10. 不便な魔法の使い方Ⅰ
〇前回のまとめ
・ビッチ爺さんから魔法をレクチャーしてもらった。
・鍛冶屋のシャートフと出会った。
・成り行きで【鋼鉄の洞窟】を探索することになった。
【鋼鉄の洞窟】は、フェケテシティの東区を出て北東方面にしばらく進んだところにある。
石炭をはじめとした多くの鉱物が採集でき、奥深くまで進まなければモンスターも出現しないため、洞窟の入り口付近のエリアは炭鉱都市になっていて、炭鉱員と思われる人々が集まっていた。
炭鉱の一部は一般人も立ち入ることができるが、見学者らしき姿は皆無で、汗臭い作業員の男ばかりである。
女性の姿も稀に見られるが、それもどうせ作業員の家族だ。
「お、嬢ちゃん見学かい?今時珍しいねぇ」「あんまり奥まで行くんじゃねぇぞ、危ないからな~」「靴舐めさせて」「フンガフンガ」
エリンが案内役のモヴィーに続いて洞窟を進むたび、作業員に声をかけられる。幸い変がらみはない。
それを適当に受け流しつつ、歩き続けた。
男女2人組ではあるが、明らかに子供のモヴィーと、小柄とはいえ大人のオーラが滲み出ているエリンとでは、冷やかしの言葉もない。
洞窟を奥へ奥へと進むと、通路脇に設置されていた照明も次第に減っていき、だんだんと辺りが闇に包まれていく。これから先は、作業員もほとんど立ち入らないのだろう。
「暗いね」
「そうだね」
暗闇はさらに大きくなり、足元もよく見えなくなっている。
すると、モヴィーが思い出したように言った。
「そうだ、エリン。オイラの光魔法で明るくしてみるよ!」
「もっと早く使わんかいっ」
「う、ごめん」
突っ込みに謝罪で返すという、友達が少ない関東人にありがちな失態を無意識のうちに犯したモヴィーは、「ハァァァ」と気を吐きいてオリジナルの呪文を唱える。
「〈ライジング・サン〉!!」
ポッ
「「…………」」
モヴィーの顔の前に、理科の実験で使う豆電球程度の大きさの光の玉が現れた。もちろんこんなの焼け石に水だ。
うん、知ってたよ。
「ダメじゃん」
「うぅ……」
モヴィーは涙目になっている。なんかもう見てるこっちが惨めになってくる。
これでも2属性の魔法が使えるんだから、選ばれし者の部類に入るんだろうか。
「じ、じゃあ、エリンがやってみてよ!」
「そんなこと言われても、私は素人だしなぁ」
ここに来る前に、ビッチ爺さんに光と闇魔法について聞いておこうと思っていたが、すったもんだあって聞きそびれていた。
「お師匠様の言っていた通りにすればできるって!」
(その結果をたった今目の前で見たんだけどなぁ)
言いたいことは色々あったが、今はそれを堪えて魔法を使ってみることにした。
爺さんが、魔法を発動させるためにはイメージが大事だと言っていたことを思い出す。そしてエリンは手で空を払った。
「えいっ!」
ヒュゥ~~~、ポンッ
エリンの目の前に現れた光の玉が下から上っていき、天井付近で弾けた。
うん、ショボいね。不採用。
「……何、今の?」
「うーん、花火をイメージしてみたけどうまくいかないなぁ」
「はぁ……」
モヴィーはポカンと口を開け、情けない顔になっている。それは感嘆を示すものだったが、エリンの目にはそうは映らなかった。
(そんなにみっともないか? いや、君の豆電球よりはマシだよ。でも、こいつがバカにした顔のまま放置しておくのは私のプライドが許さない)
エリンはリベンジと、再度何もない空中に手をかざしてみた。
今度は真夏のビーチと水着だ。…………早くも爺さんの悪影響が出てる気がする。
「もう1回、…………えいやっ!」
「うわっ!」
途端、辺りが光に包まれた。さっきまで暗かったのが急に明るくなったため、瞳孔の開閉が追い付かない。水着のお姉さん最高。
「…………光も使えるんだね」
「みたいだね」
イメージしたものがアレだったため、独りでちょっぴり気まずくなる。
さすがに明るすぎると目立つので、光量を調節してみる。程よく玄関の除夜灯くらいにできた。
「一体何者なの、エリンは?」
「それが分かったら苦労はしないよ」
「うぅ、羨ましいよ、ホントに」
モヴィーからしたらエリンの魔法の能力は羨望も対象になる。
普通だったらここで調子に乗ったりするかもしれない。だがエリンは、この世界における一般常識が欠落しているため、自慢するような素振りも見せなかった。
ただ、モヴィーにはそれが自分の才能に謙虚であると見え、エリンに対する崇拝にも近い感情を抱かせることになった。
(いいなぁ、エリン。魔法も使いこなしてカッコイイ。オイラもお師匠さんみたいに、ほっぺに手形を付けてほしいな~)
「…………っ!?」
洞窟を歩くエリンは背後から得体の入れないものが迫ってくるように感じ、慌てて振り返った。
(気のせい…………?)
