36. 森の番人Ⅰ
〇前回のまとめ
・なんとか野盗を鎮圧した。
・町の防衛のために尽力した。
・町長から不合理な請求をされたがどうにか躱した。
今日も今日とて相も変わらず、エリンは馬車の中でパーヴェル&ゾラ親子の世話係を担っていた。
日中は親父、夜は娘のお守と、心休まる時間は少ない。それでも理不尽に怒鳴られることがないだけ、十分ホワイトな職場だと言える。
それに、もうちょっと我慢すれば自由とお金をゲットできる。
確かに、想定外のハプニングで1日当たりの金額は下がった。それでも寝食はタダだった上に、野盗を突き出せばそれなりに報酬ももらえるだろう。
エリンの心は満足だった。
「――フェケテシティではマジェンという面白いものを見つけた上に、こうしてエリンさんからは素晴らしいアイデアを頂けました。街に戻ってからの仕事が楽しみです」
「……マジェン?」
どこかで聞いたことあるよ、そのワード。
「はい。何でも道具屋の男が考えた遊戯でして、そのマジェンというものを独占販売する権利を買うことができたのです」
(それって、麻雀のことだよね。何他人の手柄横取りしてるのさ。あのハゲェェェ……)
エリンは叫びたくなるのを抑え、冷静さを意識して尋ねてみた。
「ちなみに、いくらで買ったんですか?」
「500万フォートですよ」
「…………今、何と?」
一瞬我が耳を疑い、再度問うた。
金貨が500枚!? 今度こそ泣き叫んでしまいそう。
「500万フォートです。まあ、これから得られる利益を考えると、随分と安いものです。貴族様なら高値でもお買い上げになるでしょう」
この世界の庶民が、1カ月休みなく働いて得られるのがだいたい15万フォートくらいだ。
彼らが2、3年ほど働いてやっと稼ぐ金銭を、道具職人のネヴィルは一瞬で手にしたことになる。
しかも、他人の功績を自分の物にすることによって。
実際には、ネヴィルが仲間たちと共に毎日麻雀に興じていると、いつの間にか彼が考案者ということになっていただけなのだが、エリンにとっては関係ない。
エリンの心の中は不満でいっぱいになった。
(どうせもう、とっくに使い果たしているんだろうな……)
その通り。1日当たり金貨数十枚のペースで、ネヴィルはお金を賭け事につぎ込んでいた。
ギャンブル中毒って怖い。
ただ、エリンがこの世界に麻雀を持ち込んだことを証明するものなど何もない。
安易に前世の物を持ち出すべきではなかったと、自らの行いを後悔するのだった。
「旦那様、もうすぐあの森がありますけどどうしますか?」
「あぁ、もうそんなところまで来たか。ふむぅ……」
エリンが渋面を作っていると、馬車の外から御者が声をかけてきた。
悩んでいる様子のパーヴェルに、エリンはそのワケを問う。
「森って言ってましたけど、そこって何かあるんですか?」
「ええ。この先フェへールシティに行くために【リラの森】を抜けるのですが、そこは時々魔族がいるようなのです。それで、その森を通るべきかどうかと……」
「別に、その森を絶対通らないといけないということではないんですね?」
「それはそうですが……」
「通らなくてもいいけど、2日分長くなるぜ」
「行きましょう」
外から聞こえたオーレルの言葉に、エリンは即答した。
地図を見るところ、リラタウンからフェヒールシティまでは最短で2日。森を通らずに行こうとすると、4日かかる。
ただでさえ早くこの父子から解放されたいのだ。迷う必要などない。何かトラブルが起こったとしても、自分の魔法で何とかしてみようじゃないか。そう安易にエリンは考えていた。急がば突っ走れ。
「いやですが――」
「エリンさんがそうおっしゃるのでしたら、そうしましょう」
「旦那様!? もし魔族がいたら、余りにも危険です」
