11. 不便な魔法の使い方Ⅱ
〇前回のまとめ
・ケンと共に【鋼鉄の洞窟】の探索スタート。
・何度かモンスターと遭遇したが、その都度逃げ切った。
・魔法の応用をやってみた。
「エリン、またオークが来たよ!」
「くっ、〈明暦の大火〉!!」
モヴィーの声を受けて、エリンは魔法を発動させる。イメージしたのは、江戸の町の大半を焼失させた大火災。
先ほど魔法の組み合わせがどうとか言っていたので、今回は風魔法と火球を組み合わせてみた。しかし、見た目こそ派手になりはしたものの、炎のスピードが上昇する程度で、如何せん攻撃力がアップしたとは言い難い。
オークが顔面に火を食らって気を逸らしたすきに、2人は先に進む。
「わぁ! こっちにも!?」
だが、進んだ先にもオークが潜んでおり、前後から挟まれることになった。
エリンは、襲い掛かってくる前方のオークの手前で地面を両手で抑えた。
「〈南極大陸〉!」
するとエリンとオークの間に厚みのある氷の壁が出現し、敵の攻撃を防いだ。壁に強い衝撃が加えられるが、壁にひびが入ることすらない。自然の力ってすごい。地球温暖化許すまじまじ。
そして後方のオークを水流で弾き飛ばす。
壁にぶつかった方のオークに対しては、その目をめがけて熱湯を放った。
ギャーッ
オークの悲鳴がこだまする。
「おっし、今のうちに!」
エリンはモヴィーの手を引いて必死に走った。
走ってる最中、エリンは改めて自分の魔法の不便さを感じていた。
(…………やっぱり、〈火力発電〉にすべきだったかな?)
♦
「ありゃ、なんだこれ?」
しばらく進むと道が分かれ、2つの通路の真ん中には看板が立ててあった。
その看板には、進むべき方向が示してあるようだ。
『左右
橋板
箱倉
切る振る
朝、どっち? 』
「正解の方に進めばいいみたいだね」
「フッフッフッ。エリン、この天才少年のモヴィー様が、この謎の答えを導き出してみせましょう」
「君ってそんなキャラだっけ?」
エリンの指摘に気に留めることなく、モヴィーが持論を展開する。
「コレはね、下の文字なんて関係ないんだ。ここは洞窟で、中は1日中真っ暗。すなわち夜で、朝なんてない。つ・ま・り、左に行くのが正しいんです!」
モヴィーが進むべき方向を指差して宣言する。
「え、本当に合ってるの?」
ハイテンションのモヴィーとは対照的に、エリンは冷静に問い返した。
そんな安直な発想で、どうして自信たっぷりになれるのか。
「だ、大丈夫…………」
「その言葉が一番大丈夫じゃないよ。下の言葉が関係ない? そんなワケないでしょ」
「うっ!」
自分の答えに不備があることを自覚しているのか、モヴィーは言葉に詰まった。
まだ自覚のあるバカは、そうでないのと違って救いようがある。これから色んな経験を重ねて、きっと将来はマトモになるよ。多分。恐らく。うーん、11パーセントくらい?
「絶対にこっちで合ってるって! 黙ってオイラに付いてくれば何の心配もいらないよ! こっちに来れば大じょ……え?」
モヴィーは鼻を鳴らして左側へ進んだ。しかし何歩か歩みを進めると、突然その歩いていた地面が無くなった。落とし穴だ。
「わああぁぁぁぁぁぁ!!!」
重力に逆らえず、まっさかまに落下していくモヴィーの叫び声が洞窟に響いた。
「あーあ。ホントどうしようもないな、あいつは」
エリンは1つ息を付いて穴の奥に顔を覗かせた。光魔法で照らしてみるが、穴の底は見えない。かなり深いようだ。
エリンは両手を口の端に当て、穴の奥に呼びかけてみる。
「おーい、大丈夫~?」
……………………。
返事がない。音が闇の底に吸収されていくように感じられる。
「モヴィー、どうしようもないアホだけど、良い奴だったよ。恨むなら誤って師と崇めた変態爺さんと己の愚かさを恨んでくれ。ナムナム」
エリンがそのまま穴に向かって静かに手を合わせた時、底の方から声が聞こえた。
「大丈夫ぅぅぅぅぅ」
「なんだ、生きてるんかい」
どうやら大事はないらしい。無駄に耐久力はあるんだなと半ばあきれつつ、エリンは再び呼びかけた。
「私もそっちに行くから~、奥で落ち合おう~」
「分かった~」
「さて、と」
エリンはおもむろに立ち上がり、もう一度看板を見た。
「右の言葉は、最後に“い”を付ければ形容詞になる。
“板”は、“痛い”。他は“暗い”と“古い”。
んで、“朝”は“浅い”になるから、答えは“ある”。
ということで、正解は右のある。……って言っても、モヴィーのミスで答え分かってたし、その本人はここにいないから、意味ないんだけどね」
道中オークを躱しつつ、ヴァス、ゴホンゴホン……モヴィーを探しに向かう。
「ん? 何か新しいのが出てきた」
エリンの前には、既に見慣れたオークよりも大きく、角が生えているモンスターがいた。オーガだ。
オーガもエリンに気付いたようで、こちらに突進してくる。
「っ、〈南極大陸〉!」
反射的に防御魔法を発動させる。だが、オーガの体当たりに氷壁は耐えきれず、壁は砕けてしまった。
「……なっ!?」
ギリギリのところでオーガの攻撃を避け、体勢を整える。
後方は岩の壁だ。生き延びるためにはオーガを倒すか、その脇をかいくぐるしか方法はない。
「さて、どうしたものか……」
だがエリンに考えさせる時間を与えることなく、オーガは攻撃してくる。
「〈南極大陸〉×2!!」
今度は壁を2枚重ねて発動する。1枚目は呆気なく打ち破られたが、2枚目が寸でのところでオーガの突進を止めた
「〈エベレスト〉!」
風魔法を背後の岩壁に向かって放ち、その反動を利用してオーガの横を抜けた。
高速ジェット気流が流れているという世界最高峰・エベレストの頂上をイメージした魔法だ。もちろん、これを食らってもダメージは微小。
そしてこっちを向いたオーガに閃光弾を撃つ。直接的な攻撃力こそないが、ずっと薄暗かった空間を瞬く間に強烈な光が包むため、目を瞑って撃った本人でさえも一時的に目がおかしくなる。
オーガは視界が元に戻るまで、フラフラを足踏みしていた。
やがて怯みから立ち直ったオーガが辺りを見渡した時には、既にエリンの姿はなかった。
獲物を見失ったオーガは、洞窟の奥へと戻っていった。
(……行ったか?)
