17. 濃いに恋して
〇前回のあらすじ
・オルティス一家は出かけていった。
・メイドのカーラからお小遣いをもらった。
・アドベンチャーズに呼び出された場所へ向かうことにした。
異世界生活3日目にもなるが、この街は通るたびに新たな発見がある。
そんなことを考えつつ、エリンは昨日の赤ハンターに言われた通り『白いカラス』という店にやってきた。
場所を知らなかったが、ハンター御用達の店店が並ぶエリアを抜けて西区に入ると、すぐにその名の看板を見つけたので、迷うことなくたどり着けた。
チララン
ドアを開けると、乾いたベルの音が鳴った。
足を踏み入れたエリンに、中にいた客たちの視線が一斉に集まる。むさ苦しい男ばかりだ。
まだ年端も行かない美少女が来るのは珍しいのだろうか、皆品定めするようにエリンを観察している。エリンにはそれらの舐めまわすような視線がひどく不快に感じられた。
(うわぁ、男ってヤだなぁ…………)
もっとも、エリンの美貌に野郎どもが目を奪われてしまうのは仕方ないことだ。
実際、オルティス邸の風呂で汚れを落として身だしなみを整えたエリンは、たとえ男装をしていたとしても、美少女としての品格が溢れていた。気付かないのは、それを現認することができない本人くらいなものであろう。
店はまだお昼前にもかかわらず、それなりに賑わっている。ちょっと遅めの朝食か、それともブランチといったところか。
エリンはキョロキョロして知った顔を探したが、それらしきは見当たらない。
(自分から呼びつけておきながら遅れるとは……。待ち合わせって、普通男の方が先に来るもんだろ。しかも何だここは。もっと他に良い店あるだろうが)
エリンは、こういう時に限って自分の“女”を利用するタイプであった。
もっとも、時計を持っていないエリンにとって、時間は感覚的なものでしかない。
時間が分からないなら少しくらい遅れても構わないというのが一般的な感覚かもしれないが、日本人の、否、社畜の性がここでも遺憾なく発揮されたようだ。
これならちょっとばかし寄り道してもよかったな、と小さな後悔。
「おう嬢ちゃん、お1人様かい? 今から俺と……っておい!」
まだ昼前だというのに酒の匂いを漂わせているハンター風の男に声をかけられた。しかし、エリンはそれを無視して店内を歩き始めた。
明らかにモテなさそうだが筋肉質な男。実年齢は若そうだが老けて見える。身の程を知れよ、おっさん。アンタにゃジ〇イ子みたいなタイプがお似合いさ。
ふと見ると、店の入り口の脇に階段がある。ひょっとしたら既に2階に来ているかも……。
「おいお前、何無視してくれてるんだ!」
エリンが階段の方向へと足を向けると、先程のナンパ野郎に腕をつかまれた。
自分の言う通りに女が従うのが当たり前と言わんばかりの態度。こういうのが某大学のサークルで集団性犯罪とかやるんだよ。
確か客引きで腕引っ張ったりしたら暴行罪なんだよね。ここではどうなるんだろう。
「あ、すみません。日中から酒を飲むようなろくでなしとは一切関わってはいけないというのが母の教えでして」
「あ!? バカにしてんのかテメェ」
「ええ、よく分かってるじゃないですか。ならその汚い手を放してください。キモいんで」
「な、な、な……」
この時のエリンは、なぜか無性に機嫌が悪かった。
本来ならば言えないようなことまで、口からホイホイと出てくる。
男はつかんだ手に力をこめ、ワナワナと唇を怒りで震わせた。
(痛いんですけど)
店の入り口での応酬に、野次馬たちが好奇の目を向けてくる。目の前の男の手よりも、その視線の方が気持ち悪く感じられた。
誰も干渉しようとすらしない。悲しいねぇ。
「情けは人の為ならず」って言葉知ってる? 善い行いは巡り巡って自分のところに帰ってくるという意味。まあ、この言葉が生まれた日本の人々は残念ながらこの精神を忘れ去ってるみたいだけど。もちろん自分を含めて。
「おい、ちょっと可愛いからって調子こいてんじゃねえぞ。お前俺が誰か――」
「そこまでだ」
振り返ると青ハンターともう一人がいた。いつの間に?
