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37. 森の番人Ⅱ

〇前回のまとめ

・【リラの森】の前に魔族が立ちはだかっていた。

・エリンは魔族の出してきた問題を解いた。

・魔族がいちゃもんを付けて襲い掛かってきた。

「フハハハハハハハハ!!!」


 森の番人・サーモクが笑い声をあげながら、雨の森を駆ける商隊にどんどん接近してくる。迫りくる死への恐怖に加え、魔族特有なのか、サーモクが放つ不気味なオーラに顔をしかめる。

 今のところは遠距離の攻撃手段がないように見えるのが、せめてもの救いと言えようか。否、獲物を捕まえた後に、残虐な仕打ちをしようと考えている可能性もある。


 オーレルたちが弓を射、エリンも魔法で氷の弾を繰り出すが、効果はほとんどないようだ。独特のセンスが光る衣装の下には頑丈な鎧でも着こんでいるかのように、矢や氷弾は雨粒みたいに弾かれる。

 そこへ、エリンの背後からパーヴェルの部下の1人であるリバノフが叫んだ。


「エリンさん。人伝に聞いたことがあるのですが、森を守りし者は火が苦手のようです。火の魔法は使えませんか?」


 一般的に、複数の属性魔法を操れる者は少ない。ただでさえ、魔法使いがレアなのだ。常識としてそのことを知っているリバノフは、ダメもとで聞いてみた。エリンは彼らの前では氷と土の魔法しか使っていなかったが、わずかな可能性に懸けてみたのであった。

 しかし、エリンはイレギュラーだった。


「〈ガスバーナー〉!!」

「「「おおっ!!!」」」


 エリンが敵へ向けて魔法を放つと、赤い火炎が追跡者へと流れていく。

 それでも、生憎の雨である。ただでさえ火力の低いエリンの魔法は、サーモクの前にはねのけられてしまった。


「フハハハハハ!! この程度の火など、余にすれば蝋燭(ろうそく)にも劣ろう!!!」

「あー、ダメでした……」


 エリンから炎が放たれたとき、サーモクがそれまでとは違う反応を、わずかばかりではあるが示していた。焼け石に水ではあったが、火魔法が苦手という噂は事実だったようだ。


 だが、苦手な炎までもはねのけた様子を見て、最後の希望が潰えたと感じた商隊の面々が、悲嘆の声をもらす。


「あぁ、最早これまでか……」

「この雨が嵐になってアイツを吹き飛ばしてくれないかなぁ……」

「そうなったら俺たちまで飛ばされちまいますよ。雷でも落とされた方がマシってもんです」

(ん、雷?)