エリンはオーガがいなくなったのを確認し、岩から姿を現した。土魔法の応用だ。ここに来るまでは使い物にならないと断定していたが、思い直して練習してみると、敵の目を欺くことくらいはできるようになった。
(すばらしきご都合主義。これで攻撃力さえあれば…………。いやいた、使えるだけ良いってもんだよ)
そうしてエリンが先に進もうとする。が、歩き始めるや否や歩みを止めた。
「オーマイガ……」
先ほどのオーガがそこにはいた。オーガいやがった。オーガイヤだった。
「っ!!」
とりあえず〈南極大陸〉こと氷壁を2枚重ねで発動する。だが、使い過ぎたせいか厚みがない。オーガの殴打によって壁はすぐに破壊されてしまった。
(オーガの殴打。…………って、そんな場合じゃないっ!)
氷の破片が辺りに飛び散る。
オーガは相手の攻撃力が大したことないと理解しているのか、エリンに突っ込んでくる。
だが、オーガは一度突進態勢になると、一直線にしか進めないことをエリンは学んでいた。そこで、体を横へ移動させ、敵の攻撃を避けようと試みる。
直接の接触からは何とか逃れることができたが、突進の衝撃が背中にぶつかった。
「くはあ!」
エリンはバランスを崩し、地面を転がった。
幸いにも外傷は見当たらない。それでも硬い地面を転倒したことで全身に痛みを感じる。
(これは、ヤバイね……)
この時、エリンは死の恐怖を感じた。もしエリンが一度死を経験していなければ、ここで取り乱してさらに状況を悪化させていたかもしれない。
だが、エリンは自分でも驚くほど冷静だった。
ゆっくりとこちらへ向かってくるオーガをじっくりと観察してみる。
ところどころ露出した皮膚が破れ、そこから奇態な黒っぽい液体が漏れている。あれはオーガの血液なのだろうか。大方、氷の壁を何枚もぶち破ったことで、その破片が体に当たったのだろう。
このままさらに何枚も氷壁を出し、それにオーガがぶつかってくれれば、その内消耗して帰ってくれるかもしれない。しかし、それはあまりにもリスクが大きい。
まず、相当の時間を要することになるため、その間にエリンの体力が尽きるおそれがある。すでにここに来るまでに、かなり疲労が溜まっている。
次に、発動するたびに厚みを減らしている氷壁自体が使えなくなることも起こり得る。
そもそもの話、防御魔法と目くらましだけで無傷で済むとは到底思えない。痛いのはイヤだ。
それに、仮に一旦逃げ切ったところで、今回のようにもう一度遭遇すればまた振り出しに戻る。
「やっぱり、倒すしかないみたいだね」
エリンは意を決して敵に立ち向かうことにした。
「そいやっ!」
まずは敵の傷口めがけて氷の欠片を撃つ。
だが、オーガは少し顔をしかめた程度で、たじろぐ様子はない。打たれ強いようだ。エースになれるね。そこは尊敬に値するよ。
いや、そのせいで困っているんだけど……。
ガーーー!!!
オーガの咆哮が洞窟内に鳴り響き、耳が痛くなる。うるさいなぁ。
エリンに向かってオーガが突き進んでくる。夕日めがけて走ってくれよ……。
「クッ、〈エベレスト〉!」
エリンはオーガと今にも衝突しようという瞬間、右側に風魔法を発動してサイドに移動し、そのまま後ろの壁に向けることでさらにオーガから距離を置くことに成功した。
「ここは一か八かで……」
オーガが獲物を逃がすまいと、また突進してくる。
「今度は逃げないよ。〈ナイアガラ〉!」
エリンはオーガめがけて水流を放った。
オーガの突進は水圧で止んだが、それでも一歩ずつこちらに進んでくる。
じわりじわりと近づいてくるオーガに、エリンは水流を出し続けた。
しばらく歩んだところでオーガは進めなくなった。それを見てエリンはニヤリとした。
オーガの足元が凍っている。エリンはオーガに冷たい水流を浴びせながら、徐々にその温度を下げていた。
凍り付いた足を強引に引きはがし、エリンに近づこうとするが、引き下がらないようにするので精一杯になっている。
「いっけーーー!!」
エリンは出力を全開にした。
体中のエネルギーが抜けていくのを感じる。
「…………やった、か?」
エリンの眼前には、大きな氷塊に閉じ込められたオーガがあった。
すでに限界に近いエリンは、余力を振り絞って氷塊に歩み寄り、それに拳を当てた。
そして――
ピキッ、パリン!
氷塊は、埋め込まれたオーガもろとも砕け散った。
エリンは肩で息をしながら、辺りに散らばっている粉々の氷を見回した。そして、氷に覆われたオーガの角を拾った。
「…………まずは、一体」
看板の問題は、日本語に訳したものということにしてください。




