12. 不便な魔法の使い方Ⅲ
〇前回のまとめ
・分かれ道でケンとはぐれた。
・野生のオーガが飛び出してきた!
・野生のオーガを倒した!
鋼鉄の洞窟の、かなり奥深くまで来たのではないか。
モヴィーとはぐれてからここに至るまで、多くのモンスターを倒し、血路を切り開いて進んできた。
途中道が分岐しているところもいくつかあったため、モヴィーと遭遇するために進むべき道を誤っている可能性も大きい。
もしそうだとしても、最悪エリン自身があの落とし穴に身を投じ、そこから足跡を辿ればよい。風魔法を駆使すれば、落下の衝撃を軽減させるくらい容易いことだろう。
本来ならばあの時そうすべきであったのかもしれないが、エリンはつい先ほどようやくそのことに気付いた。迂闊だったと思う。
下へと続く通路を向けると、広い空間に出た。今来た道以外、他に出入り口は見当たらない。ここが依頼の品があるという目的地だろうか。
エリンはその部屋の真ん中を歩き、さらに奥へと進んだ。
ここにはモンスターが出現する気配がない。それでも油断することはできないと、敵の奇襲に備えて警戒を緩めない。
少し歩くと、エリンは足元に人間のものらしき足跡を見つけた。まだ新しい。
サイズからして大人のものであると思われる。残念ながらモヴィーはここには来ていないようだ。
(とりあえず、一旦奥まで行ってみよう)
そう思ったエリンがさらに奥まで歩いていくと、うっすらと明かりが灯っており、人影が見えた。誰かが壁の方を向いて座り込んでいる。
もしかしたらヴァスという鉱物の在りかについて知っているかもしれない。あ、あとモヴィーの居場所とか。
そう考えたエリンは、その人影に近づき声をかけた。
「すみませーん」
「…………」
反応がない。眠っているのか。
エリンが更に近づくと、モゾっと影が動いた。
「ったくよぉ。もう来やがったのかよ」
「?」
低い人間の男性の声が聞こえた。
おっさんか。誰かと勘違いしている?
「あの、この辺に変わった鉄鉱石は……って、おわっ!?」
シュッ
突然エリンの足元に火球が放たれ、咄嗟にそれを避けた。
「な、いきなり何をするんですか!? 危ないなー」
「その身のこなし……。やっぱりお前、ハンターだな」
どうやらエリンをハンターと勘違いしているみたいだ。身のこなしを褒められたけど、単にあちらのコントロールが悪かっただけなのではと思ったことは黙っておく。
いきなり攻撃してきたことから、ハンターに対して悪意を抱いていることは分かる。ならば誤解を解くのが先決だ。
「いや、私はハンターなんかじゃ――」
「俺様を捕まえに来たんだろ?」
「…………は?」
こいつは何を言っているんだとエリンが相手を窺うと、そこには髪はボサボサで、不精髭が伸び放題になっている男がいた。
やっぱりおっさんだ。おっさん怖い。こういうのが性犯罪で捕まるんだよ。
「いや、私がここに来たのは――」
「ああ、言わなくても分かるさ。このお尋ね者のバドラー様をとっ捕まえて、ギルドからたんまり報奨金を貰おうとしてるんだろう。ガキのくせに調子こいてんじゃねえよ。できるものならやってみな!」
ハァ、ダメだこりゃ。どうしてこの世界の人はろくに相手の話を聞かない輩ばかりなんだろう。しっかりとお互いが相手を尊重し、人間対人間の話し合いをすれば世界は平和になるというのに。
ま、それができれば世の中に戦争なんてものは存在しないんだけどね。
てかお尋ね者って要するに指名手配犯っていうことでしょ。ちょっとこれはマズイんじゃないの。
エリンと敵とみなしたバドラーは、口元で何かブツブツと呟き始めた。
「〈万物の根源たる火よ 敵を焼き払うため我に力を貸し給え 火の矢〉!」
火属性の魔法を発動させるための呪文だ。一般的な魔法って、皆こんな感じなのかな? 中二病感に溢れるね~。
呪文を唱え終えると、バドラーから火をまとった矢がいくつかエリンに向かって放たれた。
「あーもう。〈南極大陸〉」
エリンは防御のために氷壁を発動させる。
矢は壁を突破することこそ叶わなかったが、氷の壁はかなりすり減っている。どうやらギリギリだったようだ。
(あっぶな)
「ほう、どうやらガキにしてはそこそこやるみたいだな」
「そりゃどうも、……っそりゃ!」
再び相手から矢が放たれる。エリンはもう一度氷壁を出し、自らは身を屈めて体勢を低くした。
氷壁は敵の攻撃を完全には封じきれず、1本の矢がエリンの頭上を通過した。
バドラーはさらに攻撃魔法を繰り出そうと、呪文を唱え始めた。
だがその呪文は長く、エリンはその隙にと水魔法を使った。
「〈ナイアガラ〉!」
「――〈火の渦〉!」
しかし、エリンの水流が相手に到達する前に、相手の火炎によって打ち消されてしまった。
(クソッ、火力が強すぎる!)
相手が火を使うならばこちらは水と思ったが、エリンの水流は敵の火によって蒸発させられる程度のものでしかなかった。
もし相手の魔法がもう少し早く発動されていたらエリンはアレをまともに受けていたかもしれない。バドラーの呪文が長くて助かった。一般的な魔法ってみんなこんな感じなのか?
もしかしたらだけど、ビッチ爺さんの指導って意外とすごい? あの、足の親指みたいな爺さんが……?
