31. 出奔
〇前回のまとめ
・ノーマルランクになった。
・シュトゥルーツ狩りに来た。
・白豚貴族に絡まれ、ブチ切れて火魔法で攻撃した。
「こちらが今回の報酬の8000フォートになります。これにて依頼完了です!」
「はい、ありがとうございます……」
ギルドの相場では、シュトゥルーツ1頭当たり10,000フォートとなっている。それが2頭分で、そこから6割がカットされるため、受け取れるのは8000フォートになってしまう。
(1日8,000円。悪くはない。悪くはないはずなんだけどね~)
ただ、下っ端の受付嬢に過ぎないイリーナに文句を言ったところで仕方がない。そんなことするのは、タチの悪いクレーマーだ。
一般的なハンターの感覚からすると、シュトゥルーツ狩りは準備を含めて数日を要し、しかもチームのような複数人で取り組むものである。その分エリンは得しているのだが、如何せん価値基準が異なっていた。
「そうだ、すみません。レッセーさんっていませんか?」
「ギルドマスターですか? 生憎今は外出しています。そもそも、ノーマルランクのエリンさんがそう簡単に会える相手ではありませんよ」
「……………」
賭場で頻繫に顔を合わせているおじさんは、レッセーとは別人なんだろうか。
「まあ、火急の要件と判断したらお伝えすることもできます。どうされましたか?」
「えっと、そのぉ…………」
口籠るエリン。
しかし、意を決して話してみた。不祥事の隠蔽は良くないよ。
「その、貴族の人に捕まりそうになって、思わず反撃しちゃったんですよ。服とか髪とか燃やしちゃって。それで、どうすればいいのかレッセーさん相談したくて…………」
「なるほど。では、その貴族様の特徴とか教えていただけますか。後で確認してみますので」
「そうですねぇ。白ぶt……じゃない。色白でふくよかな体系の方でした。おじゃるとか言ってましたよ」
「……………………!?」
エリンが「おじゃる」と言うと、イリーナは口を開けたまま石像となった。
イリーナだけではない。後ろにいる職員たちまでもが動きを止め、エリンに意味ありげな目を向けている。
「え? あの、すみませーん」
「はっ! ああ、エリンさん。やってしまいましたね。恐ろしや恐ろしや」
「なんだなんだ? 何かあったのか?」
イリーナがエリンに向かって訳ありな視線を向けているところに、丁度レッセーがギルドに入ってきた。
「あ、ギルマス……」
「こんにちは、レッセーさん。また麻雀ですか?」
「おう! たっぷり儲けさせてもらったぜ」
ホクホク顔でVサインを向けてくる。
仕事せい、仕事。
「それよりも何かあったのか?」
「お館! エリンさんが……」
イリーナが机をバンと叩いて勢いよく立ち上がる。
「この子がどうしたんだ?」
「あの……」
「ハッキリ言え!」
「はいぃぃぃい!!」
普段の気の良いおっちゃんの雰囲気はない。鋭い言葉に、イリーナだけでなくエリンまでも怯みそうになった。
「エリンさんが、グッド子爵様を丸焼きにされたと…………」
「なん……だと……!?」
みるみるうちにレッセーが色を失っていく。それほど衝撃的なことらしい。
ただ、喜ばしいこととは言えないのは明らかだった。
(あの白豚、グッド子爵って言うのか。どっかで聞いたことある気が……)
エリンが言っているのは、鍛冶屋のシャートフに依頼を出したという貴族のことである。
その件について、当然シャートフはタダ働きをさせられていた。ほとんどの貴族にとって、平民なんぞ搾取の対象でしかない。
(え、もしかして不敬罪!? 死刑にされないよね!? 転生したばかりだってのに、また死ぬなんてヤだよっ)
なんてエリンが考えていた時だった。
「プッ」
「ん?」
一瞬、空気の抜ける音が聞こえた。
かと思うと――
「アーハッハッハッ!!」
「ハハハハハッ! あーおかしい!!」
