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32. 子煩悩な商人Ⅰ

1章の要約

・駅のホームから落下して死亡したはずなのに、気付いたら異世界で女の子になってた。

・色んな魔法が使えた。

・なんやかんやあってハンターになった。

・大金を手に入れたけど、賭け麻雀でボロ負けした。

・ちょっとやらかして街から逃げ出した。←今ココ!



第2章 幸福をもたらすのは青い鳥じゃなくてお金の木

 電気なんてないこの世界では、人々は太陽と共に生活する。陽が沈めば辺りは闇に包まれ、月灯りを頼りにゆっくりと歩かなければいけなくなる。

 城壁の外ではいつモンスターに囲まれるかも分からず、野宿は大きな危険を伴う。

 そして、旅人を狙うのはモンスターばかりではない。




 暗闇の中、エリンが木の上で小休止していると、何やら物音が聞こえてくる。それが獣のものなのか、はたまた人によるものか、耳からの情報だけでは判別できない。

 音の方に目をやると、その先の一画に明かりが灯っているのが見える。おそらく音の主は、そちらを目指しているのだろう。


 もし敵であったとしても、助ける義理もない。善意で人助けをした結果、街から逃げ出すという羽目になったのだから。

 それでも好奇心からか、エリンはバレなきゃよかろうの精神で様子を見にいくことにした。


「キャー!!」


 スケボーに乗って夜空に浮かび上がり、進もうとしたところに女の子の悲鳴が聞こえる。

 先ほどの物音の一行が野営の集団を襲い、その中の少女が声を上げたのだろう。


「待っててね~♪ 今行くよ~」


 さっきまでの事なかれ主義から一転、エリンはすっかり正義のヒーロー気分だ。


 なぜかって?

 そりゃあ、女の子の悲鳴が聞こえたからに決まってるでしょ! おっさんだったら絶対に関わらないけど、女の子からなら感謝されたいじゃん。…………まぁ、どうせ喋れないんだけどね。


 動機はともあれエリンが灯りの上空に付くと、案の定地上では襲撃現場が展開されていた。

 2両の馬車を薄汚い集団が囲み、馬車の所有者らしき人たちが抵抗を試みている。


「ヒッヒッヒ。まさかあの町の近くでこんな立派な商人と出会えるなんて思ってなかったぜ」

「おい、野郎ども。男どもは全員殺せ。そこの女の子(チビ)は捕まえろ。どっかの変態貴族が喜ぶぞ」


 薄汚い連中は野盗のようだ。今から行わんとしている暴行が楽しみなのか、卑しい笑みを浮かべている。

 そんな連中に抵抗するには、商隊はあまりに非力に見える。

 ただ、エリンは全く別のことを考えていた。


(…………ガキじゃないか!)


 確かに女の子だよ。女の子なんだけどさぁ……。

 エリンは中高生くらいの女の子を想像していた。しかし、身なりの良いおじさんに縋り付いているのは、まだ5歳くらいと思われる少女だった。

 遠くから聞いた甲高い叫び声だけじゃ、年齢なんて分からなかったんだよ。しかも、その子以外は皆おっさんじゃん。若い人もいるって? 知らんがな。


 残念ながら(?)エリンはロリコンではない。

 むしろ子供が苦手だった。

 動物と幼子は、過剰なまでにエリンが忌避するものである。


 エリンの頭の中には、10年待てばとかいう発想はない。それでも、小さな少女が無残な目に遭うことを見過ごすわけにもいかず、かといって野盗と戦うことも難しい。多勢に無勢、少女とおっさんである。


(あの子には酷かもしれないけど、おじさんたちがやられた後、こっそり連中から攫って助け出そう)


 それがエリンの思いついた最善策だった。

 ところが、夜間の逃避行の疲労もあってか、エリンは致命的な、否、しょうもないミスを犯していることに気付かなかった。


「おい、なんだアレは!?」


 野盗どもは、空に浮かぶ奇怪な物体を見つけた。


「えっ? 何で気付かれたの?」


 さもあらん。エリンの上には、地球ではあり得ないほど大きな月がある。

 エリンの真下には不自然な影が生まれ、それが一人の野盗の顔に落ちていたのである。


 それに上空といっても、それほど高い位置にいたわけではない。

 高所恐怖症というほどではないが、さすがに高すぎるのは怖いのだ。命綱が付いているのでもなく、うっかり足を滑らせて真っ逆さまとか一度でも考えると、もう無理はできなくなる。

 元26歳男性、結構なビビりだった。


「おい、よく分からねぇけど、アレもついでにやっちまえ!!」

「「「おおっ!!」」」


 親玉らしきおっさんが、配下に指示を出す。

 すると、エリンめがけて矢やら石やらが飛んできた。


「おっと、〈南極大陸〉」


 エリンは身を守るため、氷壁を真下に生み出す。

 そんなことしたらどうなるかも考えずに。


「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


 厚みのある氷の板が、野盗の親玉たちめがけて落っこちてきた。

 野盗は円を描くフォーメーションを作っていたため、全滅することはない。それでもトップがやられた影響は大きい。


「おい、カシラがやられたぞ!」

「逃げろ! 俺たちまでやられる!」

「うわぁあ! 俺はまだ死にたくなーい!!」


 残された野盗も、蜘蛛の巣を散らすように退散していった。


「あれ? もしかして、勝っちゃった? そうか、防御は最大の攻撃だったんだね!」


 結果オーライということで。

 野盗を憲兵に突き出せば報酬が貰えるだろうと思い、エリンは地上へと高度を下げた。

 エリンが降りてくると、男性たちが膝を付けて頭を下げていた。


「神の()使い様、悪しき輩から我々をお救いくださいましてありがとうございます」

「神? 私、人間ですよ」


(天使みたいに可愛いのは否定しないけどね。…………てか、天使ってたいてい真裸(マッパ)パンツ一丁(パンイチ)じゃん。ちゃんと服着てますよ! 失礼な)