「リバノフ。私たちはすでに予定を大幅に遅れている。少しでも急がなければならない」
反対する者もいたが、主の鶴の一声によって一行はショートカットすることになった。
どの口が言うねん、と心の奥でこぼす者もいたとか。
♦
三叉路を左に進んでしばらくすると、【リラの森】の入り口が見えてくる。あの森を抜けると、次の街はもう目の前だ。
そして【リラの森】の前には、巨大な影があった。
「旦那様、いやがりますぜ……」
オーレルの言葉を聞いてエリンが馬車から頭を出すと、“魔族”と思わしき人型の生物が雨の中佇んでいた。それは、森の番人のように行く手を塞いでいる。
黒い衣装は髪と肌の白さを際立たせ、淡い光を放っているようにすら見える。身の丈は優に2メートルは超えている。
森の番人は赤い目で商隊一行を睨み、牙を覗かせながら話しかけてきた。
「汝ら、余が守りしこの森を通らんとする者か」
「はい。我々は貴方やこの森に害をなすつもりはございません。どうか通していただけないでしょうか」
お昼寝しているゾラを置いたまま馬車から降りたパーヴェルが、先頭に立って森の番人に頭を下げ、他の者たちもそれに倣う。エリンも取引先と思ってお辞儀をした。
「ならぬ。今すぐここから引き返すがよい」
答えはノーだった。だけど、ここで「はい、そうですか」と引き下がるわけにもいかない。
「そこをどうにか、お許しいただけないでしょうか」
パーヴェルが再度頭を下げ、森の番人は考える素振りをした。
エリンはふと襲われるかもしれないという懸念がこみあげ、いつそうなってもいいように心の準備をする。
「そこの者、魔力を抑えよ。今の余は戦う気分ではない」
「……!?」
無意識のうちに魔力を放出していたことと、それを気付かれたことに驚きつつも、エリンは落ち着きを取り戻すよう努めた。“今は”ということは、そのうち気が変わるということも否定できない。
エリンは恐る恐る、森の番人に尋ねてみた。
「どうしたら通してもらいますか?」
「うむ。今の余は気分が良い。特別に、余の出す問題に答えられたら考えてやらんこともない」
そう言って森の番人が片手をあげると、森の中から黒い生き物が何匹か飛び出してきた。
犬のような生き物が出てきたことで、エリンは思わず跳び下がる。
「安心するがいい。余が指示しない限り、汝らを襲いはしない」
(安心できない言い方ですね……)
エリンは何か言いたくなる気持ちを抑え、平静を装う。
黒色で大型犬っぽい動物は全部で5匹おり、森の番人の前で一列に並んだ。
「それでは問題だ」
いよいよ出題されるということで、エリンは息を吞む。
正直、他の連中はあまりアテにならないので、自分の頭だけが頼りだ。
「魔の棲む森を守りしサーモクは、たくさんのデビルウルフを飼っていた。
ある日、エッジ、ハーロム、ネージ、エト、ケッテーというデビルウルフ5匹が戦った結果、それぞれの言う通りになった。ただし、その中に1匹だけ嘘つきがいる。
5匹の中から、今最も強い者を倒せ」
森の番人がそう言うと、5匹いるデビルウルフのうち4匹が順に話した。
デビルウルフが人の言葉を話すことに、驚く余裕も無い。
エッジ「私は、ネージより強く、エトより弱い」
ハーロム「私は、エッジより強く、ネージより弱い」
ネージ「私は、エトより強く、ケッテーより弱い」
エト「私は、エッジより強く、ハーロムより弱い」
日本の小学校入試にでもありそうな問題だ。
これならどうにかなりそうだと、エリンは一人胸をなでおろす。ただ、そう思っているのはエリンだけのようで、他の人たちは青白くなっている。
「さあ、答えるがよい。もし間違えればこの子たちのエサになってもらおう」
「くっ、ワケが分からない……」
「あぁ、お母様……」
