33. 子煩悩な商人Ⅱ
〇前回のまとめ
・夜の森で野盗を追い払った。
・商人パーヴェルと出会った。
・パーヴェルと一緒に行くことになった。
「いやはや、最近は新進気鋭の商会の勢いに押され、ウチも景気が芳しくないのですよ」
「差別化を図らないと、競争社会を生き残るのは難しいですよね」
緑色の木のマークが付いた馬車に揺られ、エリンはパーヴェルと話している。
馬車に乗るなんて、現代の日本だと外国大使くらいなものだ。異世界ならではの貴重な体験…………のハズなんだけどねぇ。
(めっちゃお尻痛い)
垂直抗力どうなってんねん、と叫びたくなるほど木製の椅子が固い。座布団が恋しくなる。
しかも、エリンの膝の上にはゾラがちょこんと乗っかっているのだが、これがなかなか脚にきている。なぜか5歳の女の子に気に入られた元26歳男性。時々顔をつついてきたり、体を触ってきたりするのが鬱陶しい。
エリンにとって最も不快なゾラの行為は、装着しているゴーグルを外そうとしてくることだった。エリンは馬車の中でも、目が弱いということにして着けっぱなしにしていた。本心は顔を隠したいとの思いからだった。
(おい保護者、ちゃんと注意しろ。私ゃ電車の中で騒ぐ子供よりも、それを放置する親の方が嫌いなんだよ)
エリンはあからさまにイヤそうな顔をしているつもりなのだが、生憎パーヴェルは、自分の可愛い可愛い娘を相手に照れているという程度にしか思っていない。
さらにエリンの素顔にも興味が湧いており、はずみで顔を覆っている物体が取れないかな、なんて考えていたりもする。
「そうなんです!」
パーヴェルはエリンとは話が合うと気をよくしたようで、流暢に話してくる。
甘やかされ放題で育てられた子供の将来が心配だよ。
「ただ、良い打開策がなかなか思い浮かばないのです。ウチの経営状態も年々下がっていくばかりでして……」
「それは大変ですねぇ」
その点については、エリンは心の底から共感できる気がしていた。
意見出せって言われても、そう易々と思いつくものでもない。パーヴェルは上司に位置する人かもしれないが、過酷な社会を生き抜いていくという点では経営者も労働者も同じではなかろうか。本来は協同作業者であるべきはずだし。
「エリンさん、何かよいお知恵はございませんか?」
「あの、まずこの子を下ろしてくれませんか。足が痛いふぇす……」
「ヤダー。お姉ちゃんのところがいい」
エリンがゾラの脇を抱えると、幼子はほっぺを引っ張ってきた。
「まあまあ、娘もエリンさんのことを気に入っているようですし、子供のすることと思って大目に見てください」
(それはアンタが言っていいことじゃないよね? こういうヤツに限って他人の子供が泣いていると文句言うんだよ)
最初からずっとこんな調子なもんだから、もう反論する気力もない。とっくに諦めた。
ため息をついて、適当に答えておく。
「ハァ……。下手にセールとかやっても、結局首が回らなくなりますしね。スタンプカードとかないんですか?」
「スタンプ? それはどういうものですか?」
ポイントカードはともかく、スタンプカードくらいなら異世界でもありそうなものだと思ったのだが、どうやら存在しないようだ。
「例えば、100フォート分のお買い物をするたびにスタンプ1個。スタンプがいくつかたまったら、適当な商品だったり、商品券とかと交換するというものですよ」
エリンの言葉に、パーヴェルは興味津々の様子だ。さっきまでの親バカモードから一転、ビジネスマンの目になっている。
それでも子供を取り上げてはくれない。
「それは面白いですねぇ。ところで、商品券とは何ですか?」
「そのお店限定で使える引換券ですよ。それ自体を売るのもいいかもしりぇましぇん」
「配るのは分かるのですが、到底売れるとは思えませんよ」
娘が他人様のほっぺを引っ張るのもお構いなしで、パーヴェルがエリンに問い返す。
「そりゃあ100フォート分の商品券を、同じ金額で売ったところで誰も買いませんよ。せめて90フォートとがぁぁぁじゃないと」
「それではお店の利益が減る一方ではないですか」
今度は服の中に手を入れ、へそをまさぐってきやがった。
ストレスではげるんじゃないの? あ、女だから大丈夫か?
