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29. 非モテ男の受難

〇前回のまとめ

・ネヴィルにゴーグル制作を頼んだ。

・ネヴィルの説得のため、麻雀を手作りした。

・賭け麻雀でボロ負けした。

「そう言えばビッチ爺さん」

「なんじゃ?」


 ネヴィルは賭博仲間を呼んでくるとかで、店を飛び出してしまった。仕方なく残る3人で店番をやってる。

 エリンがいてもいなくても変わらないだろうが、気になることがあったので残っていた。


「私の魔法って火力が低いんですよね。どうしたら上がると思いますか?」


 相手がビッチ爺さんというのは癪に障るところもあるが、今のところ他に適切な助言をくれそうな人もいない。


「ほう。あれだけの魔法だというのに、見掛け倒しだったか」


 アンタはそれで泡吹いて倒れたけどね。


「なんだ? この爺さんはアンタの師匠なのか」

「師匠じゃないです。アドバイザーみたいなもんです」


 ギルドマスターのレッセーが意外そうに尋ねてくる。

 失礼な。


「あれじゃな。お主のイメージに問題があるんじゃろ」

「イメージですか?」


 エリンは想像力に自信があっただけに、その答えは思いもよらなかった。

 当然のことながら、前世ではスマホやテレビで様々な映像に触れてきた。そこでの記憶を素にしていたから、この世界の人々にはイメージ力で上回ると自負していたほどだった。


「エリンよ。お主、今まで魔法を使うとき、どんなことをイメージしておった?」

「う~ん、滝とか雪崩とかですかね」


 テレビなんて言っても通じないだろうから、その中で見たものを答える。が、エリンの言葉を聞いて、ビッチ爺さんやレッセーは怪訝そうになる。


 さもありなん。

 この世界では、そんな自然現象にお目にかかれることなどまずない。たまたま目にしたとしても、生きて帰ることは難しいだろう。

 エリンにしても画面越しに見たに過ぎず、直接目の当たりにしたことはない。


「いやいや。アンタ、これまで何してきたんだ……?」

「えっ!? あ、いやぁ……」

「む……。じゃが、それをイメージできたというのなら、この娘があれほどの魔法を使えたのも納得できるというものじゃ」


 顎を2本の指でつまむように撫でながら、ビッチ爺さんは言う。


「じゃがのぉエリン、お主は魔法でどうしたいかまではイメージできておらん」

「どういう意味ですか?」


 魔法を使いたいがためにイメージをかき立ててきたというのに。


「要するにのぉ、敵を倒すイメージをしておらんのじゃ」

「はぁ…………」


 魔法はあくまで攻撃の手段である。エリンの場合、魔法を使うことがゴールになっており、魔法を使う目的があやふやになっていた。


「つまり、相手が滝に落ちて溺れ死ぬところを想像すればいいのか」

「……まぁ、そうなるのぉ」


 エリンの解釈に、なぜか爺さんが眉をひそめる。


「じゃが、魔法使いだからといって必ずしも魔法しか使ってはいかんということもない。魔法で敵の動きを鈍らせて武器を使うことだって立派な戦い方じゃ」


 人生とは後悔の連続である。

 やっぱりアドベンチャーズのヴェインに買ってもらっておけばよかったと、エリンは内心で過去の自分を責める。


「おっかしいなぁ。爺さんがまともな魔法使いに見えてきたぞ」

「ぬかせレッセーっ! 儂は優秀な魔法使いじゃ!」

「ハッハッ、冗談だ。気にするな」

「気にするわ! 全く、お主はいつもいつも……」


 なんやかんやでこの爺さんが優秀だということは、認めたくはないが事実である。

 なぜギャンブラーとして生きているんだろう。


「あの、レッセーさん」

「どうした? 金なら貸さんぞ」

「レッセーさん、どうしてビッチ爺さんって門下生が少ないんですか? やっぱり変態だからですか?」

「じゃかましい! 男は皆変態じゃ!!」


 せめて“皆”は止めてくれ。ステレオタイプは良くないと思う。

 今のエリンが“男”に当たるのかは疑問だが、爺さんの同類に扱われたような気がしないこともない。


「あぁ、そのことか。俺は剣士だったから詳しいことは知らないが、爺さんは異端らしいからな」


 エリンの自分への呼称にこだわることもなく、レッセーは神妙そうに呟いた。どうやらワケありのようだ。


「ギルドマスターとして推薦したりしないんですか?」

「おお、それはよい。レッセー、頼んだぞ」

「いや、だってよォ……」


 レッセーは、自分の肩に手を置いてそう言った爺さんに対して、心底嫌そうな顔をする。

 異端者への肩入れは立場上難しいのかな?


