


 カランコロンというドアベルはない。

 入り口は常時開けっ放しになっているためだ。これも利用者が多いからだろう。


 ハンターギルドは朝方と夕方以降が特に混雑する。その辺は日本の電車やバスと変わらない。

 ただ、ハンターがギルドに来るのはもちろん移動のためではない。探検の前後に立ち寄って、手続きを経るためだ。会社員がタイムカードを押すようなもんかな。


 エリンがフェヘールシティのギルドに入ったのは、まだ夕暮れまで時間がある頃だった。それでも多くのハンターで込み合っている。この時間帯でこの様子だと、ラッシュ時はどうなることやら。


 ロビーは混んではいるものの、幸い窓口の利用者はそこまで多くはなく、あまり待つ必要はなかった。

 ここの受付嬢は、若い女性ばかりだ。エリンを担当したのは40を過ぎていそうだが、それでも婀娜(あだ)っぽい人だった。若い頃とかウェイウェイやってたんだろうな。


「こんにちは。今日はどういったご用件ですか?」

「えっと、この町にはじめてきたのですが、良い宿泊施設とか教えて欲しくて……」


 素顔をさらしていない不審者がやって来たにも関わらず、受付嬢は訝しむ素振りも見せない。これだけ多くのハンターの相手をしていたら、中には変わり者もいるのだろう。


 本当は野盗を突き出して報奨金をもらいたかったのだが、生憎森の中でデビルウルフに献上してしまった。

 あの時は逃げ延びるので精一杯だった。今になってせめて証拠でも残しておけばと後悔。


「宿ですね。ご予算の方はどれくらいでしょうか?」

「そうですね、あまり高くないところでお願いします」


 パーヴェルにもらった金貨を合わせると、エリンの所持金は30万フォートほど。カツカツという状況ではないにしろ、無駄な出費は控えたい。収入は少ないからね。

 受付嬢(……嬢というには年齢的に無理がある)は、傍にある棚から資料を取り出して、「そうですねぇ」とパラパラめくり始めた。


「それでしたら、こちらの宿はいかがでしょうか。朝晩食事付きの個室で、一泊20,000フォートです」

「たっか」


 結構お高いのね。この値段だったら日本でも結構良いとこに泊まれるよ。あれか、今はゴールデンウィークなのか。繁忙期でもない限りアパホテルでも8,000円とかだろ。

 エリンは5~7日くらいのんびりしたら、次の街に向かおうと考えていた。そうなると、宿泊代金だけで手持ちの3割くらいが消えることになる。これは痛い。


「……もうちょっとお手軽なとこってないですかね」

「う~ん。そうなると、かなり質が悪くなってしまうんですよね。女の子にはあまりお勧めできません」

「ちょっとくらいクオリティが悪くても大丈夫ですよ」

「男性ハンターたちと一緒に雑魚寝とか」

「ごめんなさい無理でした」


 フェリーのエコノミークラスがたしか雑魚寝だったな。さすがに抵抗があって結局新幹線にしたけれど。

 こればかりは仕方がない。諦めて高い宿を選ぶしかない。そうエリンが思っていると、受付嬢がある提案をしてきた。


「もしなんでしたら、ギルドの寮に泊まりませんか? ノーマルランクのハンターさんでしたら問題ありませんよ」

「寮…………?」


 受付嬢によると、大規模なギルドの地下には寮があるという。

 駆け出しでランクが低いハンターの中には、その日寝るところにも苦悩する者が多い。そこで、そういったハンターのために寮を設けることにしたという。


 フェケテシティにいた時には、オルティス男爵のおかげで寝床に困ることがなかったため、気にすることもなかった。

 もちろんハンター登録の際に、寮に関する説明もない。どうせエリンを担当した受付嬢のイリーナに言わせれば、「常識」ということになってしまうのだろう。


「ちなみにお値段の方は……」

「こちらは基本的に無料になっています。ご飯はありませんが、厨房があるので、きちんと片付けるならば自由に使っていただいて構いませんよ」


 無料ということなら、これを断る手はない。

 それに、久しぶりに料理をすることもできる。これは結構楽しみ。


「分かりました。お願いします」

「では、ハンターバッジを貸してください」


 言われるがままにバッジを外し、それを渡す。

 受付嬢は笑顔でエリンのバッジを受け取った。しかし、バッジの中から紙切れのような物を取り出すと、しばらくしてその表情が曇った。

 沈んだ声で名前を呼ばれ、エリンは何事かと不安になる。


「エリンさん。アナタ、ノーマルランクなのに10日以上依頼を受けていませんね」

「…………あ」

「ペナルティとして、5,000フォートいただきます」

「んな、なんですとぉ~~~!?」


 ノーマルランクだと、10日目を基準日として1日ごとに1,000フォートずつ加算される。

 もしリラタウンでのんきに濠なんて作ってなければ、なんとか間に合っていた。


 エリンとしては反論したい気持ちは山々だ。でも、ペナルティを回避しようとパーヴェルの護衛をやっていたことを報告したら、今度はもらった報酬の6割が持っていかれる。

 5,000か60,000。言わずもがな前者である。

 エリンは唇を噛みしめながらお金を差し出した。節約しようとしている矢先にこの仕打ちは辛い。


 前世での2万円のディナーを思い出す。道路沿いの路上駐車場に車を停めて800円の中華を食べてきたら、駐車可能時間が19時までだったとかで、警察に1カ月分の食費を徴収された。

 得る物がないのにお金を支払うなんて、富豪でもない限り誰でも嫌なハズだ。


(ぐぬぬぬ。ハンターギルド、金の亡者め…………)





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