「いえいえ、そんなことないですよ。使えるのは発行したお店限定だから、お客さんは絶対にそのお店で買い物をしなきゃいけなくなります。それに、箪笥の肥やしになっていようと、一度売れた分は確実に店の売り上げにいぃぃぃぃぃ、痛い痛い痛い!!」
「なるほど。それは素晴らしい考えです!」
身をよじるなぁ、とエリンが声なき叫びをあげるも、無邪気な子供は気の向くままに行動する。
ゾラの膝がエリンの太ももに食い込み、激痛をプレゼントされた。
「お姉ちゃん、町が見えてきたよ!」
「あ、あぁ……。そうだね…………」
やっと解放される。
子供の相手はもうコリゴリ。
♦
一行が到着したのは、花の香に包まれた町・リラタウン。
もともとはフェケテシティとフェヘールシティの間の中継地点として利用されていたのだが、今では色とりどりの花畑で世間に知られるようになったという。
「お姉ちゃん、こっちこっちー! みてみてー、キレイだよー!」
「うん、うん。分かったから! もうちょっとゆっくりお願い」
「えー、お姉ちゃん遅―い」
ゾラが口をとがらせているが、エリンは声を大にして言いたかった。
お前のせいだろ、と。脚は痺れ、お尻は痛い。幼児相手に文句言ったところで仕方ないんだけどね。
(でも、綺麗だなぁ)
見渡せば、辺り一面に花畑が広がっている。
さわやかな風を受け、心が落ち着いていくのを感じる。ずっと前に忘れてしまっていた安らぎを取り戻したような気分だった。
「ねぇねぇお姉ちゃん。はやくこっち来てよー!」
それでも子供は容赦なかった。
こんなのの面倒を毎日見てるお母さんってスゴイんだね。最近は共働きの家庭が増えている。育児と家事と仕事の三刀流とか、大変なんて一言じゃ済ませられないよ。
ゾラに手を引っ張られてしばらく町を散歩した後、馬車の場所に戻ってくる。
まだ昼間だが、ここから次の街に辿り着くまでの時間を考えると、今日はここで泊まる方が賢明だとか。
「あ、手伝います」
「ああ、すみません、エリンさん」
積み荷の一部はこの町の店に卸すようで、従業員たちが荷物を運んでいた。
「…………」
「? どうしましたか?」
ふと、従業員の1人で色黒で筋肉質なオーレルが、不思議な顔をしてエリンを見ているのに気づく。
「いや、商人相手に丁寧なハンターとか、初めてだったからな……」
「そうなんですか?」
オーレルは、エリンをノーマルランクと見下す発言をした若者である。
さすがにアレ以降は、そのような素振りは見せていない。態度は悪いが、それは素だろう。見るからに体育会系。エリンとは馬が合いそうにない。
にしても、ハンターってろくでなしばかりなんだろうか?
すると、年長の従業員・リバノフが、オーレルの言葉のワケを教えてくれた。
「ええ。世間では、商人は品物を横流しするだけでお金を取り上げるけしからん輩とみなされがちでして」
「何言ってるんですか。生産者と消費者とをつなぐ商人という存在が無ければ、経済は成立しませんよ」
その言葉を聞いて、商隊の人々が水をかけられたような顔になる。
エリンとしては当たり前のことを言ったつもりだったのだが、彼らからすればそうではないようだ。
「エリンさん、もしよろしければウチで働きませんか? ハンターよりもよい待遇を保証しますよ」
なぜかパーヴェルに勧誘された。
たしかに現代のお店が行っている手法をこの世界でも導入すれば、エリンはビジネスで大成するかもしれない。
それでも、エリンはもう他人の下に付いてこき使われるのが嫌だった。
パーヴェルの様子からして、エリンを他の従業員と同等に扱うことはないと思われるが、エリンにとってはそれほど大差ない。それに、息子を紹介されたりしたら、たまったもんじゃない。
「いや~。折角ですけど、私は自由に生きていきたいんで」
「えー、お姉ちゃんゾラと一緒にいようよー」
このときのエリンの顔を例えるなら石であろう。冷たく硬い笑み。
だが、その想いは届かなかった。
「ほら、娘もこのように申しておりますし。ぜひぜひ!」
「旦那様、無理を言ったらいけませんよ」
「むぅ~。仕方ありませんね」
リバノフが口添えしてくれた。
パーヴェルの誘いを躱すと、後からオーレルがこっそり尋ねてきた。
「エリン、お前子供は苦手なのか?」
「子供が可愛いのは生後3日までだから」
「短すぎだろっ!」
反射的にオーレルが突っ込んでくる。
退院したらもうアウトだよね。
オーレルは何やらブツブツ唱えているが、エリンは早く1人になるべく、旅館の中へと入っていった。
………………なぜかゾラと同室でしたとさ。
「あははは、おもしろーい! お姉ちゃん、もっといっぱいおはなしして!」
(どうしてこうなった……!?)