「ただでさえいつも負けてんのに、爺さんが人気者になったら悔しいじゃん」

「「………………」」


 ものすごくしょうもない理由だった。


「おいおい、まだいたのか。用がないなら帰ってくれよ」


 ネヴィルが新たなおっさん数名を連れて戻ってきた。

 店番を押し付けといての物言いに言いたいこともあったが、ギャンブル中毒者たちの目が危なかったので、大人しく彼の店を後にした。




   ♦




 麻雀で大損した翌日、エリンは早速ビッチ爺さんに言われたことを試すべく、掲示板で依頼を漁っていた。首元には新しいゴーグルがかけられている。

 正式な討伐の受注はできないが、たまたま倒してしまったのであれば問題ないだろう。


「おい、お前」


 不意に声をかけられる。

 そちらを見ると、いかつい男性がいた。名前は確か……。


「あ、木場さん。はいざいます」

「キーヴァだ! いい加減覚えやがれっ!」


 折角下に出てやったというのに当たり散らしてくる。

 器が小さいね、このおっさん。


 キーヴァに言わせれば、先日のスケボー事故の一件について軽く文句を言って終わるはずだった。そこへエリンがまた自分をおちょくってきたため、思わず突っ込んでしまったのだ。

 だが、その気の短さが彼の命取りになったといえよう。


「ちょっとキーヴァさん。こんなところで何してるんですか!?」


 ギルドの中で叫んだせいで、周りからは注目を集めることになり、たまらず受付嬢のイリーナが咎めてきた。

 彼女は受付を飛び越え、こちらへやってきた。そのせいで、手続き中のハンターがオロオロしてしまっている。


「いやぁ、私、この間この人に“怪我させちゃった”んですよ」

「えぇ!? “穢された”ですって!? だ、大丈夫だったんですか!?」

「ん? 私は無事ですよ」


 エリンは素直に自分の過ちを告げたのだが、イリーナがそれを聞き間違えたせいであらぬ誤解を生んだ。


「うっわ、サイッッッテー」


 その時のイリーナの目はまさしく、1カ月放置された生ごみを見るものだった。


「エマちゃんの次はエリンさんですか。本当にクズ野郎ですね、アナタは」

「いや、違っ……。ただ、コイツが…………」




 キーヴァは元々、日々ハンターとして真面目に鍛錬に励んできた。

 ただなかなかランクが上がらず、未だスーパーランクだった。焦りや不安が募り、次第に言動が荒れるようになっていた。


 そんな彼がある日、恋をした。


 その相手が八百屋の看板娘・エマである。

 ずっとハンターとして男どもの中で生きてきた彼は、女性とどう接すればよいか分からなかった。

そのせいで、ずっと遠くからエマを眺めるだけの日々が続いていた。


 長い時間が経過したある日、ついにキーヴァは彼女に想いを伝えようと決意した。


 そして、見事に撃墜した。


 それだけではない。

 エマは、彼の告白を盛大に喧伝したのだ。ある事ない事を付け加えて。


 その結果、一部の男性からは同情されるものの、イリーナを始め、街の女性陣からは忌み嫌われるようになった。


 そのショックから立ち直れず、彼は酒に逃げた。

 そして、酔いの勢いでエリンに声をかけてしまった。




 当然、エリンはそんな彼の事情など知る由もない。


「女なら誰でもいいってタイプですね」


 こういう奴が恋愛経験豊富と自称するんだ。

 イリーナの発言から、キーヴァが自分に乗り換えようとして声をかけたものと誤認していた。


 同じ女の子であるエリンが自分にすがってきたように見えたイリーナは叫ぶ。


「女の敵! ×××××!!」

「違う! 俺はそんなつもりじゃ――」

「おいテメェいい加減にしろよ!」

「お前のせいで俺たちまで誤解されるんだ!」

「ハンターの恥晒しがっ!!」

「フンガフンガ」


 その時、今まで傍観してきただけの男性ハンターから声が起こった。


 ただでさえ珍しい女性ハンター、さらにそれが美少女ということもあって、男どもはエリンの気を引けるチャンスを窺っていた。

 残念ながら皆ヘタレばかりであったために、近づくことすら叶わなかった。


 そんな時になんと、彼女が暴漢に絡まれているではないか!(都合の良い解釈)

 男どもは、ここぞとばかりに彼を糾弾し始めた。


 今までは自分を哀れんでいた連中まで敵サイドに回ったことで、キーヴァは窮地に立たされた。とんだとばっちりだ。


「俺は悪くねぇ! 貴様ら、ゼッテー許さねぇからな!!」


 完全に居場所を失ったキーヴァは、そう叫んでギルドを飛び出した。

 以来、この街で彼の姿を見た者はいないという。


「エリンさん、困った時はいつでも私を頼ってくださいね!」

「は、はぁ……」


 天使のような微笑みに、一瞬別人かと思ってしまうほど。エリンを無知だと見下していた彼女はどこに行った?


 イリーナが仕事に戻ると、ハンターたちがここで行かなきゃ漢が廃るとばかりに群がってきた。


「なあキミ、探検はひとりじゃ危ない。良ければ俺らと組まないか?」

「あ、ズリィぞ。そんなヤツよりオラとがいいぞ」

「フンガフンガ」


 飢えたハンターたちが群がってきたせいで、エリンの不快指数が一気に上昇した。


「くっさ」

「「「…………………………」」」


 思わず口から本音を漏らしてしまうと、押し寄せていたハンターたちが潮のごとく一斉に引いていく。


 この世界で水は貴重である。

 貴族や高ランクのハンター以外だと、優秀な水魔法を使える者でも身近にいない限り、毎日風呂に入ることはまずできない。

 さらに、その日暮らしのハンターだが、定期的に洗濯するような几帳面も少ない。


 日々の探検で汗や汚れが付くにもかかわらず、入浴や洗濯はおろそかになっている。

 きっと放置された生ごみの方がマシかもしれない。


 お金のあるギルドが臭い対策をきちんとやっている上、これまでハンターたちが寄ってくることもなかったから、今まで気づかなかった。


(日本は良かった…………)


 なんでもないような日常が、幸せだったと思う。平凡な日々のありがたみなんて、失ってみないと分からない。





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