16. オルティス男爵Ⅱ
〇前回のまとめ
・前世以来のお風呂を堪能し、かなりの美少女であることが判明。
・オルティス男爵、息子のボニファーと出会った。
・男爵の邸宅に泊めてもらうことになった。
「――申し訳ございません! 申し訳ございません!」
「ど、どうされましたか、エリン様?」
「や、ですからこれは私ではなく部長のカツラが……」
「ブチョー?」
「…………ん?」
「ん?」
「……………………」
「おはようございます、エリン様」
「……お、おはようございます」
エリンが目を覚ますと、傍らにカーラの顔があった。
どうやら寝惚けてワケの分からないことを口走ってしまったようだ。あら恥ずかし……。
てか寝言から社畜根性が滲み出てるよ、悲しいことに。
あと、上司のヅラに責任転嫁しようとするってどういう状況よ。そりゃ、あのあからさまなヅラは社内でもよく噂になっていたけども……。
同僚の一人が、10月生まれの部長は神無月ならぬ“髪無月”の生まれだとか下らないことを言っていたのも、今となっては懐かしい。
目が覚めたら今度こそ元の世界に……なんてことはもちろんなかった。残念無念云々。
まぁ、きちんとした布団で寝られたことは本当にありがたかった。
自分が寝ている間にラトナがちょっかいをかけてくることもなく、取り敢えず一安心というところか。
あんなのとはできればもう関わり合いになりたくはないのだが、この家に居る限りそれも難しい。ずっとオルティス家の世話になるわけにもいかないし(色んな意味で)、苦手な人が少なくとも3人はいる。早急にこの世界における今後の方針を決定する必要がある。
とりあえずお腹空いたから、朝食を食べながらでも考えよう。
「さてと……って、なーーーーー!!!」
「ど、どうなさいましたかエリン様!?」
エリンが顔をあげると、タイミング良くカーラが着換えようと服を脱いだ。ここは男子禁制の女中部屋だから、何もおかしなことなどありやしないのだが。
(ダメ、その状態でこっちに来ないで……)
まだ自分が女になっていることを受け入れ切れていなかったのか、リアルでの女性のあられもない姿に免疫のないエリンは思わず声をあげてしまった。
「な、な、何でもありません……」
オルティス家を脱出すべき理由が、また一つ増えた。
エリンが壁を向いて座り込んでいると、カーラに着替えを渡された。あら素敵なワンピース……って、おぅ……。
「あ、あの、ズボンとかないんですか?」
「あら、あれは殿方がお召しになるものですよ。女性でお召しになる方なんてハンターくらいですわ」
「ですよね~」
いくらスカートで一晩過ごしたとはいえ、そう簡単に慣れるものでもない。それにここで下がれば男(?)が廃る!
エリンは落ち着かないとかあーだこーだとか言って、何とか男性用の服を提供してもらえた。ボニファーのお古だけど……。さすがにシデラのは小さそうだったし、他に適当なのが無かったからやむを得ない。
何でもエリンがボニファーに「昔の服貸してくれない?」ってお願いしたら即オッケーだったとか。すごく嬉しそうだったけど、きっと気のせいだ!