「どうしたの、エリン?」
しかし、周囲には自分とモヴィーしかおらず、モンスターが近づいている気配もなさそうだった。
「い、いや、何でもない」
そのセリフは、モヴィーではなく自分に向けられていたかもしれない。
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「気をつけてね。ここからは、いつモンスターが襲ってきてもおかしくないから」
「…………怖いの?」
しばらく進むと、それまではずっとエリンの数歩先を歩いていたモヴィーがエリンの後ろを歩くようになった。
訓練所での威勢の良さも失せ、顔色が青くなっているのが薄暗い中でも分かる。
「そそそそそんにゃこつないちょりぇす!」
図星だったようで、否定の言葉の意味がこんがらがっている。
多分これは「そんなことないです」とでも言おうとしたのだろうか。
「男の子のくせに情けないな~」
「なななななにを言ってるんだよ!」
いじり甲斐があるなと、エリンはいたずらな笑みを浮かべた。
ただ、モヴィーにはそれがどう見えたのか、さっきまでは青かった顔が、今度はみるみるうちに赤くなっていく。
笑いがなかなか治まらないエリンだったが、突然その顔からさっと笑みが消えた。
ガルルルル
音の方を見ると、そこには薄汚い肌をした豚頭の化け物がいた。
「エリ――」
「〈ナイアガラ〉!!」
モヴィーの声よりも先に、エリンがビッチ爺さんを気絶させた水魔法、命名・〈ナイアガラ〉を発動させた。実際に見たことはない。
洞窟内に突如現れた水流が、化け物を弾き飛ばす。
「こっち!」
手招きするモヴィーを追って、岩陰に身を隠す。
「何、今の」
「オークだよ。この辺りに出るモンスターなんだ」
「強いの?」
「モンスターの中では大したことないね」
「君よりは?」
「つ、強いです…………」
そう言うと、モヴィーは力なく俯いてしまった。
なんか新しい扉が開きそうだな。
「それにしてもエリン、すごい反応速度だね!」
「そ、そうだねー」
(言えない。変な動物がいたからビビっただけなんて)
エリンは動物が大の苦手である。それはテレビや写真の動物ですら恐怖を感じるほどであり、リアルの動物に遭遇すれば文字通りとび上がってしまうほどだ。
中学の修学旅行で奈良にいったときはまさに生き地獄だった。麟太郎はバスの中に留まろうとしたが、生徒の意思を尊重できないオラオラ系の担任に引きずり出された。シカに囲まれて醜態をさらした麟太郎が、卒業するまでクラスの女子たちの笑いの種にされたことは今でも忘れられない。
他にも、休日にペットの散歩をしている女子と遭遇し、そこで素っ頓狂な声をあげてしまったために、いじり続けられる原因になったこともある。
仕方ない。怖いものは怖いのだ!
