25. 悩める男たち
〇前回のまとめ
・依頼完了。
・報酬の9割はギルドにもっていかれることを知った。
・ふざけんな異世界。
エリンの当面の目標は、1日でもノーマルランクになること。
そのためには、少しでも多くの依頼をクリアする必要がある。休んでなんかいられない。もう、一度乗った船である。
合理的にランクアップするためには、できるだけ難易度の高い依頼を受けるに限る。
ただし、まだビギナーランクのエリン一人では、受注可能な依頼に制限がある。
ということで本来は制限された依頼を受けるために、クロフォードを巻き込……ゲフンゲフン、補佐してもらう。
なお、クロフォードには新人ハンターのサポートということで、ギルドから別途報酬が支給されるんだとか。
エリンをアドベンチャーズの臨時メンバーということにすれば、天引き率を下げることもできるのだが、構成員の登録変更はリーダーがいないとできない。
(あのハゲェェェ…………!)
「やっぱり良いのないなぁ」
「…………おはよ」
「うわあぁぁぁっ!!!」
エリンが掲示板に目をやっていたら、不意に背後から声をかけられて思わず飛び上がる。
声の主はクロフォードだった。
「………………そんなに驚かなくても」
「…………いや、急に後ろから声がしたら、誰だってこうなりますよ」
影が薄いのは危険な現場では役に立つこともあるかもしれない。
ただ、本人はそのことを気にしているらしく、少しばかりすねた様子だ。
(この人、今まで後ろからチクリとか何度もやってそう……。なんか禍々しいオーラをいつも醸し出しているし……)
本人からすれば、言われもない偏見であろう。
「…………どう? 良いのあった?」
「いや~。それが全然ですね。むしろ昨日のアレは何だったんだ、ってくらいに思えてきます」
「…………普通はない。あの依頼取れたの、運良かった」
ただし日当3,000円でしたけどね。
2万円ちょいあれば何ができる? 前世だったら1カ月分の食費を賄えるよ。
別に依頼とか関係なくシュトゥルーツ(ダチョウ)を狩りに行くということもできなくはない。
しかし、ハンターが自由気ままに狩猟を行うと、数が多くないシュトゥルーツは当然のことながら絶滅の危機にさらされることになる。
そのため、ギルドは依頼以外で取得した皮革を受け取らないとすることで、間接的に制約している。
革職人の方もそのことを理解している。また、一度にオーストリッチが大量に出回ると価値が下がってしまい、結局自分が損をすることになるから、個人で買い取ってくれる業者もいない。
依頼の多くは、工事などの手伝いや、行方不明のペット探しといった、現代の日本でも短期のアルバイトとしてありそうなものがほとんどだ。
やはり、モンスターや犯罪者に関する依頼の方が比較的報酬が高いものが多いのだが、そういったものはハンターたちに人気となる。そのため、なかなか手にすることができない。
それに、エリンには昨日の割の良い仕事がどうしても基準となってしまうので、どれもかすんで見えてしまう。
そうだとしても、報酬が納得できるものを待っていては、いつになるかも分からず、ニートまっしぐらとなる。
多少の妥協もやむを得ない。どうせほとんどカットされるのだから。
ということで、エリンが適当に候補として挙げた依頼の中から、クロフォードにエリンの実力に見合ったものを選んでもらい、それを受けることにした。
それは、エリンが依頼を受注するために受付に並んだ時だった。職員の男性がクロフォードに声をかけてきた。
「おう、クロじゃないか。丁度いい、ちょっと来てくれ」
2メートルくらいあるんじゃないかという長身に、さわやかな笑顔から覗く白い歯が光る人だ。クロフォードよりは幾つか年上といったくらいだろうか。喧嘩したら室伏相手でも負けないんじゃないかと思えるほどの筋肉が、身を纏う布地を押し上げている。
電柱程の位置から降ろされる視線の範囲に、エリンの姿は入っていないらしい。彼は有無を言わせぬままクロフォードを引っ張っていった。
「え、ちょっと……」
同伴者を連行されそうになり、エリンはたじろいだ。
クロフォードはエリンに向かって、何かを言おうとしている。ただ、声が小さすぎる。何とかして口の動きから察するに、
「すぐ戻る。そっちお願い」
と言ったのだろう。
相変わらず最低限しかモノを言わない人だと思いつつ、ため息ひとつ。
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すぐ戻ると言われたものの、クロフォードは一向に戻ってくる気配がない。
痺れを切らしたエリンは、思い切って職員スペースに行ってみることに決めた。
「ちょっと、ここは職員以外立入禁止ですよ」
「あの、一緒に来た人が奥に連れていかれちゃって……。それでずっと待ってても来ないから……」
事務の女性に咎められたが、事情を説明して侵入を試みる。
さりげなく通り抜けられたらいいなと思ったが、さすがにダメだった。
もしエリンが前世の地味な姿だったらそれも可能だったかもしれない。だが、今のエリンは街を歩くだけで、道行く人が男女を問わず振り返るほどの美貌を持っている。
