34. 子煩悩な商人Ⅲ
〇前回のまとめ
・道中、パーヴェルとビジネストーク。
・【リラタウン】に到着した。
・夜、町が野盗の襲撃に遭った。
「くっさ!」
牛糞のせいか、そのものの体臭のせいか、どうして牛小屋というものはこんなに臭いんだろう。ゴーグルじゃなくてガスマスクにするのもありだったかもね、なんて考えたりする。
だが、臭いとは言ったものの鼻をつまむほどではない。それに、前世で勤めていた会社のトイレよりはマシだ。掃除すれば幾分マシになったんだろうけど、仕事に追われたブラック企業社員には、そんな余裕も無かった。
「ヒイィィィ!」
不意に、一頭の牛がエリンの方に顔を突き出してきた。柵への衝突音で過剰にビビってしまうエリン。
柵は木の棒が一本据えられているだけで、なんとも心細い。抱えていたスケボーを持つ手に力がこもる。
反対側に逃げようと思っても、通行路の両サイドに牛のスペースがあるため、逃げた先にも牛の顔がある。前門のトラ後門のオオカミならぬ、前門のウシ後門のウシという状況だ。
(いっそ外から見えないように壁で仕切ってほしいよ)
そうなったら監獄である。部外者のビビりのせいで仕事がやり辛くなったら、農家の人もやってられない。
「君たちはよくこんなとこにいて平気だね」
「うっせー! テメェが俺たちを押し込んだんだろーが!!」
その牛小屋の隅に、捕まった野盗たちが繋がれていた。夜中だというのに、皆元気いっぱいに起きている。
“夜盗“だから昼夜逆転しているのか。いかんねぇ、早寝早起きは大事だよ。まぁ、ブラック企業時代は遅寝早起きだったけど。
「フンッ。どうやら俺たちの仲間が助けに来たみてーだな。この町も終わりだぜ」
「テメェにも俺たちをこんなにしてくれたお礼をたっぷりとしてやんないとなぁ」
野盗どもが下品な笑い声をあげた。牛小屋の臭いより、コイツらの口臭の方が酷い。ドブとかヘドロでも食べてるのでは、と思うほどの悪臭だ。
そんな彼らを前に、エリンはバッグから剣を取り出した。
「そうだね。じゃあ、やられる前にやっちゃおうかな☆」
「お、おい。アイツ、マジじゃねぇか……?」
「やめろよ……な、な?」
エリンがにっこりと笑顔を向けると、野盗どもは青菜に塩のように、勢いを失った。所詮この少女には人を殺すことなんてできない。そう侮っていた。
それなのに彼らの予想を裏切って、少女は黒いガラスの奥から、禍々しさにあふれた眼をこちらに向けてくるではないか。
「おーい! 俺たちはここだー!! 早く来てくれー!」
「うっさい。〈スリープ〉」
野盗の一人が、牛小屋の外に向かって叫んだが、エリンが催眠魔法を発動させた。野盗どもはほぼ全員が眠りに落ちてしまい、皆その場に倒れこんだ。
エリンも強烈な睡魔に襲われ、つい膝をつく。強い意志がないと、発動者自身までも眠りそうになってしまう。眠らなかった盗賊は、スケボーで思い切り殴ったら気絶してくれた。
(相変わらず、欠陥だらけの魔法使いだな……)
スケボーに付着した汚れを拭き取りながら自嘲していると、後方から物音がした。
「親分、助けに来たぜ……って、な!? お、親分!?」
「まさかアイツ……!?」
「…………おい、よく見ろ。眠らされてるだけみてーだぞ」
振り返ると野盗が数名。エリンに眠らされたばかりの仲間を助けに来たらしく、皆武器を構えている。
エリンが小さく舌打ちしていると、その中の1人が話しかけてきた。
「なあ嬢ちゃん。良ければ俺たちの仲間を返してくれねーかな? 大人しく言うことを聞いてくれるなら、俺たちだって変なマネはしねーさ」
そいつの「変なマネ」という言葉に、残りのメンバーが気色悪い笑みを浮かべる。唾を吐き捨てたくなるのを堪え、エリンは答える。
「何言ってるの? コイツらが私の前に太刀打ちできずにやられたのを見てなかったの?」
「ケッ? 確かにそーだな。ただアレはいきなり魔法使われたから、ちょっとばっかし驚いただけだ。それに嬢ちゃん。アンタ、人殺せねーだろ?」
その言葉に、エリンの眉がピクリと反応する。
野盗がそう言うのも当然だろう。拘束されている野盗たちに、大きな怪我は見当たらない。ところどころ擦り傷が見られるが、それらはほとんど商隊の人々が馬車で引きずり回したせいだ。実際、エリンの生み出した氷壁が直撃したといったものの、せいぜいたらい落とし程度のダメージしかなかった。
さらにエリンの外見からしても、到底残虐なことはできそうにもないと思うのも妥当と言えよう。
ところが、エリンは口元に薄っすらと笑みを浮かべて呟いた。
「そりゃね、ただ殺すだけじゃつまんないよ」
「「「…………!?」」」
エリンは縛られたままうつ伏せになっている野盗の親玉を蹴って仰向けにした。そして、彼の顔まで念力で汚物を運んだ。
親玉は、悪夢でも見ているかのようにうなされ始めた。
「う、うぅ……。うあぁぁぁぁ!!!」
突如、絶叫と共に親玉が眠りから連れ戻された。まあ、それほど強烈なんでしょ、牛糞は。その様子を、エリンは黙ったまま見下ろしている。
死を賜るよりもむごい目に遭わされた親玉を目の当たりにし、駆けつけた野盗たちも、汚物を見るような目で(実際に汚いが)見ている。清潔とは程遠い彼らでさえも、これには顔をしかめる。
「フン、そもそも捕まる方が間抜けなんだよ」
「そーだ! どうせ憲兵に突き出されても地獄、クソまみれになるのも地獄。ならせめて、悪足搔きくらいやらせてもらうぜ!」
「「「おお!!!」」」
(あれれ~?)
