35. 子煩悩な商人Ⅳ
〇前回のまとめ
・野盗を魔法で眠らせた。
・野盗の目的はグリーンウッド商会の荷物で、町が火の海に包まれていた。
・エリンは騒ぎを鎮めるために尽力した。
「………………っ! ………………っ!」
「……ん?」
何者かが、エリンを穏やかな眠りから現実に引き戻そうとしている。
「……………ちゃん! おきて!」
「ん? …………んーー!」
目を開くとパッチリお目目の女児の顔。もちろんゾラである。エリンが気を失っている間にゴーグルを奪っており、ゾラは自分の顔にそれを当てている。サイズが合わず、顔の横を両手で抑えている状態だが。
夜間に町の上空を飛び回っていたはずだが、すでに陽は高くなっている。あれからどのくらい経ったのだろうか。
寝ころんだまま、まずはゾラからゴーグルを回収する。それから体を起こし、周囲の様子を確認しようとした。不満げな稚児は無視。
「まぁ、まずは……って。えぇーーー!?」
そんなエリンの目に飛び込んできたのは、氷だった。
氷、氷、氷……。見渡す限り氷の塊だらけ。
よく見ると、家や人がその中にあるのが分かる。
(えー……。ひょっとしてこれやったのって、ひょっとしなくても私ですよね……)
深夜の混乱にイライラしたところまでは覚えていたが、そこから先は自分でもよく分かっていない。
ただ、自分の魔法の性能からして、せいぜい凍傷になる人はいたとしても、死者は出ていないだろうと楽観的に考えていた。
「ねーねーお姉ちゃん、お腹すいたー」
「あーうん、そうだね。ご飯食べようか」
考え込んでいるところに袖を引っ張られ、子供をなだめてから復興作業に取り掛かればいいや、という安直な発想に至った。
ハンターバッグの中から食器などの必要な道具を取り出し、カットした肉を火魔法で加熱する。何のお肉かというと、もちろんシュトゥルーツである。
おいしいよ。おいしいんだよ。でもかなりの頻度で食べていると、さすがに飽きてくる。せめて味付けくらいは変化が欲しいところだ。
食事中、ゾラに自分が気を失っている間のことについて聞き出そうとしたが、如何せんゾラの方もずっと眠っていたらしく、めぼしい情報は得られなかった。
「さて、ボチボチ始めますか」
休憩もほどほどに、町を元に戻すべく立ち上がる。
エリンたちが食事をしたところからそう離れていないところに、見覚えのある形の氷像があった。グリーンウッド商会の従業員の一人であるオーレルだ。台所で料理でもしていそうなポーズになっている。
「…………これは後でいっか」
「…………っ! …………っ!」
エリンがゾラの手を引いてその場を去ろうとすると、氷像が動いた気がした。
一旦足を止めてもう一度そちらを見てみる。
「…………」
「あ、お目目動いたー!」
氷漬けにされて身動きは取れなくとも、意識はあるようだ。氷の塊は僅かだが揺れている。
オーレルは目だけで何かを伝えようとするが、残念ながら以心伝心とはいかない。心を読める魔法があれば便利なんだろうけど。
「え? 何だってー?」
「…………っ! …………っ!」
「お姉ちゃん、出してあげたら?」
折角この状態を楽しもうと目論んだが、意外にも幼児は真面目だった。きっと中にいるのがエリンだったら、また違う結果になっていたかもしれない。
「そうだね。じゃあ、思いっきり燃やしてみようか」
「…………っ! …………っ!」
そう言って口元に笑みを浮かべながら、左手の上に自分の顔と同じくらい大きな火の玉を出してみた。
氷像が小刻みに揺れている。
・
・
・
「お前、余計なことしてないでさっさと助けろよ」
「あ゛? お礼どころか開口一番文句とはいい度胸だな。もっかい閉じ込めたろか?」
「コノタビハドウモアリガトウゴザイマシタ」
「よろしい」
「………………」
それ以上オーレルをいじるのはお預けにして、エリンは彼に昨夜の出来事について尋ねた。
「いやな、俺もよく分かんねーんだけど、急に向こうからピカって光ったと思ったら、あーなってたんだよ」
「うん。アンタに聞いた私がバカだった」
「うぉおい、ちょっと待てよ。てか、これってエリンがやったんじゃねーのか?」
「知らん知らん知ら~ん」
「しゃんしゃんしゃ~ん」
ゾラがエリンの口調を真似してくる。もしかしなくとも犯人はコイツです。