まだ本人にその自覚がないだけで、周囲から注目されずに行動するなど到底無理な話であった。
ここにいるハンターがどいつもこいつもヘタレばかりであったためか、さらに、エリンとはベクトルの異なる美人であるカーラが印象的であったためか、なかなか気付く機会が訪れていなかった。
「ああ。そういえば、さっきギルマスの部屋に誰か入っていったわね。同じチームなんですか?」
「えぇ、まぁ、……そんな感じです」
否定はしない。間違ってはいないから。
それにしても、本当にあの人は有名チームの一員として認識されていないのだなぁと、改めて呆れてしまう。
余談になるが、アドベンチャーズ自体は、彼らにまつわる本が多く出版されているほど、世間の知名度は高い。クロフォードが特殊なのである。
アドベンチャーズの武勇伝を書いた本でも、よくて名前だけ、ひどいものだと4人チームとして扱われている本すらある。
過去には、敵のアジトにクロフォードが単独で正面から侵入しても警戒されず、機密文書を持ち出したこともあった。その事件は、アドベンチャーズ全員が正面から乗り込んで敵を倒したことにされている。
事実を基にした物語の世界なんて、どれもいい加減なものだろう。
(ていうか、さっきのおじちゃん、ギルドマスターだったのか? あんまり偉そうな雰囲気なかったけど。人って見た目じゃ分からんもんだね)
「ちょっと待っててくださいね。確認してきます」
「お願いします」
エリンは、自分の立ち入りを咎めたのが親切な職員で良かったと安堵する。
もし、いつぞやのおばちゃんみたいな人だったら無下に追い返されていただろう。
その職員の女性はすぐに戻ってきた。
「入っても大丈夫ですよ。ギルマスが連れてきていいって」
コンコン
「おう、入っていいぞ」
木製のドアとノックをすると、中から返事があった。
「失礼しま~す」
エリンが扉をゆっくり開き、隙間から顔を覗かせると、ローテーブルに向き合う男2人の姿が。
「ほう、結構可愛い子じゃないか。もしかしてお前のコレか?」
ギルドマスターはそう言って小指を立てる。
クロフォードは恥ずかしそうに顔を伏せるのに対し、エリンは眉をひそめた。
「違いますから」
感情を込めることなく、静かに言い放つ。
男女が一緒に行動するだけでカップル認定するとか、頭の中お花畑になってるんじゃないの。
ギルドマスターは明らかに脈が無いと見て取ったが、悪びれることなく快活に笑う。第一印象こそ芳しくなかったが、ギルドを任されているほどだから能力は確かなのだろう。よろしくない手段で今の地位にいるのでなければ。
「ハッハッハッ。そうか、これはつまらんことを言ったな。まあいい、座ってくれ」
言われるがまま、クロフォードの隣に腰を下ろす。
テーブルの上には1枚の紙が裏返しにして置いてあった。
「アンタとは初めてだな。俺はレッセーだ。一応ここのギルドの責任者をやっている。立場上、クロたちにはよく世話になっているんだ」
「エリンと申します。先日ハンターになったばかりの若輩者ですが、どうかよろしくお願いします」
エリンが挨拶をすると、レッセーは虚を突かれたような顔をした。
「……どうかされましたか?」
自分が何か気に障るようなことをしたのかと、少し不安になる。
「いや、今までそんな丁寧な奴を見たことが無かったからな。ちょっと面食らっただけさ」
フェケテシティの市民の気質のせいか、彼自身の性格のせいか、レッセーと接する者は、新人職員であっても最低限の丁寧語で話す者ばかりだった。
レッセーのエリンに対する印象は、その容姿とも相まって良好だった。
「なぁ、コイツはクロがアンタを信頼してもいいって言うから見せるんだけどな……」
挨拶もほどほどに、レッセーは机上の紙を表にした。
見ると、紙の上には文字や数字が羅列してある。
「これはヴェインたちが受け取った依頼書の1つなんだ。アイツらからクロにも早く来いって連絡が来たんだが、どうも俺じゃ読めなくてよ」
その紙には、次のようなことが書いてあった。
『SARGA = 7166631
FEKETE = 2222244227722
××× = 63336665557 』
「…………何ですか、コレ?」
「依頼の集合場所が暗号で書いてあるんだが、俺たちじゃさっぱりだ」
「よくあの人たち解読できましたね」
「…………ホリー、賢い」
「あー理解」
さすが参謀。
「ったく、アイツらも解読したのを教えてから呼べよな」
「それじゃあ暗号の意味がなくなるんじゃないですか?」
依頼書を出した人の近くに敵がいるとか?
「あー、それはだなぁ…………」
レッセーはエリンから目を逸らして口ごもった。
彼にかわってクロフォードが答える。
「…………趣味」
「…………はい?」
「いや、そのよぉ…………。ソイツを出した奴が、暗号とか作るのが好きなだけなんだ」
「……………………」
(緊急じゃないの!?)
まったくはた迷惑な話であると、思わずため息がこぼれる。
「……まぁ、分かったから結構ですけどね」
エリンの言葉に他の2人は一瞬、何を聞いたのかを理解することができなかった。
答えはオリジナルの固有名詞なので悪しからず。




