21. 危ないメイド
〇前回のまとめ
・ヴェインにオンディーヌメイルという防具を買ってもらった。
・他にも道具をそろえた。
・モヴィーにシデラ捜索の報酬を渡した。
東区の住宅街があるエリアに近づくと、カーラと出くわした。買い物帰りだろうか、編み籠を片手に持っている。
エリンよりも先に向こうがこちらに気付き、微笑みながら手を振ってきた。美人のメイド服こそ至高なり。
「ただいま戻りました、カーラさん」
「おかえりなさいませ、エリン様。少し遅くなっていたので、家出でもされたのではないかと心配したのですよ」
「あ~、すみません」
家出って、エリンにとってはオルティス邸は仮の宿のようなつもりなのだが。
しかし、カーラにとってもあの鋭利なオバサンと家で2人ってのは辛いのだろう。エリンがいれば、いささか気も紛れていたのかもしれない。
オルティス邸までの道で、エリンはハンターになろうと考えていると話した。
「ハンターと言いますと、あのハンターですか?」
「他に何かあるのかは知らないので、そのハンターかと」
「またまた、エリン様もご冗談がお上手で」
冗談のつもりではないことを伝えるために、エリンは今日貰ってきたハンターバッグを見せる。
「ハァ、本気なのですか。女性のエリン様でしたら、ギルドの事務員になる方が良いかと思うのですが……」
なるほど男性よりも腕力が弱い女性なら、生命を危険にさらすことも起こり得るハンターになるよりも、屋内での事務作業に従事する方を選ぶ人は多いのだろう。ギルドにいたハンターも男性ばかりで、反対に職員は女性が多かった。
だが、エリンからすればギルドの事務員など前世の会社勤めと大差なく、むしろ苦痛になりそうだ。
「コツコツと堅実に働くよりは、一攫千金を狙ってやりますよ」
ギャンブル依存症のおっちゃんみたいなことを言いつつ、エリンは顔の前で拳を握る。
カーラはそんなエリンに向かって、「冗談がお上手で」とでも言うような表情になる。
「この前バトラーとかいうお尋ね者を倒しましたし、何とかなるんじゃないかと思いますよ」
「まあ! あのバドラーをですか?」
「倒したと言っても、留め指すところで邪魔が入りましたけどね。アドベンチャーズとかいうおっさんたちに」
「アドベンチャーズって、あのアドベンチャーズですか!?」
有名なフレーズに、カーラは目を丸くする。
「多分そのアドベンチャーズですね。世間の評価は知りませんが、私からすれば漁夫の利狙いのパロディー集団ですよ」
「ウフフ、あのアドベンチャーズにそんなこと言う方なんて、この街ではアナタくらいですわ」
さすがに本当の「邪魔」が自分の胃腸だったとは言えず、アドベンチャーズを悪役に仕立て上げようとした。
いや、エリンの中では「邪魔」=アドベンチャーズになっていたが、カーラの様子からしてどうせ信じてはもらえないだろう。
カーラはアドベンチャーズの偉大さについて語ろうとしたが、そうこうしている内にオルティス邸に到着した。
やはりオルティス父子たちがいないこともあってか、心なしか静かな気がする。
「旦那様から、自分が留守の間しっかりエリン様の面倒を見るようにと仰せつかってます」
ハハッと笑ってすましたエリンは、背筋がゾクゾクっとするのを感じた。
エリンへの執着がすごいのか、はたまた一度保護したからという責任感が強いのか。できれば後者であれと願う。
早く資金を貯めて自立することを、改めて誓う。
「そうだ、カーラさん。お風呂使ってもいいですか?」
「そうですね、汚れを落としたいでしょうし。でも、旦那様がいらっしゃらないときに使うのは……」
「あ、浴室さえ貸してくれたら大丈夫です。お湯は自分で出せるみたいなんで」
「!?」
一瞬戸惑った様子のカーラだったが、エリンの言葉に耳を疑ったようだ。
浴室に移動し、エリンがお湯を張ると、カーラは一驚を喫した。
その笑顔が見られただけでも私は満足でございます。このまま額縁にいれて飾りたいわ。レンブラントじゃないけど。
ビッチ爺さんの言う通り、魔法を使いこなせる者は限られており、水魔法の使い手でもお風呂に足りるほどの量の水を出すのは難しいという。さらに温度調整までできるのは稀有な存在だとか。
この体の元の所有者に感謝しないとね。
「うはぁ~」
自分で用意したお湯につかり、エリンは恍惚とした。
お風呂で声を出すのは戦闘状態になったからと聞いたことがあるけど、こんなリラックスした状態で戦闘したら、むしろ平和的解決が期待できるのではないかと思うエリンである。
「失礼しま~す」
エリンの意識が湯船に沈みかけていると、声と共に扉が開いた。
入場者はエリンを見ると、何か衝撃を受けたように一旦動きを止める。だがすぐにエリンの傍へ行き、その肩に触れた。
「あらあら、エリン様。お風呂で寝たらいけませんわ」
「えあ? んー」
エリンは薄れ行く意識の中で、体を揺すられているのを感じた。
あーもっと上、首の方を……って――
「なーーーーー!!!」
微睡から連れ戻されたエリンが重たい瞼を持ち上げると、そこには一糸まとわぬ美女がいた。
「なな何してるんですか、カーラさん!?」
「あら、私はただエリン様のお背中をお流ししようと」
「あわわ、私はもう十分なんで先に――」
「いけませんわ」
避難のため上がろうとしたが、カーラに腕をガシッとつかまれてしまった。華奢な体のどこに一体こんな力があるのか。
可愛いはずなのに怖い笑顔とか初めてなんですけど。
エリンは腕を振り払おうと、体を壁に向けた。その背中にカーラが微笑む。
「一緒に寝た間柄ではありませんか、私たち」
「一緒の部屋にということですよね!? 語弊がありますよ、その言い方! まるで同衾したみたいじゃないですか」
「私はそれでも良かったのですが」
何ちょっと赤くなってんですか。アレですよね? 湯気に当てられたんですよね!?