あ、階段から来たのか、そりゃ気付かんわ。先に来てたのね。
アドベンチャーズはやはり知名度が高いらしい。彼らが来ただけで店内の客たちからどよめきが起きる。
「我々の客人に何か用かな?」
「え、あ、いや……」
先ほどまでの威勢もどこへやら、男はすっかり狼狽えていた。
てか、この青じゃない方の声って、まさかヴェインか? 昨日は兜みたいなのかぶってたから気付かなかったけど、ハゲてるやん。顎から毛根移植することをお勧めするよ。
「助けてください。コレにいかがわしいことをさせられそうになりました」
「は!? お前、何言って……」
突拍子もないことを言われたとばかりに、男はエリンを見た。
「は? まさか違うとでも言うんですか? 年頃の女の子にこんな時間から酒を飲む輩の相手をさせようとすることは、十分いかがわしい行為だと思うのですが。それが違うということは、ここでは女性に力づくで言うことを聞かせることが正当化されているんですか?
あと、早くその不潔な手を放してください。私の腕が汚れるんで」
「な……!?」
男は青筋を浮かべたが、ヴェインたちの目付きに気付いてようやくエリンから手を放した。そして、「覚えてろよ」と捨て台詞を残して出ていった。
あれ、代金は?
あ、店員がアイツを追いかけていった。
補足、食い逃げは詐欺罪です。皆さんもしっかりお金があることを確認してから店に入りましょう。
「フフッ。容赦ないですね、君は」
「そうですか? こんなものだと思うのですが」
青ハンターの言葉に、エリンは眉1つ動かさずに返す。
変な奴に絡まれたことでストレスがたっぷり溜まっていた。今すぐにでも腕を洗いたい。
「ここではアレですから、上に行きましょう」
「そうですね。低俗な連中の中にいると、それだけで吐きそうになります」
「何だと!? 俺たちをバカにしてんのか!?」
野次馬の中から抗議の声が起こった。
階段に向かう足を止め、エリンはそれに対して静かに答える。
「だってそうでしょう。決して止めようとすることなく、観客に徹して我関せずという態度を貫く。アイツを止めないってことはあの狼藉を容認したことに等しいです。私からすればあなた方もアレと同罪ですよ」
舌打ちや悪態の呟きが聞こえるが、堂々と反論する者はいない。
「仕方ないですよ。あの男はあれでも結構腕っ節が強いことで知られていますから。止めに入るにもなかなか勇気がいるでしょう」
「……そうですか。そういうことにしておきましょう」
さすがに失言だったと自分でも思ったが、青ハンターの言葉に救われた。有名ハンターに自分たちには勇気が無いと遠回しに言われた群衆は黙り込んでしまっている。
エリンたちは、それ以上は何も言わずに階段を上った。
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『白いカラス』の2階には多くの椅子とテーブルが並べられている。食事専用のようで、1階から店員が運んでくれている。
「おーい、こっちこっち~」
階段近くの一画に残りの3色ハンターが座っており、チンパンジーみたいな顔をした黄色が手を振っている。
エリンは赤と青に続いてその席に座った。下にいた時よりも視線が痛い。まあどうせ、有名ハンターチームとその依頼人くらいに思われているのだろう。さっき「我々の客人」とも言ってたし。
幼気な女の子1人を、屈強な男5人が取り囲む。傍から見ればかなり危ない光景じゃ……。
「ここに来るのは初めてか?」
エリンはその問いに黙ったままコクリと頷く。
「そうか、ここは見ての通り食堂だ。もう飯は済ませたか?」
「まだお昼前ですよ」
「ほう。その格好と言い、お前さん貴族の娘か」
ヴェインの問いに、今度は静かに首を振る。