「やっぱり回り道するべきだったんだ……」
皆が絶望な色を浮かべているのが滑稽に見えてくる。
「なぁエリン、俺どうしたらいいか分かんねぇよぉ」
オーレルの必死の表情には笑いを誘われた。芸人も顔負けの顔芸だ。
エリンが吹き出すと、さすがに他の人たちも非難の目を向けてくる。
「おい、お前何笑ってやがる。今どうゆー状況か分かってんのか!?」
「あー、はいはい。ごめんなさいね。あまりにも可笑しかったもんだから」
これ以上遊ぶのは後々の気まずさを生むだけになりそうなので、さっさと終わらせよう。
「どれが答えなんだ?」
「エトじゃないか? なんか強そうだぞ」
「いや、ネージかもしれないぞ。毛並みが綺麗だ」
放っておいたら勝手に間違った回答をされそうなので、ふざける余裕もなさそうだ。
(落ち着いて考えれば分かるんだろうけど、魔族って存在に恐怖を感じてるんだろうな)
やり方さえわかれば、後は単純作業だ。とりあえず、全員正しいと仮定して矛盾を探す。
エッジ(a):エト > エッジ > ネージ
ハーロム(b):ネージ > ハーロム > エッジ
ネージ(c):ケッテー > ネージ > エト
エト(d):ハーロム > エト > エッジ
正しくないのはこの中の一つ。他3つは正しい。
a「エッジ、ネージ」、b「ネージ、エッジ」から、このどちらかが間違っていると分かる。
さらに、a「エト、ネージ」、c「ネージ、エト」も両立しない。
間違っているのは1つだけなのに、aが正しいと、b、cが間違っていることになる。
ということで、ウソツキはa。
そして、b~dの内容を基に順番を並べると、
ケッテー > ネージ > ハーロム > エト > エッジ
と、このような順位が決まる。
「ということで、答えは「ケッテー」です!」
得意満面で答えるエリン。
そしてパーヴェルがオーレルに指示を出すと、オーレルは「よっしゃあ」と叫んで、右から2番目のデビルウルフを切り捨てた。
「はい。これで通ってもいいですよね」
「………………」
森の番人・サーモクは、黙ったままエリンを見下ろしている。
エリンが首をかしげると、サーモクはやがて笑い始めた。
「ハハハハハ、ハーハッハッハッハ!」
「え、何々? 気持ち悪っ」
笑いがおさまったサーモクは再びエリンの方に目をやり、話してきた。
「昨日まではそうだった。だが、今朝再び戦って結果が変わったのだ。強いのはハーロムだ」
「いやいや、問題文にはありませんけど」
「フン。ちゃんと“今最も強い”とあっただろう。そこを見落としたのは汝の過ちだ」
「そんなん分かるワケないでしょ」
「テメェ卑怯だぞ!」
「黙れぇ! ここでは余がルールだ。さぁ、大人しくコイツらのエサになってもらおうか!」
オーレルに切られたはずのデビルウルフが、元の姿で立ち上がった。
そして、残ったデビルウルフたちと一緒に唸り始めたので、エリンは先手必勝とばかりに1人と5匹を凍らせる。
「今のうちに!」
エリンの声と共に、皆馬車に飛び乗って馬を走らせた。
だが、氷像の横を通り過ぎるとほぼ同時に、サーモクたちを覆っていた氷が割れた。
「ああっ!」
「フハハハハハ! この程度で余を倒せるとでも思ったか!」
サーモクは浮かび上がり、商隊を追いかけてきた。
多くの荷物と複数の人間を積んだ馬車のスピードはたかが知れており、追跡者には到底敵いそうもない。
ちょっとでも加速しようと野盗をつなぐロープを切り捨てたが、雀の涙ほども変わらないように感じる。彼らは、サーモクの前を駆けるデビルウルフによって食いちぎられてしまった。
無残な光景を見せないよう、パーヴェルが娘の頭を抱えている。
エリンたちも直にあの野盗たちのようになるのだろう。
(万事休す…………!?)