 天使と言われて不機嫌になるのは、エリンくらいではなかろうか。


「いえ、天から降りてくるなど、人の子に為せる所業ではありません。それに、野盗を瞬く間に一網打尽にしたその力。まさしく――」

「普通に魔法使っただけですから。私はちゃんとした人間です」


 やたら崇め奉ろうとしてくるけど、面倒なので断言した。この人たちお金持ってそうだから、自分を象った変な像とか作りかねない。

 するとそこへ、おじさんの中から女の子がエリンのところへやってきた。


「お姉ちゃん、ありがとう!」

「え、あ、ああ、うん……」


 幼女からお礼を言われ、エリンは目も当てられないほどのコミュ障ぶりを発揮する。

 おじさん相手だと何ともないのに、子供が相手となると急に接し方が分からなくなってしまう。




   ♦




 この商人は、パーヴェル・グリーンウッドと名乗った。

 グリーンウッド商会とかいう何代も続く伝統ある商会の当主で、フェヘールシティへ向かう道中、先程の野盗に襲われていたという。


「なんでまだこんな所にいたんですか?」


 フェケテシティからフェヘールシティまではかなり距離がある。徒歩だと、1日あたり5,6時間ほど移動するとしても4,5日はかかる。

 ただ、途中に小さな町があり、この辺りで休むよりはそこへ行った方が安全のハズだ。エリンのような移動手段を持つ者でもない限り、旅行者は夕暮れまでにそこを目指すのが普通だろう。

 危険がいっぱいな野宿は、できるだけ避けたい。それなのにこの商隊は、なんとも中途半端な場所で野営を開いていたのだ。


「いやぁ。恥ずかしい話ですが、娘と遊んでいたら、いつの間にか日が暮れてしまいました」

(おいおい……)


 本当に恥ずかしい話じゃん。もっと恥ずかしがった方がいいと思うよ。


「知人に会いに行くだけだったので大した荷物もなく、行きも平和だったから安全だと、高を括って護衛を付けずに来たのが失敗でした。油断大敵とは言ったものですな。

 ところでハンターさん。フェヘールに向かわれるのでしたら、ぜひ我々と一緒に参りませんか? もちろんお食事は提供させていただきます」

「あぁ、そうですねぇ……」

「お姉ちゃん、ゾラたちと一緒に行こうよ」


 エリンが言葉を濁していると、パーヴェルの娘・ゾラがその袖を引っ張ってくる。


「娘もこのように申しておりますし、ぜひ」


 こういうのって、普通は娘を離そうとするもんじゃないのかね。

 「う~ん」と悩んでみせる間に、エリンの脳内では損益計算が行われていた。


 パーヴェル一行に同行した場合、タダ飯にありつける。まず、これが最大のメリット。

 さらに、迷うことなく次の街に着くことができる。

 スマホのGPSに頼ってばかりいたエリンに地図、しかも異世界バージョンを使いこなすのは至難の業だったりする。地球とはところどころ仕様が異なるため、確実性に欠ける。


 他方、パーヴェルたちからすれば、目の前で野盗を追い払ったエリンを用心棒として侍らせることができる。

 あと、同行すれば迷子になるリスクはなくなるが、所要時間が長くなる。推定時速80キロのスケボーと、自転車くらいの馬車だと、その差は明らかだろう。

 そして、彼らが善良であるという保証はない。エリンがパーヴェルの申し出を躊躇う一番の理由はこれだろう。


 そんなエリンの戸惑いを察したのか、パーヴェルが言う。


「もちろん、ハンターさんに護衛という形で同行をお願いすることになるので、きちんと報酬は支払わさせていただきます」

「……ちなみに、おいくらですか?」

「60,000フォートでどうですか?」

「…………!」


 悪くない。街までは3日かかると考えても、日給2万円くらい。しかも食事付き。

 バッグの中に冷凍されたシュトゥルーツの肉が残っているとはいえ、いささか食傷(しょくしょう)気味になりつつある。


「少ないでしょうか?」

「いえいえ、そんなことありません」


 言ってしまってから、しまったと気付く。

 もっと吊り上げることもできたのではないか?


(謙虚な日本人の悪い癖が出てしまったな……)


 誰か“謙虚”の定義をコイツに教えてやってくれ。


「もしあれでしたら、街に到着次第ギルドを通しても構いません」

「いえ、それは必要ありません」


 ギルドを介在させたら、報酬の半分以上を持っていかれる。

 パーヴェルもそれを知ってか、エリンの即答に苦笑いした。


「もしよければ、躊躇われる理由を教えていただきたいのですが……」


 この問いには即答せず、しばしの間を置いてからエリンは答えた。


「失礼を承知で言いますが、アナタ方が私にとって無害であるという保証はありません」

「な、ノーマルの分際で――」


 エリンの言葉に、パーヴェルの部下の一人で、色黒の青年が噛みついてきた。しかし、パーヴェル自身が手でそれを制した。


「ハンターさんがご心配されるのも無理はありません。しかし我々は商人です。もしアナタを陥れようとして取り逃がし、そのことが世間に知られてしまえば、我が商会の信用は地に墜ちます。アナタの実力は先ほど拝見させていただきました。

 そこまでのリスクを冒してまでハンターさんを罠に()めることなど、どうしてできましょうか」


 感情的に説き伏せてくるのではなく、打算で動いていることを説明してきた。

「神に誓って」とか下らないことを言い出す輩よりは、信用を置けるかもしれない。


「そういうことでしたら……」


 こうして、エリンは商人・パーヴェルと一緒に行くことになった。





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