(でも証拠がないよね? 疑わしきは罰せずだよ)
はてさて、一遍に町全体を温めてしまうと、また野盗どもが暴れ出すかもしれない。
ということなので、先にオーレルと手分けして野盗の氷像を一カ所に集め、土魔法でその下に大穴を作って閉じ込めた。
時々氷の中の人たちと目が合ったけど、心を鬼にして(笑)無視した。目先のことにとらわれると、かえって効率が悪くなるもんだよ。
「じゃあ、やりますか!」
ハワイやグアムあたりの常夏のリゾートを思い浮かべ、町全体を熱で包み込む。
じわじわと氷が解け始め、やがて町と人々は復活した。あちこちから歓喜の声が聞こえてくる。
「あぢぃ~」
以前、真冬の沖縄の海で泳ぐロシア人をテレビで観たけど、凍える場所から一気に温室に移されると、普通よりも余計に暑く感じるもんだ。
ずっと氷になってた人たちはいいかもしれないけど、そうじゃない3人は汗だくになってしまった。
何はともあれ、野盗事件は一件落着である。
♦
――――なんて思っていませんか。
そうは問屋が卸さない。
野盗につけられた爪痕ははっきりと残っているし、これからもこういうことが起きたときのために、野盗対策を講じなければならない。
「ま、それは私の仕事じゃないし~」
「あぁ、エリンさん。こんなところにいましたか」
エリンが1人で町を散歩しているところに、パーヴェルが声をかけてきた。
その後ろには白髪のお爺さんがいる。
「どうしましたか?」
「えぇ。私ではなく、こちらの町長さんがエリンさんにお話があると」
白髪さん、どうやら町長だったらしい。あまり威厳は感じない。
もしかしなくとも野盗退治のお礼の件ですよね、とエリンは心を弾ませる。
「お前が町を凍らせたハンターか?」
「あーはい。多分そうです」
「そうですか」
“野盗”ではなく、“凍らせた”という物言いに引っかかりを感じるものの、素直に応じる。
それほど背は高くない町長だが、自分よりも小柄なエリンを見下ろしながら、少し間を置いて口を開いた。
「リラタウンの町長として、お前に今回の町の被害について賠償を請求する」
「……………………は?」
エリンは我が耳を疑い、思わず美少女が台無しの間抜け面を作ってしまった。パーヴェルはすでにこの話を聞いていたのかいないのか、どこか神妙そうな表情だ。
町長は、眉ひとつ動かすことなくエリンを見据える。
「お前のせいで多くの町民は体調を崩し、町中の建物は傷ついた。この責任を取ってもらいたい」
「いやいやいや。私としてはお礼されることはあっても、非難される筋合いはないと思っているのですが」
さすがに無理なことを言っていると自分でも理解しているのか、はたまた口答えしたエリンに苛立ったのかは存じ上げないが、町長の眉間の皺がさらに深いものになる。
若いハンターから損害賠償を請求したところで、どうせ回収できないんじゃないかと思う方もいいるかもしれない。
だが、もし町長の請求が認められると、エリンは金融機関から借金してでも履行しなければいけなくなる。それがこの世界でのルールだった。
んでもって、その金融機関に借金を返済できなくなると、債務者は奴隷にされたり、女性だと娼館送りにされたりする。
自己破産なんていう免責制度はない。
「私があーしなければ、もっと被害は拡大していましたよ。あれ以上に建物は破壊されてたし、死者だって増えてたでしょうに。
それに、賠償を請求したいなら野盗に直接すればいいじゃないですか! 諸悪の根源はアイツらですよ!」
「お前が余計なことをしなくとも、町の連中で解決できていたっ」
「はぁ!? だいたい――」
「まぁまぁ、お2人とも落ち着いて」
そこで傍観していたパーヴェルが間に割って入る。
パーヴェルとしても、恩人であるエリンが借金地獄に苦しむことは看過できない。
「町の復興費用につきましては、全てとはいきませんが、我がグリーンウッド商会の方でも負担させていただきます。そもそも野盗も私たちを狙っていたのかもしれませんし。エリンさんもできる限りの協力をするということで治めませんか?」
「……ふむ、それは結構ですな」
「…………」
良い和解案を出してくれるかと期待したが、この世界の事情を知らないエリンとしてはどうも腑に落ちない。