マズイ、入り口は塞がれている。せめて背を向けてもらわないと……。このままはヤバイ。
「あ、そうだ。私が先に背中を流しますよ」
「ウフフ、お客様にそのようなことさせるわけには行けませんわ」
「いえいえ、カーラさんにはお世話になってますし。それにシャワーとかやってみませんか? 気持ちいいですよ、きっと」
「そうですか?それならお願い致します」
この世界にはないシャワーという言葉に興味を惹かれたのか、気持ちいいという言葉に寄せられたのかは置いとくとして、カーラが向こうを向いてくれた。
エリンは背後からカーラの頭にお湯をかける。水温は39度くらいで。
女の体になったせいか、幸か不幸にも邪な感情は起こらない。ただ心は男なだけに、刺激が強い。
ただ自分の体を見られることにはかなり抵抗があるので、それは防ぎたい。温泉でもタオルで前方を隠すタイプである。
「きゃっ!」
「あ、すみません。大丈夫ですか?」
「いえ、少し驚いただけです。それにしてもすごいですね、エリン様の魔法は」
確かに何もないはずのところから突然水が出てきたら誰だって驚くわな。
最初魔法使った時だって、自分でも驚いたよ。変な爺さんで気をとられてたけど。
エリンはカーラの頭をすすいでいくと、後ろからでもカーラの表情が緩んだのが見えた。
人に頭洗ってもらうのって良いよね。この世界にはシャンプーとかリンスとかは無いけど、それでも頭をほぐされる感覚は絶妙だろうし。
てか頭皮硬いね。住み込みで働き詰めだから、疲れや苦労がたまってるんだろうね。それなら……。
「あぁ……」
肩に降りたエリンの手から圧力が加わると、カーラの口から声が漏れた。
エリンは肩、そして首をほぐしていく。前世ではしばしば両親にマッサージ機代わりにされていたこともあって、腕には少々自身がある。別にそれ以上の感情などありやしない!
(硬っ! これはやりがいがある)
エリンは現在置かれている状況のことも忘れ、マッサージに入れ込んでいった。
かなり首肩のコリがほぐれてくると、カーラがクルっと体の向きをこちらに変えた。
エリンはびっくりしてその動きに合わせるように、自分も回転した。
「な、何を……!?」
「フフフ、今度は私の番ですわ」
そう言うと桶で浴槽からお湯を汲み、エリンにかけてきた。
エリンの髪をかき分けたところで一瞬カーラの動きが止まるが、動揺するエリンはそれに気付く余裕も無い。
「エリン様の髪、とても綺麗な銀色で羨ましいですわ」
「ど、どうも……」
エリンは肩まで伸びている自分の髪を一束指でつまみ、顔の前に持ってきた。
確かに透き通るようなきらめきがある。パサパサしてるけど。
ちょっと年取ったら老けて見えるかもな、と少しばかり不安にはなるけど。
「カーラさんの亜麻色も綺麗で私は好きですよ」
「あら、ありがとうございます。ウフフフフ……」
自分の髪を見てぼんやりとしていたところ、心なしかカーラの鼻息が荒くなっていく気がする。
「あの、カーラさん?」
「あぁエリン様、何でこんなにも可愛らしいんでしょう。これほどまでオルティス家に勤めていたことに喜びを感じたことはありませんわ」
「…………!?」
何がどうやらのエリンは声が出なかった。
すると、何やら背に柔らかい感触が伝わり、さらにはカーラの白い手がいきなり前に回ってきた。
「っ!? お、お先に失礼します!!」
たまらずエリンは浴室を飛び出した。置いてあったタオルと着替えを手に取ると、そのまま廊下を走った。
「あらー、残念」