てか、センス無いな~。このシャツとか、近所のスーパーの2階で1000円くらいで売ってそう。こんな原色の服とか、幼稚園児でも着ないわ。
これでもショッキングピンクのワンピースを着るよりはマシなんだろうよ。
エリンが廊下を歩いていると、何やら家中ドタバタしている様子だ。
ダイニングに来ても、朝食はまだ用意されておらず、どうしたものかとエリンが突っ立っていると、オルティス男爵がやって来た。
「やあエリン、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「あ、おはようございます。お陰様でぐっすりと眠れました」
もしここに泊めてもらえなかったら、またあの小屋の床で雑魚寝する羽目になっていた。
感謝してもしきれませんよ、本当に。
「今日は外出されるんですか?」
「ああ、ちょっとした用があってね。子供たちと一緒にしばらく家を空けることになるんだ」
「そうなんですね」
口頭では納得してみせたものの、宿を失うのではないかという不安がこみあげ、エリンの顔が曇った。
「そう寂しがらなくても大丈夫さ。折角出会えたのに、昨日の今日で離れ離れになるのは私も辛いけど、20日なんてあっという間さ」
何を勘違いしたかは知らないが、男爵はエリンの肩に手を置いて語りかけた。
「私がいなくとも、この家には居て大丈夫だからね」
「あ、ありがとうございます…………!」
男爵不在の間も屋敷への滞在を許可されたことに、エリンは望外とばかりに顔を輝かせた。
さすが貴族様、太っ腹! と言っても、男爵自身のお腹は引っ込んでるけどね。中年太りとは無縁の体形。下級貴族という立場上、何かと気苦労が多いことでしょう。分かります、その気持ち。
「自分の家だと思って好きにしていいからね。君はもうこの家の一員みたいなものだから」
その余計な一言を聞いて、エリンは背筋がゾクゾクっとするのを感じ、笑顔を引きつらせた。昨夜の話は続いているらしい。
これは居候の“対価”を要求される前にとっととお暇する必要があるな、と感じるエリンである。
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男爵一家不在の期間は、カーラの他にもう1人女中が留守を守ることになってる。
行き遅れた教員って感じのおばさんで、ものすごく話しかけづらい感じ。やたら女子のスカート丈とかに厳しそう。
そもそもエリンの存在を明らかに好ましく思っていなさそうで、エリンとしてもこちらから接触するつもりなど毛頭ない。今朝エリンがダイニングで突っ立っているときも、目で「邪魔だ」と訴えてきてたしね。
なんやかんやでカーラだけが、この世界での唯一の希望に思えてくる。
兎にも角にも、屋敷にいたところでやることもないし、女中たちの邪魔になるばかりであろう。
エリンが女中の仕事を手伝おうとしたところ、例のおばさん女中に「お客様のお手を煩わせるわけにはいけません」と、突っぱねられてしまった。
そのせいで、まともなご飯が無いなら自分で作ればいいじゃない、というエリンの目論見は早くも崩れ落ちた。
そんなこんなで、エリンは息を止めて朝食を食べつつ、自立する道を探るべく街へ出ることに決めた。
エリンが適当に支度をしているとカーラがやってきた。覗いてやろう……というつもりではなさそうだ。そりゃそうか、俺じゃあるまい。……いやいや、やんないからねっ。
カーラはエリンに一言かけ、小さな布製の袋を差し出した。
「エリン様、街へお出かけになられるのでしたらこれをお持ちください」
エリンがそれを受け取ると、中には銀色のおはじきのようなものが何枚か入っていた。そこそこ重量感がある。
「これは……お金ですか?」
「はい、街へ行かれましてもお金が無いと何かと不便になりますし」
エリンにはここでの貨幣価値や市場相場についてはほとんど無知ではあるが、その量からかなり入っていると感じた。
これまで街での取引の場面で目にしたのはいずれも銅貨であり、銀貨は見かけなかった。
「え、こんなに頂いちゃっていいんですか?結構入ってるみたいですけど……」
「はい、シデラ様を助けていただいたお礼の意味も込められています」
「でも、ご飯とか頂いた上に泊めてもらっておいて、こんなに頂くわけには……」
心配そうな顔のエリンに、カーラは優しく微笑んだ。
「ご心配には及びません。もしエリン様が助けてくださらなければハンターを要請することになり、これ以上のお金を費やすことになっていました。それに……」
「それに?」
「その分ラトナの給料を減らせば、何の問題もありません。とりあえず、最低でも3年は賃金半額カットですね」
カーラがそう言うと、2人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
この人となら馬が合いそうだ、そう思うエリンであった。