「「「「「アッハッハッハ!!」」」」」
レッセーを皮切りにイリーナ、そしてギルドにいた職員やハンターたちまでが一斉に笑い出した。
「えぇ…………何?」
だた1人、チンプンカンプンのエリンだけは、ポカンと口を開けて間の抜けた表情。
レッセーは、そんなエリンの肩に手をポンと乗せてきた。
「よくやった、エリン!」
「…………は?」
呆けた顔のエリンに、レッセーたちは言う。
「いや~。あの豚野郎にいつか目に物見せてやりたいと前から思ってたんだ」
「豚の丸焼きですよ。もう最高です!」
「丸焼きって、お前……ひゃっひゃっひゃっ」
「え、どゆこと…………?」
グッド子爵の横暴ぶりは目に余るものがあり、市民からの怒りを買っていた。そこへエリンが一矢報いたという知らせがきたもんだから、みんな大喜びで笑い転げたのだ。
そのまま数分、ようやく笑いも落ち着いてきたところで、レッセーは真顔に戻ってエリンに告げた。
「ただなぁ、エリン。貴族に攻撃したとなれば、色々と面倒なことになる」
「そこはギルドの権力で何とかならないんですか?」
「一時的にはな。だがな、そうなったら俺がギルドの権力を濫用したとして飛ばされる。ハンターギルドのお偉いさんも、貴族と揉め事起こすような問題児は目の上のたん瘤ってわけだ。そんでもって、次のギルマスがアンタの味方とは限らん」
レッセーは沈んだ面持ちで言った。口元はまだニヤついてるけど。
よほどツボだったのか。イリーナなんか、まだ笑い転がってるし。
「じゃ、逃げるしかなさそうですね」
「ああ。すまないな……」
その時だけは、レッセーの顔が苦い物になっていた。自分の非力を痛感させられたのだろうか。
エリンとしても、自分のためにレッセーが被害を受けることは望まない。
「豚からお前のことを聞かれた時には、オーガに襲われて死んだって伝えておく。みんなもそれでいいな?」
「おう! 任せとき!」
「あんな野郎にエリンちゃんを好きにさせねーぞ!」
「フンガフンガ」
レッセーがギルドの面々に向かって言うと、人々は口々に同調してくれた。
グッド子爵への不信感と、エリンの人気を合わせたゆえの結果だ。
「ハハハ…………」
エリンはそれを、苦笑して受け止めたのだった。
♦
陽が傾く頃、エリンは街を出た。
しばらく歩いたところで、ハンターバッグからスケボーを取り出して身を乗せる。
「さーて、どこに行こうかな」
そう言えば、ケークタウンという街はご飯が美味しいと、以前クロフォードから聞いたのを思い出す。
他に適当な行き先も思いつかない。
エリンはギルドで受け取った地図を開き、ゴーグル越しにチェックする。
ケークタウンは地図の上、北の方向ある。
途中にはフェヘールシティという街があるようだ。
「よし、まずはフェヘールに行こう!」
夜逃げする羽目になったというのに、不思議とエリンの心は踊っていた。
♦
数日後、オルティス男爵は久々に我が家に戻ってきた。
王都での何の意味のなさない低俗なパーティーに参加した後、亡妻の実家に挨拶のために寄って来るという20余日に渡る旅程は、彼の精神力を削るのに十分だった。
それだけに、女中とはいえ実の娘のように思っているカーラの顔を見たときは、俄然エネルギーがこみ上げてきた。
「カーラ、エリンは元気かい?」
男爵は帰路でずっと気になっていたことについてカーラに尋ねた。
「それが、グッド子爵様がエリン様をお気に召されたとかで…………」
「…………!?」
「…………」
「今、何と…………?」
思いがけない返答に、男爵は色を失った。
「グッド子爵とは、あのグッド子爵か……?」
「……そのグッド子爵様のようです」
カーラの顔も苦々しいものになっている。
実は、カーラ自身もグッド子爵の毒牙にかかりそうになったことが以前にもあった。