この世界では1日2食が一般的なのだろうか。時間がなくても、朝昼晩きっちり食べないと動けないエリンとしては辛いところだ。
「まあいい。何でも好きなものを頼んでいいぞ」
「……ありがとうございます」
とは言っても、この街のご飯ってあんまり美味しくなんだよな~。
とりあえず回ってきた店員に「オススメで」と言っておいた。これもある種の博打だな。
「さて、改めて自己紹介をしよう。我々はアドベンチャーズ。俺はリーダーのヴェインだ」
「エリンと言います。よろしくお願いします」
本来だったら先にお前ら全員名を名乗れーという態度だったかもしれないが、1階での出来事で精神的に疲れたエリンは、大人しく名乗った。
リーダーの赤ハンターがヴェイン。
さっきエリンをフォローしてくれた青がホリー。
態度デカい黒はレフ。
黄色でうるさそうなのがアラン。
緑のクロフォードはずっと黙り込んでいる。
以上がアドベンチャーズの顔ぶれだ。
「そうだ、先にこれを渡しておこう。アラン、あれをこの子に」
「あいよ~」
アラン(黄)はエリンの前に布製の袋を差し出した。
既視感があるぞ、コレ。
中を見ると、大きめの黄金色のおはじきが5枚あった。
「バドラーの報酬の一部だ。アレを捕まえることができたのも君のおかげだと言っても過言ではない。受けっ取ってくれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
一応素直にお金は受け取ったが、自分が彼らの仕事をサポートしたようなことになっていて釈然としない。
断じて違う。彼らが私の手柄を横取りしたのだ!
「あの、ちなみにアイツの報奨金ってどれくらいだったんですか?」
「500万フォートです。お尋ね者の報奨金のマックスが1,000万ですが、100万フォートを超えることは滅多にありません。それほどバドラーは厄介だったんですよ。私たちも2回も取り逃がしましたし……」
ホリー(青)の言葉に、他の4人がうんうんと頷く。
金貨1枚で1万円としたら、お尋ね者の報奨金としては高額な方なんだろうけど……。
(いやいや、1割って。ケチなんやね、有名パーティーなのに。私の手柄~、私のお金~)
エリンが複雑な表情になっていると、“オススメ”のランチが運ばれてきた。
う~ん、肉! あとオマケ程度のパン。
そしてお味の方は……濃い! なんでこんなに濃くするかね、まずいよ正直。この街の人は、濃いに恋しているの?
肉なんて塩少々でも十分なのに……。異世界だから味覚もズレてんのかね。
無口なクロフォード(緑)だけはそれを察してくれたのか、哀れむような目を向けていた。
なかなか食事が進まないエリンとは対照的に、ヴェインやホリー(青)は流れるように食べていく。仕事柄どんな食べ物に対しても抵抗がないのだろうか。
自衛隊の缶詰とかあんまり美味しくないもんね。ソーセージとかシコシコした食感だったし。
「あの、これも食べますか?」
「なんだ、いらないのか? なら貰うぞ」
「あ、ヴェインズル~い」
水を飲み干したヴェインにエリンが自分の分を進めると、アラン(黄)が物欲しそうな眼をしてきたので、黙って皿を差し出した。
「お、ありがとう!」
「意地汚ねえぞ、アラン。エリンはそんなんで足りるのか?」
「あ、私なら大丈夫です」
気にかけてくれたレフ(黒)には申し訳ないが、むしろ全部食べて欲しいくらいだ。
「レフさんもどうですか?」
「いいのか? 遠慮なく貰うぜ」
(貰うんかいっ!)
結局エリンの皿にあった肉は、ほとんど3人に食べられることになった。
(みんな喜んで食べてるけど、私には理解できない)
「……さて、本題に入ろう」
全員が食べ終わった頃合いを見計らって、ヴェインが口を開いた。