 オーレルの言葉にピカンときたエリンは、スケボーを取り出して馬車から飛び降りた。

 それを逃亡と誤認したパーヴェルたちが、責めるような声をあげる。


「ちょっとエリンさん!?」

「お前だけ逃げるのかよっ!」


 エリンはそんな声には聴く耳を持たず、ぐんぐん雨雲へと上昇していく。

 都合の良いことに、サーモクは単身でエリンを追ってきた。森の番人としては、誤答の張本人を直接血祭りにあげたいのかもしれない。

 馬車の方はデビルウルフが追跡している。さすがにデビルウルフまでは空を飛ぶことはできないないみたいだ。


 普段の移動の時よりも、かなりスピードを出している。推定体感速度はマッハ2。

 かなりきつい角度で雨雲へと高速で向かっていくため、頬に当たる雨粒が石のように感じた。まともに呼吸なんてできない。

 ネヴィル特性のゴーグルが無ければ、到底進むことなど叶わなかったであろう。


 後方へ悟られぬように配慮しつつ、雲へと魔力を注ぐイメージで切り札を出すために備える。

 地上の商隊が点くらいにしか見えなくなったあたりで、エリンはサーモクの方に向き直った。しばらく息を止めていたこともあって、大きく息を吸い込んだ。

 そして、ハンターバッグの中から野盗の剣を無造作に取り出し、続けざまに斜め下へと投げた。


「小賢しいマネを」と、サーモクは飛んできた剣を離れた所から軽く弾いた。


 だが、そのあとからエリンが投擲した短剣の存在には気付かず、反応が遅れた。

 顔の前に迫った短剣を、唸ったサーモクが払おうとした時には、すでにエリンの準備は整っていた。

 目を見開くサーモクの様子に、エリンは柔らかな笑みを浮かべる。


「バイバイ」


 エリン、サーモク、雷雲が三角形を作り、轟音と共に稲妻がエリンの対辺を書いた。

 そうしてできた大きな炭は、地面へと勢いを増して向かって行った。


 力一杯に耳を塞いではいたが、やはり至近距離での雷鳴に鼓膜がおかしくなったように感じた。静寂の中で、念のためにエリンは両手で耳を覆って回復魔法をかけておく。

 やがて、雨音が戻ってきた。




   ♦




 地上へと舞い戻り、商隊の馬車へと向かう。

 このまま1人で立ち去ってしまおうかとも考えた。だけど、まだ報酬をもらっていないからそれは諦めた。お金は大事だよ。


 なお、サーモクの遺骸は発見できなかった。

 落下の衝撃で粉々に砕け散ったか、それともまだしぶとく生きていて、どこかへ飛び去ったか。いずれにしても、眼前の危機が去ったことを良しとしよう。


 森は思いの外広く、商隊の位置を探すのには少し手間取った。

 何とか2台の馬車の影を、木々の合間から見つけ出すことができた。


 馬車は停止しており、デビルウルフの姿はなかった。………………いないよね? オッケー、オッケー。

 商隊の人たちが、地面に降りたエリンの姿に気付いて駆け寄ってくる。先頭はオーレルだ。その様子は少し困惑の色が見える。


「おぅ、無事だったか…………」

「まぁ、何とか」

「そのよぉ、さっきは悪かったな。一人だけ逃げようとしているとか怒鳴っちまって……。あれ、俺らのために囮になってくれたんだよな」

「え? あ、ああ。まぁ……」

「エリンさ~ん!」

「お姉ちゃ~ん!」


 そこへ厄介な親子(モンスターファミリー)がやってくる。女児(ゾラ)はまだいい。おっさん(パーヴェル)、アンタはそれ以上近寄るな。

 との願いも虚しく、ゾラはエリンの腰に抱き着き、パーヴェルはその手を取る。


「エリンさぁん。何度も何度もありがとうございました~!」

「お姉ちゃん、大好き!」

「うっ……。いえいえ、どういたじましでぇ~」


 まだそんなに寒い季節でもないし、そこそこ厚いメイルを身に着けているにも関わらず、どういうことか鳥肌が立つ。

 やっぱり先に行けば良かったんじゃね、とも思わなくもない。




 商隊の馬車を追跡していたデビルウルフは、彼らの目前まで迫った時、急に接近を止めて森の奥へと入っていったという。恐らく、主人がやられたことで、その支配下から解放されたのではなかろうか。


 そんでもって、当然パーヴェルたちから森の番人・サーモクをどうやって倒したかを問われるわけで……。


「いやぁ~。当たって砕けるつもりでナイフ投げてみたら、たまたまそこに雷が落ちてくれたんですよ~」

「「「………………」」」


 あくまで自然現象による偶然の産物、ということにしておく。

 雷に関する魔法は、御高名なアドベンチャーズの興味をかき立てるほどのものだった。下手をすれば人口に膾炙(かいしゃ)することになる。面倒事と生みかねない情報を、安易に提供するという愚かなマネは犯さない。

 ネット社会で生きていたせいか、個人情報には敏感だ。


「お姉ちゃん、ラッキーだったね!」

「さすがです。エリンさんは神の(いと)し子に違いありません。神が我々を守ってくださったのです」

「止めてください。神の愛し子とか大袈裟ですよ」


 超越的な存在のおかげにするのは構わないが、おかしな称号とか付けられたくはない。エリンが求めているのは、ただただ金銭のみである。

 現金なヤツだって? いやだなぁ~。人間の9割はそんなもんでしょ。マザー・テレサみたいな立派な人格者なんて、そうそういないし。


 それでも、すでにパーヴェルやオーレルたちに言わせれば、エリンは女神か天使、あるいはそれに相当する存在となっていた。


「エリンさん、三度(みたび)も助けていただいた御恩は一生忘れません。どうか我がグリーンウッド商会に来てください」

「おぅ、そりゃいいぜ!」

「お姉ちゃん、ずっと一緒だよ!」

「えぇ……」


 すごい矛盾。当人を置いてけ堀にして、内輪だけで盛り上がっている。恩返しがしたいのか、それとも一生縛り付けたいのか。多分と言わずとも後者だな。お礼も過ぎれば刑となる。

 そうか、コイツらはこうやって商品を売りつけてきたのか(偏見)。なんという悪徳商法。

 ならば、こちらとしては「ノー」の一点張りだ。


「あ、いや、私はちょっとやることがありますので……」

「それでしたら、是非とも私共にお手伝いをさせてください!」


 もちろんエリンにやることなんてものは無い。強いて言えば、全国各地の旅行だろうか。

 はっきりと物を言いきれない日本人の性質か、エリンはやんわりとお断りしたつもりだが、このおっさんは理解できなかったらしい。

 アンタ、お金なかったら絶対モテないでしょ…………。あ、お金があれば、そんなことは些細なことか。クソヤロウ。羨ましい。


「いえいえ、誰かに頼るわけにもいかないので……」

「そんなことおっしゃらず、是非――」

「旦那様、あまりご無理をおっしゃると、エリンさんがお困りですよ。」

「いやしかし――」

「もしエリンさんを怒らせたら、旦那様が雷様の(にえ)にされるかもしれませんよ」

「むぅ~。仕方ありませんね」


 そこへリバノフが助け舟を出してくれた。何やら不吉なことを囁いて。




 大きな森を抜けると、次の街はもう目の前だ。

 確かに、森を通らずに回り道をしていたら、かなり無駄な時間を費やしただろう。死にかけたけど何とか助かったわけだし、結果オーライかな。


 いつしか雨も上がり、空は済んだ色に輝いていた。





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