エリンは某少年探偵ばりに小首をかしげる。
ちょっとでも怯んでくれないかな、なんて期待したけど、むしろ開き直る機会を与えてしまったらしい。
結果として、野盗たちに覚悟を決めさせることとなってしまった。背水の陣、精鋭となった野盗たちがエリンに剣をむけて迫ってくる。
「いけー、……うわっ!?」
「ぎゃっ!」
「あぷぅ!」
「ほうぇ!」
ツルンっと、野盗たちが尻もちをつく。
それを見て、エリンは思わず吹き出してしまう。
「プッ」
「くそっ、なんなんだ!?」
「足元が……、一体どうなってやがる!?」
野盗どもは起き上がろうと試みるも、その度に転倒を繰り返している。あまりのおかしさに、エリンは腹を抱えて笑い転げてしまった。
エリンは魔法を使って、野盗たちがスリップしやすくなるように彼らの周辺の地面を凍結させていたのだ。
「ハハハハハ! あー、面白い」
「おい、テメェ、元に戻しやがれっ!」
「そんなことするワケないじゃーん」
「くっそー!」
やけくそになった野盗どもが、座り込んだまま武器を投げつけてくる。だがそれも、エリンの氷壁に阻まれて地面に落ちる。
「はい、没収ね」
念力を用いて野盗の武器を取り上げ、自身のハンターバッグへ回収する。そして、抵抗手段を奪われた野盗たちに、氷の手錠と足枷をつけて身動きを封じた。
あとは念力を駆使し、牛の枕にして完成。動物が苦手なエリンからすれば、どんな拷問よりも辛い罰だ。
「これでいっか」
「フフフ……、ハハハハハ!!」
「え、何? 気持ち悪っ」
急に野盗の一人が笑い声をあげてきた。強制的に牛と接触させられて、メンタルがおかしくなったかと思い振り返ってみると、他の連中もしてやったりという顔をしている。
(なぜだ……? どうしてコイツらは平気なんだ……!?)
動物と触れて発狂するのはエリンくらいなものだろう。普段から自然の中で身を潜めている彼らからすれば、動物との触れ合いくらいで動じることはない。
「オメェよぉ、こんなとこで俺たちの相手なんかしてていーのかよ」
「…………何が言いたいのかな?」
「俺たちの目的はよォ、親玉たちを助けることなんかじゃねーんだよ」
「………………」
「オメェがここでちんたらしている間に、町やお仲間さんたちは大変なことになって……うぐぅ!」
彼らの本当の狙いはグリーンウッド商会の荷物であった。昨夜取り逃がした分を頂戴すべく、滞在しているであろうこの町にやって来たのだ。始めから捕まった仲間を救う気などハナからなかった。そして、今凍えている彼らは、厄介な魔法使いの足止めを担おうとしていたのだ。
エリンは低俗な犯罪者の分際で自分を出し抜こうとしたことに腹が立ち、その場から野盗の顔を牛の尻に突っ込んだ。目を覚ました牛が、プライベート空間の侵入者に狙いを定める。
「ギャアァァァァァァ!!」
踏みつけを喰らった野盗の叫びを背に、スケボーに飛び乗って牛小屋を抜け出した。
♦
「うわぁ、こりゃヒドイ…………」
町のあちこちから炎が立ち昇っていた。
この町、リラタウンの名物である花畑は踏み荒らされ、残っている花も炎の餌食となっている。
「とりあえず消火しないと。えっと、雨で洗い流す感じで…………。うん、〈ゲリラ豪雨〉!!」
エリンが叫ぶと、小さな町の大部分に水が降り注いだ。これで火の回りは遅くなり、鎮火も進むだろう。
火が強いところには、局所的に水魔法を使って消火しながら進んでいく。
ついでに見かけた野盗も弾き飛ばす。
「うえーん! パパー!!」
「うるせぇ! こんガキャ、大人しくしやがれ!」
ふと下を見ると、野盗の一人に押さえつけられたゾラを発見した。人質要員か奴隷とするためか、怪我はさせられていないみたいだ。
水魔法でさっきと同じように弾き飛ばし、目の端に湖を作っているゾラを抱えた。
「よっと……。大丈夫?」
「お姉ちゃんっ!」
「はいはい、落っこちないようにしっかり捕まっててねー」
子供ゆえの怖いモノ知らずか、空中を猛スピードで走行しているというのに、ゾラは怯える素振りも見せない。生憎ハンターバッグに生き物は入れられないため、へそをいじろうとするのにも我慢しなければならない。
野盗の狙いはグリーンウッド商会の荷馬車だが、混乱状態の町で見つけだすのは並大抵のことではない。
「他の皆はどこに行ったの?」
「うーん。分かんない」
ダメもとでゾラに尋ねてみたが、やっぱり駄目だった。
好き勝手に暴れる野盗に、パニック状態に陥っている人々……。
騒がしさに、エリンはだんだんとイライラが募ってきた。
「あーもう、鬱陶しい! 全部凍ってしまえまいいんだ!!」
そう叫んだエリンは、体の底からエネルギーが放出されていくのを感じた。
エリンの意識はそこで途絶えた。