水面下で張り巡らされていた陰謀によって、エリンは苦しめられていた。
子供を寝かせようと、桃太郎とかシンデレラとかの童話を話してみたのだが逆効果だった。かえって興奮したらしく、一向に眠る気配がない。
付けたままのゴーグルをちょんちょんと突いてくる。
「あのね、ゾラちゃん。早く寝ないと、明日起きられないよ」
「えー、馬車の中で寝るからいいもんっ!」
ずっとこんな調子である。
ブラック労働で培われた精神力がなければ、当に音を上げていただろう。
(催眠術でもあればなぁ……。ん? できるんじゃね?)
とりあえずやってみよう。
ということで、静かに魔力を流し、睡眠へ誘うように……。ZZZ……。
エリンの催眠術は、一応の成功を見せた。自分にも効果が生じるようだったが。
だが、無残にもエリンの眠りはすぐに破られた。
「野盗だー! 野盗が来たぞー!! 皆逃げろー!」
外から喧騒が届けられる。
「エリン、起きろ」
「えあ?」
眠い目をうっすら開けると、枕元には黒い影があった。オーレルである。その手には護身用の剣がある。
彼の「寝るときでもそれ外さねぇのかよ」との呟きは、意識が曖昧なエリンには理解できなかった。
「…………夜這い?」
「ち、ちげーよ!! …………野盗が来たんだ。お前はお嬢さんを連れて早く逃げろ」
「野党? もうすぐ選挙だっけ?」
「何寝ぼけてやがるっ! おいっ、シャキッとしろ!」
オーレルは、エリンが野盗を倒したことからといって圧倒的な力を持っているとは到底思えなかった。スケボーを持つエリンに、ゾラだけでも助けてもらおうと考えていた。
そんなオーレルの気持ちなど知ったことかと、エリンは体を起こさないまま伸びをする。
「うあ゛ぁ~~~」
「……おっさんかよ」
「うっさいな~。そんなんだからモテないんだよ、君は」
「んなっ!? 今はそんなもん関係ねーだろっ。つーか早くしろ」
自分では深夜労働も慣れているつもりだが、体が違うせいかどうも気怠い。
上体だけ起き上がり、首を回す。
「で? どうなってんの?」
「野盗がこの町を襲いに来たんだよ。恐らく昨日の連中だ。捕まった仲間を取り返すついでに、報復しに来たんだろ」
「あー」
昨夜エリンの魔法によって取り押さえられた野盗たちは、【フェヘールシティ】の官憲に突き出すために、縛った上で引っ張ってきていた。
残念ながら、リラみたいな小さな町にまでしっかりした警察組織はないのだ。もちろん捕縛した彼らの命に別状はない。単にビックリして気を失っていただけだった。
オーレルがエリンに逃げてもらおうと思ったのも妥当だろう。
「じゃあ、ちょっくら行ってきますか」
「おいっ、おま――」
「その子よろしくね」
エリンはベッドから飛び出したかと思うと、スケボーを取り出して窓から飛び降りた。
「エリンっ!」
オーレルが慌てて窓から身を乗り出したが、エリンは既に夜空を滑走していた。
誤字報告ありがとうございます。
一応自分でも見直してはいるのですが、どうしても見落としが出てきてしまうので、適宜報告していただければ幸いです。これからも拙作をよろしくお願いします。