ただ、ここにエリンが知る日本の法律はない。民法があれば、賠償責任を負うのは犯罪者のみとなるはずだが、この世界の法がそれと同じとは限らない。その場しのぎでも、相手に攻撃の矛先を背けさせる方が得策であるように思われた。
そもそも、一番の被害者はこの町の人々なのだ。町長が始めから素直に復旧作業を手伝ってくれと頭を下げてきたら、エリンだってそれなりに手を貸すつもりだった。
責任転嫁しようとするから話がややこしくなるのだ。老害め。
「エリンさん、いかがでしょうか?」
ゾラがいなければまともになるパーヴェルが、エリンに問いかけてきた。エリンは反論したところで期待はできないと、諦め半分に応じることに。
日本の裁判だって、何年もかかることもしょっちゅうだ。エリンも、そんなにこの白髪とにらみ合いをしたいなど思うはずもない。時には妥協だって必要だ。
「…………納得はできてないけど、仕方ないですね。
そう言えば、なんでこの町ってフェケみたいに城壁がないんですか? それがあったらもうちょっとマシになってたと思いますよ」
リラタウンは、平野の中にポツンとある小さな町だ。町の周りは辺り一面花畑ばかりで、城壁はおろか、柵すらない。これだと、野盗でないにしろ、モンスターの被害に遭うのではないかと不思議に思った。
すると、パーヴェルがエリンの疑問に答えてくれた。
「それは、リラタウンには花畑があるからですよ」
「花畑?」
「はい。ここの花畑には、モンスターを落ち着かせる効果があるのです。リラタウンのなかでしか効果を発揮しないので、人々からは花神に守られていると言われています。そのおかげで、城壁がなくとも町は安全だったんです」
「でも、野盗が来ましたよね」
「それは、まぁ、今まで野盗が襲うことも滅多に無かったようですから」
リラタウンの先にあるフェケテシティは、貴族にとっては流刑地として扱われている。
そのような街に金品を多く持った者が行き来することは少なく、野盗たちもあまり目を付けて来なかったのであった。
リラタウンの人々には、この町に危険は来ないという不確かな安心感があり、そのせいで対策が疎かにされていた。
「フン、城壁なんか作ったら町の景観が台無しだ」
町長によると、別の要因も大きいようだった。
これにはパーヴェルも呆れ顔になる。
「……ハァ、それで安全が後回しになったら元も子もないですよ」
「うぐっ」
町のトップとしての責任も問われるところだ。日本ならマスコミが大騒ぎしてるよ。正義ごっこしたがる連中からはネットで袋叩き。良かったね、ここがSNSのない世界で。
「エリンさん、何か良い手はないでしょうか?」
「いや、そんなこと言われましても……。う~ん」
パーヴェルに意見を求められ、母国にヒントがないか頭を回す。
(日本の城とかはどうなっている? 人は城、人は石垣、人は堀……って、違う違う。……いや違わない)
「堀でも作ったらいいんじゃないですか?」
「それですよ、エリンさん!」
「しかし、関係ない町民まで落ちる危険が……」
顔を輝かせるパーヴェルに対して、町長は抵抗があるみたいだ。
「そこは柵を設置するしかないですよ。ちょっとは妥協しないと」
「結局そうなるか……」
その後、エリンが土魔法を駆使してリラタウンの周囲に堀を設け、さらに柵を作った。道を繋ぐところには桁橋を乗っける。
町民は自分たちの復旧作業に付きっきりだったので、柵作りを手伝ってくれたのはオーレルくらいだった。捕まえた野盗もあの手この手で働かせたので、多少はマシになったが。
野盗たちはろくに休む時間を与えずに働かされ、仕事が終わる頃には魂が抜けたようになっていたという。彼らは最初の2,3日こそ抵抗しようとしたが、気付けばエリンに従順な犬になっていたとか。
結局、さらに10日ほどこの町に滞在する羽目になった。
食糧はほとんど焼失してしまったため、ろくなものを食べられなかった。
「エリンさん、ぜひまたリラタウンにお越しください」
「ハハハ、善処します」
去り際には多くの町民から見送られた。すでにエリンは、町の窮地を救った英雄である。町長なんか、打って変わったように満面の笑みだ。
しかしエリンは、心の中で二度と来るもんかと考えていた。