その時は男爵がなけなしの金品を包んだことで、何とか事なきを得ることに成功した。
「あの愚鈍が。折角、折角あの子が生きていたと分かったのに……」
唇を噛んでそう呟く男爵。
グッド子爵家はもともと王都に屋敷を構える貴族だったが、当代のあまりの放蕩ぶりが問題視され、このフェケテシティに飛ばされてきたのだ。
中央で私腹を肥やし放題の連中ですら彼の行動に眉をひそめたということが、その酷さを如実に物語っている。
大昔の先祖の栄光だけが、彼を貴族の地位にとどめている要因だ。
「それで、エリンはどうしたんだ……?」
「はい。『自分は変態貴族のペットになるつもりなどさらさらないので、街を離れることにします。お屋敷に泊めてくださった男爵様に、くれぐれもお礼をお伝えください』とのことです」
カーラは、エリンがフェケテシティを去る前に言われたことをそのまま伝える。
ただ、あまりにも説明が簡潔すぎたために、カーラは少々事実とは異なる認識を持つことになっていた。
彼女は引き留めようとしたのだが、エリンはスケボーに乗って瞬く間に去ってしまっていたのだ。
「そうか、無事だと良いのだが……」
彼の心配は本心からのものであった。
妻を亡くして数年が過ぎた今でも操を守り抜いている男爵に、やましい気持ちなどみじんもなかった。
倅の方は別として。
そんな男爵に、カーラが恐る恐る話しかける。
「それで、エリン様について幾つか気になることがございます……」
「なんだ?」
「エリン様はお休みになられると、毎晩のようにうなされていまして……。急に謝り出すこともしばしばでした」
「何!? あの子に一体何があったんだ……?」
前世でブラック労働やってました。
「それと、……エリン様の背中には、大きな痣がありました」
「そ、それは、まさか…………!?」
カーラは静かに頷く。
背中の大きな痣。それが意味するものを、彼らはひとつしか思いつかなかった。
「はい。あれは、奴隷紋の跡です」
奴隷には、対外的にソレと示すための首輪と、主人に逆らわせないようにするために、魔法陣のようなものが体に組み込まれる。
解放すれば奴隷紋は効果を失うのだが、綺麗に消えず、痣となって残ってしまうこともある。
カーラはエリンと共に入浴した際に、その身を確認していた。まだ若いというのに瘦せぎすの体、背中には大きな傷痕。
もっともその傷痕は、エリンが【鋼鉄の洞窟】を探検した時にできたものだったのだが、男爵たちが知る由はない。
「幸いお体に傷はないようでしたが……」
「あの子の祖母は回復魔法のスペシャリストだったからな。多分その資質を受け継いだんだ。…………っ!?」
男爵は、自分で言ったことにハッとさせられた。
どんなに傷つけても、勝手に自分で治してしまう。
夢にまで出てきて苦しめるような主人ならば、躊躇うことなく虐待し続けてきたのではないか。
そのような懸念が頭をよぎった。
男爵は居ても立っても居られなくなり、執事を呼び寄せた。
「おい、ギルドに連絡してエリンを保護するよう追っ手を差し向けろっ」
「かしこまりました」
ようやく屋敷に戻ってきたばかりだというのに、執事は嫌がる様子を全く見せずに承って退室した。
「あの、旦那様…………」
「なーに、いくらあのグッド子爵だろうと、私が保護していれば手は出せないさ。心配いらない」
不安に顔を曇らせるカーラの肩に、そっと手を置いて優しく語り掛けた。
もし、エリンが奴隷から解放されたのが主人の意思によるものでないとすれば、主人はエリンを連れ戻そうとするかもしれない。
エリンは記憶を失っていた。誤ってその主人がいる街に向かってしまうことだってあり得る。
男爵の不安は、ますます大きくなっていった。
(あの子に万が一のことがあれば、私は、あの方に向ける顔がない…………)
第1章『運命は時に残酷、だいたい寛大』了




