28. 賭け事はほどほどに
〇前回のまとめ
・道具職人のネヴィルと出会った。
・ネヴィルにスケボーを作ってもらった。
・スケボーを念力で操って街の周辺を滑走した。
エリンはスケボーの試し乗りを終え、街へと帰還した。
紫翠の丘で食べたシュトゥルーツの焼き肉は最高だった。塩は少々値が張ったけど、それも必用費だから仕方がない。
「こんにちは~」
やって来たのは、スケボーの作成者でもあるネヴィルの店だ。
「おう、お前さんか。どうだ、アレは?」
「なかなか楽しいですよ」
「フッ、そうか。しかしお前さん、本当に面白い奴だなぁ。第三の移動手段を考え出してしまうなんて」
この世界における移動手段は、主に徒歩か馬車のように動物を使ったものである。後者は限られた者しか利用することができないため、一般人は自分の脚で歩くしかない。
ま、スケボーも魔法使いじゃないと一時的な玩具として終わるんだろうけど。
「今、俺の子供たちにも同じのを作っているんだ。喜ぶ顔を見るのが楽しみだな」
「魔法使いのおもちゃとしてなら、そこそこ売れそうですね」
「皆お前さんみたいに魔法が使えたらいいのになぁ」
ちなみに、ネヴィルも多少なら魔法が使えるという。きっと彼自身が横から操るのだろう。
「坂道とかなら誰でも楽しめますよ」
「それだっ!」
雪が積もったらもっと面白いんだけどな。でも、草スキーだって楽しいよね。この辺って雪降るのかな?
スケボーの安全利用について注意をしたところで、エリンは本題に入る。
「さっき使ってみて分かったんですけど、スピード出し過ぎると目を開けていられなくなるんですよ」
「ああ、なるほどな」
「そこで目を保護するための道具が欲しいんです」
「ん? 目を保護するって……。そんなもの使ったら、今度は前が見えなくなるだろ」
「透明な素材ってないんですか? ガラスみたいな」
エリンが欲しがっているのはゴーグルだ。ゴーグルなしで雪山を滑るスキーヤーは、いたとしても少数派だろう。
ただ、普通のガラスは割れやすそうなので却下。特にこの世界のガラスは薄っぺらくて、耐久性に不安がある。バリアフリーとか障害者への配慮に欠けるこの世界で失明なんかしたら一巻の終わりだ。
「う~ん、ないこともないんだが……。ちょっとメンドーというか……」
「ネヴィルさん、麻雀って知ってますか?」
「マ、マジェン? なんだそれは?」
「サイコロよりも楽しい事ですよ」
この世界でのギャンブルと言えば、サイコロが一般的だ。他にもカードのようなものはあるらしいが、麻雀らしきものは無い。
未知の誘惑に、ネヴィルの目が揺らぐ。
「…………作ったら、教えてくれるのか?」
「モチのロンですよ!」
「よっしゃ、やってやる!!」
ギャンブル中毒も悪くないかもしれない。
少なくとも、他人がおぼれている分には。
「それで、おいくらになりますか?」
「あぁ、ちょっと希少な素材だからな。100万フォートでどうだ?」
「いや、それはちょっと……。麻雀の準備にも手間がかかりますし……」
木片にちょこっと書き込んで牌を作るくらいだが、それが100を超えるとなると面倒にもなる。あと高すぎ。
「う~ん、50万フォートだ!」
「もう一声!」
一気に半額にまでなったが、それでもお金が足りない。さすがに無い袖は振れぬ。
「45万」
「………………」
ちょこっとずつ下げていく魂胆らしい。
「40万フォートならどうだ?」
「ちょっと『ネヴィルに襲われた』ってギルドで泣いてくるわ」
「わー分かった!! 10万フォートだ! これ以上はこっちが赤字になる」
「オッケーです。頑丈なのをお願いします」
「任せろ。金槌で殴ってもビクともしない物を作ってやる!」
前回と同じ手口にはまった気もしないではないが、エリン自身も久々に麻雀をやりたかったこともあり、今回はそれで収まった。
100均でも売ってそうなゴーグルに10万円。安くて丈夫なプラスチックってすごい。
♦
とある市長は言った。
「逆に麻雀でお金をかけない人っているんですか?」
エリンは手作りの麻雀牌を持参し、ネヴィルの店にやってきた。
今日は久々の、この世界では初めての麻雀大会である。他の参加者は、ネヴィルが知り合いに声をかけて集めてくるという。
雑貨屋に丁度良いサイズの木片が売ってあったので、それを大量に購入した。そして仕事という口実の下、オルティス邸の部屋にこもって模様を描いた。
こちらの人々でも通用するように、多少のアレンジは加えてある。
「はいざいま…………」
「おう、来たか。遅いぞ」
「あっ! 新種のモンスターが現れた!」
「出会い頭に人間性を否定すんじゃねーよ」
出迎えたのは、まさかのギルドマスター・レッセーである。
いやいや、2人が知人だってことは分かってたよ。けど、なんでギルドのトップが朝っぱらから麻雀やろうとしてるんだろうね?