動物との遭遇をできる限り忌避するため、エリンは体内センサーが遠くにいる動物を知らせてくれる。
それが先ほどの化け物を、豚っぽい動物と勘違いしたことで作動したのだ。
「ほら、できるだけ安全な位置から攻撃した方が危険も少ないだろうし」
「さすがエリン!」
(ふっ、チョロいな)
もっとも、モヴィーがエリンを密かに崇拝していなければ、このような安直な誤魔化し方は通用しなかっただろう。
それから、しばしばモンスターが現れたが、そのたびにエリンの魔法で追い払った。
始めこそ、それぞれの属性の魔法に名前を付けて発動させていたのだが、次第にそれも面倒くさくなり、時たま「えい」とか「やあ」とか「ふぉー」とかで済ますようになっていった。
「よくそんな掛け声で魔法が使えるね。オイラだったら、こんがらがってしまいそうなのに」
「君のは使い物にならないから、呪文だけ簡略化したところで意味ないでしょ」
「ぐ、痛いところを…………」
魔法自体がアレなのが残念だよね、この子。
「あんなしょんべん小僧じゃ自慢にもならないだろうね」
「しょんべ……お、女の子がそんな言葉を使っちゃダメだよっ」
「あーそうだね。気を付けるよー」
エリンは水を流す天使の像のことを言ったつもりだが、そんなものが存在しない世界の住人であるモヴィーには伝わらなかったようだ。
これが、カルチャーショック……!?
モンスターが出てくるたびに魔法を発動させることで、エリンはその扱いに慣れていき、闇以外の各属性魔法をそつなく使いこなせるようになった。特に使いやすいと思ったのは水。これがもっとも自分に合っている。
しかし、その中でエリンはあることに引っかかっていた。
「何だかさ、エリンの魔法って――」
「言わないで」
モヴィーも気付いたのだろうか。
たしかにモンスターを追い払うのにエリンの魔法は優れている。だが、エリンはここまでモンスターを一体も倒していない。
要するにエリンの魔法は威力が低く、『敵から逃げる』ためならまだしも、『敵と戦う』ことには向いていないようだ。火魔法ですら敵を怯ませるくらいしかできない。
今はまだ『モヴィーよりは強い程度のモンスター』しか出ていないからそれほど問題にはならないが、この先強力なモンスターが出現したときには苦戦を強いられるだろう。
その時に備えて、余裕がある今の内から備えておく必要がある。
エリンが自身の魔法について考察していると、モヴィーがコップを差し出してきた。
「エリン、お水ちょーだい!」
「はい」
洞窟に足を踏み入れて以来、水魔法が器用に使えるエリンはモヴィーの給水係になっていた。
最初は普通に水を出していたが、ここでエリンはふと、あることを思いつき、ちょっこら試してみようと思った。
「ありがと……アッチャーース!!」
エリンから受け取った「水」に口を付けたモヴィーが絶叫した。
そして、何が何だかという表情で、親指を立てるいたずらっ子の顔を見た。
「よし、成功!」
「な、な、な、何したの…………!?」
「ちょっとした実験だよ。水の温度を調整できないかなって」
モヴィーは口をパクパクさせている。鯉かな?
「ど、どうやって? は、まさか火魔法と組み合わせて!?」
「いや、普通に。水魔法だけで」
エリンがさらっと言うと、モヴィーはさらに顎を下げた。外れても知らないよ。
「水だけで!?」
「うん。お湯も水だからね」
「それってかなり上級の魔法だよ!」
なんかすごいらしい。だが、エリンはそんな些細なことは気にも留めず、今度はモヴィーが持っているコップを人差し指で軽く叩いた。
すると、コップの中にサイコロ大の氷が2個入った。
「ええっ!?」
モヴィーは信じられないと言わんばかりに目を見張る。
エリンに言わせるならば、水の温度調整ができるのであれば、お湯だけでなく氷を生成したところでなんら不思議な点はない。
一般的には高度な技術なのだが、魔法初心者のエリンは知る由もなかった。
「…………天才だね、エリンは」
モヴィーは小さな声で賛辞を送ったが、それはエリンの耳まで届かなかった。