「お前、短い呪文でそれだけの魔法が使えるとは大したもんだぜ。全く、殺すのが惜しいなあ」
「じゃあ殺さないでくださいよ」
「けっ、俺様の居場所を知られたんだ。そいつは無理なお願いだな!」
どうやら生かしたままここから逃がしてくれるということはなさそうだ。
そうか、アイツはネクロフィリアか。それでこんな可愛い女の子を殺して嬲ろうと……。うわぁ。
できれば相手の隙を見てここから逃げようかとも思ったが、バドラーを倒すしか自分が生き延びる道はない。
「うぉりゃー!!」
「っ!」
敵の攻撃から風魔法を利用して逃げ続ける。
もしここが岩に覆われた洞窟の中じゃなければ、辺り一面とっくに焼け野原になっていただろうな。
エリンは攻撃の機会を探ろうと試みるも、バドラーの攻撃を躱すのが精一杯で、到底そんな余裕はない。
「これでもくらえー!!」
「うわ、熱っ! あー水水水」
バドラーの放った火がエリンの背に当たった。すかさずエリンは水魔法を自分に向けて使い、火傷を防ぐ。
流水をしばらく患部にかける。基本的な火傷の応急処置だ。
(傷跡ができそう……)
「チッ、ちょこまかと逃げ回りやがって。キリがねえな」
「それはこっちのセリフだよ~」
部屋の端から端へと飛び回ったことで、エリンはかなり体力を消耗している。
対するバドラーも、攻撃魔法を短時間に何度も連発したことで疲れが見える。
(このままだと、どちらが先に力尽きるかの我慢比べだな。何か良い打開策は………………)
「って、うわっ!」
だが、バドラーは考えるゆとりさえくれない。相手の火の攻撃を避けようと、エリンは反射的に風魔法を使った。ところが、発動するときに方向が下向きになってしまい、エリンの小さな体は空中に投げ出された。
まったく、こっちはゆとり世代なんだから、ちょっとくらい配慮してほしいものだ。これだからおっさんは……。
「へ、身動き取れなくなったんじゃあ、もう避けられねえだろ。くらいな!――〈火の渦〉!!」
「…………っ!」
バドラーは宙を飛んだエリンめがけて攻撃してきた。エリンは風魔法を少し離れた後ろの方の壁に放つ。若干避け損ない、攻撃が足に当たったが大事はない。
「んなっ!?」
エリンはバドラーの真上まで来た。そして渾身の水魔法を発動させる。
「〈ナイアガラ〉!」
「げわっ!」
垂直に水流を浴びせ、敵の火に負けじと水温を下げていく。
「うおおおおおおおお!!」
「…………っ、小癪なー!!」
バドラーはすでに力を使い過ぎたのか、水を防ぎきれていない。
エリンは全身のエネルギーを水流に注ぎ込んでいく。
「うっ」
氷の柱を打ち立て、空中でやろうとしたことを終えたエリンは、着地の際にバランスを崩し、地面を転がって全身を打った。
幸いにも少々擦りむいた程度で済み、大きな怪我はない。ただし服はもうボロボロだ。まぁもともとボロッちいものだったから構いやしないだろう。
氷に覆われたバドラーはまだ意識があるようで、目だけがぎょろぎょろと動いている。物凄い形相だ。
「ハァ、ハァ、どうだおっさん。もう動けないだろ」
エリンは起き上がり、視線を下げてゆっくりと歩き始めた。
その時、バドラーの口元が動き、そこから黄色い歯がのぞいた。
次の瞬間、そびえたっていた氷の柱に亀裂が走り、大きな衝撃と共に部屋は白い霧に包まれた。
エリンは何とか踏み止まり、腕を顔の前にして衝撃から目や鼻を守った。
腕の隙間から前方を窺うと、そこには1つの影がある。
「おいおい、嘘でしょ…………?」
「クックック、残念だったなクソガキィ。だがな、俺様をここまで追い込んだことは褒めてやるぜ」
バドラーが気味の悪い笑みを浮かべている。万策尽きたァァァァァ。
「ん、どうしたー? もう打つ手なしって顔してんな」
「あー、そうだね」
こんなことならとっとと逃げ出しておくんだった。いや、まさかアレから脱出するとはね。
所詮オーガは低級モンスターでしかないのか……。なんやかんやで一番恐ろしい存在って人間なんだね。
バドラーがまた魔法を放つ用意をする。
「〈火の神・プロメテウスよ あのガキを焼――〉」
「〈フラッシュ〉!」
「っく!?」
敵に攻撃させまいと、エリンはバドラーの顔の付近に閃光弾を放った。
すると、地中深くの空間が光に飲み込まれる。
ずっと地底にいたバドラーは光になれておらず、目の前が真っ白になる。
「ったく、こんな小細工が通用するかよ」
バドラーは見えない敵を遠ざけようと、乱雑に火球を撃つ。だがそれが当たった感触は1つもない。
当然のことながら、バドラーの目が光に馴染む頃には、そこにエリンの姿はなかった。
「あの野郎、逃げやがったか?」
バドラーは辺りを見回した。
地下空間の中には他に生き物の姿はない。
「いや、まだいるな」
そう呟いたバドラーは呪文を唱え始めた。
「〈火の神・プロメテウスよ クソガキを焼き殺すために力を貸せ 煉獄の猛火!〉」
発動した本人を中心として、部屋中が炎に包まれる。
「わ、うわあ! 熱い熱い!」
土魔法で岩陰に隠れていたエリンだが、文字通り炙り出された。
「ケッ、やっぱり隠れてやがったか」
「あ、しまった……」