さらに、その奥にはもっと意外な人物の姿があった。
「何でいるんですか? ビッチ爺さん」
「ミハイロビッチじゃ! いい加減覚えろ!」
「えー、だって長いですもん。言いやすい上に分かりやすいですよ、ビッチ爺さん」
くだらないやり取りをしていると、レッセーが朗らかに笑う。
「ハッハッ、ビッチ爺さんか。そりゃいいや。俺もそう呼ばしてもらおうか」
「レッセー、お主まで儂を愚弄するか!?」
「挨拶がてらの冗談だ。気にするな」
「気にするわっ! だいだいお主は――」
「おーい、何してんだ。早くマジェンやろうぜ、マジェン」
ビッチ爺さんが説教を始めようとしたところで、ネヴィルがひょっこり顔を出した。
マージャンな。
「おう、そうだな」
レッセーがビッチ爺さんをあしらって部屋に入る。
エリンがそれに続き、ビッチ爺さんはブツブツ言いながらもやってくる。
「それにしてもビッチ爺さんとも親しいとは思いませんでした」
「ああ、この爺さんにはいつも世話してやってるからな」
「何が世話じゃ。お主はサイコロ振ってるだけじゃろ」
ビッチ爺さんもギャンブル好きだったのか。確かに、競馬場にでもいそうな雰囲気はある。
「ま、お主のおかげで儂も生きていけるわい」
もともと皺の多い顔をしわくちゃにして、爺さんはネヴィルの肩をポンと叩いた。
(ん、どーゆーこと?)
「さてネヴィルよ。この前お主が負けた分、まだもらってないんじゃがの……。お、その前の分も」
「むぐっ! も、もう少し待ってくれ。今やってる仕事終わらせたらすぐに持っていくから」
弱いところを付かれたっぽいネヴィルは萎縮する。
ていうか、ネヴィルがギャンブルで負けた相手ってビッチ爺さんだったみたい。
この様子だと、いつもネヴィルが負けてお金をガッポリと持っていかれているようだな。…………だから、弟子が子供1人しかいない魔法訓練所でもやっていけているのか。
まぁ、他人の事情なんて知ったこっちゃない。そんなことより今は麻雀だ。
いつ以来になるだろうか。
エリンが簡単にルール説明をし、早速みんなでやってみる。
美少女1人におっちゃん3人(爺さん含む)。そんな集団が麻雀をするためにテーブルを囲んでいる。
傍から見れば異様な光景であろう。
「とりあえずやってみましょう。やってるうち分かってくると思いますし」
3人とも根が遊び人なのか、飲み込みは早かった。
昼頃には本格的な麻雀になっていた。ここに刑法185条なんてない。
「あ~負けた~」
提案者であるはずのエリン、負けが続く。
「クッ、こんなはずじゃない。もう一度!」
「フッフッフ、儂ならいつでも相手になるぞ」
どういうわけか、ビッチ爺さんが異常なまでに強い。
ネヴィルが彼の家計を支えているというのも頷ける。
「お、今度は俺の勝ちだな」
ビッチ爺さんに次ぐ強者はレッセーだ。彼は運も兼ね備えた実力者だった。
ただ、爺さんが規格外すぎる。
「魔法でも使ってインチキしてるんじゃないですか?」
「それだっ!」
エリンがボソッと呟くと、ネヴィルが立ち上がった。
今のところ、彼がいるおかげで最悪の事態は免れている。
「フンッ、勝てないからって言いがかりはよしてもらいたいもんじゃ」
「あぁ、それなら問題ないぜ。誰かが魔法なんか使ってたら俺がすぐ気づいちまうからな」
レッセーが言うなら間違いないんだろう。この2人がグルでもない限り……。
ただ、今のところそういう様子はない。むしろレッセーから爺さんへの悪意を感じる。
「どうする? まだやるか?」
「うぐっ、これ以上はお金が……」
「なんならツケておいてもいいんじゃぞ?」
「そういうことなら……って、いやいやいや。やんないです!」
結局この日、エリンは大金貨1枚を失った。
お尋ね者の報奨金として大金貨5枚をもらったが、ゴーグル代を除くとすでに1枚しか残っていない。
独立に向けて服なども買っているため、かなりのペースで所持金が減っていく。
(こんなことならカーラさんにもらった分、手元に残しておくんだった。アイツなら銀貨1枚でも大喜びしたろうに……)
男爵の次男坊・シデラを救助したお礼としてもらったお金を、すべてモヴィーに渡してしまったことを今更ながら後悔する。
「おいエリン、例の物を渡すから金をくれ!」
「それは別にいいんですけど、私はもうやりませんよ」
「構わん。他の仲間を連れてくる」
ああ、この人はダメな大人の典型例なんだ。エリンが金貨を渡したら、その直後に使い込むつもりだ。
せめて爺さんへの借金に回せよ。
賭け事はやらないに越したことはないが、やるとしても息抜き程度にちょこっとだけやるから楽しめるのである。
このハゲのエリアに達したら最早病気である。残念ながら、回復魔法では心の病まで治せない。
「それなら持ってきてください」
「お、なんじゃ? お主、コヤツに何を作らせたんじゃ?」
「防具みたいなものですよ」
ビッチ爺さんに答えていると、ネヴィルがゴーグルを放り投げてきた。
「ほれ、これだ。確認してくれ」
「おっと。どれどれ、…………付け心地は悪くないですね」
顔が小さいエリンが付けてみると、顔の半分くらいを覆うくらいのサイズだ。
少し暗いが、それでも視界は良好だ。サングラスとでも思っておけば問題ない。夜道でもなんとかなりそうだ。
「じゃあ、ちょっと試させてもらいますね」
エリンは一旦ゴーグルを取り外すと、部屋の隅に置いてあった金槌を取った。
そして、それをゴーグルに振り下ろす。
「お、おいっ!?」
「お主、何を!?」
ビッチ爺さんとレッセーが、エリンの奇行にぎょっとする。
コツン
さすがに力任せに殴ったりしない。飛んできた石がぶつかっても割れなければよいのだ。
それでもゴーグルには傷ひとつ付いてない。なんでも、魔法で特殊な加工を施したガラスを使っているという。
「おお、さすがプロですね!」
「たしかに、これなら立派な防具じゃ」
ビッチ爺さんが正直に賛辞を贈ると、ネヴィルは鼻を鳴らした。
「フン、当たり前だろ。ホラ、さっさと金くれよ」
(職人としてなら優秀なんだけどなぁ)
彼の人間性を残念に思いつつも、素直に金色のおはじきを1枚渡す。
「やっぱりそれくらいするよなぁ。もうちょい安ければ若いハンターにも広められるのに……」
「これでも奮発したんだからな。コイツが脅してきたから」
「やだなぁ。何言ってるんですか~」
ハンターの管理を担う者らしいことを言うレッセーだが、彼が仕事を放り出して朝からギャンブルに興じていた事実は消えない。
「てか、ハンターからのぼったくりを止めればいいんですよ」
「それなんだよなぁ。俺なんかにはどうしようもないんだよ……」
ギルドのボスなら、交渉次第でなんとかならないものかと期待した。
けれども、所詮は彼も下っ端の1人にすぎなかった。
ならば諸悪の根源はギルドを牛耳っている連中か。
敵は本部にあり。




